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世界一偉そうな王妃は魔法市場を札束と愛でぶん殴る(3)


キラッキラのイケメン(推定)と、酔っぱらいの邂逅。


男はあんまりイケメンじゃなかったので普通に悔しくなった、なんだこの若造、顔が良すぎる。はっとするような美貌の青少年である。

謎のスパダリ感がめっちゃ漂っている。


涼やかな長いまつげは決して甘すぎず、鼻筋は高い。何よりもその顔に施された色香を醸すような金色を基調にした化粧!


(気に入らね…………か……金の匂い!)


気に入らなかろうが金の匂いは敏感にかぎとる。

これ、金持ちの間で最近流行ってる黄金メイクじゃん。


(上質な黒で敢えてその黄金の輝きを隠し、ワントーンコーデの中に耳元に華やかに小さな宝石を潜ませている……!こいつ、できる……!!!!!)


ファッション誌の批評みたいになってきた。

実はそのメイクを作ったのは後ろの男の娘美少女メイドなのだが男はそんな事知らない。


一つ一千万ぐらいするブランドの耳飾りを上品につけているのは、絶対見逃せないコーデポイントだ。こんなところにつけてこないで家宝にしろ。

と思いながらも、根はまあまあいい人な商人はうっかりとその人物が落としたものを反射で拾い上げて──渡そうとして、言葉を失った。


「へ、あ、え……っ?これは……?」

「金だが」


違う、そうだけどそうじゃない。


「拾ってくれて感謝する」

「は、あ、はい………………」


茫然自失。


レンガブロックぐらいある、それは札束だった。札束か?と疑うレベルである。小説家が文章量間違えた文庫本か?というぐらい分厚い。激重い。金ってこんな重かったっけ。

生と死を隔てるサンジスの川の渡守でも殴り飛ばせそう。


そして金の匂いには激弱なのが商人である。

この人に店のもの買ってもらえたら今夜出店でステーキとワイン買って帰れるかもしれない!!!るんるんである。


「あーーーっ、感謝なんて滅相もない!ところでうちの店によろしければ後で寄ってください!!!ぜひ!!!!!」

「いや、──我は欲しい物がもう決まっていてな」


逞しい商魂、麗しの黄金の声音で一言で弾き飛ばされる。

ステーキはない、解散。


外套の人物は、まっすぐに上を見上げる。

そこには、ふわふわとどのテントより巨大な──うさぎ耳つきのテントが漂っていた。


うん、めちゃくちゃシュールだな。


「……ああ、そうだ。」

「うん?どうした、王妃サマ」

「この先何かあれば、これを投げるといい。おまえたちに持たせておこう」


渡されたものに、ティーガ・ラグーとミニスカメイドに扮した男の娘ギヨームは目をぱちりとさせた。

これは──確かに、めっちゃ武器になりそう。







夜も更けた頃、うさぎの穴は目を覚ます。

商人たちが目をぎらつかせる、闇オークションの時間が始まるのだ。鮮やかな浮遊テントの間を行き交う魔法のじゅうたんに乗って、多くの商人がうさぎ耳テントに集うことになる。

