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世界一偉そうな王妃は王子様のキスを必要としない (四)

「ありませんな!!!」


ブランダン宰相はそれはもうめっちゃ空とぼけた。年の功というやつである。王妃の……の中にある煌く矢尻、それは確かにブランダンが手配したものだ。錬金塔の英知の結晶、オリハルコンをも砕く矢だ。

ヴィクトリアはついと眉を上げる。美しい顔は微笑みを絶やさない。すごい綺麗だけどすごい怖い。


「うむ。そうか。どうしても知らぬと言うのであれば、我は構わぬのだ。だがな、我の伴侶が許すとはあまり思えぬ。あれは優しいが、人間的に弱い所がある。我を撃たせたのがブランダン、お前であると知れたらキレるやもしれぬ」


そんな、王に対してキレやすい若者みたいな。


「…………王妃。わしを犯人だと決めつけておられるようですが、証拠があるのですか?」

「そうだな。この矢尻を錬金塔へと発注した人物のことだが」


宰相はにやりと陰で口元を笑ませた。全く関係ない、赤の他人を雇って買わせたのだ。そいつが漏らしていないのならば、王妃とて気付かないはず。

しかもその路端で声をかけた孤児は、もうこの国から消えた。


その孤児、昨日から南の国にバカンス旅行一年に出してしまったので死角はない!今頃南の海でウッハウハだろう。きっと大丈夫。


「ブランダン宰相。矢尻を注文した少年は、貴様の弟の姪の友人のメイドの隣の家のおじいさんの孫のやっている青空教室の生徒だな」


そんなことある?


「そ、そんな、王妃……他人ではないですか!それは言いがかりでは……!」

「その子供が、一年間南の国に行けると心から喜んでいた上に、でっぷりと太った身分ある貴族がその権利をくれたとみなに英雄のように言いまわっていてもか?」


えっ、それはちょっと嬉しい。

しかしそれでもブランダンは全力で空とぼけようとした。


「は、はは……何をおっしゃいます、妃殿下……。太った貴族など、いくらでも……」

「ブランダン。それが実はそこまでおらぬ」

「は………」

「この国で、でっぷりと太っていて、王宮勤めをしており、金のある貴族となるとそこまでおらぬ。まあこの国では基本的に体形を維持できないとそこそこ恥ずかしいので、貴族は皆筋トレに励むゆえな」


この国の貴族、みんなシェイプアップしすぎ問題。


「というわけでだ。お前が犯人としか考えられぬーーブランダン宰相!」


王妃の背中から覇気が溢れるのを見た気がした。赤い花の中、颯爽と赤いドレスを風に揺らして、まるで探偵のように指をさす。あまりに絵になりすぎる。これはもう指差された方はがっくりと膝を落として項垂れるしかないではないか!


やらんけど。


「…………くっ……」


ブランダン宰相は諦めの悪い男だった。

王妃は今一人だ。今うまく取り紛れてこの場を離れ、自分のテリトリーに入り、兵士に保護させる。王妃の言ったことはまだ推測でしかない、適当な犯人をでっちあげればまだ勝機はある。


「……妃殿下。それは全て憶測でしかありませんな、その青空教室の孤児に金をやった者は実は貴族ではないやもしれませんし、万が一貴族だったとしてもここ三日ほどでいきなり太りまくったものがいるやもしれません」


いやそれはないだろ。


「そんな戯言に付き合ってはいられませぬな。わしはこれにて……陛下の元へ行かせていただきたく思います。王宮の裏にて話し合いの約束をしておりましてな」


王妃さえやり過ごしてしまえば、王はどうとでもなる。

なんか泣き虫だし。へたれだし。優しそうだし。


そう思っていたブランダンは、王妃の言葉に度肝を抜いてしまった。


「そなた、うっかりキレたフレデリックに死罪にされたらどうする」


えっこわ。


「あれはまだ、そなたが完全な黒であることを恐らく悟っておらぬ。此度の呼び出しも、まあカマをかける程度の気持ちで呼び出しているのであろう。」


何を言いたいのだ、王妃は、とブランダンは焦る。なんか遠まわしにじわっと首を絞められている気がする。圧が強い。


「王にバレればやばいぞ」


全然遠回しじゃなかった。


「死罪、いや場合によってはまあ、離島流しであろう。あれは優しい男だが普通に人間だ。我があれを愛しているように、あれも我を愛しておる。王妃に手を上げた人間は死罪でもおかしくない。王が死罪と言えば、証拠が多少揃わずとも死罪にすることはできる」

