世界一偉そうな王妃は偽物王妃の自由を買収する(3)
国中、王と王妃のはからいの振る舞い酒でいい気分の夜だ。
冬の冴えた空気に星が光る。
まあそんな夜であっても。
普通に夜勤の者はいる。
去年ぐらいに王妃相手に発砲したのになぜかホワイト警備部署に回された男、ティーガ・ラグーもその一人であった。
(くそっ、帰りてぇ〜〜……)
ティーガ・ラグーは一般的に帰りたい一般的な常識を備えた兵士であった。
年末年始に毎年恒例、レッドホワイト歌デュエル見てえよ。
貧民ティーガ、この一年で大分普通の市民文化に染まりつつあった。寒い時には四角い魔導コタツに入るし、みかんも食べる。
彼ははあっと息を吐いて指先を擦り合わせた。寒い。退勤したら、親父と妹とちょっとした年末年始らしい食事をして酒飲んでレッドホワイト歌デュエルを見ながらのんびりしよう…………。
しかし。
退勤したい時に限って悪い事というのは起こるものだ。
ティーガがもう一度大きくため息を吐いて腰に帯びた剣を意識するようにそっと触った時、カツカツカツ、と女物のヒールの音が耳をついた。
パーティホールへ続く白亜の外廊下、女が歩いてくる。
磨き抜かれた白い床を踏みしめるヒールがきらきらと光っている。
金髪の女。目を凝らさなくともわかる、あの真紅のドレスは──
(……王妃?)
……けれども…………。
ティーガ・ラグーは中庭の中を横断する外廊下をまっすぐに抜けていこうとする王妃を観察する。そして気がついた。
(なんか…………服ペラペラじゃね?)
それは──そう、庶民の勘であった。
あと、ティーガ・ラグーは彼女が前髪3cm切ったら気付けるタイプの男であった。なにげにモテるタイプ。
(あの生地……ウニクロじゃね?)
庶民の味方ウーニークローク略してウニクロあるいは、庶民がみんな大好きブランド今に村で流行るの略イマムラとか。
その辺りの香りがする!あの生地!!!!!
あとなんかよく見たら、女が持つ謎に小さいバッグみたいな感じで金色のランプを手に提げている。なんだよそのコーディネートは!!!!貴族の間で流行ってんのか!!???
ティーガ・ラグーは、たまらずに声をかけることにした。
彼はこの王宮の中でも数少ないツッコミ役の性に抗えなかった。
「──おい、王妃サマ!なんだ、そのランプコーデ!!!!」
声をかけた瞬間。
かつん、と王妃は立ち止まる。
かつん、足元の透明な靴が鳴る。
違和感。
──彼女はあんな靴を履いていたか?
王妃は振り返る。
その瞬間、ぶわり、とむせ返るような、特殊な薔薇の香りがした。
おかしな力に体を包まれるような、妙な感じ。
「ふむ。なんだ?どうした」
王妃の顔で、王妃の声でありながら、強烈な違和感があった。
強烈な違和感があるのに、足元から立ち上る謎のぐらつきでくらくらして、どこがおかしいと断じきれない。薔薇の匂いで頭がぐらぐらする。香水きっつくね?
いや香水というかむしろ……
「アンタ…………」
どこかで。いや、でも。
言葉を濁して何も言えなくなっているうちに、王妃は訝しげに眉を上げた後でそのまま優雅に外へと去っていこうとする。悠然と、淑女的に。しとやかに。硝子の靴を鳴らして。手には黄金のランプを持って。
「待て…………アンタ、絶対王妃じゃ……ない、……」
言いかけて、ティーガはその場に膝をつく。気がついたときにはもう遅い、これは──この強烈な体にかかる眠気と気だるさは、魔力だ。
揺れる視界の向こうで、ばっと王妃が振り返る。黄金の瞳が見開かれる。仮面が取れたように、素の表情が顕になる。王妃らしき誰かは──余裕ぶって、可愛らしく小首を傾けて見せた。
「……わかっちゃった?なんで?」
「はん、そりゃアンタの匂いが──……」
オレんちのトイレの……芳香剤みたいだったからさ……。
そう言って、ティーガ・ラグーは唇の端を上げて啖呵を切った。
最悪にかっこ悪い決め台詞じゃん。
トイレの芳香剤とか言われた偽物は一瞬めっちゃキレた顔をした。顔面の筋肉の柔らかさがすごい。
その後、わざとらしくにっこりと笑ってみせる。映える角度だ。常に目の前に盛れるタイプの魔導カメラでも置いてる?
