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世界一偉そうな王妃は魔法市場を愛と札束でぶん殴る(5)

えーっと。

ここは金が飛び交う街ミトロで。金を積んだら手に入らないものはなくて。それなのにそこの主が、世界一おいしいにんじんを……?


なんだそれ。


姉が一番なんだそれ?となった。


「もっといいものを食べればいいじゃないっ!ロートス!縦だか横だかわからないステーキとかトリュフとかフォアグラとか!!」


うーん、チョイスがかわいくない。


「にんじんなんかよりもっと、もーっと!」

「それじゃだめ──」


「しゃらくせぇ!!!!俺はガキの頃から長い話になると寝ちまうんだよ!!!」


校長先生のお話とかに悩まされてきたタイプかな。


ロリたちの急な姉妹喧嘩に、傭兵が割り込んだので姉妹の会話は中断した。一瞬前まで雇い主だったのにすごい変わり身の速さである。

数人の傭兵団がいきなり刃をふりかざして道を塞ぐ双子と黒服たちを排除しようと──


「ヴィクトリア、助けなくていいの……!?」

「そうだよっ、あの子たち死んじゃうってばぁ!」

「おい、ギヨーム!王妃サマたちも下がってろよ、前に出るな!」


ギヨームとフレデリックの声に反して、ヴィクトリアは動かない。ティーガは乱闘騒ぎに王妃が巻き込まれぬように剣を抜いてさり気なく王妃を下がらせようとする。

フレデリックがランプの口でもがく。自分が今行けたら助けられるのに、と思っているのがよくわかった。

今動ければ。けれど今の王は、幽霊のような存在でしか──……


「──大丈夫だ」


ヴィクトリアは、それだけ言った。


「なんで……」


百億スパダリ様は微笑んだ。


「愛は、金で買えぬからだ」





傭兵の刃とロリの間に、割り込んだ者が、あった。

まさしく、金でも動かなかった者たちであった。

投げつけられた札束を、拾わなかったものたちであった。


「おやめください!!!!」


……割り込んだのは。

ムーダンが、ただいたぶられて喜ぶだけの壁だと思っていた、黒服たちだった。

雇用関係しかないと思っていたはずの、なんなら憎まれているとすら思っていたはずの、黒服たちだった。


刃を弾き、双子を守る。

その場はたちまち傭兵団と黒服の乱闘の場となった。


「な、なんで……あなたたち……あなたも……黒蜥蜴……」


問いかけられた黒蜥蜴は、静かに答えた。


「……あなたたちはどういうやり方であれ、俺に居場所を与えてくれた」

「でも、私達はあなたの商家を潰したわ!あなたのお家の商売を潰してのし上がったのよ!」

「──その才覚。それでいて、潰れた家の商家の人間を全員引き込んで、部下にして。面倒を全て見てくれた。……普通なら、潰れた家の人間なんて露頭に迷うしかない、このミトロで」


静かな声で、黒服の隊長は言う。

ヒョロガリの体は華奢だったが、傭兵団と戦う彼の体には鋼のような筋肉がついているのがわかる。

隊長に、黒服たちも続いた。


「俺は昔あなたたちを酷く扱った!けれどあなたたちはずっと優しかったじゃないですか!」


ロートスは思い出した。

自分が失敗したら叩かれるのは嫌だった。だから雇った人間には決して暴力を振るわない。

ムーダンは思い出した。

自分がきつい言葉でなじられるのも、給金を減らされるのも嫌だった。だから決して、雇った人間にはそれをしない。


それだけのはずだった。

雇用関係しかない、と思っていた。むしろ恨まれていると思っていた。

彼らの家の商売を潰したり、乗っ取ったり、買収したりしたから。

でも。


「そうだ!このミトロじゃ、失敗したやつを掬い上げる人なんて基本いねえ!でもあなたたちは飯も三食食わせて個室もそれぞれ用意してくれた!しかも割といいやつ!」

「年休120日以上普通にあるし!有給も取らせてくれました!」

「あと女王様プレイ付き嬉しかったです!!!」

「存在してくれるだけで目の保養でした!!!!!」


いやSM好きは個人の自由だけどもこんなところで言うな。


黒服たちは少人数だが、圧倒的な戦いぶりを見せた。

ラパン姉妹への恩義を武器に。敬愛を武器に。

傭兵団と渡り合い、その場にある椅子を持ち上げてぶんまわし、その辺りにいたターバン長い人のターバンをむしり取って武器にし、その辺りのでっぷり太った男を投げる。男に数人が潰されて気絶した。男、ただただ可哀想である。


でも──


やはり、不利なものは不利なのだった。

現役の傭兵に、勝てるわけがない。

黒服たちはじわじわと追い込まれていく。


一人、また一人と、力尽きかける。


「おらおら体力ねえなあ!」

「日頃から芋虫ごっことかしてるからだろうが!」

「ロリの遊び相手してたらそりゃそうなるわ!」

「羨ましい!死ね!こっちは毎日むさいおっさんだけの中にいんだぞ!!!」


理不尽。


その中で。──ばさり、と不意に空中に飛んだ、黒い布。


黄金の光が、テントの中を満たした。

黄金の光に背後からいきなり目を焼かれて傭兵団の近いところにいた一部はびっくりして転がりまわった。なんだ。閃光弾か。


「──やめよ!!!!!」


黄金の声音であった。

黒い外套姿だったはずのスパダリが、黒髪を靡かせた──美しい顔を見せていた。黒髪影のあるメイクが全く活かせない光り輝くムーブ!!!!!


