世界一偉そうな王妃は王子様のキスを必要としない (終)
数日後、王宮の庭に午後の穏やかな光が降り注いでいた。王と王妃は公務の合間、温かな光が降り注ぐ庭園の中二人きりの……否、いくつかの毛玉と一緒の時を過ごしていた。
猫が六匹ぐらい、二人の足元やらテーブルの上やらでごろごろしていた。めっちゃ猫。それはもう猫。
猫にくっつかれまくったフレデリックは、ふかふかに埋れながら王妃の方を見た。この王様、小動物にめっぽう懐かれやすい体質ゆえにめちゃくちゃ毛玉たちに愛されていた。
膝が猫のベッドと化した王は、精一杯真面目な顔をして王妃を見た。
「ところでヴィクトリア、君、僕が宰相と会う前にわざと割り込んだね?」
「なにがところでなのかわからぬが、そうだな」
突然の真面目。
言われた王妃は膝に白猫を乗せたまま、澄ました顔で紅茶を飲み干した。
「まあ、そなたと宰相の逢引を邪魔したことは謝ろう。だがお前は我の男ゆえな、余所の男との逢引はどうかと思うぞ」
「逢引じゃないし全部誤解!!!」
王様、思わず渾身のツッコミ。
フレデリックは一つため息をついた。
「ヴィクトリア、僕が彼に何かすると思ったのかい?」
「お前は昔から、感情が昂ると馬鹿なことをする。うっかり宰相が死罪にならぬよう取り計らったまでよ」
「信用ないなあ……」
そう言いながら、王妃は膝の上の白い猫を撫でてやり、テーブルに飛び乗ってきた黒猫が気まぐれにクッキーを齧るのを見守る。蜂蜜色の髪が、午後の日差しに淡く輝いている。
これらの猫は、全て宰相の家で飼われていたものだ。大半の猫はミレイユ・ユペールが引き取ったのだが、どうしてもキャパシティオーバーになってしまった分を王宮で引き取ったのだ。
ねこちゃんに罪はない。死罪にしかねない罪を持った男が飼っていたねこちゃんたちでも、べつに罪はないのである。
「うっかり死罪にはしないよ……それやったらまずいじゃないか」
「では意図的にならばあるのか?」
「ないです!!!」
「我はある」
「えっ」
「冗談だ」
怖いよ。
王は一つため息を吐いて、猫たちをあやす。猫たちの中の数匹は、背中にぴょこんと悪魔の羽のようなものが生えていて、庭の中を好き勝手飛び回っている。トビネコというやつだ。トビネコの中でも、アクマ種に近い、魔族の血を引く猫である。まあかわいい。
ぱたぱたぱた、とフレデリックの目の前まで飛んできて、きゅるるるん?と首を傾げてこちらを見てくる。
もう小悪魔。はいかわいい。
フレデリックは複雑な気持ちでトビネコをみやった。とってもかわいい。かわいいんだけども。フレデリックは少し困った顔で猫の頭を撫でた。
「ところでこの猫どう思う?」
「かわいいな」
「そうじゃなくてね」
「だがお前の方がかわいいぞ」
トゥンク。
「そうじゃないからね……あときみの方が、その、かわいいよ」
「ほう?」
「ライオンみたいな微笑みでこっち見ないで」
食われそう。
フレデリックは何度か咳払いをして気分を整える。かわいいと言われるのは心外でも、その声や瞳が愛おしそうに揺れているのをみるとどきどきしてしまうのである。条件反射が憎らしい。
そんなことを考えていた王の顔に、トビネコが体当たりしてくる。猫は猫なので王の身分とか関係なしである。ごろごろ、魔界の深淵で沸騰するマグマみたいな音で唸ってご機嫌だ。
どう考えても、この国出身の猫ではない。それがちょっと、かわいいけどだめだ。
「ブニャアアアアア」
声がひっくいなこいつ。
ヴィクトリアは膝の上の猫を撫でながら二杯目の紅茶を飲み干した。
「まあ言いたいことはわかる。魔国主体で飼われている猫が、何故宰相の家にいたのかという話か?これは輸入禁止品のはずだ」