尚この魔法の絨毯、自前がある人はいいがない人はレンタル制である。

一時間20000ゴルド。たっけえ。


まあ、それを高いと思える人間なんてここには来ないのだが。


その、テントの一番奥で。

かたかたと魔法のランプが揺れていた。


金銀財宝が詰め込まれた豪奢な小部屋。

その真中のガラスケースの中に鎮座した黄金のランプ。

そこで、ふわふわとランプの精よろしく漂うサンティアの王はめっちゃ困っていた。


「まあまあ!サンティアの王様!はじめまして!」

「あらあら!触ろうとしても触れませんの!すり抜けますの!おもしろ~い!ですの!」


めちゃくちゃさわさわされる。うさぎ耳ロリにセクハラされる機会なんてそこまであるものじゃないし。あとそういう趣味とかもないし。


「ええと……君たちが、僕をここへ連れてこいと命じたのかい?」

「うーん、厳密にはちょっと違うわ!書き物机とカラスとからめ納豆くらいには違うわ!」

「ですの!魔法の絨毯とセールで9980ゴルドの敷物ぐらい違いますの!」


ほぼ何もあってない。


「──聞きたいんだけど、どうして僕を攫っ……捕まえてここへ……?」


攫うって言うと市民の間で姫王とか呼ばれている事実が確定する気がして、フレデリックは言葉を濁した。


「攫った理由ですの?ハートの騎士さまに頼まれたからですの!」


あっさりプライドに傷をつけてくるタイプのロリ。


「ハートの騎士様が言ったのよ、あなたをさらえばお金にしてくれる、って!あなたを攫って、出来レースのオークションに出したら何でも好きなものあげるよ、って!」


それ騙されてないか?とフレデリックは思った。


「ええと、ハートの騎士……?って誰なの?」

「魔法少女みたいな依頼人さんよ!わたしはそう呼ぶの!」

「えっ?ま、魔法少女?」

「でもハートの騎士なの!」

「どっち?」


属性過多である。

フレデリックは咳払いした。


「彼のことは、……とりあえず置いておくけど……君たち、怖くないのかい?そのぅ……僕は一応王だから。一国の王を攫うということは……」

「大罪……ってこと?うふふ!」


くすくす。くすくすくす。

ロリたちは笑う。


「ここはミトロ、お金の街ミトロ!商売の街、魔法の街!ラビアンとサンティアの国境のここは、どっちの国の法律だって適応しきれないわ!」

「わたくしたちは法律でさばけませんわ!だってそうじゃなきゃあ……」


双子たちはくすくすと笑う。それから片方は自らの腕を捲り、片方は自らの胸のボタンを一つ外してみせる。

フレデリックは言葉を失った。


痛ましい、何かの傷跡があった。

鞭で打たれたのだろうか。それとも、何か熱いものでも押し当てられた?どちらにせよひどい傷だ。一朝一夕でつけられる量でもなく、一朝一夕で治る傷でもなかった。


「こんなこと、わたくしたちされなかったはずですもの!」

「私達が傷の治りが早いからって、お仕事ができないからって!ひどいことをしてきた人がいっぱいいたわ!」

「皿を運ぶ時に、ちょっと音をたてただけですのに!」

「ツボに傷をつけてしまっただけだったのに!」


児童虐待がいともたやすく暴露され、フレデリックは言葉を失う。

ラビアンは、サンティアの保護国だ。だからラビアン国にはサンティアの民だって沢山いるし、両国の親密な関係上見過ごせない問題だった。


起こった場所が国境線であっても──こんなところで、サンティアの子供が、虐待されていたなんて。自分が知らない暗部で。


「あとからそのお皿が一千万でツボが五千万だって知ったけれど、わたしたちをしつけだって怒って鞭で打って、怒った人がいっぱいいたわ!」

「大好きなにんじんケーキだって食べさせてもらえなくなりましたの!」

「そうね、本当にそうねっ、私達、にんじんケーキが大好きだったの。本当にただの、おいしいだけのにんじんのケーキ。そんなに高くもないのに、でもそれすら食べさせてもらえなくなったわ」


うーん。鞭打ちは絶対良くないがピンポイントにめちゃくちゃやらかしてる。


「だから私達考えたの!この街ではお金を持ってる人は絶対にえらくてわたしたちより強い!まるでトランプの兵たちみたいに強いわ!だからその人達に隠れてずっとずっと、ずぅっとこっそり……企んで……」


毒を盛っただとか、殺そうとしたとかそういう物騒な言葉が出てくるのではないか?と思って王は戦慄した。

彼らはどんな気持ちだったのだろう。年端も行かぬ少女を鞭打った結果殺されてしまっ──


「転売をしてお金をめちゃくちゃ増やしたの!」

「ですの!」


うん?


「最初はちょっとした小物から。ゴルドを増やして、そしてラビアン国で当時大流行して品薄になってたボードゲームのリイッチを買い占めてぜぇんぶ転売したの!」

「二倍近くの値段で売れましたの!」


そういえば僕も買えなかった……とフレデリックは思い出した。めっちゃ高い値段のボードゲームがミトロからサンティアへばかすか輸出されていた時期があった、転売ヤー滅ぶべしである。滅したい。

しかしフレデリックは深呼吸した。今は私怨をたぎらせている場合ではない。


「そ、それで……どうしたんだい、その後は」

「そのあとねっ、私達を虐待した人を黒服奴隷として買収して雇って鞭でびしばし叩くことにしたのよっ!今ではとっても素敵な兵士なの、私が命じたらきっと虫スナックとかも食べちゃうわ、うふふ!」


あれって案外体にいいのにな。


「今では芋虫になれって命じたら芋虫になってくれるし、なんだか鞭で叩くと喜んでくれるの!にんじんケーキより高いご飯もいくらでも食べられるようになったわ!黒服たちも反省してくれて、今ではいい関係だわ!!」


うーーーん。コメントしにくい。

そう思った時だった。


ふいに、小部屋の外からわーっと拍手の音がした。

遠くから多くの人の気配。声の通る女性が何かを話しているのが聞こえる、喋り方からして司会か何かかもしれない。


フレデリックは嫌な意味でドキドキとしてきて、うさぎロリたちをふり仰いだ。


「……ねえ、これから僕をどうするつもりなんだい?」

「もちろん」

「もちろん!!」

「ハートの騎士様の依頼通り、出来レースに出品するわ!」

「ですの!!」

「いや、えっ!?いやでも僕には心に決めた人が」

「もうお嫁の行き先は決まっているですの、おら覚悟を決めやがれですの!」

「商品ってそういうものなのよ、王様。取引ってそういうものなのよ、優しい王様!このオークションは全部偽物、全部演劇!ふふっ、勝利者はもう決まっている。今日からあなたはハートの騎士様のお嫁さんよ!彼が勝つシナリオなんですもの!」


