世界一偉そうな王妃は魔法市場を愛と札束でぶん殴る(4)
「十一億」
『ハートの騎士』基空気読めない男、律儀に1億値上げする。
「百億だ」
急に桁を増やすな。
司会者の女性は泡を噴きそうになっていたし、控えていたうさぎロリたちは騒然とした。
今まで、ミトロのオークションに最高額は十億。それに加えて、五億を足して資金として渡した。必ず、必ず勝てるように。
それなのに。
百。百億である。
それだけをぽんと出せる。
ミトロの街では、それだけが正義。
「で、では……百億……以上の方は……」
息も絶え絶えな司会者に応える声は──誰も居ない。
勝利者が決まっている演劇。
勝利者が決まっている出来レース。
そのはずだったのに、圧倒的な金で──舞台の外からやってきた飛び入りが、それをぶち飛ばしたのだ。殺ー!パワー!である。
ありえないことだった。
誰もがそう思った。
けれど、フレデリックは知っていた。
彼女は、『ありえない』を『ありえた』にする天才であること。
「ではこちらのお客様がお買い上げ!」
歩み出る人影は、上質な黒いローブを纏い──そして、黄金の瞳をしていた。
フードを外すと、つややかな黒髪が溢れ出る。
その人物の色香に皆の合間からため息がこぼれた。
けれど、その顔はいかにメイクを施そうが、いかにウィッグで雰囲気を変えようが──見間違えようがない。
フレデリックは泣きそうになった。
半泣きになった。ずびずび。
「──ゔぃ、ゔぃく……」
「ああ。──迎えが遅くなってすまなかった」
この王妃、歩くだけでスパダリの音する。
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンは舞台の上へ勝手に上がる。
ガラスケースを外し、魔法のランプをそっと大切そうに顔の前へ持ち上げてランプの口に口付けた。
きゃーっと黄色い声があちこちから上がった。公衆の面前キスである。フレデリック、もうなんか慣れてきた。
「共に帰ろう」
「………来てくれてありがとう、いつも、いつも、君には助けられてばかりだ」
「ふ……いつでも愛いやつめ」
「うっ……君もいつだってかっこいいよ。……ありがとう、僕だけのヴィクトリア」
「ああ。──続きは褥でな」
「うん???」
ラブラブである。いちゃいちゃである。二人の世界である。
ヴィクトリアはそのまますたすたと舞台を降りてフレデリックを文字通りお持ち帰りしようとした。
──しかし。
そうは問屋が。いや、うさぎが下ろさなかった。
「ちょっと待つですの!その商品、倍額でこちらに譲っていただけませんの?」
急な声掛けであった。
うさぎ姉妹、参戦!!!!!
「百億なら譲っていいんじゃない?出来レースのオークションが、素敵な王子様の手で壊れる!ロマンだわっ、素敵だわ!私はそれで満足だわ!ロマンスだわっ!」
「お姉さま!だめですの!」
なんか内部で意見が一致してない。
しかし、ともかくである。ロリロリの白黒うさぎ耳姉妹が、入り口を塞ぐように立っていた。
みんながラパン姉妹だ、とざわめく。どんな金額だって出せないことはない、双子のうさぎ姉妹。この闇オークションだってうさぎ姉妹のテントで、彼女たちをスポンサーの一人として成り立っている。
彼女たちに対して、ヴィクトリアは首を振った。
「ともかく──その品、私に買わせていただけませんのっ?」
「いくらでも売ることはできぬ」
「あなただってそれをお金で買ったではありませんの!それなら二百億で!」
「いいや?」
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンは微笑んだ。
「これは我のもの。五千兆積まれても売れぬ」
息を吸って、吐いて。
彼女は凛然と言った。
「愛は非売品だ!!!!!!!!!」
スパダリぃ……!多分効果音があったらこれ。
「ゔぃ、ヴィクトリア…………!!!!!!!」
目をうるませて見上げるフレデリック。こっちはヒロインの風格がすごい。
「愛は金で買えぬ。そうであろう?」
それに対して、うさぎたちは少しだけ黙り込んだ。
周りの黒服たちがちょっと動揺した風を見せてうさぎ姉妹をちらちらと見る。普通に心配している。
愛は金で買えない。彼女たちはそれを信じたくなかったのかもしれないし、あまりの覇王オーラに圧倒されただけかもしれなかった。
「では……仕方ありませんの!」
見事な技術の指パッチン!
