世界一偉そうな王妃と三人の魔女と覆面強盗の砂漠の夜(2)
さて、一週間後のことである。
かなりラビアン寄りに建てられたミカエルの実家は、砂漠地帯のオアシスの傍にあった。馬車が使えないので、移動手段は主に──……天蓋付き絨毯であった。日常生活に魔法が浸透し過ぎである。
運転手はミカエルだったが、彼は特に苦労することもなくすいすいと砂漠の上を飛ばしていく。この辺りで育ったなら当たり前に絨毯を飛ばせる免許を持っているらしい。取るのに失敗したやつは大体落下からの全身複雑骨折して試験に落ちるらしい。
砂漠地帯の運転免許、めっちゃハード。
しばらくして。
やがて、遠くに白亜の楼閣が見えた──まるで蜃気楼のような、真っ白な城だ。鮮やかに青く透ける水、きらきらした翠の木々。砂漠の中のオアシスに囲まれた、宝石のような庭園。
しかし近づくに連れて、……無造作にヴィクトリアに抱っこされていたランプの精フレデリックは、目をぱちぱちさせた。
……なんか、きらっきらと光を反射するものが動いてる。
まるっこくて平べったいものに手足が生えたやつがちまちま動き回っている。蝶ネクタイをつけたり、帽子をかぶったりした平べったい丸い何かが、花に水をやったり、孔雀に餌をやったりしている。
人間形態じゃないのになかなかおしゃれ。
フレデリックは恐る恐る聞いた。
「ね、ねえ、ミカエル……あれ何?」
「ああ、あれ?三人の姉ちゃんたちに解雇された鏡の精。まーた増えてるじゃ〜ん、懲りないな姉貴たちも」
「えっ……?」
なにそれ。
動揺する王に対して、ミカエルはしれっと言う。
「かがみよかがみ〜って文言あるじゃん?世界で一番美しいのは誰?っていうの」
「う、うん」
「あれで下手な答え方した鏡が鉄拳で割られて解雇されまくって使用人になってんの」
「………………」
ヴィクトリアは面白そうに眉をあげ、フレデリックは絶句した。
近づいていくと、ちまちまっとした手足の生えた鏡たちが寄ってきて、あちこちからじろじろ見られた。
「ミカエルサマ、おかえりナサイマセ!」
「お客人方も、大変おウツクシイ!どうぞお通りクダサイ!」
まさかの容姿ジャッジがある来訪システム。
うーん、この。
カタリア家の三人の魔女との顔合わせは、始まる前から前途多難が予測された。
──その遥か後方を、にじりよっていく影があった。
全員が正方形の小さい絨毯に乗ってのろのろ進んでいる。
絨毯っていうか大きさ的に座布団。
西洋風のものから、東洋風なものまで多種多様な座布団、値札がついてるやつもある。盗んだ座布団で走り出す。
それに誰も気がついていなかったのはのもはや魔術的といえた。むくつけき男……否女もいる大集団だ。だいたい四十人ぐらいだろうか?よく数えたら四十一人いた。
砂漠の盗賊!の見本市みたいな格好をしている集団である。
「──行ったな。やつら、狙いは魔女の家での呪いの分析らしいが」
リーダーらしき男がぼそりとつぶやいた。逆光で顔は見えない。
残りの盗賊たちは静かに黙って、リーダーの指示を待った。
「俺たちの今日のミッションは、あの黄金のお姫さんから金のランプを強奪することだ。──いいな、プライオリティは最高位、リスクヘッジは済ませてある。アサインは移動中に話す、オーケイ?」
ビジネス用語バリバリマン。
彼は立ち上がる。夕暮れの空に、短く切った黒髪が靡く。
その顔は──めっちゃしっかり覆面しているせいでよくわからなかった。
黒覆面である。しかも顔の形がぴったり出るタイプのやつ。強盗犯か?
