世界一偉そうな王妃は偽物王妃の自由を買収する(1)
新生第二章です、よろしくお願いいたします。
サンティアの一年は華やかな行事から始まる。温暖な気候のサンティア王国では珍しい雪が降る、一年の始まり。大広間には軽やかな音楽、美しく装われた料理。そしてドレスの花々と談笑。
今年は一段と華やいでいるが、それは御年二十になった王妃の成人の儀も兼ねている故だ。
「本日のサンティアは、実に賑やかですこと──」
「まあ素敵なお召し物……」
「今年も素敵な年になるといいですねえ、Happy New Year」
「王妃様もご立派になられて……いえ前から強かったですけどね……」
「Frohes neues Jahr……」
「नववर्ष की शुभकामना」
「パピプペペポパポ」
なんとも挨拶も国際色豊かである。正直何言ってるかわからんと貴族の数名は思っていたがビジネスの場なので顔には出さない。
国際色豊かな人々に合わせて、机の上にはなんとも高そうな様々な茶器がある。ポット、急須、ランプ、ビールジョッキまで。
それに合わせて、新年兼王妃の成人を祝いに王宮に来ている人間も様々だ。異国の踊り子から、大道芸人、バレエ団。サーカスもいれば、座布団をうず高く積まれた上で話をして、失敗したら座布団を抜かれるやつもいる。公開処刑。
ともかく。そんな華やかな中、本日も我らがヴィクトリア王妃は黄金に光り輝き、その横で穏やかに微笑むフレデリック王はこの国の安寧の象徴であった。
「ヴィクトリア、成人おめでとう。そして去年も一年ありがとう……僕の隣にいてくれて。今年も、どうぞよろしく」
貴族たちの華やかな談笑を聞きながら、フレデリックが穏やかに微笑む。栗色の瞳のこの平凡な王の微笑みは、常に人を和ませる力があった。ヴィクトリア王妃は口元だけで微笑む。
「そなたの微笑み、いつ見ても心が和む。今日も実に愛い。我はいつでも、お前のそばに控え、王妃としてそなたを支えよう」
成人したばかりの娘の貫禄ではない。
フレデリックは普通に照れた。
「あ、ありがとう……」
「本当の事を言ったまでだ、我が王」
いちゃいちゃである。雰囲気がらぶらぶである。二人の空気が甘ったるくなりつつあったので、横に控えていたミカエルがごほんごほんと小さく咳払いをした。何回か咳払いをしても気が付かれなかったので、段々咳払いがクレッシェンドした。
最終的に咳払いがでかすぎてオーケストラが一瞬止まった。迷惑。
ともかくである。護衛兼秘書のようなことをしているこの男、最近文官としての役割も果たしつつあった。
「ちょっとお二人さん〜?もう大分謁見こなしたけど、この後の予定も忘れないでよね!」
「あ、ああ……ごめん」
ミカエルは軽く指先を降って空中に浮かせたノートをぺらぺらと捲る。
横顔がいいわあ〜……とちらちら女性兵士がチラ見している。ミカエルはぱちんとウインクをした。真面目に仕事しろ。
「ミカエル?」
「あっ、はい。オレの記憶によればこの後の順番は元ラビアン国現ラビアン領の宰相と姫君。その後グローリア領からの贈り物持ったドラゴンライダーの方々、あと魔国出身巨人族の使節団とか来る予定が入ってまぁす」
物理的な質量がすげえよ。
「ふむ。ミカエル、記憶力がいいな、良い仕事ぶりだ」
「天才なんでね〜!」
「待って、ドラゴンライダーと巨人族の使節団の皆さんどこから来るの、天井!?窓!?」
天井のシャンデリア1億ゴルドぐらいするのに。
「褒めて使わす」
「王妃ちゃん好き!」
話を聞いちゃいねえ。
そんなこんなの中。
ふっと気がついたフレデリックは既に玉座の下に控えに来ていた謁見者に視線を向けた。ドラゴンライダーと巨人軍団が来るということに気を取られすぎて気がつけなかった。申し訳ない。
「──サンティア国王陛下、ご挨拶してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……すまない、どうぞ」
数人の異国の兵士に囲まれた、すらりとした細身で赤い髪の若い男。これが数人目の謁見者、ラビアン国の宰相か。ほう……と貴族の御婦人方がため息を零す。なんなら男性も見とれている。
彼は今日謁見した中でも多分一番イケメンであった。すごい綺麗でかっこいい。正直自信なくしそう。真っ赤な髪と、真っ青な瞳。
彼が歩むだけで、砂漠の国からの赤い風が足元を撫でていくようだった。