「そう……うちの国は全面的に魔国とのやりとりを控えてるんだ。魔力が豊富すぎてあそこの国、作物も動物も優秀なのが多いからね……うちの国の色んなものが死滅しちゃう。密輸の可能性があるよね、この件は少し調査しないと……」
地産地消の敵、輸入しすぎはダメゼッタイ。
フレデリックはため息をついたあと、猫を放してやる。王妃の膝の上にいる猫もそっと芝生の上に下ろしてあげた。
「……まあでも、今日は問題が一つ片付いたばかりだし、この話は今度でいいか。そういえばヴィクトリア、さっきから猫にばっかり構ってるね」
王は軽く牽制する。自分だって構ってほしいし。
「お前が猫にばかり構っているからだが?」
まさかのやきもち系強カウンター。
カウンターされたフレデリックは黙った。王は頑張って最適解を探す。なんといえば正解なんだ、この場合。ヴィクトリアは僕が猫にばかり構っているので、自分も猫に構っていると言った。やきもち?あのヴィクトリアが?女の子にやきもちを妬かれた場合、どう返すのが正解なんだ?なにもわからない。
「ねこ、かわいいもんね………」
答え方がだめすぎる。
この乙女心のわからない王、結局こういう無難な返しに落ち着いてしまった。王子時代に王立学園にいたくせに、ほとんどモテなかったのはこういうところで変に外す性格のせいであった。恋愛ダメダメマンである。
だめじゃんか。
それに対して蜂蜜色の髪をした王妃は艶やかに微笑んだ。
「ああ、猫はかわいい。だがお前の方が愛おしいぞ」
(ずるい……!!!!!!)
クリティカルヒット。無理では。
ヴィクトリアの手が伸びてきて、ミルクティー色のフレデリックの髪を撫でる。優しい掌だった。彼女はいつも覇王オーラがすごいけれど、こういう時は驚くほどに柔らかい表情をする。
王は小さく笑ってから困ったようにはにかんで、そっと頬を撫でる手に上からてのひらを重ねた。
女性にしては少しだけ長い指、赤い色彩で爪先を彩られた綺麗な指を引き寄せて、口付けようとし——……
トビネコが突撃してきて王の顔に体当たりした。
毛が思いっきり口に入った。
「うわ!」
「……はは」
王妃は面白そうに、闊達に笑う。王妃の白い手にひょいと抱き上げられて、悪魔の羽をした猫はごろにゃんとその赤いドレスの胸に甘えてみせる。いいな。うらやましい。僕だってヴィクトリアといちゃいちゃがしたい。
「お前とは散々寝台でいつもいちゃついているだろうが」
「心読むのやめて!」
あと語弊が大きい。
「なんだ、お前も頭を撫でられたり甘やかされたりしたいのであろう?」
ヴィクトリアは黄金色の日差しを背景に美しく微笑む。王はもう取り繕うのを諦めて、王妃をそっと抱きしめた。間に挟まれた猫は、くやしいけど潰さないようにした。恋敵でもかわいいものはかわいいので。
「……したいです……」
「素直でよい。存分に甘やかしてやろうぞ」
「それから僕も甘やかしてあげたいんだけど……だめ?」
「……」
王妃は、王の言葉に一瞬黙り込んだ。それから微かにふっと息を吐く。彼女は微笑む、いつもとは少しだけ違う柔らかい笑み。透明感すらある、十九歳の娘らしい微笑み。
彼女はうつくしい唇を寄せて、強引に王に口付けた。王は目を白黒させる。
今ちょっとなんか、きみ可愛く可憐に笑ってなかったったけ?
「よいぞ、我が赦す」
うーん、台詞のチョイスは覇王!解散!
彼女は王子様からのキスを待たない。待つぐらいなら自分から仕掛けていく、欲しいものは掌に、愛おしいものは腕の中に。
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェン王妃は今日もまた、世界で一番偉そうである。
VS宰相編はこれにて終了です!ここまでお読みいただきありがとうございます、次話は明日!結構日数を重ねてきているので読んでいただけているのがとってもうれしいです…!




