世界一偉そうな王妃は地獄の番犬を手懐ける (四)
『オークションへの招待状
今宵夜に月が中天に差し掛かる頃、お客人の皆々様に置かれましてはシルク・ドゥ・マギアのテントにお集まりくださいますよう、宜しく御願い申し上げます』
「………どう考えても怪しくない?」
ミカエルが顔をしかめて言ったが、焼肉定食と、ヴィクトリアは意に介さなかった。
「何を言う。折角中核に飛び込む機会だ、好機を不意にするほど愚かしい事はない。王宮の親衛隊に連絡もつけた、数時間あればこちらへ着くだろう。箒も新調した事だしな」
「何かあったらマンティコアは俺のバナナでなんとかしまっす!」
「えー、あー……そうね、お前のバナナすごいもんね……」
すごいバナナを持った焼肉定食のジョージ、誇らしげに頷いて見せた。さっきの二十分ぐらいですっかりマンティコアになつかれたらしい。主に餌係っていう意味だろうけども。
「ケルベロスは分からぬが、十分ほど時間があれば籠絡してみせよう」
「王妃ちゃんのあのなでなでテクニックはなんなの?」
「フレデリックにするように撫でているだけだが?」
王様、まさかの犬扱い。
「フレデリックはな、ああして優しい手つきで撫でると心地良さそうに微睡むのだ。実に愛い」
「王妃ちゃんは本当に王様好きだよねえ」
「好きだが?」
「今のはからかいの意を込めてたんだけど!?」
全然照れないのでからかい甲斐がない。
「オレも、術士としてなんか仕事ができりゃいいんだけどね〜」
「そなたはそこにいるだけでよい。お前がいるというだけで、我は守られていると感じる。
それだけで仕事を果たしているともいえよう、戦うばかりが護衛の仕事ではないだろう?」
ヴィクトリアに言われて、ミカエルは一つ瞬いた。
「その場に止まり、『この対象を守っている』と周りに見せる事も仕事の一部だ。故に、お前はきちんと役目を果たしているとも」
王妃の美しい流し目に術士は軽率にときめいた。トゥンク。
「いやあ、そうかなあ……?」
「だがまあ、オークション会場に乗り込んだ際にはきっちりと戦ってもらうぞ」
「ですよね〜」
ミカエルは軽く心の中で気を引き締める。さっきはバナナやら超絶テクニックなでなでやらで何とかなったが、オークション会場では何が起こるか分からないのだ。
もしかしたらもっと派手に戦闘が起こるかもしれないし、何か危ない事が起こるかもしれない。その時こそが、自分の出番だ。
「I・KI・MO・NOが好きかーーー!?エビバデセイッ!!!」
「DA・I・SU・KIーーー!!!!」
「……………………」
ナニコレ。
時間になってオークション会場に踏み込んだら、ディスコクラブみたいになってた時の気持ちを百文字で述べよ。
「これ……なに?」
「我に聞くな。だが、楽しげでこれはこれでよい」
「王妃ちゃん女帝みたいな度量でなんでも赦すのやめような!」
なんか音楽がデケデケしてる。ドラムとベースがゴウンゴウンドゥンドゥンしてる。カラフルライトがあっちこっちで振られてて、天井にはミラーボール。
中央には大きなステージがあって、楽器を弾いてる人たちが全力で叫んでいる。周りには動物の檻が多くあるが、中にいるうさぎが跳ねて飛んだり、トビネコ(魔国の猫だ、密輸品!)がにゃーと声を上げるたびに会場が熱狂する。
「ぎゃーーー!!!魔国の猫ちゃんカワイイーーー!!」
「うおおおーーー!!!ツノの映えた魔国産のウサギは最高だーーーー!!!!」
「馬鹿野郎ネコチャンの方が最高だろうが!」
「三頭犬が一番可愛いに決まってんだろ!」
「なんだとやるか!?」
「ああ!?」
場外乱闘が始まった。ガチの殴り合いである。
えーと……なに?
超熱狂的な生き物大好きクラブ?