奴隷商人みたいなことめっちゃあっさり言うな。

あと王は男である。


「ハートの騎士様には、勝てるだけの資金もお渡ししてますの」

「うふふ。これはそういうショーだもの」

「うふふ。そうやって『自分のもの』ってみんなにお金で示してあなたを手に入れるためのショーですの!」


ランプの魔人と化したフレデリックは血の気が引いた。

いやまあ、今は透き通ってるから血とかないかもしれないが。


ランプの口からふよふよと漂い出ただけの姿で硝子ケースから抜け出ようとするも、どうしたってランプの口に引き戻される。力を込めても魔法の力も驚くほどに発動しない。

フレデリック・オーストウェンは普段は魔法を使わないとはいえ──王家の人間らしく、類稀なる光の魔力の持ち主であるはずなのに。

まるで、枷がはまっているかのように何もできない!


でもまあ、かろうじて、花を降らせるぐらいはできた。

あと鳩を飛ばせるのもできた。

マジシャンかよ。


少女たちはきゃっきゃと無邪気に喜んだ。


「わあ!お花だわ!お花だわ!鳩だわ!おいしそう!」


食うな。


ちょっと意思を込めたら種類も変えられた。

白いアマリリス、赤いチューリップ、黄色のコスモス。そして──、金色の薔薇も。


(…………ヴィクトリア……)


きらめく黄金の花びらを見ながら、フレデリックは唇を噛んだ。こんな姿にされてしまって、今はもう何もかもできずにオークションに出されるだけのランプだ。

その上この先自分は競り落とされ、その謎の『依頼人』とやらのものになってしまうらしい。


嫌だ。

自分は彼女のもので、そして彼女は──自分のもので。

そのはずなのに。


王としてどこかへ連れて行かれるのは勿論危惧している。

それと同時にフレデリックを襲ったのは、そんな限りなく個人的な焦燥だった。

彼女以外に、『自分のもの』だなんて、言われたくはない。


僕は王だ。王妃だけのものなのに。

金を積んだだけの人間のものになるなんて、いやだ。


そう王は思いながらも、──出番が来る。

硝子のケースは引き出され、明るい舞台の上へ。

多くの商人たちが目をぎらつかせる照明の中へ出される。ランプから漂いでただけのフレデリックは、ただただその視線を泣きそうになりながら受け止めた。


おお、とどよめきが起こる。


「サンティアの王だ……」

「まさか本当にあの魔力の持ち主が詰められたランプが手に入るとは……」

「希少な品としてでだけでも充分価値が……」

「さすが、何でも手に入る街、ミトロ……」

「泣いてる……かわいい……」

「絶対競り落とすわ……買えるまで金を詰めば手に入る……」

「おい本当にサンティア王だ……ブロマイド持ってるぜ……」


ガチャ廃人みたいなやついる。

フレデリックは怖くなってランプの入り口に引っ込んで目だけで外を眺めた。

普通に感覚が凡人なので普通に怖い。

ぎらつく目が怖い。こっちを商品としてしか見てない感じが怖い。あとなんかこの状況の自分を愛でてくる謎の勢力怖い。


「──では、1億から参ります!」


いきなり値段が激高。


「1億千!」

「1億二千!」

「1億五千だ!」


値段がどんどん釣り上がる。会場がヒートアップする。

一国の王を手に入れようと考える商人、予想以上に多い。

手に入れて何に使うんだよ。


ヒートアップする場内に──そのとき、不意に静かな男の声が言った。

知らない声だ。


「三億」


フレデリックは顔を上げる。

──つややかな深い色の外套を羽織った、細身の人物が立っている。

腰には細い剣を下げていた。その柄には大きなハートの形のルビーがはまっている。

なるほど、『ハートの騎士』。呼び名はそこから来ているのか。


フレデリックの個人的な納得をよそに、いきなり値段を1億五千も釣り上げられて、空気読めよ……という沈黙がオークション会場に一瞬流れた。いきなり倍額にするな。


「三億!それ以上の方は?」

「くっ……三億千だ!」

「三億千と百ゴルド!!!!」

「三億千と百と一ゴルド!!!!」


急に一ゴルド単位のみみっちい争いが始まった。

静かな声の『ハートの騎士』は更に言った。


「四億」


どれだけ王がほしいんだよ…………という沈黙が流れた。

出来レースだとしても金を使いすぎている。この人もしかして僕のこと好きなのでは……とフレデリックも思った。

フレデリック王、ヴィクトリア王妃の影響でメンタルがちょっとポジティブに寄りがち。

ガチ恋勢?


「四億……!それ以上のお客様は?」


司会者の女性の声もぶるぶるしている。

空気読めないマンに対抗するだけの声は起きなかっ──


「十億だ」


今度こそ完全な沈黙が落ちた。

倍額以上をいきなり出そうとするやつ、多分空気読みオークションに向いてない。


凛とした声だった。

その声を発したのは、赤い騎士ではない。


──よく知る、金色の声だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう、一生に一回くらい言ってみたーい。 「十億だ」 王妃様、カッコよすぎて最高です。
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