世界一偉そうな王妃は偽物王妃の自由を買収する(終)
「げ、現実って、」
ド正論を叩きつけられたキャンディボーイは流石にちょっと声を震わせた。
「現実を見ろ。夢を見た、皆を助けたいと思った。それはかまわぬ。だが今のそなたはなんだ?己に己を誇れるのか。国家反逆の手先と化し、王を攫い、重罪人となった。その依頼者が保証したという金も、学校へ通わせる話も、命の保証も、絶対ではない。しかも今そなたは捕らえられている!!!!!人生の奈落へ落ちたいか、雑魚!!!!!!!!」
大声で人のセリフ取るのやめてください。
しかし、その通り過ぎてギヨームは何も言えなくなった。
彼が少しでも動こうとすると、周りにいる兵士たちの槍の穂先が動く。今にも、喉を貫きそうなほどの距離で。
ねじねじキャンディみたいに結われた髪もちょっと槍が動いたら切れそうだ。
「わかるか?そなたは今包囲され、兵に囲まれ、逃げることもままならぬ」
「……これから牢屋に行くの?ボクは」
兵士たちににじり寄られ、彼は力なく聞いた。
みんなのこと、助けたかった、なあ。みんなのこと、ボクが幸せにしたかった。
小さな小さなギヨームのつぶやきが、地面にころりと転がって、大粒の涙と一緒に落ちる。
それは彼が募金箱に入れ続けてきた1ゴルドよりも、ずっと重い涙だった。
それを傍で見ていた、ティーガは思い出す。
(……こいつ、)
彼はスラムの町中で見かけた時、いつだって誰かにメイクをしたり、演技をして笑顔を引き出してた。スラムの中の通り名が「100ゴルドメイクのギヨ」だったのだって、彼が少ないメイク道具でみんなを、幸せにしていたから。
いやまあ、別名の1ゴルド募金のギヨはちょっとせつなすぎるけども。
ともかく。彼が、街の皆をとても愛していたから、みんなだって、彼を愛したのだ。
あと幼児相手にしゃがんであげて目を合わせてしゃべるタイプの人間。
このタイプの人間に悪いやついないから。
「なあ、待ってくれ──……!ちょっと手心を加えても、」
ティーガが思わず兵士たちに声をかけかけた、時。
「──その意気や良し!!!!!!!!」
い、いつもの。
クソデカ声が響き渡り、王妃が発光したので周りの何人かの兵士が松明を消した。
いらねえやこれ。
相変わらずの声量すぎて鼓膜が破れる。
発光しているヴィクトリアは、ヒールを鳴らして少年に歩み寄る。
「そなたのその気持ち。我やフレデリックの手が行き届かぬ場所を見るその視線、しかと受け取った。しでかした事は反逆罪とはいえ、浅はかとはいえ──命を賭けるほどのその決意、見事」
完全にギヨームは戸惑った。
なに?なにこのひと……なんだこの人……。
「えっ……えっ……?」
「いつか、我は語った。王族は国のために命を賭けることができると。命を捨てられると。だからこそ絹に包まれ、宝石に飾られていても許されるのだと。」
そういやそんなこと言ってたねとティーガは思った。
懐かしい話だ。
「──そなたは絹に包まれてもおらず、宝石に飾られてもいない。……それでも!!!!!」
王妃はその眼差しを、まっすぐに少年に向ける。
周りの人のために、命の危険から目を逸してでも希望を掴もうとした少年に。
「お前は人を助けたいと願った。やり方は間違っていたとしても、貧すれば鈍するという状況にも負けず──お前は人を助けたいと心から願い、行動した。そうだな?」
ヴィクトリア王妃は口元を緩める。
歩み寄り、少年の鮮やかな瞳を見る。黄金のきらめきで、その瞳を刺す。
背はほとんど同じなのに、その姿は威圧感で大きく見えた。
「──そなた。我の傍で働く気はないか。」
「え…………?」
「幸運者になるが良い。我の目と、手の届くところにそなたは来た」
かつてスラムからすくい上げられた、ティーガ・ラグーのように。
でも。
ギヨームはつぶやいた。
それって、きっとうらやましがる人を増やすだけだ。
王妃の目の届くところへ行ったから、救われた実例を、増やすだけ。
「……ボクは。いいかもしれない、それでも……。でも、貴女の目に届かなかった人たちは、どうなるのっ?ボクは、あなたの手からこぼれた人を助けたいのに……!!!全員雇ってくれるとでも!?」
「流石にそこまで雇用口を用意するとなると時間がかかる」
やってくれる気がある。
「時間がかかるのは、そこは運故な。我は救えぬ」
ばっさりしすぎ。
それならいけない、自分はいかない、とギヨームはその手を振り払いかけた。
「だが──我が言葉を発すれば、我が王が、きっと全てを救う前に支援をしようと手を伸ばす」
動きを止める。ギヨームは、息を、吸って吐いた。
スラムを愛している。生まれ育った街を愛している。
だからこそ。
使えるものは使え。
「えっと、お給料はぁ……?時給とか……」
「月給だ!!!!!!!!!!!」
ホワイト体勢、サンティア王宮。
彼女はすっと人差し指でギヨームの細い顎を持ち上げた。イケメン。
ねじねじキャンディ、王妃の熱さに溶けそう。
「ただし。」
彼女はぺたんと座り込んだ少年を見下ろす。
ウィッグも取れ、顔の周り釣ったりしてたテープも剥がれかけている少年を。
涙で変装も取れた、ありのままの彼を。
「勿論現実は甘い夢ではない。ただ一瞬で、大金だけが支給されるとは思うな。辛い日々もあるだろう、身を粉にするような思いをすることもあるだろう。王宮で働くのは並大抵の努力ではできぬ。だが──少しずつ稼ぐ金には、命の危険はついてこない。己の手で得た力こそが、真に己を救うのだ。己の手で掴んだ堅実な力で──」
鼓膜を震わせる声が夜に通る。夜を切り裂く。
「救済の夢を形にするが良い!!!!!!!!!!!」
「ね、姐さぁあん……っっ♡♡♡!!!!!!!!!」
スラム出身者、似たような反応するのなんだ?
