世界一偉そうな王妃は雪の魔国に春を呼ぶ (三)
端的に言うと、会談はものの2秒で終わった。
「魔王陛下、我が国での密輸と奴隷取引の主導をしていらっしゃっ」
「申し訳ございません!!!!」
土下座でもしそうな勢いで頭を下げられて、フレデリックは目をぱちくりした。
国王同士の会談の場だ、丁々発止のやり取りが待っているかと思ったら初手でこれ。なんかもっと、心理戦とか色々あると思っていた。なんか国際会議みたいな場所だとそういうのよくあるし。
「え、あ、えっと、い、いきなりそう謝罪されてしまうとちょっと困るな……。お聞きしてもよろしいでしょうか、魔王たるあなたが何故そんな事を?」
「金がほしくて!!!!」
直球すぎる。
頭を九十度下げる様は完全に社畜である。
「国庫がそんなに逼迫しているのですか……?」
それとも魔国ってめっちゃ物価が高いとかあるのかな。人参一本一万ゴルドみたいな。
フレデリックが訝しんで言うと、よれよれに疲れ切った様子の魔王はため息を吐いた。
「はい。主に急な豪雪の対策で、国庫は火の車を通り越して尻毛も残さず消炭ですよ」
なんでそういう例えをしたんだ……
「魔族が掘ると変質する石油採掘要員の外部雇用……除雪系の術式に使うための器具の輸入……除雪のために優秀な魔術師を魔族以外からも調達するためのお金と、あと……国民の暖房器具に魔石油を行き渡らせるための輸入代が……重くて……」
石油を国民中行き渡らせたらそれは財布ダイレクトアタックである。
そんなもん普通に無理。
調達されている魔石油は、なんとびっくり全部国民のストーブに回されていたらしい。戦争とかナニソレである。石油をそれぞれの家に任せるのではなく、国民が凍りつかないように国でも油を支給していたなら、そんなの普通に金が足りなくなるわ。
「……暖房器具の、節約だとかは」
「しておりますが、足りません……あまり節約すると、人が死にます。わたくし、魔国を預かる者として国民を死なせるわけには」
「去年はどうだったのです?」
「龍脈の動きが変わってくる前は、冬はどちらかというと暖冬でした。故に……備えがなくて……家に一本マフラーがあればいいや、ぐらいの防寒着しかなくて……」
そこからの突然の冷え込みは死ぬじゃん?
……とフレデリックは思ったし、窓の外を見ると家々は雪に半分埋れていて、中の人間が普通に生活できているのか怪しいほどだ。
「……なるほど、そういった事情でしたか……」
大体雪のせい!!!!!という悲痛な叫びが聞こえてきそうだった。
魔国、完全に北の試される大地。
「それで今、この城では殆ど暖房を使っていないのですね?」
さっきから隙間風がめっちゃ寒い。もしかして城の修理とかもしてないんじゃなかろうか。
「はい、最低限しか。城を暖かく保つための魔石油で、恐らく十軒ほどの家が暖かく過ごすことができるでしょうからねえ」
干しぶどうみたいなサラリーマン(魔王)は、本当に今にも過労死しそうな顔をしていて、フレデリックは普通に心配になってしまった。
「……それで、お金をかけた結果……問題はどの程度解消を……?」
「どの程度もこの程度もございません……。除雪するための手は未だに足りず、国庫は逼迫するばかり。石油を掘る手も足りずに、サンティア国から募集した労働者も大半は契約を破棄して国に帰ってしまってもう……除雪もできず、お金が……どうやってやりくりすれば……いっそわたくしが出稼ぎを……?」
目がうつろ。
だからって他国の民をブラック企業に勤めさせようとするんじゃない。
しかしその顔は完全に、家計が回らないと頭を抱えている子持ちの主婦である。お金がやりくりして節約しても足りないわ、お母さんパートにでようかしら。
「魔王陛下本人が外へ出ていらっしゃるのはちょっと……」
あと多分、魔王をパートに雇う雇用者も困りそうだし。
フレデリックは魔王を宥めた。
「落ち着いてください……あなたが他国に出稼ぎに出たら、一体誰が政治を回すんだ……」
「分身を一人増やせばよいのです、サンティア国王陛下。恐らく王妃様辺りがお会いになったのではないでしょうか?わたくしの分身の一人と。分身を……あと十人ほど増やせば、五人を政治用に城に置き、半分を出稼ぎにいかせれば……」
その発想はなかった。魔法、便利。
「まあ、みんなわたくしなので、全員が全員朝は起きたくないしやりたくない仕事は誰か他の『わたくし』に押し付けたくて喧嘩になるんですけどね」
ダメ人間では?