上から金属音がした。ぱんぱんぱん!と軽い音がして、魔力を込められた宝石の銃弾が頭上から振ってくる。さすがミトロ、銃弾ひとつでもくそ高価。
商人たちがあわててすみっこに逃げる。テントの上から、くるりと円曲した刀を持ったターバンの兵士たちが飛び降りてくる。
うさぎ姉妹の商人狩りだ。と何人かがつぶやいた。
(商人狩り……!)
(生で始めてみた!!!!)
(金で殴ってもブツを譲らない者を札束で雇った戦力で殴るやつ……)
(これやられると辺りへの被害がすごいんだよな……)
(ヒャッハー!!!金で靡かないやつは消毒だ〜〜〜!!!!)
観客もやばいが戦力もやばい。
外からは謎の杖やら水晶玉やら本やらマグロのぬいぐるみやら全身じゃらじゃらうさぎ姉妹ピンバッジで飾ったやばそうな魔道士たちが集まってくる。一人二人ガチで強いやついる、その格好で外に出てくるメンタルどうなってんだ。
「逃さないですの!」
「百億だし、素敵なロマンスだし、いいんじゃない?」
「だめですのムーダンお姉さま!依頼人様からその気になればその十倍ふんだくれるかもしれませんの!それにもっと貴重品だってお約束いただいてますの!」
「まあ!ロートスがそれをとってもほしいのね?それじゃあやっちゃうわ、やっちゃうわ!ミトロではお金が全て!お金こそ力なの、さあそれに屈しなさい!最強の傭兵団、オカ・ネダイ・スキー、やってしまいなさーい!勝ったら昇給よ!」
名前つけたやつどういうセンスしてんだ。
「うおおおいくぞ!ここで勝ったら昇給!」
「おまかせあれ!」
「ネダイの誇り、ここにお見せします!!!」
「いつでも人員募集中!!」
略すと微妙にかっこいいの腹立つな。
「行くぞ!ネダイの力、見せつ────」
風を切る音がした。
「ぶっ!!!!」
見事な投擲力で、傭兵団の顔にめっちゃしっかりした何かが投げつけられたので隊長は言葉を失った。すごいスピードであった。
ついでに黒服たちも札束をくらって吹っ飛んだ。
「へぶっ!」
「ぶはっ!!なん…………金だ!!!!!」
「すげえ!!!!こんな文庫本みたいな札束初めて見たすげえ!!!!!」
傭兵団、テンション爆上がり。
カブトムシを見つけた小学生じゃん。
黒服はびっくりしたように札束を見てから、ざわめいてじりじりっと逃げるように後退りした。
近所の怖いお姉さん見つけた小学生軍団。
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンが投げた一つはネダイ傭兵団の隊長の額をすぱーーんと殴り飛ばし、あとの2つは──ミニスカメイドと、痩せぎす兵士から投げつけられたものであった。
「やだぁ♡ 効果抜群♡ 札束に靡くのざっこ♡」
「お前も金目当てでやべえことしてただろうが雑魚」
「あ”!?」
仲間割れするな。
なにはともあれである。何かあったらこれを使え、と言われていたティーガは改めてそれを投げつけてから絶大な力にドン引きした。金に靡く人間、きたねえ。
ギヨームはあまりの効力にすごーい♡ときゃっきゃした。
同じスラム育ちでも常識の数値の装備に差があるようだ。
そこに愛とか忠義とかないんか。
王妃は不敵に笑う。
「この街では金が全て──そうだろう?」
威厳と気迫だけでなく、場合によっては他のパワーで容赦なくぶん殴るスタイル。
「我につけ。──どうだ?」
それはまさしく、黄金の匂いがしまくる微笑みであった。
普段とは違う意味で。
結論から言うと。
ネダイの傭兵たちはコンマ一秒も迷わなかった。
「はい付きます!!!今付きます!!!すぐ付きます!!!!!」
「文庫本札束スパダリさま!!!」
「百億様!」
「マイロード!」
ネダイの誇りとかあったもんじゃない。