星の光より月の光より王妃が眩しい。
ギヨームはきらっきらに発光する王妃に完全に当てられて腰が抜けた。兵士たちは直立不動である、やつら耐性ができてる。
なんかこの光景どっかで見たわ…………とティーガは思った。
一年ちょっと前に自分もやられたやつぅ。
さて、一件落着もしたところで。
ギヨームはやっと王がじたばたし続けているランプが己の手の中に未だ収まっている事に気がついた。
「あっ、お、王妃様ぁ……♡ ボク、王様を……お返ししたいんだけど、いい?あと月給もちゃんとくださぁい♡」
無意識の上目遣い。あざと系男の娘である。声に甘さが戻っている。
それに対してヴィクトリアは鷹揚に微笑んだ。
「ああ。フレッドも疲れ果てているだろう、それだけ暴れればな。まあ諦めが悪いのが我の男の愛いところなのだが」
この王妃、どんな状況でも容赦なく惚気てくるよな。
ギヨームはその場で蓋を開けた。すると、その中から半透明になった小さなフレデリックがするんと出てきた。完全にランプの精じゃん。
「──っはぁ、苦しかった……!ヴィクトリア……なんかあの、ヴィクトリアの偽物に僕……」
「事情はわかっている。フレッド。何やら妙な術で体が透けているようだが、すぐに元に戻そう。小さくなって透けているのも愛いぞ」
「えっ?」
「髪の色や瞳の色が半透明なのは新鮮でいいな」
「そういう?」
どういう褒め方?
ともかくだ。ともかくである。息を吸って吐いて、ギヨームは王がふらふら生えているランプを王妃に渡そうと──
その時だった。
いきなり、王妃とギヨーム、二人の指先の間で、風が渦巻いた。
強烈な魔力がその場に巻き起こり、小さな紫の魔法陣──そして、中央に時空のゆがみが現れる。それに黄金のランプが──王ごと、ずるり、と飲み込まれた。
「ヴィク──……っ!!!」
王の声が、飲み込まれる。
ギヨームは血の気が引いた。飛びつく勢いで王を取り戻そうとするが、一瞬遅い!
魔法に巻き込まれたねじねじキャンディが片方ちぎれ飛び、髪がほどける。
「──っ、やられた!!!!あの×××××!!!!」
放送規制罵倒。スラム御用達だ。
少年は叫んだ。あれは。あの発動した魔法陣は。もらった札と同じタイプの魔法陣であった。依頼人が、遠くから。魔法で彼の王が入ったランプを手元へと引きずり込んだのだ。
こわごわと顔を上げる。
ランプを受け取ろうとしていた王妃の顔からは──表情が消えていた。
兵士たちはあわてふためく。
「陛下……!」
「妃殿下、陛下が……!!」
「鎮まれ」
ヴィクトリアは静かに言った。
「……ふむ。我の男を直に害そうとした人間を捨て置くのはできぬと、我も思っていたところでな。──わざわざそやつだけを捜す手間も省けた」
地獄みたいに声が低かった。
「ミカエル。」
その声で呼びかけられてミカエルは死にそうになった。
なんだよコワイよ。こわいよ!!!!!
「は、はぁい……王妃ちゃん……」
「魔力の行き先はわかるか」
声ひっく。
「えっ、あの声こわ……いやざっくりと感じられるだけだと地下通路だねえ?これから精査はするけど。ただ……オレの予想だと、裏市場方面かもね……」
「地下か」
彼女はほんの一瞬も考えもせずに言った。
「我が自ら出向き決着をつける」
これだけ兵士が居て、魔道士もいて、王の誘拐事件に妻が自ら乗り出すとかそんなことある?とギヨームは思った。王妃ジョークか?
しかし、彼女は全く笑わなかった。兵士たちもしれっとしている。
「──ところでヨム。」
なんか急にフランクだな。
いきなり呼ばれたギヨームは背筋を伸ばす。
「……う、うん……?」
「初の仕事だ。……受けてくれるな?」
王妃は微笑む。
「……なにを……」
「我を──」
「五千兆ゴルド持っていそうな、スパダリにメイクするがよい」
「えっ?」
「五千兆ゴルド持っていそうな、スパダリにメイクするがよい」
「なんて??????」
超ざっくりしたオーダーであった。
100ゴルドメイクのギヨーム、早速の難仕事。
発注する時は細かい仕様書ください。




