世界一偉そうな王妃は黒き奴隷市場を救済する (終)
『消えた』人々のある程度が戻ってきた王国はある程度の賑わいを取り戻した。夜の街は人声が絶えない。
王宮にも、灯りが灯っている。
その中の最奥、王の部屋へ向かう階段を、ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンは辿っていた。今回はフレデリックが隠密を事前手配してくれていなければ、恐らくもっと脱出は厳しいものになっていただろう。
最愛の男には愛と感謝を伝えよう。
そう思いながら、王妃は階段を登っていく。
既に服装はシスター服ではない。いつものワインレッドのドレスであり、彼女を彼女たらしめるドレスであった。髪型も美しく蜂蜜色の髪は巻かれ、王妃に相応しいあでやかさを取り戻している。
王に帰還の挨拶をする折だからと、最高の装いをとブリジットが整えてくれたものだ。
いつも寝起きの姿を見せているが、こういうのもたまには悪くないかもしれないと、ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンはらしくないことを考える。普通の少女のようなことを。
王妃は階段を上がりきり、扉に手をかける。
開く。
窓が開いていた。
重い天鵞絨のカーテンは束ねられたまま。レースの薄いカーテンだけが、ひらひらと、ひらひらと。夜風に踊っていた。
その前に人影があった。
「お帰り」
満月を背に、王ではなく、魔術士が立っていた。
「……ミカエル」
「王妃ちゃん、今回も大活躍だったみたいで何よりだよ~!」
彼は大仰に両手を広げて見せる。
何故、彼がここにいるのか。ここは仮にも王の寝室である。公務室とは違うのだ。プライベートの空間に、王ではなく一人の従者が残されていた、その意味は。
ヴィクトリアは辺りを静かに見回す
整えられた室内。数日人が寝ていないように綺麗な寝台。何冊かなくなっているフレデリックの愛する本。彼がいつも使っている、うつくし魔梟の羽ペンもない。彼が愛し、手もとに置いていた細々としたもの。それが、消えている。どれもこれも。
「……王は。あれはどこへ行った」
「何処へ行ったと思う?」
ミカエルは笑っている。まるでおとぎばなしのチェシャ猫のような笑みであった。
「お前、まさか」
「そんな怖い顔しないでよ王妃ちゃん、オレがちょーっと王様の味方したからって」
「……あれを行かせたのか」
「行きたいっていうからさ。送ったよ、国境まで。……フレデリック王はね、今回の件、自分で魔王に対して直談判するってさ」
直談判。
魔国の中央に自ら赴いて、自分だけで決着をつけようとしている。それを聞いて、ヴィクトリアは息を呑んだ。
「……国境へ行ったのか、我以外の奴と」
「いや王妃ちゃん、あのね、ちょっと動揺し過ぎて嫉妬しすぎた人みたいなことになってるから」
ミカエル、こんな状況でもツッコミの宿命から逃れられない。
「……、あれは、一人で魔国に交渉に出かけたのだな」
「そう、かなりの人が戻ったとはいえ先に入った人間は帰ってきてないからね。その人たちを返してもらえるよう、交渉に出たよ」
「我を待たずにか」
「なーに言ってるの、王妃ちゃんは」
けらけらとミカエルは笑った。
「いつも王妃ちゃんがやってたことでしょ?」
ヴィクトリアは黙り込む。
黄金に光り輝く、覇王のオーラを纏った娘は、ここで初めて待つ側の気持ちを理解したのかもしれなかった。
危険に飛び込むものを、案じる気持ちを。
「……そうだな。我が、いつもやっていたことだ。そして、……フレデリックはいつもどうしていた?」
「え」
王妃は笑った。
「ミカエル、魔国の情報を集めよ。出来る限りの事をするぞ。このヴィクトリアを補佐に回らせるとは予想できなかった、しかし我の男はギャップも愛い」
「王妃ちゃんさあ、王様のこと好きすぎない?」
めろめろである。唐突にのろけていくスタイル。
彼女はばさりとワインレッドのドレスを翻す。蒼月の光が降り注ぐ、その遠い向こうには雪を被った魔国の山の頂が見える。
それを背にして、ヴィクトリアは部屋を出ていく。王のいない部屋を。王を補佐するために。
「いくぞ、あれに万が一があった時のための我だ。……フレデリックを守るのは我だ」
勇ましい。
赤いドレスのヴィクトリアは唇の端を上げて笑う。
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンはこういう時でさえ、世界で一番偉そうであった。
ここまで読んでいただいてありがとうございました、これより最終章になだれ込みいたします、アクセル踏んでいきます!最後まで何卒よろしくおねがいいたします!