札束握りしめて全力投降からの、黒髪に黄金のランプを構えたヴィクトリアのすぐ後ろについてしまう。ロリたちは複数人の黒服だけを周りに残してその場に取り残されてしまった。
ロートスとムーダンが何か言う前に、周りの野次馬がめっちゃ騒いだ。
「おい!ネダイ傭兵団大人として最低だぞ!」
「ムーダンたんとロートスたんの気持ち考えろよ!」
「うるせえ商人ども金払いがいい方につくんだよここはミトロなんだからよ!!!」
「金が正義なんだよロリにほだされたおっさん共が!!!」
「黙って家帰ってパパと一緒に洗濯されたくなーいお父さんくさーいって言われてろよ!!!」
「うるさいわ〜!」
「一人家に帰って冷凍もの温めて仕事場の花のなさの切なさに浸ってろ若造が!!!!」
「なんだとそっちこそひょろガリ黒蜥蜴みてえな男リーダーにしてるくせして!!どうせ毎日卵とサラダチキン食ってんだろうが!!!」
極めて個人的な傷口のえぐりあい。醜い世の中だ……と黒服の隊長、黒蜥蜴は他人事のように聞いていたが急に流れ弾を食らった。卵とサラダチキンの何が悪いんだよ。
ともかくである。
うさぎロリたちの手持ちだったはずの戦力は、一瞬でヴィクトリア基百億スパダリの後ろについてしまった。
一気に形勢逆転である。
「これから何をすればいいですか百億スパダリ様!」
「スパダリなのに顔長くないのいいっすね!」
「あっ、考えてるお顔も麗しい!」
「わあ…………」
金だけでいくらでもプライドなく相手を褒めちゃうの、いっそ清々しすぎて気持ちいいな……とフレデリックは思ってしまった。人生生きやすそう。
「あっ、ランプの魔神サマも思ったよりイケメンっすね!」
「ぐずぐずずっと泣いてたんでどんなへぼ魔神かと思ってたら丸い目キュートっすねえ!」
「めっちゃかわいいっすね!!」
「えっ、あ、ありがとう……」
わあ。突然。こっちにまでへつらってきた。
「ネダイ傭兵団諸君。我らを無事にこの街とサンティアの国境線まで送ってもらおう。その後の働きは後ほど」
「まずはそれだけでいいんすか!!!!!」
「どんぱちほぼ要らなそうじゃないすか!法外なお手当です!!!!」
「文庫本札束最高!!!!」
金銭感覚を一瞬で破壊して狂喜乱舞する傭兵団、やばい。
その時うさぎ耳ロリの黒い方──ロートスが叫んだ。
「待つですの!傭兵団は買収されましたけれどっ、わたくしたちはミトロでは無敵のラパン姉妹ですの!──そのランプは渡していただきますの!傭兵団、わたくしならもっとオカネを用意できますの!なんなら……昔みたいに、どんなことだってして!」
「ロートス?」
「渡しませんの!」
何故そんなに必死になっているの?と、姉は妹を不思議そうに見た。
そんなに依頼人がくれるという貴重品がほしいのだろうか。
昔の暮らしに戻るのなんて絶対にいやなのに。この妹は、何を考えているのだろう。姉は妹を静かに諭そうとした。
形勢不利だ、この状態からじゃ絶対勝てない。自分たちは戦えないのだから。
あと黒服たちはいたぶったら喜ぶだけの壁だから多分役に立たない。
いい関係とはいえ、雇用関係意外の信頼関係なんてない。
「──ロートス?いいじゃないっ、譲ってあげたって。あの百億スパダリさんに譲ってあげたって、依頼人さんに譲ったってなぁんにも変わらないわ!手に入るゴルドだって差なんてないんだろうし!」
「そ、そうじゃないですの……」
「……ロートス?」
真っ白な姉が首を傾け、妹は泣きそうに涙ぐむ。
「どうしたの?ロートス?」
「に、にんじんを、」
「にんじん?」
姉は涙ぐむ妹を見やる。
「世界一美味しいにんじんを……ハートの騎士様なら用意できるかもって……」
なんか急にメルヘンな言葉が出てきて、全員が理解不能になった。




