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世界一偉そうな王妃は魔法市場を札束と愛でぶん殴る(2)

さて。金銀財宝に囲まれて座っていたのは──二人のうさぎ耳ロリであった。長寿でも有名な、うさぎの獣人族である。

ウサギ耳の、白いロリと黒いロリ。

白いロリがムーダン、黒いロリがロートス。まさしくロリロリだ。

なにはともあれ。レースとフリルで埋もれたような服装のうさぎの少女たちは、くすくすと笑いながら財宝だらけの部屋できゃっきゃと声を響かせた。


少女たちの周りには、黒い服の男たちが彫刻のように立ち尽くしている。

彼女たちの喧騒に対して、眉一つ動かさない彼らは、忠実な執事のようでもあり、彼女たちを見守る番犬のようでもあった。


「そう、予定通り手に入ったわ!魔法のランプよ?本物の魔法のランプなのよ?こすったら他所で詰め込んだ『魔神さん』を呼び出せるわ!ふふっ、なんでも言うことを聞かせられるのよ!」


つまり誘拐してきた人間を詰めてるランプってことなんだけども。

その事実に対して少女らしいファンタジックな感想である。かわいい。


「ふふっ、うふふ!ハートの騎士様からの最後の依頼、出来レースなオークションを経たら、これはとーってもお金になるわ、ざっくざくよ!どんな珍しいものだって買えるわ!確定申告も黄金になっちゃうわ!」


いやかわいくないわ。


「あらあらムーダンお姉さま!それならそれなら!今から素敵な演劇が楽しみですの!」

「そうよそうよロートス!ハートの騎士様は、このランプをみんなの目の前で手に入れるのをお望み……うふふっ、オークションはそういうシナリオ!それが終わればランプをすっごいお金に替えられるわ!お金こそ結局最強の魔法だもの!」



うさぎ耳ロリたちがきゃっきゃと騒ぐのを見ながら、黒蜥蜴は数日前の事を思い出していた。あの、慇懃無礼な『ハートの騎士』の事を。








「──魔法のランプを合法的に手に入れたい?」

「ええ、その通り」


ミトロでは、身分を明かさずとも、姿を明かさずとも、金さえあれば誰にでも依頼ができる。しかしこのオークションでも最も金持ちなラパン姉妹にそれを正面切ってやってくる人間はあまり多くない。

なので、この客人のことを黒蜥蜴は忌み嫌っていた。

無礼だ。フードで顔も明かさず、身分も分からない、若い男。

除菌したい。今すぐ。


黒蜥蜴は潔癖症であった。

(土足で絨毯の上を歩かれると後から砂粒拾うのも大変なんだ……!)

一粒でも砂粒を落とされるのも腹が立つ。


客人の、瞳だけが赤いのがフードの隙間から分かる。

腰には細い剣。柄にはハートの形の宝石がはまっている。魔法少女の武器か何か?