砂漠の国、小国ラビアン。数年前の他国との戦争でボロボロに傷ついた魔法と神秘の国は、数十年サンティアの保護下に置かれ保護国となっている。ここ数年は内乱を鎮めるためと新年の挨拶にも来ていなかったが、敏腕な宰相が立ってから穏やかさを取り戻したと噂の国。
その立役者が、堂々とサンティアの真ん中に赤く燃え盛っていた。
「か、かっこいい……」
「なんてお美しいの……?あの麗しの肌、赤い髪……炎の精霊のよう……」
「何時間筋トレしたらあの素晴らしい無駄のない筋肉が手に入るんだ……?コツを教えてくれ……」
「飲み物スムージーしか飲んでなさそう……」
「まあ、サラダチキンがお好きそうで……」
「髪の毛つやつやネイルもお綺麗……美女……?」
男だ。
この国の貴族、相変わらず言いたい放題。
しかし実際彼は美しかった。髪は燃えるような赤、肌は滑らかななめし皮のような質感。そしてまとった衣装はまばゆいばかりの生え抜きの白、シミひとつない。クリーニング完璧。
しかしその傍には姫君と思わしき少女の姿はなかった。
皆が疑問に思う中、彼はふわりと跪く。
「ラビアン領から参りました。フレデリック陛下、そしてヴィクトリア王妃様におかれましてはご機嫌も麗しく。ラビアン国宰相、アズハル=アル=メンスーラと申します。次期女王たる姫君は成人前であらせられますので、ラビアン王室の伝統に基づき未だ公の場所に出られず──……代理のご挨拶をお許しください」
「おや、そうだったのですね」
フレデリックはちょっと眉を下げた。実はラビアンの国の姫がまだ揺りかごに入っていた頃、ちょっとだけ親交があったのだが、会えないのなら仕方ない。
「彼女とは知らぬ仲でもないんだ。姫にはどうぞ、居室でゆっくり休んでいただいて……このサンティアの食事や王宮の雰囲気を楽しんでもらえれば。我が国の王宮のご飯はとっても、皆のおかげでおいしいので……」
「飾らぬ物言い、民を愛し国を愛する陛下のお話は我が国でも有名です。──フレデリック陛下。ありがたき幸せ、姫様もきっとそう仰せのことでしょう。そしてヴィクトリア妃殿下、あなたの数々のお話は姫様もよくご存知で──……ぜひ、貴女には直々に、ご挨拶がしたいと」
ヴィクトリアがふっと口元を緩める。この国の王妃の破天荒ぶり、そして武勇は親しい国の中にまで広まっているようであった。
王妃の武勇とかそんな広まるべきものでもないのにな。
「ほう?では後で姫君には我が挨拶をしに向かおう」
「──は、ヴィクトリア王妃殿下。ご足労かけるのも申し訳ないと──姫が会場の外までは、既にご自分でいらしております。お前達、後を頼むぞ」
宰相は手早くお付きの兵士数人に支持を出すと、ヴィクトリアをエスコートするように手を差し出す。
姫様行動早。とミカエルも思ったし、フレデリックも思った。
もしかして:王妃のファン。
「……ふむ?では今向かおう。フレデリック、五分ほど外すぞ」
王妃が席を立つ。黄金の薔薇はラビアン国宰相に手を携えられ、扉の外へと消える。フレデリックはちょっとばかりやきもきしたが、謁見の客が多すぎてヴィクトリアを追いかけることができなかった。
焼き肉の入れ墨が入った兵士、ジョージに片手で彼女の護衛についていくようにと指示するだけで精一杯であった。ミカエルはちらりと王妃の方に視線を送ったが、次の謁見者がわらわらに来ていたのでさばくのに回った。
なんなら待機列ができている。最後尾の人に「ここが最後尾です」と札をもたせる勢いである。
繁忙期の謁見、大分やばい。
──そこからも、謁見は滞りなく進んだ。
余談を言うなら……ヴィクトリアがいない間にヴィクトリアの実家から来たドラゴンライダーの方々は窓をふっ飛ばし、巨人族の使節団のみなさんが床を踏み抜いたりしたが、……その場に控えていた魔道士たちのおかげで硝子は即時修復され、事なきを得た。
その日たまたま警備になっていた時給制魔道士たちにはボーナスが出た。
ドラゴンライダーの方々が窓をふっ飛ばしている頃。
廊下に出たヴィクトリアは廊下の真ん中に白いレースの縦長テントがでんと鎮座しているのと相対していた。通りすがりの貴族の皆さまがめっちゃ奇異の目を向けてくる。ついでに護衛としてくっついてきたジョージもちょっとどうしたらいいか分からなさそうだった。
これはなんだ?しかもちょっと動いてるし。
「なんなんすか?これ」
「テントだ」
そんなことはわかってるんだけども。
こほん、とラビアン国宰相、アズハルが咳払いをした。
「──失礼、姫君。」
「………………」
「ヴィクトリア妃殿下です」
「…………ぁ…………」
なんて?