しかし。

ともかくである。やめよとか言われても血の気の多い前の方にいる傭兵団には聞こえちゃいない。

わーっと黒服たちに襲いかかり、蹴散らそうとする。今の主のために功を立てねば!みたいな気持ちが先走って鬨の声的なのがすごい。うるさい。耳が潰れる。


ヴィクトリアは暫くそれを見ていたが、やがて近くでびくびくしていた老商人の元へ歩み寄って丁寧に聞いた。


「すまない、そのラビアン新聞を売ってくれぬか」

「あ、ああ……?おお……」


思わず差し出す紳士。ミトロの郷に入っては郷に従えを地でいき、丁寧に受け取ってから代金をがま口財布から150ゴルド支払うヴィクトリア王妃。シュール。

そしてヴィクトリアはそれをきれいに丸めて……構えた。

新聞が黄金に発光した。


なんでだよ。


ラビアン・ゴシック新聞・セイバーである。


「我の声を聴け!!!!!!!!」


ずぱぁん!!!!!

聖剣ヅラした新聞アタックである。もう意味がわからない。


血の気の多い傭兵団の大半が尻をひっぱたかれた。めっちゃ痛そう。すごい長くでかくなった光る新聞で尻をひっぱたかれたのである、反射で悦んじゃったやつもいた。どういう性癖をしてるんだよ。

こんなの小さい頃にママにやられたか、前世ゴキブリのやつしか体験ないだろ。


この年齢で尻叩きを受ける、ある意味すごい。


「いた!!!」

「いてぇ!!!!」

「は、はい、スパダリ様!!!!!」

「ご主人さま!!!!」

「マイロード……いやっ、マイクイーン!!!!!」

「やめます!!!」


ぶんぶんと振り回される光る紙の筒。

丸められて表になった紙面は『怪奇!ミトロに日常的に出没するM男たち!』である。ミトロ、ドM多いのかな。


さて、その眩いばかりの光と、傭兵たちの猛攻が止まったことでボロボロになった黒服たちと、それを介抱するようにしゃがみこんでいたロリたちが顔を上げた。


「──そこな黒服たちよ」


呼びかけられて、黒服たちは顔を上げる。


「はい……」

「うぐ……いてぇ……」

「ラパン様たちを……まもらねば……」


「金を払えば、我に靡くか?」


問いかけに、大半の黒服は黙った。

勿論黒服だって個人なのでうなずくやつもいたが。現状把握ができていて何より。

しかし大半はその場から動かなかった。


黒蜥蜴のように華奢な隊長が静かに言った。


「……いや。ラパンの姉妹に、俺は尽くす身だ」

「そうですよね、隊長……命賭しても……我らはラパン様たちのために……」

「我らは剣……我らは盾……」


詠唱始まった。


「流す血の最後の一滴すら、この漆黒の洞窟に在りしミトロの黄金を司る我らのラパン姉妹のために……」


中二病発症者いる。


「かっけぇ……」

「かっこよすぎ……ヒーローだ……」

「おい、奴ら男の中の男じゃねえか……」


ズタボロの黒服を、傭兵団はちょっと見直して見た。価値観がさっきから小学生っぽいところあるのなんなんだろうな。


「──なるほど、その忠義──大義である!!!」


ふりかざされた新聞の光源。

まぶしい。


「……これで分かったのではないか」


打って変わって、──静かな声だった。

黄金の瞳のスパダリは静かに言った。普段と違って影のあるメイクをしているのでめっちゃイケメンに見えた。世界が恋に落ちる。国が百ぐらい傾きそう。


金で買われた傭兵団に攻撃されても堕ちなかった、ボロボロの黒服たち。

それに守られた、ラパン姉妹。


金額で負けても、力で負けても、それでも守ってくれる人たちがいる、少女たち。


「愛は、金では買えぬ。愛は、いくら金があろうと手に入らぬ。そこの黒服たちの忠義を、我が買えぬのと同じように。……だから、そなたたちはこのランプをいくら積んでも買うことはできぬのだ。いいな?」


