世界一偉そうな王妃は魔法市場を札束と愛でぶん殴る(1)
「報告する、王妃サマ」
「ああ」
サンティア王宮、王妃の部屋。
豪奢なシャンデリアと上品な赤い絨毯は日差しが陰る曇りの日でも麗しい。その部屋の主人は巨大な鏡の前に座り──男の娘メイドにめっちゃ化粧を施されていた。
「王サマの痕跡だが、地下の商売都市ミトロの辺りで止まったらしい。──ちっ、そこの馬鹿が魔法で王サマをランプに押し込めたせいでこんな事になった……」
そこの馬鹿、呼ばわりされた同室に居たキャンディボーイがしょんぼりと眉を下げる。
今日もピンクとパープルのねじねじを頭の両横にぶらさげたみたいな独特のヘアスタイルをしている。
「その件に関しては充分に謝るからぁ……依頼人さんから預かった札の力だからボクには解き方わかんないけどなんでもしますぅ……ボクの体で払うからぁ……」
「おいいかがわしい言い方すんな!!!」
「何を今更♡」
「何も今更じゃないが?」
ティーガ・ラグー、メイドに完全に転がされている。
何を隠そうそのメイドこそが、一日前にやり込められた男の娘ギヨームであった。王に魔法をかけた大罪人だが、王妃に完全にやり込められ情報を全て吐かされて今は償いのために……何故か侍女(男)をやっている。
大丈夫か?この国。
二人のやり取りには我関せずで、王妃が静かに眉を寄せた。
「ミトロ。……ふむ。売られたか。あそこは有数の地下商業地域だ」
結論が早い。
「王様が売られるたあ、国際条約とかはどうなってんだかね」
「なぁにぃ?スラム出てこくさいじょーやくとかも勉強してるのぉ?」
「るっせぇよ、一生メイド喫茶でもえもえきゅんしてろ」
辛辣。ティーガは会話を断ち切って話を戻した。
「……で、どうすんだよ、王妃サマ」
「あれは我のものだ」
「……お、おう」
「奪い返すまで」
どっちが嫁だかわかんなくなるな、これ。
「かぁっこいぃ……♡」
一日前にやり込められた男の娘ギヨーム、今は完全服従であった。
ティーガが憐れみの目で見る。過去に自分がなったからこそ尚更。
ぱふぱふ。ぱふぱふぱふ。
顔に無限にファンデーションを塗り込められながらも、ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンは相変わらず偉そうだ。めっちゃシュール。
その王妃を横目に、ティーガ・ラグーは上がってきた報告書を読み上げようとしてから……やめた。
「王妃サマ、地理詳しいか?ミトロとサンティアの位置関係辺りわかるか」
「詳しいぞ。我が歩くところに道ができる」
「…………」
ツッコミを早々に諦める。根気強く彼は説明した。
「わかった、説明する。ギヨームも聞け」
「ヨムって呼んでよぅ♡」
ティーガはガン無視した。
「ミトロは、サンティアとラビアン国との国境線辺りに位置する地下都市。天然の洞窟の中にあって、魔法と商売でそりゃもう有名だ。金を使いたいやつ、金を持ってるやつしかいない、俺らにとっちゃ夢見てぇな場所さ」
「ミトロの名前ぐらいはボクにだって分かるけどっ?」
きゅるんとした瞳。開け放たれた扉の向こうで護衛をしていた兵士がうっかりギヨームのあざと可愛さに見とれて槍を取り落した。
大丈夫かなこの国。
「場所も記憶してるしぃ、なんならお客さんの同伴でついてったこともあるもん♡ あっ、でも勿論、ティーガや王妃サンと行くならそれはそれで初めてのことも多くて楽しそうっ♡ えへへ」
キャバ嬢のテンプレみたいな言い草であった。男なのに。もえもえきゅん。
「ヨム。アンタ見た目より記憶する脳あんのな」
「下潰すぞ」
ひえひえひゅん。
「おい…………」
「ちょっとぉ、怖がらないでよティーガぁ……遠ざからないで、寂しいなあ……?♡」
「俺は全然寂しくない」
「ちっ、引っかからねえ」
態度の翻し方怖いって。
