世界一偉そうな王妃は地獄の番犬を手懐ける (三)
本日三回投稿です〜!よろしくお願いします!
「あのさ王妃ちゃん」
「ナンデ・モ・カエールだと言っているだろうが」
見た目はさながら美少年なのに名前がクッソださい。
王妃ヴィクトリアと焼肉定食とミカエルはサーカスの中でめっちゃいい席に座っていた。席順で言うならSSRである。プレミアムシート。あきらかにめちゃくちゃすごい客人が座るところ。
綱渡りから火の輪くぐりまで何でもすごいよく見えそう!
人々がざわざわと騒めき、皆が薄暗いテントの中でサーカスの始まりを待っている。不思議な高揚感がある。
そんな中でミカエルはひそひそと声を潜めて言った。
「ところでナンデ様さあ、名前の通り一番高い席をあっさり買ってるけど。その金どこから持ってきたの?国庫?」
「手持ちのガラクタと宝石を売り払って金にしたまでだ」
宝石はわかるけども。
「ガラクタ?」
「イミテーションのアクセサリやリアル半魚人ぬいぐるみやらをだな」
「ナニソレ」
「生足美脚度50%アップだそうだ、高く売れた」
最早フリマでは。
この王妃、黄金市と名高いティル・ノーグの市をフリマとして活用してる。
その隣では焼肉定食のジョージが目をきらめかせながら舞台の開幕を待っていた。子供の純真無垢さのムッキムキマッチョマン。なんでお前盗賊とかやってたの?
『ご来場の皆様にお願いいたします。今宵の公演につきましては、なるべく大きな音をたてず、話し声はお静かに、食べ物やおやつは魔獣を刺激する可能性がございますので、なるべく少量でお願いいたしますーー』
「まだっすかねえ!楽しみっすねえ!バナナはおやつに入るんすかね?」
それは永遠の難題だ。
暫く待っていると、舞台の中央に座長と思わしき男が進み出てきて一礼した。降り注ぐ紙吹雪、あざやかな花吹雪。
「レディースアンドジェントルマン!今宵は我らサーカス団、シルク・ドゥ・マギアへようこそ!美しき妖精の空中ブランコから、魔獣が行う火の輪潜りまでどうぞお楽しみください!」
朗々としたよく通る声に続けて、舞台に踊り子や檻が進み出てくる。巨大な二つの檻に感嘆の声が上がった。
銀色の檻の中には……首が三つある犬!そして、もう片方の金色の檻の中には頭は獅子だが、尾はヒュドラの頭の明らかな合成生物。
大当たり、とミカエルは呟く。あの花屋の女の子、ちゃんと商人らしく情報通だったってわけだ。
魔獣は今は鎖に繋がれているようだが、相当巨大だ。暴れたらひとたまりもなさそうだし、人を食い散らかすスプラッタの主役ができそうな迫力。
「……あれ逃げたらどうなると思う?ねえ焼肉定食クン」
「当たり前に死にまっす!」
歯に衣を着せろ。
「でもまあ、あれだけ厳重ですしそんなこと起こらないっすよぉ……起こるわけがないっすよ、安心っすよ」
「あっ、やめてフラグ建てていくのやめて!そういうのよくない!オレよくないと思う!」
「ミカエル、騒ぐな。逃げてもお前が片手で捻ればよかろう」
「あのね、無敵の王妃ちゃんと一緒にしないでね、オレ普通にそれやったら死ぬんで~!」
まあ大丈夫ですって、と言いながらジョージが懐からバナナを取り出して食べ始める。そのバナナどこに持ってたの。
ものすごく瑞々しい感じのバナナだった。綺麗な黄色で、いい感じに熟している。時凍結の魔術がかけられていたようで、もぎたて新鮮フルーティだ。ジョージが皮を剥くと、豊潤な白い身と甘い香りがふわっと漂う。あまりにおいしそう過ぎて周りの観客がちょっとその香りにざわざわするぐらいにはいい香りがした。
濃厚こってりあまぁいバナナ臭。
「なんか……めちゃ美味しそうなバナナ食おうとしてない……?」
「あっ、これが唯一使える魔法なんすよ!時凍結で鮮度を保って、いつでもおいしいものが食べれるっす!お二人も食べますか?」
焼肉定食(焼肉定食とは言ってない)(バナナ)ってことだろうか。
もうこれわけわかんないな。
ジョージが懐を叩くとバナナが三本に増えた。何本ストックしてるんだ。そういえばそんな歌もあったね。
その瞬間だった。
おいしくバナナを頬張っているジョージと、ミカエルと、石油王の頭にキィンと声が響くと同時に、唸り声が響いた。
『バナナ……ヨコセ……』
『ハラ……ヘッタ……』
『バナナ、クウ……』
檻の中でいきなりマンティコアの方が暴れ出して、踊り子や猛獣使いが目を剥いた。檻の扉はもう火の輪くぐりのために半分開かれていて、いつでも飛び出せるーー危ない!