うさぎの姉妹たちは、少し押し黙ってから小さく、小さく頷いた。

姉の方が笑う。


「……そうね、そのようね。わたし、随分と長くこのミトロにいるけれど……オカネで買えないものを見たのは、久しぶりよ」


ヴィクトリアの胸に抱かれたフレデリックに、ぱちんとウインクをする。

彼女は笑う、晴れ晴れと、くすくすと。妹はそれに対して、涙ぐんだままだった。

不意に、ヴィクトリアは問いかけた。


「ラビィ族の娘──黒い方よ」


ここで初めて明かされる種族名。


「ロートスですわ!」

「ではロートス。……世界一美味しい人参がどうの、と言っていたな。それは、そなたの『金で買えぬもの』のためか。我と同じように」


それを王妃が覚えていたことに黒うさぎのロートスはびっくりした。


「はい……」


耳を下げて、少女はつぶやく。


「……魔力がたくさん詰まった虹色のにんじん。よほど腕の良い農家や魔道士、手先が器用な手入れ係や、根気よく丁寧に世話を続けてくれる方いないと作れはしません。このミトロの土では育ちません。このミトロの技術では育ちませんの。でもクライアント様が、ランプと引き換えにくださると」

「ほう?」

「お姉さまと一緒に、わたくし、また、……小さな頃のように、今年は素敵なにんじんケーキを作りたかったんですの……」


あまりにメルヘンな願いに、皆が黙り込む。

多分このやばい黄金都市で生きるのに向いてない価値観である。あまりに少女。

無垢。眩しい。

やばい悪役と思われている子供が、最も純粋とかいう展開だったかもしれない。


「だって今年は、お姉さまとわたくしの、百歳のお誕生日ですもの!」


前言撤回。

そんな歳だったんか。


しかし、妹の心を初めて聞いて、姉は驚いた。

何も知らなかったからだ。

虹色のにんじんが、この妹にとっては魔法のランプより、たくさんの金よりも価値があったのだ。


──金だけが基準のミトロを取り仕切りながら。そういった価値観に侵されきっていないロートス。かわいいロートス。

姉のムーダンは感極まった。多分50年ぶりぐらいに。


そして、黒いフリルとレースに彩られた妹に、むぎゅっと抱きついた。


「ロートス……だいすきよ」

「お姉さま、ムーダンお姉さまのこと、ロートスも、大好きですの」

「ええ、ええ!」


双子の姉妹がくっつきあう。なんならちょっと涙ぐんでいる。周りでは黒服とネダイ傭兵団がどうしたらいいかわからなくなってからとりあえず拍手をした。

うろうろしたり、ロリとヴィクトリアを見比べたり、スクワットしたりしているやつもいる。こんな隙間時間にも筋トレする、意識が高い。


不意に王妃が言った。


「──よかろう。」

「え?」


「その心意気、よかろう!!!!!!!!!!」


急に王妃が大声を出したので、うさぎ姉妹は耳がぶっ飛びかけた。ネダイ傭兵団と黒服はぶっ飛んだ。ギヨームは鼓膜がいかれたかと思ったけど、ミカエルは理不尽な諸々に慣れていたので事前に耳栓を装着していて優勝した。


フレデリックは目をぱちぱちするだけで済んだ。耐性が高い。

僕の奥さん声が大きいなあ、すごいなあ。


「良い農家と、魔力が天才級の者は二人ほど、手先が器用な者、根気があるもの──全てに心当たりがある。──それから、労働力にもな」


王妃は唇に美しい笑みを湛えて、そう言った。

そして、この国屈指の魔力の持ち主である王と、根気だけではちゃめちゃ宮廷に馴染んだ兵士、そして手先が器用なミニスカメイドを振り返る。

ついでに金で雇われた傭兵団も。


遠くの国で、ただただ巻き込まれ事故を起こした元農家の愛妾と宮廷魔道士がぶえっくしゅ!!!!とくしゃみをしたことは、その場の誰も知らなかった。


その後百億スパダリ様はその場を立ち去った。

胸に抱かれていた魔法のランプに詰められた今回のヒロイン枠があまりに安心して魔力がダダ漏れとなり、魔法の花がミトロに降り注いだので、スパダリ様は花の中を歩み去るとかいうド派手な演出で姿を消した。


有名劇団ダ・カラー・ヅカの名優を思わせる後ろ姿であった。




さて。

ラパン姉妹が、ブーケ家の領地から送られてきた美味しい人参でおいしいケーキを作り、二人で食べさせ合って素敵な誕生日を過ごしたのは、また別のお話。

黒服たちもそのご相伴に預かり、鉄面皮の隊長の黒蜥蜴が口元を少しだけほころばせたのも。

そして商品化されたそれがバカ売れしてロリロリラパン姉妹のキャロットケーキ♡が億単位の売上を全国的に叩き出すのは、もっともっと別の話である。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう何がって王妃様素敵!! 以外の感想が出てこない。 スパダリ最高 そして巻き込まれてしまった二人に合掌 いつも素敵過ぎる王妃様を読ませていただき、ありがとうございます。
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