世界一偉そうな王妃は銃弾をドレスで弾く (下)
「『自動塩水生成機ラブラブ永遠愛』ってもっといい名前なかったのかい……?」
「最高の名前だと我は自負しているが?」
「もっとこう、僕に直接デレてくれてもいいんじゃないかい?」
「寝台の中ではデレデレだろう?」
昼の庭で、王子は食べていたケーキをテーブルにこぼしかけた。
「そうかもしれないけど!顎を持ち上げられて『好きだ……』とか『愛しているぞ……』とかやられる僕の方の気持ちも考えて!?」
「よいではないか、嬉しいだろう?」
「うっ……」
「嬉しいな?」
「はいぃ……」
結局王は王妃に弱かった。
ここは宮廷の庭である。
宮廷の庭で王と王妃はお茶をしていた。飲んでいるのは、この間の青年が侍女頭伝いに持ってきたという彼の故郷の紅茶だ。毒味は一応済ませたが、毒の代わりに超高級品であることが分かっただけだった。平和だ。
「ヴィクトリア、君は名付けのセンスがちょっとないよね……この間、宮廷内の番犬が産んだ犬に『大将』って名前をつけようとした時にも思ったけど……」
「大将、いい名前だろう。名は体を表す」
彼女があまりに堂々と偉そうなのでちょっと納得しかけたが、やっぱり『大将』は変なんじゃないかなあとフレデリックは思った。
「じゃあ『自動塩水生成機ラブラブ永遠愛』も……?」
「うむ、分かりやすいだろう。名は体を表すぞ」
フレデリックはちょっと顔を赤らめて紅茶を飲んだ。
小さい頃、泣き虫すぎて自動塩水生成機とあだ名されていたということは、最近このご令嬢自身から知らされたことだった。
不意に紅茶のカップを置いて、ヴィクトリアが言った。
「ところでフレッド」
「うん?」
「お前、少し前の婚約破棄事件の時だが。何故婚約破棄しようとした?」
いきなりとんでもなく痛いところを突かれて、フレデリックは紅茶のカップを取り落としかけた。さっ……と横から手が出てきてカップをテーブルに戻す。こぼれかけた紅茶を空中で回収したその手際、どう見ても王妃ではない。王妃だけども。イケメン執事か何かか?
フレデリックはその感想はとりあえず置いておくことにして、王妃を見た。
「……その。君があまりに、強くて……偉そうで……かっこよくて……僕は、男として自信が、なくなってしまって。そんな時、マリア嬢が優しくしてくれて……。王子様はちゃんと男らしいですわ、ってお弁当を作ってくれて……僕が趣味の乗馬を嗜んだ後にはタオルを渡してくれて、可愛くて……そのマリアが、どうしてもみんなの前で自分を選んで欲しいって言われて、つい……」
「それで気持ちがぐらついたと」
「はい……ごめんなさい……」
王子はばかではあるが、同時に正直で、素直な男でもあった。
なるほど、とヴィクトリアは頷き、王子を都合よくあった柱を使って壁ドンした。
「なんで!?」
「大丈夫だ。お前は魅力的だ、フレッド。この我をこうまでさせて、惹きつけてやまぬのだからな。婚約破棄の時、お前を愛していなければあんな方法で婚約を結び直したりはしていないぞ?お前は馬鹿ではあるが、素直で愛くるしいところは大変愛い」
「そういうのやめてくれ……!はずかしいから……!」
「何故だ?いやではないだろう?」
彼女は自信たっぷりに偉そうに微笑む。婉然とした麗しい笑みだ。婚約当初から変わらないイケメンで艶やかで美人な笑み。
対してフレデリックは真っ赤である、どっちが王妃だかもうわかったものではない。
「いやじゃないけど!たまには僕からもさせてくれよ……!」
「ふむ。よいぞ」
「いいんだ……」
ヴィクトリアはあっさり引いて、わざわざ柱のそばに立った。
フレデリックはおっかなびっくりでそっと彼女の顔の脇に手を置いた。壁ドンじゃなくて、壁ふわである。
「それから?」
「それからって?」
「馬鹿め、それもわからんのか」
いきなり詰られて王は涙目になった。若き美しい王は、イケメンではあるがやっぱりちょっと泣き虫が治っていないところがあった。
その彼の顎に王妃は手をかける。首の後ろに手を回して引き寄せる。
キスされるーー…!とフレデリックは思った。
唇の距離がゼロになりかけた直前で、ヴィクトリアは動きを止めた。
「……え、」
「なんだ、お前が自分からしたいと言ったのだろう」
ヴィクトリアの悪戯っぽい綺麗な瞳が笑っている。鮮やかで艶やかな唇が、傲岸不遜に笑みを描いている。
フレデリック王は一拍置いて照れてはにかむ。
そして、そっと王妃の金色の髪を撫でながら小鳥のように口づけをした。
唇を離すと、王妃は楽しげに笑っている。
「お返しだ」
いきなり視界がぐらりと反転して、王は目を瞬かせた。柔らかな芝生で背中と後頭部を強かに打つ。目を上げると、頭上にヴィクトリアの美しい顔があった。
押し倒された。昼の庭なのに。しかも女の子から押し倒された。
王はもう大混乱である。こいついっつも混乱してんな。
そんなフレデリックを余所に、ヴィクトリアは言った。
「お前は我の男だ、今までも、これからも。」
弁当でも、タオルでも。お前が望むなら、手ずから用意してやろうぞ。
そう言ってヴィクトリアは鮮やかに笑う。愛を込めて、あざやかに、笑う。
ーーヴィクトリア・ウィナー・オーストウェン王妃は、今日も世界一偉そうである。