がしゃーん、と檻の扉が砕け散った。大惨事である。周りの観客が悲鳴を上げる。隣の檻の中のケルベロスもびっくりして固まっている。マンティコアはバナナ目指して一直線だ、そんなに美味しそうだったか!?
『バナナクウ!!!!!!』
マンティコア が おそってきた!リアルタイムエンカウント!マンティコアは暴れ狂いながらこちらに向かって走ってくる、ケルベロスの檻を慌ててしめようとしていた職員が吹っ飛ばされる。
あっという間にその場に二匹の猛獣たちの唸り声が響き渡った。ところで、こんな血に飢えたみたいな魔獣がバナナ好きとかそんな話ある?お前マンティコアを名乗ってるけどどこかでゴリラの血が混ざってない?
阿鼻叫喚のサーカスの中、バナナが空中を飛び交う。マンティコアの口に飛び込む。咀嚼するマンティコア、飛び散るバナナの皮、泣き叫ぶ観客、おやつを奪われて怒りまくる焼肉定食!
「おあ、お、お、俺のバナナがーー!?俺のバナナ、給料で朝一に買って楽しみに持ってきたおやつのバナナが……!」
『バナナ……ウマイ……モットクウ……』
「それが肥満の元なんすよ!もうだめっす!!!!」
『クウ……』
「だめ!!!!」
焼肉定食、案外大物かもしれない。
バナナを食べてちょっとおとなしくなったマンティコアに、鼻先で服をぐりぐりされて更にバナナをカツアゲされる焼肉定食。かわいそう。
止めに入ろうにもどうしたらいいかわからないミカエル、何故かヴィクトリアを見つめるケルベロス。
檻から出てきたケルベロスは、バナナに狂喜乱舞するマンティコアと違って落ち着いたものであった。
ただ、目の前に立つ華奢な女を見る。まあその女実のところ覇王なんですけど。
「王妃ちゃん、逃げて!」
バナナに夢中のマンティコアと違って、ケルベロスは血に飢えた唸り声を響かせている。足に嵌った足輪がまだ壊れていないとはいえ、一口でばくんと食べられてしまいそうな距離だ。
ヴィクトリアは逃げない。ケルベロスと向かい合い、ほかの観客が逃げ惑う中、ただ立ち尽くしている。鼻先が彼女の顔に寄せられても、大きな口が開けられても、逃げない、ただそこに立ち竦んでいるーー……。
もしかして、逃げられないのか、とミカエルは思った。
あの王妃ちゃんだって一応十九歳の女の子だ。十九歳の女の子らしい所があってもおかしくない。あんな化け物がいきなり間近に迫ってきたらそりゃ怖いに決まってる、だって彼女はまだおとなにだってなれてない年齢なんだ。だったら俺が……助け……
「実に愛い」
うん?
「おかわりせよ」
美しい王妃は楽しげに言う。
十九歳のただの女の子とか思った方がバカだったな。
ケルベロスはおかわりしない。当たり前である。
「お手」
ケルベロスは唸っている。当たり前である。
「うむ、犬への指示の出し方がおかしかったか?」
彼女が首を傾けた、その時だった。
逃げようとふらついた観客の一人が、ケルベロスと彼女の間を、通ってしまった。ぼろぼろの灰色の外套。めっちゃ疲れ切った顔と、この辺りでは珍しい片眼鏡。あきらかになんか、日々の商売とか仕事に疲れてサーカスに来ましたみたいな人だ。今日のサーカスのためにお金貯めてチケット買いました!みたいな人だ。
とても体力がなさそうだ……。
それに向かって、ケルベロスが牙を剥いた。
あっ、おいしそうな骨つき肉が歩いてる!みたいな顔していた。
あまりに体力なさそうな男が逃げ切れるわけもない。
「危ない……!」
ミカエルが防護の魔術で彼を守り、強引に引っ張って床に転がった、その時だった。
「伏せ」
魔導LEDみたいな輝きがテントの中をいっぱいに照らした。次の瞬間ケルベロスの頭がずどーん!と落ちてきて朦々と土煙が上がった。
石油王のなりをしたままの王妃が、ケルベロスの頭の上に立っていた。
伏せ(物理)である。跳躍して上からその頭を踏んづけたのだ。溢れ出るオーラで後光がすごい。物理的に光が見えそう、いやもう見えてる。
「うむ、やはり犬にはしつけが必要か。このような乱暴な手段はよくないとはいうが」
そういう問題ではない。
ケルベロスは当然のことながら怒り狂ってヴィクトリアに噛みつこうとした。御馳走を食べようとしたらいきなり頭を踏んづけられたのである、そりゃ怒る。
「おおすまぬ、腹が減っておったのだな。バナナでも食え」
落ちていたバナナを食べさせられたケルベロスは普通に混乱したが食べた。食べるのかよ。
その後頭を撫でられたのでケルベロスはバナナを咀嚼しながら唸った。バナナおいしい。撫でられるのは気持ちいい。でも普通になんか腹立つ。
普通の犬みたいに頭をわしゃわしゃされ、なでなでされ、愛情いっぱいあやされる。顎の下とか首とか、ちょっと凝ってしまうところをめちゃなでなでされて気持ちいい……。
いやなんで?????