盗賊たちはぞろぞろと魔女の屋敷を方意する準備を始めた。
真っ黒覆面強盗犯と四十人の盗賊の朝は早い。そして夜はまだこれからだ。
同時刻。
ぱたぱたぱた……と飛んできて極彩色の鳥をそっと指先に乗せて、ほう、とその女性はため息を吐いた。サンティア風とラビアン風が入り混じった、極彩色と白亜の柱が共存する部屋の中、三人の女が思い思いに座っていた。
女はそっと手紙を開く。
手紙を開いた女のストレートドレスは真っ赤であった。
「いい知らせと悪い知らせがありますわ。耳介筋をひくつかせてお聞きになって」
聞いたことない例え方だな。
「ああ、姉君」
「はっ……はい、姉さん」
二人目の理知的な眼鏡の女は青。三人目の、ふわふわの髪をした気弱そうな少女は黄色。
鮮やかなラビアンらしい色であった。
「──まず、いい知らせから。ミカエルが戻ります」
ほう、とメガネの女が声を漏らした。ショートのふわついた髪を払い、美しく笑う。
「我が一族の誇り!我が天才の弟が戻るとは!」
気弱そうな少女が嬉しげにする。
「みかちゃんが……戻ってくるの?」
「もう数ヶ月弟には会えていないしね、……ああ、魔力も肢体も妖精の魔眼も!すべてが美しく磨き上げられていることだろうね!」
ふふふ、と含み笑いが部屋に小さく落ちる。
ミカエル・カタリアはこの女たちの末の弟であった。
魔法の力、学歴、見た目、全てが優秀。自慢の弟だ。何より彼の持つ妖精の魅了の魔眼は、カタリア家が優れた魔道士の家系である証の誇りでもある。
「ふむふむ、これは楽しい日々になりそうだ!して、悪い知らせの方は?」
「ええ──、」
ぐしゃ、と赤いドレスの女がすごい勢いで手紙を握りつぶしたので、黄色の少女がびくっとした。一瞬腕の筋肉がめちゃくちゃ膨らんだし。
手紙はその場で擦り切れてちぎれ飛び、紙吹雪のように部屋の中にはらはらと舞い落ちていく。どういう腕力してんだ。
「……この屋敷に。ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンが来ます。夫である王と、ミカエルと共に」
全員が押し黙った。
「……ふうん?彼女がここへ、ねえ……」
女達は静かにお互いの顔を見る。
いろいろな事情から、彼女たちのヴィクトリア・ウィナー・オーストウェン王妃への対感情は決して良くはなかった。
ラビアン国では女性は控え、家の中で過ごすもの。
いくら力があれど、いくら才能があれど、そう決まっている。地位も低めで国を渡る許可ですら取れない、そういったものだ。
三姉妹の父は早くに研究の末行方知れずとなり、故に元辻占い師の母はカタリアの名の強さを活かしてなんとか持ち前の占いで生計を立てていた。
しかし母はある日、突然宮中に呼ばれていった。拒否権などなく、未だ十代半ばの三姉妹を置いて、彼女はラビアンの首都へいき──その後のことは、何もわからない。それはきっと、彼女が『女』だったからであろうと、三姉妹は考えていた。
高名な学者であれ魔女であれ、熱砂と国ラビアンで女性の権利はとても低い。男の所有物であるという見方もある。自分たちだって、同じだ。
それなのに。
隣国のサンティアで、自由と権力と力を振りかざし奔放に振る舞っている女がいるという。
どこへでも飛んでいき、皆に愛され、全てを赦されている、女が。
「彼女の噂は聞いているけれど、実際どういった御仁なんだろうねえ?頭はいいのかな?」
#追加部分
ショートヘアの女が気だるそうにくるくると指を髪に巻きつけた。それだけで色香が滲み出るような女だ。
「えっと……あのっ、み、みんなに、とても愛されている、とか……噂を……わっ、わたしたちみたいな虫けらなんかより、ずっと、ずっと……」
こっちは泣きながらクッキーを食べている。クッキーウィッチである。
「さり気なくわたくしたちを巻き添えにしないでくださる?」
「ひぃっ!ご、ごめんなさいぃ……わ、わたしよりずっと、……愛されて……」
