世界一偉そうな王妃は王子様のキスを必要としない (二)
やったわ……!と、ミレイユ・ユペールは思っていた。
猫の匂いがするとか言われたが、王様を客室に連れ込むことに成功したのである。これは勝ったも同然……。
(やりました……旦那様……!わたくしの愛する、ナイスミドル……ミレイユが王様を射止めましたら、どうかミレイユに……そのお腹のお肉を揉ませてください……うふふ……うふふふ……)
このおっとりしたあまぁい声のご令嬢、まあ当然のように敵の手先であったし、まあなんというか、デブ専であった。
ふっかふかのお肉がいいのである。むにむにの包容力溢れるお肉が大変に好みなのである。ぽよんとしたお腹が性癖に刺さるのである。
そういう意味で王様は全くお呼びではなかったのだが、愛するナイスミドルのふかふかお肉ちゃんが言うのだから普通に従う。
ある意味、愛に一途で盲目な女であった。
サラ・マーニュと方向性は違うが似たようなものである。
(うふふ……旦那様はきっと褒めてくれるに違いないですわ……ああ、愛しの旦那様……そのふわふわお肉が泡に包まれている、バスタイムをまた盗撮しなくっちゃ……)
犯罪者じゃん。
なんというかこの娘、世間一般的にいうとヤンデレメンヘラの美少女であった。絶対関わりたくないやつ。
そんなことを全く知らないフレデリックは、黒髪の美しい色っぽいご令嬢が、ぺっとりとくっついてくるので大変困惑していた。ちょっと普通にどきどきもしたが、まあ困る方が大きかった。
「すまない、ご婦人。時短で頼みたいのだが。できれば三分ほどで」
短い。時短料理か?
ミレイユはおっとりとした微笑みを浮かべながら、すりとフレデリックにすり寄った。ここで逃してたまるものですか……。
監禁するみたいにねっとりと王様にすり寄って骨まで骨抜きにしてやるわ……!
「陛下……そんなにわたくしとご一緒するのはお嫌ですか……?筆頭侍女になれば、あなた様とも『深く』交流することになると思いますのに……」
「ではその際には、王妃と共に茶でもいただこう」
違う、そうじゃない。
「……二人きりでは、いけませんの……?」
「筆頭侍女は基本王妃付きだろう?僕と二人でお茶をするのは難しくないかな?」
うーん、この。
「ああ、そういえば、名前を尋ねるのを忘れていた……すまない、前にも聞いたかもしれないが、もう一度頼めるかい?」
「……………」
色仕掛けが効いてない上に、名前を尋ねるのを忘れていたと言われた上に、多分王様、これ悪気がない。こっちを意識して追い出そうとか傷つけようとか普通に思ってないし、そこに逆に傷つく。
役満である。完全に脈なしである。つらい。
ミレイユはなんとか笑顔を作った。
「……ミレイユ・ユペールと申します。どうぞよしなに……陛下……」
吐息混じりの色っぽい声を出して身を寄せる。ふわり、と甘い薄紫のドレスが揺れる。
そっと腕に触れて、身を寄せるスキンシップ。あきらかな色仕掛けである。超色仕掛けである。
「やっぱり猫みたいな匂いがしますね、ご令嬢……」
キレそう。
フレデリックは暫く考えて思い出していた。
ユペール家は、王家の遠い傍流の貴族だ。大きな括りでいえば親戚とも言えるだろう。何せこの国、貴族の数が多いので小さな家となるとなかなか思い出せなかったりする。
(つまり……?)
遠い親戚の妹が「お兄ちゃんのお嫁さんになる!」って急に家に乗り込んできたみたいな感じ……かな!