「……えっ、えー……いやなに?これ?」
天才術士ミカエルは、見たこともないものに目を回しそうになった。案外世間知らず。
純真無垢な盗賊ジョージは物珍しそうにきょろきょろしている。
石油王コスプレのヴィクトリアは我関せずで面白そうに天井を見上げた。ミラーボールがぎらぎらして、光を振りまいている。
「あれはいいな。我の部屋に飾ろう」
「いややめようね王妃ちゃん」
「ではフレデリックの部屋に飾るか?」
王様の部屋がディスコになっちゃう。
三人がすっかり物見遊山な気分で、なんかサイケデリックなよくわからない空間に呑まれていた、その時だった。
不意に、声をかけられた。
「おや、あなた方は噂の石油王様一行。このオークションに来られるとは随分と、通ですなあ」
声をかけてきた人の良さそうな老紳士は、アロハシャツに半ズボンで手にしゅわしゅわするドリンクを持っていた。ハイカラですね。
「招待状をいただいたんっすよ!えっと、それでこのオークションは一体?」
「おやご存知ない。それはそれは、珍しいお客人ですなあ……。ここは魔国からやってきた珍しい生き物を買える場所でして。こうして、多くの生き物愛好家が集っておるのです。わしも今夜は、老後を一緒に過ごすマンティコアなどを買い求めたく足を運んできた次第で」
老後をマンティコアと過ごしたいってすごい性癖だな。
とミカエルは思ったが、天才なので黙っていた。天才なので空気は読める。
「まあ、ここにはそういった、魔国の生き物を愛する者が多くいるのです。いやあ、あの国の生き物はいい!知能が高く、賢く、手がかからず、トイレもちゃんと覚えるし壁をガリガリもしないしソファを高級な爪とぎ機にすることもしない……」
さてはこのおじいさん一般の猫に恨みがある人種だな。
王妃一行は黙ってオークションの成り行きを見守ったが、ケルベロスとマンティコアが出てきた時点で周りの熱狂は最高潮に達した。
もうめちゃくちゃ音楽がデケデケしているし、ミラーボールはぐるぐる回るし、周りの人はみんなダンスしまくっている。
生き物大好きクラブ、字面だけ見ると超穏健派なのに。
「IKIMONOが好きかーーー!!!!」
「DAISUKIーーーー!!!」
「今夜のオレらが特に好きなのはーーー!!」
「ZI・GO・KUの番犬ーーー!!!!」
地獄の番犬、アイドルユニットでありそう。
檻の外から司会者がぐるぐる回りながらマンティコアとケルベロスに魅力を実況する。いっぱい食べるとか。歯がキュートだとか。ぐるぐる唸る声が可愛いとか。三つに分かれた頭は最高にクールだとか。尻尾がヒュドラなので頭と尻尾両方に甘噛みされるシチュエーションが楽しめるとか。
最後の普通に死ぬじゃんか。
「さーて、しかし落札前に今宵は!ゲストをお迎えしております!マンティコアを餌付けしたミスターと、ケルベロスを手懐けたSEKIYUOUーーー!!!」
なんかの優勝者みたいな呼ばれ方してる。
呼ばれた焼肉定食のジョージはちょっと固まったし、ミカエルは予想外の事態に頭を抱えかけた。なんでどこでもかしこでも目立ちまくるんだよこの王妃様は!!!黒子の服着せたい!!!!
