表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/50

世界一偉そうな王妃は偽物王妃の自由を買収する(4)

彼女にはオーラがあった。見たものを圧倒させるような覇気。そこに立っているだけで存在感がある。

具体的に言うと威圧感である。黄金のライオンに威嚇されているような背筋にびびっと来るような怖さだ。空気中に雷全力で流すような感じのビリビリ感。慣れてないやつが触れたら死にそう。


「そこなる者」


本物のヴィクトリア・ウィナー・オーストウェン王妃は──婉然と微笑んだ。微笑んでいるのに──そこには込められた、押さえつけられた迫力があった。

黄金の声色。声があまりに綺麗すぎて、夜に凛と通る。それと同時に、大気がビリビリと震えた。


王妃は静かに命じた。そこに、怒りはなかった。感情は見えなかった。

彼女はただ静かだった。


「そのランプの中身は我のもの。こちらへ持ってくるが良い」


王を不当に奪われた怒りがあっても、よかったはずだった。

だが彼女は極めて静かだった。逆に怖い。こわいよ。


対する撃墜された金髪の偽ヴィクトリアは、立ち上がりたくとも地面に落ちたままぴくぴくしていた。

あれだけの高さからいきなり飛び降りたも同然なのだ、そりゃ歩けないわ。


それでも、震える足で彼は立ち上がる。

ぺらぺらの生地で縫ったドレスと、それに比べてあまりに完成度の高いメイクと──本物に比べるとくすんだ色の金髪で。



二人のヴィクトリアが、ティーガの前で向かい合った。



偽物の方を見る。やたら、メイクが上手い。よく見たらなんか、ウィッグの端から目の形を変えるための透明なテープとか細いヘアピンとか見えてる。もう変装の域。

だが、その横顔のあどけなさに見覚えがあった。見たことのある顔だった。

前から見ると凹凸ごまかせても横顔って作れないよね。


そう、通称は、確か──


ティーガはその名前をふっと思い出す。一度だけ指名した相手、その本名。


「アンタ、名前思い出した」


スラムで呼ばれていた。


「100ゴルドメイクのギヨだろ!!!!!!!」


だっせぇ。


100ゴルドメイク、スラム庶民の間で大人気御用達。







偽物はずるり、とウィッグを外して、投げ捨てる。


薄紫のロングヘアにピンクのメッシュとかいう特徴的すぎる髪を、頭の左右で輪っかみたいにツインテに結っている。頭にねじった棒キャンディついてますよ。


「ほう?見事な変装の腕だ」


ヴィクトリア王妃は目を細めた。


「お褒めに預かり光栄、王妃サマ♡ ──そこを退いてください」

「我のものを返せば通してやろう」

「それはできません♡ ……これはボクに必要なものだ」


さっきから言葉の温度差すごいって。

ヴィクトリアの眼光が鋭くなる。彼が手の中に持ったランプがむーむーとうめいている。


彼が、目元をぐいと拭ってしまえばメイクがよれてそこまで王妃とは似た印象ではなくなる。

塗り固められた黄金のアイシャドーが溶けるように消えれば、そこにあるのは──今だ成長途中の、美しい少年の顔だ。


うん、改めて超見覚えあるな……とティーガは思った。

(こいつ100ゴルドショップスラム店舗で、いつも五時間ぐらい化粧品棚の前で粘ってたわ……)

あと店員に普通に追い出されてた。


「ふむ……一応聞いておくか。──何故こんなことを?」

「お金のためですよ、王妃サマ♡」


少年は笑った。八重歯が光った。

どやどやと兵士たちが騒ぎに気がついて城の奥から駆け出してくる。

包囲される形になっても、ギヨームは余裕を崩さなかった。

ねじったキャンディついてるみたいな頭のくせに。


黄金の獅子とピンクのコウモリの対峙。

コワイとカワイイで担当別れてる。


キャンディボーイは手にしたランプを、まるで王妃を挑発するように細い指で撫でる。

声まであまったるい。


「──あなたは多くの人々を救ってきたんでしょ?スラムの外はどんどん良くなっていってるってみんな言ってたよ♡ そこにいるかつてのボクのざこざこ♡な”お客サマ”だって、幸運に恵まれて王宮勤めになれたんだもん♡ たくさんの方を幸せにしてて、すっごい王妃だってみんなが言う。けれど──」


