世界一偉そうな王妃は銃弾をドレスで弾く (上)
本日は、即位したてのフレデリック王と、先日皆の面前で逆プロポーズにより婚約者の地位をもぎ取りなおしたヴィクトリア王妃の、結婚お披露目パレードの日である。
「今日の日を迎えられたこと嬉しく思うよ、ありがとう!」
「我の愛しき国民たちよ、存分に祝い歌うがよい。この王妃が赦そうぞ!」
王に比べて王妃が偉そうすぎて、ちょっと国民は混乱した。
あれ、これって女帝の即位お披露目式だったっけ。
バルコニーに姿を現したフレデリック王は穢れなき王であると言う証に真白で豪奢なマントを纏い、ヴィクトリア王妃も純白にして真珠をふんだんにあしらった華やかなドレスである。
つい先日未来の国王相手に覇王ムーブをした人間とは思えないほどの清楚さが出ている。見た目だけは。
国王が手を振ると、きゃーっと歓声が上がる。
王妃はその横で婉然と微笑んでいる。
これからあの王族二人が、国民の間を馬で通り抜けて顔を見せてくれるのだ。
王都の空には紙吹雪と花びらが舞い、青空は高く美しい。
さて。国民たちは目を皿のようにして、王と王妃が歩くであろう道の脇にみんなして待機していた。人が集まれば噂話が始まる、これは古来からの常識であるので、この道を挟んだ大行列の間でもひそひそ話が流れていた。
「ねえねえこの間の噂聞いた?宮廷で王様が王妃様に婚約破棄を一方的に申し渡したのですって!」
「マジで?でも結婚なされたじゃん、なんで?」
「なんでも、王妃様が王様に逆プロポーズしてお姫様抱っこして寝台まで運んで、朝やってきた召使に『未来の王なら我の隣で寝ておる』って微笑んだらしくて!」
「王妃様かっけー!」
尾鰭背鰭がつきまくっている。主に王への風評被害がすごい。
そんなこんなしているうちに、歓声が近づいてきて国民たちは我先にと行列の向こうに目をやった。
女性たちが花をこれでもかと撒いている。王国直属の鼓笛隊が音楽を奏でながら王と王妃の後に続く。
フレデリック王は微笑みながら手を振り、王妃は口元を薄く笑ませて堂々と胸を張ってパレードに臨んでいた。超偉そうである。めちゃくちゃ偉そうである。
これって女王とその伴侶の結婚披露だっけと何人か思うぐらいには偉そうであった。態度がでかい。
「王妃様超偉そうじゃね?」
「そこがいいんじゃん!」
「陛下かっこいいー!本当にイケメンよねえ……」
「結構おばかだって話もあるけど、あれだけイケメンならおばかでも寧ろ好きっ!そこがいいっ!ってなるよね?ならない?」
「あんた馬鹿専だったの?」
「私は王妃様派!堂々としていて素敵だわー!」
そんな、王と王妃を賛美する声の中、一人部外者がいた。
その青年は一人蹲っていた。
パレードを取り囲む国民たちから少し離れて、ボロボロの薄汚い服装で。
髪は伸ばしっぱなしで不潔な感じであり、王都の中央街にいるのがとても場違いであった。
彼の目は深く怒りが溜まっていた。
「くそっ……俺たちが苦しんでる中でへらへら笑ってパレードしやがって!ちくしょう!どうせあの王の服だって毎日国税で超いい柔軟剤とか使ってるんだろ!あの王妃だって血税から死ぬほどいい香水とか使って贅沢してるんだろ……!一皿5000ゴルドくらいのパフェ食ってんだろ!あいつらがいるせいで、あいつらが贅沢ばっかするせいで俺たちは……!」
彼の恨みは深刻であった。彼は貧しい家に生まれた子供であり、ろくなものを食べられずに育ってきたのである。超いい香水だとか、超いい柔軟剤とかには全く縁がなかった。
父親は元兵士だったが、今は片足を壊してしまい農業に勤しんでいる。最近の悩みは髪が薄いことだ。病気がちな妹はろくに農業の手伝いはできず、辛い作業は全部彼の仕事であった。
父は毎日酒を飲んでは、うまく足が動かない苛立ちからくだを巻いて時折彼を殴った。
妹は病気で日に日に弱っていく。そんな時に、王族二人が結婚したのだ。
華やかに。豪勢に。国民の血税を使って。俺たちが必死に収めたものを使って!
(憎い。奴らが憎い!)
彼の心の中は、それでいっぱいであった。
彼は父親の使っていた古びた銃を構えて、人混みの中をいく王と王妃に銃口を向ける。まずはーーそうだな、王妃だ。昔から女はドレスや宝石だと着飾りまくるのに金を使いまくるのだから。
殺してやる。
彼は引き金を引いた。空に銃声が響いた。
弾は確かに王妃の胸に直撃したーー……が。
銃弾は彼女のドレスに弾かれて、パキィィィン!と音を立てて石畳に落ちた。
ついでに弾が砕けて割れた。
「何ぃ!!??」
何あのドレス!?と青年は大混乱である。
王妃は馬から降りると、落ちた銃弾の破片を拾い上げた。
「ふむ。こんなこともあろうかと、オリハルコンを混ぜ込んだ生地でドレスを作らせて正解だったな」
なんだそれと周りで聞いていたおつきの兵士たちは思ったし、王も思ったし、多分マーチングバンドの人たちも思った。
「君そんなことしてたのかい?」
フレデリック王が呆れたように言う中、一拍おいて民衆がパニックになった。
銃弾が撃たれて、それが王妃に当たった。今もまだ銃を持った人間がいるかも、怖い。そんな感じの恐怖が伝染し、パレードがめちゃくちゃになりかけた、その時だった。
「控えよ!」
王妃が大声を発した。ビリビリとその場を震わすような声であった。パニックが収まっていく、場が静かになっていく。
王妃は辺りを見回し、そして……人混みの中の青年を見つけて、微笑んで言った。
「そこな男。出てくるがよい。まあ出てこないようならば連れてこさせるだけだがな」
超態度がでかくて、世界一偉そうな顔をしてヴィクトリア王妃は言った。