「そういや、なんでも売ってるって噂流れてたよねえ?ミトロは。食べたら誰でも眠る毒りんごとかドラゴンの尻の毛とか生足美脚のマーメイドとか」
「ほう、そんなものまで買えるのか」
王妃は素直に感心した。
でもマーメイドの定義的にそれ多分頭の方が魚。
「……いやまあともかく、そういう感じの場所だよ、ミトロは」
青年兵は適当に流した。
一年以上この王宮にいて学んだ。いちいちツッコミをしていたら過労死する。
「王サマの痕跡が金と魔法の都市ミトロで止まったってことは、多分そこで引き渡しされんのかもな。”黒幕サマ”にさ」
「やだぁ、王様買われちゃうのっ?縛られて服脱がされて買い叩かれちゃう?下町で出回ってるミカエルさんと王サマの薄い本みたいにっ?」
正妻の前でその発言はまずい。
「あれは何がどうなろうが我の男だが?」
カップリング原作元がメンタル覇王だったおかげでミカエルサンは死なずに済んだ。
ヴィクトリア王妃、メンヘラとかヤンデレとかやきもちとかと無縁の女。
「まあ普通に引き渡される可能性もある。ただ、場所が場所なんで普通に競売場にでてくる可能性の方が高い。アンタ自身がオークションに挑んで買っちまうのが一番はやいな」
「そのオークションのための変装だ、目立つわけにもいくまい?」
この人目立たないでいる気が一応あるんだ。
「ねえねえっ、王妃サン♡イヤリングやネックレスはどれまでならコスプ……コーデに取り入れていいの?」
「どれでも好きに使うといい」
「じゃあ……この一千万ぐらいのやつ♡ あっ、触っちゃったぁ!!!」
きゃっきゃと無邪気に喜んでから、ギヨームは綺麗にメイクした王妃の顔を見る。着せかけた衣装はアラビアンナイト風の紺色。その上から黒に金糸の入った上着を羽織らせる。完全に全てが漆黒である。突き抜けて妖しげな美しさがある。
髪も本来の黄金はネットに詰め込み、黒いウィッグを被らせているので大分雰囲気が違う。
元々美女なのでいじるところがあまりなかったのだが、眉を凛とさせて顔の丸みを消すように影をつけたり顔の彫りを深めにちょっと男性的になんだかんだとしたので──王妃はすっかり美青年に見えた。
ティーガもほう、と小さくため息をこぼした。
今は眉や影や髪型の影響で端正な色気のある青年に見える。なんなら普段の王妃本人よりも色っぽいかもしれない。
瞼のアイシャドーは麗しの微かな金粉を眩してきらめいている。
睫毛は長いが甘すぎない程度、唇は自然な色合いなのにほんの少しだけ艶めいて麗しい。瞳を伏せると、彼女の黄金の輝きは息を潜め、影のある美青年がそこに出現する。
こすぷれの ちからって すげー!
……と思った瞬間。
「では、いくか!!!!!」
急にばっと王妃が立ち上がった。
突然のバカでか爆音ボイスと溢れ出る光オーラ。黄金の瞳。ぎらぎらである。
「あん、ボクのメイクの世界観がぁ……」
影のある金持ちスパダリプラン、割と演出にも気をつける必要ありそう。
「……おい。王妃サマ、黙ってないと変装の意味がぶっ飛ぶだろうが」
「勿論必要ならばそうしよう」
「これは一応聞くんだが、必要がなくなったと判断した場合は」
「いつものようにする。それだけだ」
すっ……と麗しの睫毛を伏せて王妃は微笑んだ。今はその微笑みは少しだけ陰って、髪のおくれ毛なども手伝ってはっとするほど色っぽい。なんなら静けさすら漂わせる静謐な佇まいだ。ギヨームの腕が良すぎて人格が変わって見える。すごい。
「ヨム、アンタマジでメイクの腕いいのな。今度うちの妹にもやってやってくれ」
「もちろんティーガの頼みなら、いいよ♡ でも、家に行ったら……楽しいご褒美、く・れ・る……?」
「いちいちそういう方向に話を持ってくな殺すぞ」
「こわぁい♡」
スラム出身同士の会話、青年兵にとって一方的に苦痛。
でもそれはそれとして。
ティーガ・ラグーはヴィクトリア王妃の本質を知っていた。