「──バレてしまったら仕方ない♡」
ぐっと、偽物の王妃の声のトーンが変化した。
一気に中性的な少年のトーンへ。しかも…………なんか…………聞き覚えがあった。
「……えっ」
ゆっくりと月光の下へ偽物王妃は歩み出る。
本物の王妃なら決してしないような……あざとかわいいウインクをした。
「えーっと、こんばんは……あっ、”革命家てぃーくん”……さん?だっけ?」
「あ”!!!!????」
殺せ。
「お前……なんでその……俺の黒歴史の名前を……!!!」
「さあ、なんででしょう♡」
ティーガはもんどり打って転がりかけた。
まさかこんなところでいきなり心理攻撃されると思わないじゃん。
忘れもしない黒歴史。
一回だけ。一回だけ恥を忍んで妹へのプレゼント(カップル限定でしか買えないクソデカぬいぐるみだった)を買うため利用した──スラムのいかがわしいサービスの店で使った名前!!!!
(は????最悪だ!!!!!)
なんでこんなところでその名前を知ってるやつと会わなくちゃいけないんだ。彼がスパイであってもなんであってもいいのだが、なんでここでオレと出会う運命なんだ。チェンジしてくれ。頼むチェンジしてくれ。
よく考えなくてもティーガより美少年の方がやべえことをしでかしているのだが、黒歴史ネームを掘り起こされたティーガは冷静さを失っていた。ティーガ・ラグー、皮肉屋でリアリストのくせに唐突な揺さぶりに弱すぎた。
「でもごめんねっ、革命家てぃーくんさんっ!ボク先約があるから、ここで失礼♡」
普通に本名で登録すればよかった。普通に登録すればよかった!!!
相手はもう一度王妃なら決してやらないようなウィンクをして、投げキスをする。王妃ガチ勢が見たら解釈違いで死にそう。
ふわっと身を翻した相手の手の中で、手に持ったランプががったがた動いていた。むーむーんーんーと煩い。明らかになんか人がぎゅっと詰められてるような声がする、そんな大きさでもないのに。
ランプの中身はすんすんとそのうち泣き出した。かわいそう。
「おい、そのランプの中身は……」
「てぃーくんには関係ないでしょ〜?」
王妃もどきは困ったように眉を寄せた。そっと蓋を外す。
「もう、静かにしててくださいね。悪いようにはしませんから。ボクのクライアントがあなたに会いたいって言っていたので……本当に、それだけなんですよ」
外れた蓋の奥に──中にちっちゃいフレデリック王が。見えた。
叫ぼうとしたフレデリックがむぎゅっと奥に封じ込められる。
ティーガの意識が混乱からすっと一瞬で冷えた。
(……王の、誘拐……?)
相手がかつてのいかがわしい店舗にゃんにゃんももいろパラダイス(うろ覚え)の一員だろうが誰だろうが関係ない。王を誘拐したら、それは重罪人だ。国家犯じゃねえか。
てぃーくん呼びに怯んでいる場合ではない。
反射で剣を抜いたティーガの手からひらりとのがれ、偽王妃はすっと金色の髪を耳にかける。片手を空へ向かって伸ばした。
「何はともあれ、ここでお・わ・か・れ♡」
空から降りてきた『何か』を掴み、偽物は中空を飛んだ。ティーガが止める間もなく、中庭の更に上に輝く月をバックに舞う。
ランプの中の王がめっちゃ悲鳴をあげる。うるせえ。
「てぃーくん!次にどこかで会えたら、またデートしてね♡ それじゃ──……」
その時だった。
城門の奥からすごい勢いで黄金に光り輝くでかい盾がびゅん!!!!!と飛んできて、ヴィクトリアもどきを撃墜した。上から降りてきたきらきらした糸をぶっちぎったのだ。ぐるぐる回転しながら空中を飛ぶ盾とか、多分まあまあ珍しい。
エイム最強か?
「ぎゃおおおおん!!!!」
悲鳴、特徴的だな。
落とされた方はぎゃーっと野太い悲鳴を上げながら落ちた。
お、男?
ティーガは驚愕した。男!!!???あれだけカワイイ顔ができて、男!!???
「──放て」
ぼーん、と派手な音がして、ピンクや青や赤のスモークつきミサイルみたいなのが城門の奥から飛んできた。煙幕だ。
ゆっくり、ゆっくりと。城門の奥から黄金の光が溢れ出す。
鮮やかな麗しの金色。逆光になびく金色の髪。
あとなんか、背景に背負った戦隊モノみたいな五色のスモーク。
盾を投擲したままのポーズなのでめっちゃかっこよくみえる。がばっと足を開いてホームラン投げきった投手みたい。
ド派手である。
呆然とした兵士と、地面に撃墜された偽物の王妃は揃って城門から目を離せない。
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンが立っていた。




