世界一偉そうな王妃は夜会で燦然と光り輝く (上)
「デルフィーヌ様、聞きました?現王妃様、ヴィクトリア様のお噂!」
「ええ、ええ、聞きましたとも。まだ若い方でいらっしゃるのに、随分と覇気がお有りのようねえ。陛下よりも常に前に出ていらっしゃるとか、余程自分に自信がお有りなのね。わたくしのような日陰者はそのような真似はできませんもの、羨ましいですわ」
サテンに十枚くらい包まれた猛毒の嫌味が、そのサロンでは飛び交っていた。
華やかにして陰湿な会話である。花のようなドレスを着た令嬢たちが、妙齢?の婦人を取り囲んで噂話に花を咲かせている。
よくあるやつである。新参者の陰口である。宮廷で超よくありがちな、女の戦いの下準備である。
ここは、先代の王グレゴワール王の公式愛妾、デルフィーヌ・ブーケのサロンであった。
つまり、彼女の城だ。彼女の信奉者だけを集めた、彼女の城。
歳をとっても美しい愛妾として今も噂されるが、正式な年齢は先代王すら知らない女。一度デルフィーヌの年齢に何気なく口出ししてしまった執事を一瞬で島流しに処したせいで、王宮内では公式愛妾の年齢の話はタブーである。
ついでに言うと、「俺はデルフィーヌ様よりヴィクトリア様の方がタイプだな〜」と発言した兵士が数日前から家からも職場からも『消えて』いたりするので、それはもうタブーである。何があったんだよ。
謎めいた微笑みを浮かべるデルフィーヌの周りで、令嬢たちが楽しげにさえずる。
所謂、悪口を共有している故の楽しさ、偽りの連帯感に彼女たちは包まれていた。
そういうのって絶対裏切り者が出たりするよね……というのは、こういう時は誰も思いつかないものである。
「本当、私もあの王妃様が羨ましいですわ!まだ十九であらせられるのに、あんなに覇気がお強くて。か弱い私たちには真似できませんわっ、ねっ、デルフィーヌ様?」
「ええ、ええ、そうねえ。わたくしたちは殿方に守ってもらうのが勤めの淑女ですもの、あんな破天荒で荒々しい……まるで男性かのようなはしたない真似は、ねえ?」
デルフィーヌはふわっふわの紫の羽がつけられた扇で口元を覆って上品に笑った。サロンに差し込む日の光に銀髪がきらめいている。天然物のような美しい銀色だが、これは実のところ白髪隠しなんじゃないの?と結構な令嬢が疑っていた。
最も口に出したら社会的な死が確定しているので、言わないが。
女性の年齢に下手に突っ込むと死を見る。それが宮廷である。
サロンの権力者であるデルフィーヌ・ブーケは微笑んで令嬢たちを見回した。王宮の紫陽花、紫の花束と呼ばれる公式愛妾の、あでやかな微笑み。それから彼女は、あからさまに眉を下げて悲しげな顔を作ってみせる。
「ねえあなたたち、わたくしね、思うのよ。あのヴィクトリア王妃様が夜会にいらっしゃったら……かよわいわたくしなど、一蹴されてしまうのではないかって」
悲しげな女主人の呟きに、令嬢たちは我先にと慰めに走った。追従根性がすごい。
「まあデルフィーヌ様!そんな事はありませんわっ!」
「そうですわ、デルフィーヌ様はこの宮廷で今一番お力のある社交界の花!あんな新参の小娘ごときがデルフィーヌ様に敵うわけありません!」
「それに、何かあったらわたくしたちがお守りいたしますから……!」
宮廷の紫陽花は儚げに微笑む。だがその胸はふくよかで、腰はたおやかで、なんというか、男だったら完全に悩殺だったでしょうね……と令嬢たちは思った。というか、もうちょっと胸をしまいなさいよ。
「みなさんが守ってくれるのね、わたくし、とても心強いわ。……でも、やっぱり夜会で顔を合わせるのは怖いわ……明日の夜は、新陛下が即位され、妃殿下が妃殿下として初めて夜会にいらっしゃるでしょう?わたくし、何の偶然か妃殿下とは面識がないんですの。嫌われているのかもしれないわ……顔を合わせたら、泥水でもかけられてしまうかも……」
デルフィーヌは、長い睫毛をゆっくりとふせてから、少女たちを見回した。
「わたくし、思うのよ……。妃殿下が夜会にいらっしゃらないと決まったなら、どれだけこの胸が晴々とするでしょうと」
彼女たちはそこまで言われて察した。
この女、仮にもこの国のお妃様を社交界から爪弾きにしようとしている。
だがデルフィーヌの派閥は強く、王妃派はまだ弱い。ここでデルフィーヌに加担したら今後立場が悪くなるのでは?と一部の令嬢は考えて、黙った。
しかしちょっとアホが混ざっていた。
「わかりました!ではデルフィーヌ様のため、このサラ・マーニュが妃殿下を妨害してご覧にいれます!!」
この、この世のものとは思えないピンク髪のご令嬢、サラ・マーニュはなんというか、ちょっとあれであった。
デルフィーヌは、絶対こいつ使えないだろうなと思いながらも美しく微笑んで見せた。
「まあ、ありがとう……サラさん。わたくしのために、うれしいわ。でも、どのような手段で妃殿下を夜会に来られないようにするというの……?」
「はい、プレゼントを大量に送って、ひとつだけ毒を混ぜて食べさせます!腹痛で王妃様は夜会に来れなくなるはず!」
腹痛どころか毒の量によっては普通に死ぬ。
それが発覚し、首謀が前王の愛妾と知られたら普通に謀反、普通に死刑、普通に島流である。いやまじで。
デルフィーヌはちょっと焦って止めようとしたが、サラ・マーニュはすでにサロンを飛び出していた。行動力の化身!
「お待ちなさい!」
「それで待ったら騎士団はいりませーーーん!!デルフィーヌ様、サラは必ず成果を持ち帰りますからね!首を洗って待っててください!」
使い方が違う。
サラ・マーニュ侯爵令嬢は、やっぱりちょっとあれであった。