魔王は大きく息を吐いて深々と頭を下げた。
「ともかく……、サンティア王国にご迷惑をかけたこと、申し訳ございませんでした。ちょっとわたくし魔王も、お金のなさに目が眩み、いけないことをしてしまいました。悪いことをするのが魔族の性とはいえ、政治の場所でそれをやれば戦争になりますからねえ」
「……いえ……では、我が国への密輸と、奴隷募集……じゃなかった、労働者の無許可募集はやめていただいてもよろしいか」
「お約束いたします」
あっさりと魔王が言ったので、フレデリックは少し安心して息を吐いた。
丁々発止の心理戦、ついに出番なし。
「誓約書にサインもいただますか?」
「おや、意外と用心深いのですね、サンティア国王陛下。……ええ、勿論。」
くたびれたサラリーマン風魔王は、くたびれた平社員からくたびれた課長ぐらいまで進化した程度の威厳を見せて頷いた。ぼろぼろ眼鏡を持ち上げる。ちょっとヒビが入ってる。
「サンティア王国は小さな国ですが、優秀な魔術師も多い上に王家は錬金塔に錬金術師の一軍を抱えている。魔術と錬金術師を融合した魔導系の武器を繰り出されては、今の我が国では勝てる見込みもなく。
……まあつまり、あなたの国とは戦争をしたくないので……!それからですね、好みの美人だったのでつい格好つけて魔王っぽく我が国に来いとか言っちゃいましたがあの王妃様とはあんまり敵になりたくなくて」
私情バリバリである。
「ヴィクトリアのことを知っているのですか?」
「ええ、市場で一度、労働者募集の場所で一度姿をお見かけしましたね。
どのような方か見るために、護衛の方と一緒に少し過激なサーカスにお招きしたのですが……いやはや、すごい方ですね、きつい目が美しくて好みです。わたくしに妻がいなければ王妃様のハーレムに入りたかったですね」
「なんて?」
「寧ろ、お城にお招きして踏まれたかったですね」
突然性壁を暴露するな。
「まあ、妻がいるのでやりません。わたくし、妻にドタマかち割られてから永遠に愛すると決めたので……」
あらゆる意味で過激な惚気をされて、フレデリックは用意されていたワインを噴きそうになった。
「そ、そうですか……」
「おや、サンティア国陛下。陛下もわたくしと似たようなものでは?あの王妃様ならビンタされてなじられるのも……おっと想像だけでうっとり……」
おいやめろ。
変な性癖持ちにあんまり慣れていなかったフレデリックは思わず困惑した。
「あの、僕はヴィクトリアとは、そんな……!」
「おや、ではどんな所がお好きで……」
豪雪が降り頻る中、王二人の会談は段々女子会みたいな話題に流れつつあった。
王たちは知らなかった。その三日後、平和に会談を終えたフレデリックが帰ろうとしたら、豪雪に阻まれて帰れなくなることを。
連絡を飛ばそうとしても、魔力を帯びた地脈由来で降る雪のせいで上手く連絡が届かなくなることを。
そのせいでサンティアでは、王が消えたと大騒ぎになることを、まだ二人とも予測できなかったのである。
あと、ついでに言うと、サンティア国王フレデリックを気に入った魔王が毎晩部屋に押しかけてきて、毎晩パジャマパーティが催されることも、まあ、フレデリックとしては予測外だった。