女装の美少年は一つ息を吐いた。

王妃と同じ色の服を着て、それでもどうしようもない憂いを纏って。


「あなただって全ては救えない。そうでしょ?」

「時間をかければ大体救えるぞ、権力も金もある」


うーん、この。


「えっ、あっ……そっ、そういう事言ってないでしょ〜!?なまいき!なまいき!!!ざ……こではないけど!王様でもなくて地位二番目!王妃様じゃん!!!」


キャンディボーイ、流石に雑魚呼ばわりできない。


「この国で二番目に偉いのは我だ。わかるな?」

「はあ?…………」

「我にできぬ事はほぼない」

「そう……かもしれないけどぉ!!!!」

「お前がいくら喚こうが、事実は厳然としてここにある。時間をかければ全てを救える」

「くぅう……!!!」


わからせられてる……と兵士たちは思った。

一年の最初から王妃のわからせショーを見たいかと言われればそうでもない。


「とにかく!!!!」


ぶわり、と美少年はねじねじキャンディツインテールを翻す。

同色の瞳が、夜闇にぎらりと昏く光った。


「あなたが言う、『時間をかければ』の間に!ボクたちはスラム街の中で、ただ朽ちていくだけなの!ボクはボク自身を自分で救わなきゃならない!大きな改革や、すっごい制度なんてっ、下の下まで降りてくるには時間がかかるもん!貴女にはわかんないだろうけどっ!!!!!そんなこともわかんないの!ざぁこ!!!!!」


こ、こいつ言いやがった。

王妃に雑魚って。


(こ、怖いもの知らずすぎる……)

(頭の中までキャンディか?こいつ……)

(生意気キャラ極めててかわいい)

(かわいそかわいい)

(王妃様!!!!バンザイ!!!!!!)


兵士の皆さん、統一感とかない。

でもそういえば。


奨学金軽減制度とかそういえば全然降りて来なかったわ……。と兵士兼学生の何人かが思った。

子育て改革のお金も降りてくるまでにめっちゃ金かかったわ……。と何人かのママ兼兵士も思った。

サンティア、ママ兵士アルバイト兵士がいる国。


「いーいっ?世間知らずの王妃サマにボクが教えてあげる!上から一番下まで制度が降りてくるまでに!!!国民は苦労してるの!!!」


わかる、わかるわ〜。


「だから王を誘拐する依頼をボクは受けることにしたの!!!」

「それは犯罪だぞ」


そうだね。


「うるさぁい!とにかくっ、ボクはこのお金で、外国にいって……そこで演技や化粧を学んで、勉強する!大きな劇場に立って、そしてスラム街にお金を送って、スラムをボクの手でよくするの!依頼人は約束してくれたもん、ボクを大きい学校に入れてくれて、学ばせてくれるって!そしたら仕送りだってできるでしょっ、ボクの家族や、友達をボクの手で救う、そのためには教養と!!!!もっとお金がいるの!!!わかる!!!???」


わかんない。


「5ゴルドだけ普段より安いパンを毎日食べて100ゴルドを必死で貯めて、新作の100ゴルドネイルを買ってるようなスラムの子たちを助けられる!!!」


せ、せちがれぇ〜〜〜〜……!!!とティーガは思った。

兵士たちもちょっと涙を禁じ得なかった。

スラム街、ちまちま貯金できないと生きられない厳しすぎる世界。


「だからっ、だから──だからこの黄金のランプは、ボクのもの!そしてクライアントのもの!そこを通してっ!!!」


「──いや?それは違う」


それはそう。


ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンは言った。抑えられてきた威圧感が、再びぶわり、と溢れ出した。

周りの人間が思わず全員息を止め、その場に静寂が満ちた。

全員が静かになるまで一秒しかかかりませんでした。


「そのランプの中身。……それは、我のものだ。」


一言ずつ区切る言い方、怖すぎる。

感情を廃した言い方をしていた。


だが、長年そばにいるものなら、わかる。

彼女は怒っていた。


「そして──国のものだ」


王妃はゆっくりと足を踏み出す。

コスパ良くてお得な布を上手く繕ったウニクロの赤いドレスを纏った少年の前に、立つ。


黄金のランプは相変わらずがたがたしている。これだけ時間が経っても、まだ出ることを諦めていない。中に王がいるのをティーガは知っている。がたがた、がたがたとランプは動き続けている。


……うーん、めっっっちゃ諦めが悪い。


──あ、ちょっと止まった。休憩してるっぽい。

五分休んでまたがたがたする。律儀。


そのランプを一瞬愛おしそうな目で見遣った後、王妃は静かに言う。


「──ギヨーム」


感情を抑えた静かな声で、力強く。


「先程我は、この国で二番目になんでもできるのは我だと言った。──だが、一番何でもできるのは……我ではない。」


一歩、歩み寄る。


「そなたもわかっているのだろう?泣き、自ら出ることもできず、それでも必死に外に出ようとするその者が、我の男が、この国にとって大切なものだと。それに力はない。それは強くはない。だが、何よりも民に寄り添える大切なこの国の核だ。