テントがもぞもぞ動いて声が聞こえたが、声が小さすぎて何も聞こえない。
もしかしてこのテント自体が姫君なのか。
ヴィクトリア以外ついてきた数人の兵士が全員耳をすませた。
「…っ……ょ…」
「あっ、聞こえた!聞こえたっす!!!!!!本日はお日柄もよくと仰ってます!!!!!!!」
耳を澄ませていたせいで、今日も元気な焼肉定食のジョージの声に何人かが鼓膜を破壊された。
身悶えて転がりまわる兵士もいる中、もぞ、とテントが動き、テントの入口が少しだけ揺れて……そこから、真っ白なふわふわの髪と、ローズクォーツのような淡い桃色の瞳が覗いた。
……なんと、そのでかいテントは──傘だった。
でかすぎる傘である。完全にその辺りにある占い師の店レベルにでかい傘。
中に入っていた少女が自分の手で支えていたのでゆらゆら動いていたのだ。どんな文化だ。
「妃殿下。お付きの方々。この傘はラビアンの最近の王室での流行りでございまして。傘の中に鳥かごや水槽や干した魚、人形などを吊るし編み込んだものなども人気です」
謎の国ラビアンのやば文化。
それは置いておいて。顔を覗かせた姫君は──真っ白な髪、真っ白な肌で、まるで──砂糖菓子の妖精のように可憐だった。
傘の中に謎の変なゆるきゃらが大量に吊るされていようが可憐であった。爬虫類?とかげ?みたいなゆるきゃらである。
どんな趣味だよ。
「……ぃ……さま……」
声があまりに小さい。めっちゃ人見知りの可能性がある。しかしそれにしては──。
傘の中に留まる姫君は、何かを必死で伝えようとするような、そんな表情をしている。
王妃は微かに違和感を覚え眉を寄せた。
焼肉定食のジョージは焼き肉絶対食わなさそうな姫に完全に見とれていた。かわいすぎる。天使。かわいすぎる。
「──すみません、姫はヴィクトリア妃殿下にお目にかかれて、大変幸せだと申し上げております」
とりなすようにアズハルが言う。
ヴィクトリアが応えるように頷き、何事かを言おうとした時──不意に、王宮を照らす魔導照明が──すべて落ちた。
照明が落ちる五分ほど前。
王妃が姫と話している間、その間の王への対応もラビアン国はきっちりとしたものであった。王宮の将軍を名乗る壮年の男性が礼をし、ラビアンから持ち込まれた数々の反物、宝石、黄金を披露。あとなんか、変な形のでかいテント。いやテントじゃなくて傘らしい。
どういう文化?