「つ、つまり妃殿下は……この、わしを……助けに……?」

「阿呆」


黄金色の髪が、空に揺れる。彼女は美しい獣のようであった。

牙を剥いた獣が獰猛に笑うように、笑っただけで何か、恐ろしい何かに見つめられたような感覚が背筋を貫いた。


普通にめっちゃこわ。


「我を害しておいて、赦しを請うとは片腹痛い。貴様にはそれ相応の罰を受けてもらおうと思ってここへ来たのだ」


王妃が片手で手招きするとどこからか、でっかい箱が落ちてきた。

なにこれ。用意させてたの。


しかし、あの形。あの大きさ。中に入っているのは恐らく長いものだ。長く太い、……剣である可能性が、一番高いような。王妃の愛用の剣が大剣であるのを、ブランダン宰相はよく知っていた。敵を知らねば倒せまいと情報収集していた時にたまたまその情報もあったのだ。

しかも、それでかつて、盗賊団を消し飛ばしたという。


ブランダンは、死を意識した。もしかして王に死罪の命令を出させるのが嫌で、自ら殺しに来たのでは!?この王妃ならやりかねない。


宰相、王妃に対する印象が大分怖い人だった。


王妃が箱を、開ける——……



「お待ち下さい!!!」



その時だった。


王妃と、ブランダンの間に。

ふわふわの、ライラックのドレスが割り込んだ。

結い上げた黒い髪、華奢で可憐な容姿。それでいて色香漂う、美少女。

ミレイユ・ユペールであった。


ミレイユは伏して請い願う勢いで言った。


「妃殿下、どうかお待ち下さい……!ブランダン様を許してください、どうか……死罪だけは……」


突然割り込んできた少女に、ブランダンは息を呑んだ。

ミレイユ。何故彼女がここに。


「ごめんなさいブランダン様、ミレイユ、心配でついてきてしまいました……!

妃殿下、わたくしは、ミレイユはこの方に支援を受けねば生きてこられませんでした、ユペール家の財政難を救ってくださったのはこの方だったのです……!

お父様の亡くなったユペール家を、家族のように助けてくださいました!そこに思惑があったとしてもミレイユは……ブランダン様が大事なのです……!ですから、どうか、ご慈悲を……ご慈悲を……!」

「ミレイユ……」


ブランダン宰相は目を見開いて、少女を見つめた。まだ娘ほどの年齢である少女を。そして何故か最近めっちゃ腹肉を揉みたがる娘を。

ミレイユは父親がいないので、なんかこう、父性を求めてるのかなあと思って何となくされるがままになっていたのだが。ここまで、彼女が必死に自分を助けようとしてくれるとは思わなかった。


可愛……いや、これは使える駒だ。


「ブランダン様の体は最高なんです!ミレイユはブランダン様がいないともう生きていけません!どうか殺さないでください!」


うーん、語弊がありすぎる!解散!






「……我は別に、殺そうなどとは思っておらぬが」


一頻りミレイユの嘆願を聞いた後で、王妃は言った。

宰相は呆気にとられたし、ミレイユもぽかんとした。だってその落ちてきた木箱の中身で、がつんと殺す気ではなかったのか。だって明らかに長くておっきいものが入っている感じじゃんその木箱。

彼女は箱の中から、長いものを取り出す。……手に握られていたのは、


……モップだった。


モップである。

なにの変哲もないモップだ。王妃がふりかざしたからといっていきなり聖剣になったりしなさそうだし、光り輝きそうでもない。


「それは……?」

「モップだが」

「モップ」


宰相、オウムになるしかなかった。


「これをそなたにやろう」

「は……?いや別にいりませぬが」

「拒める立場があるとでも」

「申し訳ございません」


くそ、この小娘が!と思いながらブランダン宰相はモップを握った。

モップの持ち手の手触りがすべすべで気持ちがいい。木目の感触が手のひらに伝わってくる。いいモップだな、ということだけなんとなく分かってなんか、すごく掃除がしたくなった。