二人は周りの人間により無理矢理舞台に押し上げられる。
声拡張の魔術を纏った棒を向けられる。簡単に言えばマイクである。
メガネを光らせた司会者が嬉々とした様子で二人に問いかける。
テンションたっかいな。
「ケルベロスを撫でてみていかがでしたか?毛皮の手触りは?気性は荒いですが、知性を感じませんでしたか?石油王様はお見受けするにまだお若いようですが、少年心をくずぐられませんか?」
なるほどレビューがほしいと。しかもめっちゃ誘導尋問。
空はまだ暗い。
王妃は暫く黙っていたが、不意打ちでターバンを、解いた。
蜂蜜色の髪が。あざやかな滝のようにこぼれ落ちた。少年だと思っていた周りの人間は息を呑んでそれを見つめた。
王妃は黄金の獣のような目で周りを睥睨する。
「なるほど、確かに素晴らしい生き物ばかりだ」
周りの人間は、ターバンを取った意図を測りかねて沈黙した。
しかし、石油王だと思っていた男がそれはもう美しい女だったことを目の当たりにして、数人が、あっ、と声を上げた。
「あれ、王妃様じゃね……?」
「王妃様だ……!どうしてここに……!」
「ま、まさか、このオークションを罰するためにいらしたんじゃ……!?」
「そんな、もふもふは、ペットは私たちの心の癒しなのに……!」
誰かが、そんな中で叫んだ。
「しっ、支配人!ケルベロスでもマンティコアでもけしかけちまえ!その石油王、王族だ!気絶させた後で忘却呪文あたりで記憶をどうにかしねえと、オレたち捕まる……!」
「えっ」
命が惜しければやめとけ、とミカエルは思ったし、焼肉定食も思ったし、結婚式の時のパレードで王妃のことをよく知っている人たちも多分そう思うった。
「そこな男」
「はあ!?」
商人に向かって声がかけられる。
舞台の上のヴィクトリアは真摯な顔をして男を見た。
「そなた、生き物は好きか?」
「DAISUKIーー!!!」
ノリいいな。
「じゃなくって、好きに決まってんだろうが!そうじゃなきゃこんなところにいるか!」
「ほう。では魔国の生き物の寿命を知っているか」
「……やつらは寿命が長いっていいたいのか」
「そうだ。そなたが死んだ後、飼っていた生き物はどうなる。我が王国に解き放たれ、王国の生態系を変える可能性すらある。故に我が国では、輸入を禁じている。それは、わかるか?」
「………………」
商人は沈黙した。それでももふもふが好きだ、生き物が好きだと顔に書いてある。
「必ず家族に後を託せるのならば国で輸入を禁じることもないのだがな。……だがこの言い方では不服であろう、別の言い方をしてやろう」
ディスコは相変わらずデケデケドンドンしていたが、場の空気は中央に立った王妃のものとなっていた。焼肉定食もちょっとバナナをマンティコアにあげるタイミングを見失っていたし、ミカエルも、もうなんか刺激しないどこ……みたいな空気になっていた。
天才術士、王妃は止めようが何しようが止まらない性格であることをとっくに学習済みだったのである。賢い。
王妃は静かに言った。
「いいか。魔国の生き物の寿命は長い。飼えば必ず、お前はその生き物をおいていく。そうすればその生き物はどうなる?もういない死んだお前の影を探し、帰りを待ちながら、泣きながら、永遠に彷徨う事になるだろう!愛しんでくれたお前の幻影だけを見ながら生き物が死ぬのに耐えられるか?」
動物大好きクラブの何人かが、ウッとなった。今飼おうとしているツノのあるウサギちゃんや猫ちゃんたちが……自分がいなくなった家の中、泣きながらご飯を求めている様。
自分が死んで、布団が敷かれっぱなしのベッドの上で飼い主の香りを求めて、『帰ってこないなあ、いつ帰ってくるかなあ』とか思いながら丸まっている様子とかをもろに思い描いてしまった。
精神的ダメージで死にそう。
「餌を与え、頭をなで、愛しんだのなら世代を越えようと最後まで面倒を見よ!その覚悟がある者だけが、輸入された魔国の生き物を飼うがいい!!!!!愛を持って最後まで愛した『家族』を守り抜ける覚悟があるものだけがそうするがいい!!!」
「は、はい……ッッ!!!!!」
「では、魔国の生き物の輸入に当たって、審査を行う」
「えっ?」
次の瞬間、空から数多くの箒が舞い降りてきた。
王妃に呼びつけられた宮廷術士たち、親衛隊たちである。生き物大好きクラブの後ろから、兵士たちが走り込んでくる。
王宮直属、兵士たちの取締部隊であった。
この後、その場にいた人間は全員捕らえられ、取締りを受けた。
その後、よーく家柄の調査をされ、子供がきちんといる、財産がちゃんとあるなどの身分証明を受けられたものだけが、魔国の生き物を飼えるように法律が改正されることになる。
……が、それは少しだけ、先の話である。
IKIMONO万歳ーーー!!!
同じ頃。
テントより遥か離れた遠く、ティル・ノーグ市場周辺の草原。
ぼろぼろの服に、メガネの男が空を仰いでいた。
ミカエルに守られた、あの男であった。
この国と、魔国との国境線には、ちらちらと雪が降っているのが今も見える。
男は一つ息を吐いた。
そうして、ばさりと黒い、巨大な翼を生やしてーー何処かへと飛び去っていった。
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