ラビアン、謎の国である。
それはともかく──素晴らしい美しい舞姫たちの舞が目の前で繰り広げられ、貴族たちの目を楽しませる。
サンティアの女官たちが、ラビアン国風に金色のランプからそっと葡萄酒をフレデリックとラビアン国の将軍の盃に注ぐ。ちなみにこれ、カタリア製ぶどう酒だ。
こんな式典でも使われるぐらい売れてる、すごい。これ、マリア・カタリアが作りました。最近の貴族の間では体に良くてオーガニックだと御用達。
王は軽く持ち上げるだけの乾杯をした。葡萄酒が揺れる。
「──麗しの熱砂の地ラビアンと、サンティアとのこの先の穏やかな未来に」
踊り子の群れが階段周りを舞い踊る。全員が紫色のヴェールで肢体を隠した彼女らは、ランプの魔人のおとぎ話に出てくる舞姫めいて麗しい。
──その時だった。
フレデリックは乾杯の途中、何気なくふっと顔を上げる。端の方で踊る踊り子が、妙に気になったのだ。よく見ると彼女だけが──足元の靴が、硝子なのだった。
紫のヴェールで顔を隠し、異国の衣装に身をまとった踊り子の、珍しい金色の瞳と目が合った瞬間。
会場の明かりが、ふっと落ちた。
フレデリックは動揺したが、傍に人がやってきた気配で反射的にそちらを向く。
──黄金の髪のきらめきが見えた。こつん、とヒールの音がした。王が座る玉座の傍へ近づくのを、暗闇の中とはいえ兵士たちが見逃したということは、相手なんて一人しかいない。
ヴィクトリアだ、と反射で思う。
「ヴィクトリア?大丈夫だったかい、今灯りをミカエルに言って──」
そう言いながらフレデリックは暗闇の中で、目を凝らしてヴィクトリアを見ようとする。
彼女の瞳は見えなかった。けれど、美しく彩られた唇だけが見えた。
………なんかちょっと普段と色が違う……ような気がしたのだが、フレデリック王は前髪を三センチ切った事に気が付けないタイプの男であった。怒られるタイプ。
「──フレデリック」
手を。手を握られる。
フレデリックはぞわりとした。違う。これは誰だ。ヴィクトリアの声のようで、ヴィクトリアの声ではない。彼女はこんな骨ばった手の感触でもない。誰だ。これは誰だ?
暗闇に目が慣れ、目の前の謎の人物と目が遭った時──フレデリックは言葉を失う。
美しく目元を化粧し、長いまつげ、吊り目気味の瞳。
それは確かに『ヴィクトリア』とそっくりだった。……けれど、明らかにその『誰か』は、ヴィクトリアではない雰囲気を持っていた。ヴィクトリアはそんな表情をしない。そんな笑い方をしない。
そんな──獲物を見つけた、ハイエナのような目つきは、しない。
王妃は正直もうちょっと怖いと思う。
ハイエナじゃなくてライオンだ。
「……誰だい?」
王がつぶやいた瞬間、ヴィクトリアのそっくりさんは目を見開く。
そして急に──ぺたんとフレデリックの額に札を貼り付けた。
魔力に敏感なフレデリックはすぐに気がつく。──魔法だ!
(異国の魔法……!!??)
体から急速に力が抜けていく。魔力が抜けていく。小さく、小さく縮んでいく。体がむんずと骨ばった指に掴まれてなにかに突っ込まれたので、フレデリックは思い切り暴れて抵抗した。持っている魔力を総発射して抵抗した。
「え、なに、なになにな──むぐっ!」
押し込まれる。抵抗する。
ばりん!!!!と何かがめっちゃ割れる気配がする。目を回しそうになりながら見ると、掴まれたフレデリックの下で急須が割れていた。急須に王を入れて持ち運ぼうとする誘拐犯、多分超珍しい。
「もうっ、なんで入らないの〜!」
ヴィクトリアの偽物は焦っているようで、更なるポットやら、砂糖ツボやら、蓋付きカップやらに走りながらフレデリックを押し込もうとしたが、全力で全部フレデリックが割ったので会場の中が大騒ぎになる。
停電した上にばりんばりん食器が割れる音がしたら何事かと思うわ。
最終的に偽物はフレデリックを──金色のランプに押し込めた。
さっきまで酒がたっぷりはいっていたランプである。
そしてフレデリック王はまあまあ酒に弱かったので──充満した匂いに普通に気持ち悪くなってうえーーーっと戻した。飲めないわけじゃないけどここまでアルコールの匂いが強いとくらっくらである。ぐわんぐわんと頭を掴まれ振り回されたみたいな衝撃。
ヴィクトリアもどきが普通に顔をしかめた。
「うわ汚ぁ!汚物……」
傷つく。
「ひどい……いや、大体君は誰なんだ!?」
「王サマ。し・ず・か・に♡」
唇に人差し指を当ててウインク。あざとすぎる。角度までかわいい。ぜっっったいヴィクトリアがしないような顔だ。フレデリックは解釈違いのあまり絶句した。
おいやめろ僕の妻の顔で!!!!!
あとなんか本物のヴィクトリアより声が中性的なのに顔がちょっと幼い。
ぎゅっと蓋を閉められて、フレデリックは葡萄酒の匂いの中でくらくらと意識が遠ざかっていく。しかもめっちゃ揺れる、めっちゃ揺れてる。
酒樽の中で揉まれるタイプの移動手段、最悪であった。