「『サンティアの王を封じた、魔法のランプ』──これが私の欲しい物。このミトロで最も有名なあなた方にこれを頼む意味、おわかりですね?」

「あらあら、まあまあまあ」

「あらあら、難しいご要望ですの」


きゅるきゅるとした声音でうさぎ姉妹に咎められても、男はどこ吹く風であった。

黒蜥蜴は飄々とした男の態度が気に入らなかったが、黙っていた。


「──どうしてもほしいのですよ。いくら払えば、手に入れてくださいますか?」

「条件次第ね!ハートの騎士さま!」

「ハートの……?」

「そのカワイイ武器!素敵だわ!魔法少女みたい!ハートの騎士さま!」

「ああ……これは主君の趣味で──」

「ハートの女王様はイケメンを魔法少女にするのが趣味なのっ?」

「違いますね」


主君、いい趣味をしている。

男は一瞬眉根を寄せたが、咳払いをして無理やり話を戻した。


「ではこうしましょう。金に加え、『どんなものでも』報酬として用意しましょう。」

「どんなものでも?」

「ええ。わたくしが手に入れられるものなら、『どんなものでも』。古今東西の宝、もう失われた遺跡の入り口の鍵、博物館に収められている高価な絵画──どんなものでも」

「ふうん……?信じていいのかしら?」


訝しげに眉を寄せた白うさぎの方に対して、男はフードの中に手を入れ厳かに何かを取り出す。それを見て、ふっと二人のロリは沈黙した。


「……いいですの、受けましたの」

「まあロートス、いいの?」

「それをお持ちの方が、まさか契約を反故にしたりはなさらないですの。そうでしょう?」

「ええ──我が主君の紋章に賭けて」


男は優雅な挙措で跪く。

黒うさぎは神妙な面持ちで男をみやり、白うさぎはぱんっと楽しそうに手を打った。


「では──契約成立ね!契約書にサインを、うふふ!ハートの騎士様!」


ハートのあしらわれた剣を携えた男は、ふっと息を吐いて丁寧な礼をした。いっそ慇懃無礼なほどの美しい礼を。


「はい──ミトロの無冠の女王様方。どうか、『魔法のランプ』をここへ。魔術的なサポートは致します。人を雇う資金も、こちらが用意しましょう」

「あら、気前がいいですの。」

「こちらも、ミトロで最も力があると謳われる彼のラパン姉妹に……何事も礼儀を尽くさずに頼むというわけにはいかないでしょう」


口元がすうと微笑むのが見えた。美しい形だった。それだけで、麗しい男であるとひと目で分かる。黒蜥蜴は気に入らなかった。うちのお姫さんたちに媚を売るな。このいかにも怪し気裏切りそうなイケメンがよ。靴の泥落としてそして死ね。


黒蜥蜴、ロリに過保護。


「──それでは、よろしくお願いいたしますよ、うさぎのお姫様方」

「ええ、ええ!騎士様!」

「魔法のランプが手に入った暁には──どうしますの?普通に受け渡しますの?」

「いいえ……合法的に手に入れたいのです。あくまでも、その権利がわたくしにあるのだと示したい事情がありましてね。……オークションをお願いできますか?あなた方主催のオークションで──どうか、目玉としてランプの出品を」

「まあ!オークションでみんなの前でランプを手に入れたいの?うふふ、派手好きな方!うふふ、抜け目ない方!」


きゅるきゅるとラパン姉妹は笑う。


「それでは──資金のご用意を。ミトロの今までのオークションは、最上金額が十億ゴルドでしたの。それだけあれば──きっとランプは皆様の前であなたのものですの!」

「まあロートス、十億だけ用意したら危ないのではない?だってだって、王様入りの魔法のランプよ、色を付けて──十五億程度、ご用意してね」


じゅうごおく。それって何ゴルド?と聞きたくなるような桁だ。

うふふ、うふふふ、と笑ってから、このミトロで最も金持ちの子うさぎたちは若い男を見る。


「なんなら、貸してあげても構わないわ!」

「利子は尽きますけど借金も請け負いますの!」

「ふふ。これはこれは。──ですがやめておきましょう、素敵な子うさぎの協力を仰げたと思ったら、そのまま猟師の罠にかかりそうですからね」


気障ったらしい言い方すぎて黒蜥蜴はポケットの中で指先だけで器用にハンカチをちぎった。なんだこの男!!!!ハートの騎士様♡とか呼ばれているがマジでうちのカワイイラパン姫たちに近づかないでほしい、ころすぞ。







「大丈夫?黒蜥蜴。手の中でハンカチが弾けているわよ?」


そこで、きゃっきゃ!という可愛らしい笑い声で、黒蜥蜴は現実に帰る。

うっかり現実のハンカチを指先だけでみじん切りにしてしまった。失態だ。


「いや、問題ない」

「本当?黒蜥蜴。あなたの調子が悪いと困るわ!」

「そうですの!毎日お給料を出しているのにコスパが悪いですの!」

「調子が悪いときのあなたを雇ってても意味がないわ!帰ってもいいわよ!」


言いたい放題である。


(こんなに見た目は可愛いのに……)

(中身がなあ…………)

(性格が悪い!最高!!)