「──そうね。でも、そう……こんな館で朽ちていくしかないわたくしたちよりずっと愛され、奔放で、王都の民は勿論、盗賊や身分の低い者まで彼女を慕っているという……彼の有名な、王妃様。例えるなら上腕二頭筋でしょうね」
その例えはいらなかったと思う。
艷やかなロングヘアの女は、ふっとため息を吐いた。ため息は理知的なのにさっきから筋肉の話を定期的に挟んでる気がする。
「──しかも、最近はミカエルと懇意にしているらしいですね」
「みっ、みかちゃんと……?」
「ああ、それは私も聞いたよ。ツバメになったらしいじゃないか?いつも護衛として傍に侍っているだとか」
ゆらゆら、とラビアンらしい魔法の灯りが部屋に揺れている。部屋の中を浮遊する青や翠の炎は、三人の女達の顔をぼんやりと照らし出した。
さらさらのロングヘアに赤いドレスの女。理知的な面差しながら、さっきから筋力の話を定期的にしている気がする。
ショートカットに眼鏡、泣きぼくろの色香で今にもむせそうに妖艶な青いドレスの女。
プラチナブロンドの黄色のドレスの少女。めっちゃ今もクッキーを貪っている。
三原色で目が痛い。
──しかし、どの顔もどの顔も、凄絶なまでに美しかった。そして──全員の瞳が、翠色であった。ラビアン国に在住するカタリア家の血統の特徴である。
「……少しばかり、意地悪をしても構いませんよね?」
ふ、と赤いドレスの女が唇の端を持ち上げる。片手でそっと持ったグラスが弾け飛んだ。どういう筋力してるんだよ。理知的な雰囲気のくせに筋肉を定期的に主張するな。
「姉上。適度にしてやらないと。皆に愛されて育った、つい最近まで未成年だったお嬢さんだぞ?泣いて帰ってしまったらどうするんだい、ふふ」
唇の端のほくろまで色っぽい女が笑う。
「で、でも……ねたましい……うらやましい……ずるい……そ、そんな、自由で、みんなから、愛されて……だから、わたしだって、ちょっとぐらい……いじわるしても、いい、でしょ?」
うるんだ瞳でばりばりひたすら菓子を頬張っている三編みの少女が言う。
一番下の妹に言われて、青いドレスの女はカチャリと眼鏡を直した。
「──うーん、まあ。外交問題にならない程度になら構わないんじゃないかい?」
彼女はふっと口元を緩める。
そして、ちらと部屋にかかっている鏡を見た。
「……鏡よ鏡。世界で一番賢く、美しく、可憐なのは誰だ?」
急に話しかけられた鏡はひぇっと声を出したが、静かに応えた。
『──はい。それはお嬢様がたです。ガブリエラ様、ラファエラ様、ウリエラ様』
言った瞬間赤いドレスの女──ガブリエラが急に割れたワイングラスの残骸を投げつけたので鏡は悲鳴を上げて割れた。
あんまりに力が強すぎたので一瞬で粉々になった。怖いよ。
「一人忘れているでしょう」
『は、はひ、えっ……?』
「もうじきここに帰ってくる、わたくしたちの可愛い可愛い、息をしているだけで可愛い、ものを食べているだけで可愛い、弟のことですよ」
うっそりとガブリエラが微笑む。それに対して妹たちは何も言わず、割れた可哀想な鏡はそのままがたんと壁から落ちた。
ガブリエラはさっと鏡に何かを投げつける──召使いへの降格扱いの蝶ネクタイである。鏡の精はにょきっと手足を生やして泣きながらそれをつけた。シュール。
ふふ、ふふふふ、ふふふふふ。と部屋の中に三人の魔女たちの笑い声が響いていた。
──その時。
りーんごーん、とドアベルがめっちゃ盛大に鳴る音がした。
全員が押し黙る。
外にいる元鏡の精たちが客人を迎えようと、かちゃかちゃと走り出した音が聞こえる。
ガブリエラは赤いドレスと銀髪を靡かせて颯爽と立ち上がった。
「さあ、行きますよ。ラファエラさん、ウリエラさん」
戦闘力五十三万ぐらいありそうな台詞を吐いて、魔女は扉を押し開ける。ちょっと力の入れ具合をミスって扉の取っ手がぐにゃっとした。本当にどういう腕力をしてるんだよ。