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンは大人しくもないし影もないしなんならあんまり色気もない。
オリハルコンドレスで銃弾を弾く。黄金の馬車を魔国まで突入させる。そういう女だ。知っている。
大丈夫か?とティーガは思った。
王のことではない。
王を捕らえているやつらの未来が心配なのである。
なにせ王妃はパワーでぶん殴って全てを解決するタイプの女なのである。
それがどういう種類の力かはともかく。
「ミトロに行くなら──とりあえず五百億ゴルド程度の手持ちで構わんな」
あー。
何にせよ今回の『パワー』、これかあ……。
「王妃サマ、その金、どこから……?」
一国の王妃でもぽんと出せる金じゃないだろ。
「我のポケットマネーだ」
そんなことなかった。
「おい????本当か???俺らの税金じゃねえだろうな????」
「個人的投資と定期的に送られてくるファンクラブからの献金だ」
「ファンクラブからの献金」
「ここに領収書もある」
「……なに……王妃サマブロマイド及びフィギュア及びグッズの売上、今月払い込み分……」
被写体にしっかり金を振り込むタイプのファンクラブ、ちゃんと律儀。
その紙には目が飛び出て大気圏に突入するレベルの額が書かれていた。
スラム育ちが目が眩むを通り越して全身蒸発しそうなレベルの額である。ファンクラブやっべえ。秘密組織かよ。
それにしても国内にフィギュアが出回ってるタイプの王妃、斬新。
──サンティアの地下には、天然の地下通路がある。
それを遥か東へと歩いていくと、サンティアの保護下にある自治国ラビアンとの国境、巨大洞窟内部にある街に差し掛かるのだが……。
この街は、少々特殊な見た目をしている。
ラビアンの文化によって作られた、赤や黄色や青の鮮やかなテント型の店がふわふわと浮遊する浮遊市場。それが、この街の特色である。天井からは鍾乳石が、地上には魔石の鉱脈がきらきらと顔を覗かせる、地下でありながら目に眩い都市。
「手に入らないものはない」と言われる魔法に満ちた商売都市。昔なくした小さな指輪から、強大な力を持った大剣まで、なんでも手に入る。それがこの都市──ミトロだ。
さて、このミトロの最も巨大なテントの中。
床は鮮やかなラビアンの織物、揺れる灯りはおそらく百万はするであろうサンティア製の魔法の灯り。壁際にはまるで童話にでも出てくるような宝箱、そこからは金色銀色の各国のコインが──本物のコインや札束、宝石が溢れている。
そこを──一人の男が歩いていた。男は流れる影のようにテントの中を進み、すっと巨大な玉座に座る主たちに向かって膝をついた。
「──ムーダン様、ロートス様」
「あらあら、まあまあ!おかえりなさい、黒蜥蜴!」
その富と財宝に溢れた場所にはどう考えても似つかわしくない可愛らしい声が言う。
男は影のようにすっと胸元に手を入れ、──黄金のランプを取り出した。中からむーむーと男の騒ぐ声がする。やたらがたがたしている。めっちゃ動いてる。
しかし男の声は揺らがなかった。
「例のものを持ってきた、──こちらに」
「あら、あらあらまあまあ!流石わたしたちの『黒蜥蜴』!」
「素敵ですの、素晴らしいですの!」
「昇給させてあげるわ!うふふ!今月はボーナスも弾むわ!おかずを一品増やせちゃうくらいにね!」
急に現実的な目線。
黒蜥蜴、と呼ばれた男は、すっと頭を下げる。
「──過分なお言葉。そういえば、例の──スラムの子供は。始末した方がよかったか」
「あらまあ、怖いわ!怖いわ!うふふ!そんなことしなくていいわ、うふふ!」
「所詮貧乏人ですの、何もできませんの!」
「可哀想な男の子のアリスには悪いことをしたけれど、うさぎの穴は貧乏人をうけつけないのよ、うふふ!」
こいつら、可愛い声して貧乏人のヘイトを稼ぐ才能がある。
くすくす、くすくすくす。少女二人の声が笑う。影が揺れる。
黄金にきらめく闇の中を、歌うように、踊るように。