(うさぎみみとか超かわいいのに……)

(可愛い見た目とひねくれた性格!!!!性癖!!!!!)


ロリを見守る黒服たちの中で、数人解雇した方がいいやつがいる。

変態だ。

よだれを垂らしそうな顔で見守っていた黒服の一人を、黒蜥蜴は足払いした。ずだーん!と筋肉質な黒服が床に転がる。


「な、何するんですか隊長!」

「不潔だ。死ね」


常に黒蜥蜴が持ち歩いている除菌スプレーを顔からかけられて筋肉が床でのたうち回った。普通に染みる。


黒服たちのやり取りをよそに、ロリたちはきゃっきゃしている。


「うふふ!お金がある人が一番自由なの、それがこのミトロ!わたしたちのミトロ!」

「ですの!魔法のランプはとびきり高いところへ!一番高く買ってくださるお客様のものですの!」


ぴょんぴょん、とうさぎ耳ロリたちは跳ね回る。

うふふ。うふふふ。うふふふふ。

少女たちが笑う。直立不動で立っている黒服たちはただ、少女たちの笑い声に黙って耳を澄ませる。


一際背が高い黒服──黒蜥蜴と呼ばれた男もまた、ただ静かに少女たちの傍に侍るのみ。


「ところでお姉さま?ハートの騎士さまに、もう資金のお渡しは済みましたの?」


黒うさぎロートスが、とてとてと壁際の棚に歩み寄る。背伸びをして、少女らしからぬワインを透明なグラスに注いでこくりと飲み下しながら聞く。

白ウサギムーダンは、しれっと言った。


「済んだわ!ふわふわうさぎ型のバッグに入れてお渡ししたわ、魔法少女みたいで可愛かったわ!」


ロートスは飲んでいたワインをふきだした。

怪しげなフードのイケメンにふわふわうさぎのバッグを渡すな。


そばにいた黒服がその場に噴き出されたワインに濡れた上にすっ転んだ。大惨事。


「あらまあ、汚いわ、汚いわ!」


白うさぎムーダンは片手間にいきなり腰につけていた鞭を取ってびしばしとムキムキ部下をひっぱたいた。悲鳴が上がろうが無視である。その悲鳴がなんか喜んでいようが無視である。

この町では金があるものが正義である。二人に給料をもらっている黒服どもなど、女王様に奉仕する下僕に過ぎない。


「すまない、ムーダン様、ロートス様」

「まあまあ、私達の黒い蜴!謝る必要はないわ、ただ──あなたの部下を鞭打つから。見ていなさい」


びしばしびし。

黒蜥蜴は無表情のまま、己の部下が幼女に打たれているのを見守る。


「も、もっとお願いします!」

「うるさいわ!そこに転がって芋虫の真似でもしてなさい!」

「は、はいムーダンさまぁ…………」


いや変な意味ではなくて。

びしばし好きなだけ芋虫黒服をひっぱたいてから、ムーダンはきらめく笑顔を双子の妹に向けた。妹は少し顔を曇らせる。この妹、やばい姉よりちょっとだけ常識があった。


「お姉さま、これは今更ですけれど、サンティアに対する国家反逆罪になる可能性は?」

「あらあらロートス、難しいことを言うのね!でもね、大丈夫…………」


うふふっ、とムーダンは笑う。白いウサギ耳をぴこぴこと動かし、くすくすと楽しげに笑う。

真っ白いフリルとレース、小さな身長。その愛らしい見た目には似合わないような妖艶な笑みがすうっと口元に過ぎった。


「……ここはミトロ、国境の街ミトロ。ここはサンティアの法律には縛られない。ここはラビアンの法律にだって縛られきらない!だって──」


ここはミトロなんだもの!お金が全て、そうでしょ?きらきらきらめくコインが、ひらひら舞い散る綺麗な模様の紙が、ぴかぴか光る宝石が全てを決める商売の街、ミトロなんだもの!


