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世界一偉そうな王妃は雪の魔国に春を呼ぶ (二)

その頃、サンティア国王フレデリックは魔王の城の応接間に案内されていた。

案内人の悪魔は、なんだか痩せこけて不健康そうだ。青い顔をした(そういう肌色なので)悪魔は、フレデリックを豪奢な廊下の先へと導く。


「サンティア国王フレデリック様、どうぞこちらへ」

「あ、はい……」


それにしても。

魔王の城というからどれだけおどろおどろしい、めちゃくちゃおぞましい感じの城をイメージしていたのだが……。


金箔の剥がれた彫像。宝石が抜かれたらしき痕のある置物。あきらかになんか、高そうな絵画を取り外しましたみたいな壁。

あと、なんか、その。

あちこちに『差し押さえ』の紙がめっちゃ貼ってある。

借金地獄みたいな様相であった、ナニコレ。


「あの……案内人さん……これは一体……?」

「詳しくは魔王陛下に聞いていただければ分かりますが、我が国は今国庫が大変逼迫していて……」


うん、見りゃわかるな。


「まあ霧に包んで言いますとちょっとこう、借金でド赤字、地獄、魔界じゃなくて寧ろ生き地獄です」


なにも霧に包んでない。


「なぜこんなことに……魔国はある程度豊かだったはずでは……?」


フレデリックはここまできた目的を一瞬忘れて、普通に戸惑っていた。

おかしいな。うちの国民を奴隷として引き抜こうとしている悪逆非道な魔王の城に挑みにやってきたはずなのに。

なぜか差し押さえの紙が貼られまくって暖房とかも入ってなくて、多分魔導系電気も止まってそうなボロボロの城の中を歩かされている……。


案内人の悪魔は大きくため息をついた。


「それが……最近、地脈の様子がおかしくてですね……今年、豪雪が魔国では降り続けています。それを魔王様は、国庫から金を出して何とかしてきたのですが……冬が本格的に厳しくなった結果、財が尽きて……」

「なるほど、それは大変だ……」


フレデリックは心から同情して言った。

悪魔はその声音に込められた優しさに乗っかるようにして熱意のままに言い募ってしまった。


「魔王様はあらゆるものを売り払い、電気も止めて、自らは食事をモヤシとハムサンドのみで耐えていらっしゃいます。ついでにその豊富な魔力も惜しみなく使って分身して、あちこちの商業場に出ている始末でございます……!最近は72時間労働で……魔王陛下にも、もう少し休んでいただきたいのですが……!!」


人間だったら普通に死んでるなそれ。


「いくら魔族といえど重い労働だね……!!?」

「そうなんです!そうなんですよ!でも陛下は全然休んでくださらなくって……!」


悪魔の青年は青い肌を少し上気させて熱弁したが、直後にその相手が他国の王であることに気がついてはっと赤面……いや青面した。悪魔の血は大体青いのである。お前の血は何色だ。


この悪魔、サンティア国王フレデリックが妙に気さくで喋りやすい雰囲気なのでついつい流されてめっちゃ喋ってしまった。まるで魔法のように、この王には人の口を軽くさせる所があった。なんだろう、これ。不可思議な力だ。


「……申し訳ありません、一国の王様に向かって私的な悩みをぐちぐちと……!」

「いや、聞けてよかった。ありがとう。魔王陛下は随分と部下に慕われているようだ」


フレデリックは笑って言った。平民の声は貴重だ、王家に連なる者だけの声では国は成り立たないのだから。だから、大貴族以外の魔王への意見を聞けたのはよかった、彼の魔王が部下からどう思っているのかをちゃんと聞くことができた。

やがて、廊下も突き当たりに来る。

立派な両開きの扉の前で悪魔の青年は立ち止まり、フレデリックをそっと中へと促す。


「サンティア国王陛下、どうぞ中へ」

「……ああ」


フレデリックは息を吸って、吐いた。いよいよ、魔王と会談するのだ。

ここで、密輸の件や奴隷取引の件を、直談判してなんとかやめてもらわねば。

策はある。ヴィクトリアのように体当たりが苦手な自分が、考えてきた策だ。


フレデリックは、人の心の裏をかいたり、上手く操ったりすることは苦手だった。かといって、ヴィクトリアのように真正面からカリスマで攻略することだってできない。

自分の武器は、只人であること。

それは昔、とても大きなコンプレックスだったが、今では少し違って捉えられるようになった。


光り輝ける王妃のようにはなれない。

でもきっと、凡人であることで、できることだってある。


「ところで隣国の国王陛下」

「ん、なんだい?」

「あの、霧に包むように言いますが、魔王陛下はとてもこう、今はガリガリに痩せたネズミみたいに貧相で、しなしなに萎び切った干しブドウみたいなんですが、豪華に服を整える余裕もなく……。その点にはどうか目を瞑っていただけると」


豪速球悪口。

さっきから全然霧に包んだ言い回しができていない。





フレデリックが応接間に入ると、灰色よれよれの背広を着て、くたびれた窓際閑職系サラリーマンみたいな男が顔を上げた。

彼は唇をあげて微笑んだ。


「いらっしゃいませ、サンティア国王陛下。いつもお世話になっております、私が魔国の王を勤めている者です」


開幕、会社への連絡メッセージみたいな挨拶だなあ。

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