──それは我のもの。国の心臓。それがなければ国は動かぬ。……──さあ、それをこちらへ」


彼女は手を差し出す。

武器を振るうでもなく、何かを持って脅すでもなく、ただ手を差し出す。


「──国の心臓?それが、なんだっていうの……。ボクらを……ボクを、助けてくれない国の心臓なんて、」


少年の喉の奥が濁った音を立てた。


「国の心臓が動いたって末端の僕らは恵まれないままだよ!!!!ボクは、みんなを救うためにこのランプをお金にするんだ、退いてっ!!!!」


上擦った声だった。

叫びきったギヨームは、走り出した。何がなんでも脱出するつもりだった。

そうだ、この金があればなんでもできる。100ゴルドメイクのギヨじゃなくって、10000ゴルドメイクのギヨになることも可能だ。あと多分なんかすごい贅沢もできる。


この偽物、メイクばっかり主にやってきたので実は運動神経がそんなによくなかった。


なので──フィジカルつよつよ王妃が足を引っ掛けたのに。

簡単に引っかかってすっ転んだ。


思いっきり顔面から地面に落ちた。可哀想。


「ボクのかわいい顔が!?!?」


男の娘として売っているだけある。顔に自信があるタイプの美少年である。


「自由と、スラムを救う夢を買って亡命してどうする?」


しかし王妃、話を聞いてなかった。


夜にきらめく本物の金髪は、転がったギヨームの安物のウィッグとは全く違う蜂蜜色の光を放つ。瞳で射抜かれると、刺さりそうなほどの強さを感じた。


「逃げた先で、お前は殺されるやもしれぬ。そなたをはした金で使おうとする輩が、スラム出身の子供を生かしておく可能性は──はっきり言おう。ない。」

「は、はした金……」

「学校への入学金程度はした金だが」

「これだから金持ちは……!!!」

「事実だ。そのクライアントは雑魚だ。故にそなたを殺す。雑魚故な」


ざぁこざこ。

王妃に言われると反発しにくすぎる。実際強いし。


「ちょっとはあるかもしれな……」「ない」


食い気味。


「さきっちょだけなら……」

「ない!!!!!!!!!!!!!」


ぐっさぐさである。

王妃は演説をするように声を張る。


「ギヨーム。そなたはその金で、スラムの救済や自らの夢が必ず買える──そう思いたいだけだ。費用対効果というやつだな、これだけの危険を侵したのだから上手くいくに違いない。これだけ犠牲を払い、王宮で謀反の真似事を起こし、ただの窃盗よりも、ずっと重い罪を犯せば結果が必ず手に入るに違いない。そのランプに国の心臓たる王があることを、わかっているのだから、尚更。

……だが、それは事実ではない。ただの希望的観測に過ぎぬ。お前は現実を見ていない。夢を見ているだけだ。甘いだけの夢を」


凛とした声で。彼女は夢を打ち砕く。

一切の容赦もなく。


「──希望的、観測…………夢を、みている……」


じゃあ、何にどうすればよかったんだと、ギヨームは思った。

街の外はどんどん良くなっていく。でも、スラムはちょっとずつしか前には進まない。ティーガ・ラグーのような幸運に恵まれる人なんてめったにいない。


自分には夢があって。街の人達も助けたくて。でも力なんてなくて。諦めて、場末の小さな舞台の上でただただ、踊り続けていた。演じ続けていた。小銭にしかならなくても、スラム修繕のための募金箱に1ゴルド入れ続ける生活だった。

100ゴルドメイクのギヨーム、別名1ゴルド募金のギヨである。せつなすぎる。


ともかく、そんな時に差し出された、一筋の即物的な希望以外に一体何が──自分を救ってくれた?


「いいだろ、夢を見たいと思ったって………」


食いしばった歯の間から、言葉がこぼれ落ちる。

あまったるくない、声だった。

あまく作らない、腹の底から絞った声だった。


「……助けたいと思ったんだ。お金をもらって、夢を叶えて、その夢で稼いだボクの金で!!王サマや王妃サマの手からこぼれ落ちるような!!!スラムのみんなを助けられる、そんな夢ぐらい見たっていいだろ!!!」

「良くない!!!現実を見ろ!!!!!!!!」


せちがれぇよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