双子の姉の様子を見て、黒うさぎも少し考えて──また笑った。

確かに。確かにそう。この町では、買えないものはない。国家の保護だって、免罪符だって、お金があれば買える。なんだって買える。そして──お姉さまとわたしは、この街で一番のお金持ち!


妹は姉が大好きすぎて、ちょっと常識を失っていた。シスコンがぶっちぎっている。


「お金があれば無敵なの!このうさぎの穴ではそれが全てなの!うふふ!」

「そう……かもですの!お姉さまが言うならそうですの!お姉さまは絶対ですの!」


やべえ、お姉ちゃん好きすぎて盲目。


ラパン姉妹。

それが双子の呼び名だった。本名かどうかは誰も知らない。けれどもそれが、このミトロが商売人たちにうさぎの穴と呼ばれる所以。

この街で最も金を持ち、この街を自由にする双子。


彼らは黄金の輝きの中でわらった。


「さあ、さあ!オークションの準備をしましょうロートス!うさぎの穴に皆様をご招待よ!ランプが競り落とされたら、明日来るあなたのお誕生日には世界で一番素敵なものをプレゼントできちゃうわ!」

「まあ、まあお姉さま!嬉しいですわお姉さま!ええ、ええ!お姉さま、わたくしたちのオークションに皆様をご招待ですの!」


金があるものが、この街では一番強い。

今夜だって、わたしたちがこの町では一番強い!


きゃっきゃとはしゃぎながら姉が出ていくのを待って、妹はふっと財宝の山の中に置かれていた一つの麗しい皿を見た。

『世界で一番ステキなもの』を入れるためのお皿。

それを姉と一緒にまた囲めたら、どれだけ幸せだろう。


大好きだったもの。

でも、貧しかった頃は全然手に入らなかったもの。

今なら、きっと姉にまた、あれをあげられる。


そのために、今夜のオークションは絶対成功させなければ。


きらきらで美しくて、それでいて愛くるしい皿の中身は、まだ空だ。






同時刻。

うさぎの穴──鮮やかなテントが空中浮遊する街の入口に、静かにつけた馬車があった。


そこから降りてきたのは、高価な黒い外套を頭からすっぽりと被った人物と──侍女らしき少女、そして目付きの悪い痩せぎすの兵士であった。どうでもいいけどこの侍女めっちゃスカートが短い。ふりふりである。魔改造スカート。


酔った商人が、そのスカートを見て花に引き寄せられた虫みたいになった。かわいいじゃんあの侍女、美少女だし。胸全くないけど可愛いしぶつかっちゃお。

真っ先にその視線に気がついた兵士が何故か憐れむような目線を向けてきた。


しかし男は典型的迷惑酔っぱらいおじさん。

彼が美少女(推定)メイドとぶつかろうとした瞬間──


さっと横に居た外套の人物が割り込んだ。

転びかけたのを片手でダンスの相手役みたいにくるくるくる!と華麗に回されて支えられた。


なんで。


ばさりとその人物が何かを取り落したが、転びかけた酔っ払いは顔面がざりざり石タイルとキスしそうになっていたのでそっちに構う余裕がなかった。

しかも回されたので三半規管がぐわんぐわんしていた。


(…………な、なに……こんな体験、初めてぇ……!!!!)


まあそうだろうな。


地面にキスする寸前で支えられ、言葉を失った酔っぱらい。

背の高さはそんなに高くないが、この腕の安定感、めっちゃイケメンの男に違いない。


「おっと、申し訳ない」

「いや、こちらこそすまない」


声は意外に補足、麗しい声音だった。

フードの隙間から見えた瞳は金色で──そしてその顔は──……


イケメンだった。ムキムキじゃなくてキラキラだった。目が潰れそう。


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