世界一偉そうな王妃は王子様のキスを必要としない (三)
「ところで陛下、貴族議会員の一致した意見なのですが、後宮に筆頭侍女としてユペールの令嬢を入れる話は如何でしょう」
来た、とフレデリックは思った。
議会は端的に言えば政治の場である。その政治には、当然王の婚姻関係、婚約話なども含まれる。ヴィクトリアが婚約者になったのも、こういった議会の結果だったらしい。
まあ、二人が婚約関係になったのは二人ともがまだ赤ん坊だった頃なので、婚約者に決めた貴族たちはヴィクトリアがあんな覇王に育つとは思っていなかっただろうけども。
フレデリックは咳払いをして、議会を見渡した。
貴族五人、立場ある平民五人の議会。そして、そこを司る宰相。
それらを眺めて、言い放つ。
「私には王妃がいる、妾を入れる気はないのだ」
しっかり言えた、と思ったらたちまち畳み掛けられた。
「王、そういった問題ではございません。王の直系の子どもは幾人か必要なものなのでございます」
「その通りです、王妃様とのお子が弱く、玉座が継げぬ可能性もありましょう」
カエルの子がカエルなら多分覇王の子は覇王なのでは?
「陛下。妾を一人程度は囲ってくださいませ、甲斐性がないと思われますぞ」
「美人は幾ら側にいてもいいでしょう?」
「ハーレムは男の夢ですぞ!」
うーん、段々意見が脱線してきた。
宰相がりんりん、と金色の鈴を鳴らす。静粛に、の合図だ。
でっぷりと太った宰相、アーノルド・ブランダンは王を穏やかな目で見て言った。
「おそれながら陛下。ユペール家は王家の遠縁、妾にするには惜しいほどの血筋でございます。最初は筆頭侍女として後宮に上げることとし、その後妾になさるかどうかは陛下御自身でお決めになっては。こういうものは相性がありましょう」
「………」
妾を押し付けようとする貴族たちを抑えての、冷静な一言であった。
正直筋が通っているだけに言い返しづらい。たしかに国のことを考えるなら、王妃一人に絞るのはよくないのだ。それに、筆頭侍女として後宮に上げるというだけならば、妾が増えるわけでもない。まだ逃げ道はある……。
けど、こういうのって絶対既成事実とか作られるのわかってるんだからな!
フレデリックは自分自身の心が弱いのをよくわかっていた。故に、ここで拒まなければずるずると策略にハマりそうな気配を察知した。
「……すまない、ブランダン宰相。私は王妃以外を後宮に入らせる気は本当にないのだ」
「ほほう、それはまた随分な御寵愛ぶりで。うらやましい限りですな、わしもご寵愛いただきたい」
「なんて?」
聞き間違ったかな。
「……こほん。政治的に考えれば、妾を入れるのは正しい判断だとは分かる、それは私にも理解できる」
「ならば陛下……」
「では是非ユペールのご令嬢を……」
「ハーレムは男の夢……」
さっきからなんかすごいハーレム推しいるな。
王はざわついている中で仕方なく台パンした。
皆は、普段穏やかな王がいきなり机をぶっ叩いたのでびっくりして黙った。
全員が静かになるまでに五分かかりました。
王は真摯に言った。
「たしかにハーレムは男の夢かもしれない、わからなくもない」
演説の冒頭が最悪すぎる。
「でも!私は王妃以外を後宮に入れる気はないのだ。……皆が世継ぎの件を不安に思うことは分かる。たしかに後宮には多くの姫がいた方が、王としての外聞も保てるとは思う。
だが……私は彼女たちの全てを御せるとは思えないし、愛せるとも思えないんだ。私は王ではあるが、同時にただの一人の男でしかない。それを自分でもよくわかっている。たくさんの女性を愛することは、とても難しい。
例えば後宮に入れたとしても、全く王が会いにこないとなれば悲しむご令嬢もいるだろう……世継ぎを身篭った、身篭らないで悲しむ方もいるだろう。それが、いいことだとは思えないんだ……」
あまりに、人間的な意見であった。言い換えるならとても普通だった。真っ直ぐで素朴であるが故に強い。
理論ではいくらでも反論できるが、人としての感情を考えるなら、とても反論しづらい。
ブランダン宰相は、この凡庸にして御し易そうな王が、凡庸であるがゆえに逆に強固に意見を打ち出してきたことに驚いた。
王妃を。王妃さえ動けなくしてしまえば、王など思いのままだと思っていたのに。この王は王で、今まで隠されていただけで、独自の強さを持っていた。弱い故に強い。
しかしまあ、ブランダン宰相がシリアスな雰囲気で驚いている間に、王の演説はどんどんぐだぐだにぐだっていた。
だめじゃんか。
「それに、後宮に妾を入れても、子ができなければ意味もないだろう?そして私は……まあ、ヴィクトリア一人ともまだその……うん……あんまり……はい……」
ぐだぐだである。
しかし貴族たちも平民たちも彼が言わんとしている事を察した。同じ男として普通に同情した。
「陛下……」
「しっかりしてください……」
「あの王妃様ですしね……」
「今度錬金塔で精力増強蛇ドリンクを造って贈らせますのでうちの商家をよろしく……」
さりげなく宣伝しているやつがいる。
演説がぐだって、フレデリックは非常に情けない顔をしていた。
その結果貴族も平民も男として王にめっちゃ同情する議会になってしまっていた。なんでだよ。
「とにかく!……世継ぎの件は私が……なんとか頑張るし、その気になれば多分僕だってスポーツのチームができるくらいには行けるので……!!!!!!!」
(陛下……頑張ってください……!!)