がばっ、と口を開けて女を食べようとしたら、片手でひょいと顎を閉じられなくされた。ケルベロスがぐぐぐ……と口を閉じようとしても女の細腕でがしっと止められていて無理。つっよい。
「我を食いたいか、だが我を食わせてやるわけにはいかぬ。その代わりに撫でてやろう、そなたは愛い。もっと愛い顔をするがよい」
顎の下をなでなでされ、首をなでなでされ、なんかもういっぱいなでなでされてケルベロスは不覚にもうっとりしてしまった。
(生まれてこの方こんなに撫でられたことはない……!!!)
心情表現するならこんな感じ。
ケルベロスは生まれてから、それはもう孤独であった。生まれた時から三頭犬、普通の犬として可愛がられるはずもない。突然変異として恐れられ、捨てられてサーカスに拾われた。なまじっか知性があっただけに、愛情によるしつけよりも痛みと経験によるしつけをサーカス団では施されて、ここまで大きくなった。
同期だったマンティコアはなんかもう食うことが大好きだったので、ケルベロスとは馬が合わなかった。犬同士だけど。
だから、こんな風になでなでされた経験はなかった。
(なんだ、この、感覚はーー……!!!!)
心情表現するならこんな感じ(二回目)。
ケルベロスをなでなでと撫でながらヴィクトリアは目を細めた。いつもの覇王オーラもちょっとばかし薄れ気味で、どっちかというと木漏れ日っぽい感じの温かな光を放っているようだった。
光の強弱を調整できる王妃様である。器用。
「そなたは魔獣である前に一頭の犬だ、犬は強く誇り高く生きると同時に、愛されるべき生き物だ。尊ばれ、人の近くにあるならば人に、犬のそばならば犬に愛されて生きるべきだったのだ。我はそなたの人生に一時関わっただけの部外者に過ぎぬ、過ぎぬがーー……一時の安らぎを与える程度ならばできようぞ、存分に味わえ」
ケルベロスは目の前の石油王……ではなくて少女のオーラに当てられて、おとなしく撫でられ続けてしまった。
あっ、なんか段々気持ち良くなってくる……顎の下とか首とかいい感じになでなでされる、くそっ、別に気持ち良くなんてないぞ、即オチなんてしないんだからね……!
ケルベロス、メスだったし変なところで女騎士気質であった。
くそっ……こんな、なでなでなんかに、負けない……ッ!!!!
十分ぐらいで完堕ちした。
マンティコアが焼肉定食の体から出ててくる食料を食い尽くして満足して床をごろつき、ケルベロスがヴィクトリアにうっとりと撫でられているところに漸く警備隊が来て、騒ぎは一段落した。
「いやー、大変な目に遭ったね」
そう言ったミカエルが近づいてきて、ヴィクトリアの隣に並ぶ。護衛術士としての仕事は殆どできなかったが、そのかわり民間人を守れたのでよしとしよう。ミカエルは大きく伸びをして、騒ぎの後のサーカスを見回した。そういえば何か忘れてるような……なんか一件落着みたいな雰囲気だけども、もっと別のことを自分たちはしにきたような……。
その時、彼の体からはらりと何かが落ちた。黒い封筒だ。赤い蝋で口が閉じてある。
ヴィクトリアが微かに眉を潜めてそれを拾い上げた。
「……オークションへのご招待状……?」
三人は沈黙した。
そういえば、魔国との密輸を探りにきたんじゃん、サーカスのせいですっかり忘れていた。
どうやら、大当たりを引き当てたらしかった。
本日で地獄の番犬を手懐ける編はおしまいとなります、12時、夕方6時、夜の22時に更新となっております。大きな話はあと二話+エピローグで完結予定、どうぞみなさま最後までよろしくお願いします!