めっちゃ捗りそう。


逆を言えばそれ以外特になにも起こらなかった。


「そなたをこのまま王宮に置いてはおけぬ。数年間の拘留のあと、処罰として離宮中心の環境大臣の地位を与える。これはその餞別だ」

「か、かんきょうだいじん……!?」


宰相はひっくり返りそうになった。

環境大臣とは。ある一種の、まあ隠語であったからである。一部庭の手入れ以外は、大体の仕事は……手洗い場の掃除である。


「こ、このわしに!環境大臣をせよと!」

「そうだ、トイレ掃除大臣を頼む」


この王妃歯に衣着せねえな。


「妃殿下!!!こ、このわしを、侮辱……侮辱して……!」

「わたくしはトイレ掃除をするブランダン様も素敵だと思います……!」

「ミレイユは黙っとれ!」


ヴィクトリアはついと眉を持ち上げて婉然と笑った。

挑発するような、閃くような微笑みであった。


「ほう。つまり環境大臣を務める自信がないのだな?お前が環境大臣になれば庭はめちゃくちゃに、トイレは混沌とすると……?長年国を牛耳ってきたお前がそれほどの実力しかないと……?」

「そんなことはありませぬが!!!」


めちゃくちゃに怒っていたのでうっかりブランダンは挑発に乗ってしまった。

ブランダン は こんらん している!


「くっ……できるに決まっているでしょうが!!!このブランダンが、離宮中心に王宮の手洗い場をピカピカに磨いで見せましょう!それはもう、入れば花の香りがし、幸福になり、入っただけで気分が清浄になり、病や怪我が治り、入っただけで呪いも毒もありとあらゆるものが浄化されるような素晴らしい場所にしましょうぞ!!!!」


もうそれ聖域じゃん。


「ブランダン様……かっこいい……」


ミレイユはぷにぷにのブランダンがカッカと怒る様にうっとりとし、王妃はそんな宰相を見て満足げに微笑んだ。輝くような微笑みであった。


「よかろう。では、宰相。おぬしの処罰は王妃の一存にて、その形とする。数年間の勾留と、その後の掃除に励むがよい。どんな持ち場でも力を生かせば必ずや実になるであろう!!そなたが何故我を害そうとしたかは察しがつくが問い詰めはせぬ、そなたはそなたで過ちを正し、これからは償いと共に正しき生を生きるがいい!!!!」

(くそっ、この小娘が……!!!悔しいでも覇王オーラに当てられちゃう……!!!!)

(ああっ、王妃様に当てられていらっしゃるブランダン様も素敵……!お肉がぷるぷるしていてかわいい……!!!)


最早混沌。

そのあと、約束をすっぽかされたかな?と思ったフレデリックがやってきたのは30分後、すべての片がついて宰相が勾留されたのは一時間半後であった。


王は宰相が王妃を撃たせた犯人であるということを聞くと、まあ普通にめちゃ怒ったが、王妃の取りなしでなんとか怒りを収めた。


国の牢に数年間拘留されたブランダン宰相が牢屋の汚さにキレて掃除に目覚め、面会に来るミレイユ・ユペールの手も借りて『宰相だったわしが牢屋に入れられたので掃除を始めたら人生が変わったーlet's start souziー』という本を出すのはまた、数年後の話である。

ついでにそれがバカ売れして、国の主婦の間でベストセラーになるのも、また別のお話である。


let's start souzi、掃除ができないので多分わたしも読まなきゃだめなやつ。ベストセラー作家になったブランダン先生の今後にご期待ください!

毎回読んでいただけてとってもうれしいです、ありがたいです〜!

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― 新着の感想 ―
[一言] 悔しい!でもビクンビクンはミレイユさんにして欲しかったw ピザ親父にソレやられてもなぁーw
[一言] でも、拘留+清掃従事で腹肉は無くなりそう
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