(それはちょっと無理では……)
(いやでも男として応援はしたい……)
議会の中をいろんな感情が交錯した結果、民衆党の方からじわっと声が上がった。
「頑張ってください陛下……」
「応援しております……」
「平民の一人として、一人の女人に愛を貫く姿勢大変感服いたす……」
「素晴らしいでごわす……」
武士とか相撲取り混ざってない?
王は声を精一杯張って言った。
「つまり。犠牲になるご令嬢を出さないためにも、この件は一度取り下げてほしい……すまない。もしどうしてもユペールのご令嬢が侍女として仕えたいというのなら、先代の王の公式愛妾、デルフィーヌ殿の離宮辺りで経験を積むのもいいと思う。いいだろうか?」
ブランダン宰相は心の中で舌打ちしたが、表面上は穏やかに微笑んだままに頷いた。
「陛下がそう言うならばよろしいですとも。では、ユペールの令嬢にはそのように」
「すまない、宰相。それから後からよければ話がしたい、王宮裏に来てくれ」
告白か?と何人かが思った。
議会はそれからつつがなく解散した。ブランダン宰相は部屋から出て、豪奢な廊下を歩きながら唸った。お肉がぷるんぷるんしている。
(ミレイユめ、失敗しおったな……王がああも強固に拒否するとは……。くそっ、事前にあれほど肉をむにむにさせたというに……)
揉まれ損。
しかし、ミレイユの色仕掛けとあの可憐な容姿、女性らしい雰囲気。王妃にはどれもないものだ。それを併せ持った女に王が弱いことはリサーチ済みであった。それなのに失敗した。何故だ?
(王妃の差し金か……?いや、だが王妃は呪いで今は動けぬはず……)
あの古い呪いは、女性には随分と強固に効くという。自前で魔術師を雇って丁寧に練り上げさせた呪いだ。故に王妃が事前に王に動きを指示できたとは思えない。
不可解であった。たどり着いた結論は、至極単純。王を侮っていた、弱く意思薄弱で、甘いだけの王だと思っていたらしっぺ返しを食らった、それだけだ。
宮殿の裏に行くには、小さな庭園を抜けなければならない。人気のない庭園を、でっぷりとした宰相は歩いていく。
庭園には、一面に花が咲いていた。この季節にふさわしい、赤い花。甘い香りが一面に薫る、美しい小さな庭。
その真ん中に、赤いドレスの女が立っていた。
裏庭へ行こうとする道を塞ぐような形で、立っていた。
「な……!?」
女は振り向いて、こちらを見る。ここにいるはずのない女だ。呪いで今は魂をとらわれているはずの女だ。どうしてここにいる。どうして。蜂蜜色の髪が、光に黄金に輝いている。
燃えるばかりの瞳、細い体から溢れ出るオーラがすごい。
「妃殿下…………」
「うむ。ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンである」
彼女は手元から輝く矢尻を取り出して、そっと瞳を細めた。
「さて、ブランダン宰相。……これに見覚えはないか?」
男ならハーレム推し、みたいな価値観、割とあると思うんですよ……。