「……お菓子食べるかい?」
「はい?」
食べません……と普通にミレイユはキレた。
「陛下……わたくしは、あなたの妾になるようにと……ここへ送り込まれてまいりました……」
ミレイユ・ユペール、キレていても口調がおっとりしているので、あんまり迫力がなかった。
「……う、うん……?」
「わたくし、必ずあなたの妾となってみせますわ……。議会で、そのお話が出るでしょう。即位したばかりのあなたに、拒む力はありません……」
おっとりとした口調だが、断定的な口調だった。
しかし、普段ヴィクトリアの黄金の獅子みたいな、覇王みたいな、なんかぎらぎらすげえオーラを浴びまくっているフレデリックはびくともしなかった。
ヴィクトリアと比べると、目の前のミレイユ嬢は黄金の獅子と子猫が張り合ってるみたいなオーラの違いである。かわいい。
子猫ちゃんミレイユはぎゅっと胸を張ってフレデリックを見た。
「わたくしは、将来の、あなたの妾です。……わたくし、あなたを心よりお慕い申し上げておりますもの」
「……それは違うね」
はっきりと言われて、ミレイユは目を瞬かせた。
凡庸で平凡で、騙しやすいであろうと思った王は、困ったように微笑んでミレイユを見下ろしていた。
「君は、僕のことが好きなわけじゃないだろう?」
「………何故です……?」
「前にね、似たような感じで告白をされたことがあるんだ。……僕のことが好きじゃない女の子に、そうやって告白されたことがあった。君は、彼女とおんなじ顔をしてる。
彼女は……家が傾きかけていたから、好きでもない僕にアプローチしてきた。家を建て直すために必死で、実際は僕のことを何も見てなくて……有り体に言うならお金がほしくて僕に……うん……」
可哀想。
王は咳払いしてから続けた。
「それに……そう。僕のことを、愛してくれる人がいるんだ。彼女の目は、……なんというか、もっと……熱っぽくて、優しくて。……一度間違えたからこそ、大切にしたいと、思うんだ」
まあ覇王なんだけどね、とフレデリックは続けたが、ミレイユはそれどころではなかった。
見抜かれた。自分の心を。本当は王を慕っていないことがバレてしまった。
だがここで認めるわけにはいかない。認めたら、全てが瓦解する。ぷにぷにナイスミドルを盗撮させていただくという楽しいご褒美タイムが消失してしまうし、ふかふかお肉旦那様が悲しむ。
ミレイユは、どこまでも愛に一途な女であった。
「いいえ、陛下。わたくしは陛下をお慕いしております……」
「……どうしても、そう言い張るのかい?」
「はい。陛下がぷにぷにになってくだされば、きっともっと好きになれると思います……」
仮にも国王陛下を自分の性癖に巻き込もうとするな。
その頃、大の字になって寝ていたヴィクトリアは、真っ黒な闇の中にいた。
「なんだここは。」
彼女は辺りを見回す。上下左右、何もない、真っ黒な空間。足を踏み出せば床の感覚はあるが、他は何もない。
ヴィクトリアが数歩前進した、その時だった。
目の前に、急にミルクティー色の髪の男が現れる。
「フレデリック……?」
『ごめんね、ヴィクトリア……僕は他の女性を愛してしまったんだ、だから君とはもう……』
「フレデリックはそんな事を言わぬわ、幻か?」
看破が早すぎる。幻で心を折る作戦、大失敗。
歩み寄って拳で腹を殴ろうとすると、拳が突き抜けた。
当たり前に王に暴力を振るおうとするな。
続いて、ふわりと目の前に男の影が現れる。美しい顔、緑の魅了の瞳。
『王妃ちゃんさー、そんなに偉そうじゃいつか国民にそっぽ向かれちゃうよ?っていうか、民も君のこと好きじゃないし?』
「いつから民代表になったのだ?主語がでかいぞ」
そうだね。
「まあ、愛されていようがいまいが構わぬ。我は国民を愛する、民を守る。それが王妃の、王家に属する者の役目だ。王族とは、王妃とは、民を愛し慈しみ、幸せに導くことが役目よ!!!」
『うわっ、何この王妃やりにくっ……』
ミカエルにそっくりな幻はちょっと慄いた。
覇王、今日も絶好調である。暗闇の中でも光り輝くオーラで、闇が普通に揺らぐ。
ミカエルの姿をとっていた何者かは、ふわっと闇に溶けた。
一瞬、悪魔のような尻尾がヴィクトリアの前を横切る。
青年のような、少年のような不可思議な声がヴィクトリアの耳元でささやいた。
『あのさあ、お前はここから出られないんだ、わかるか?』
「わからぬ」
『分かれよ。あのな、魂だけを呪縛で封じ込めるタイプの呪いをお前は受けたんだよ。古い、ふるーい呪いだ、内側からは絶対に解けない』
「ほう」
王妃はいきなり目の前の暗闇に手を伸ばして、ぐわしっ、と闇に溶けていた尻尾を掴んだ。超痛い。痛い!!!!
悪魔は闇の中で転げ回って姿を見せてしまった。
褐色肌に白い髪の男であった。
『いたいいたいいたいいたい!デリケートゾーンを掴むな!!!尻尾は敏感なんだからやめろ!!!マジで!!!』
「おい悪魔」
呼び方が種族名。魔王か?
「答えろ。どんな呪いを我にかけた?」
王妃、むぎゅっと手に力を入れた。爪が尻尾に食い込む。
『いっででででで手に力を入れるな!古い呪いだよ!キスしてもらわなきゃ目覚められない呪いだ!!オヒメサマ御用達の呪いだよ!!!だからお前は目覚められない、出られないんだよ!!!!』
「ふむ」
王妃は暫く考えていたが、そのまま闇の中に座って寛ぎ始めた。自由。諦めたのかな?と悪魔は思った。
闇にヒビが入る数秒後まではそう思っていた。
『えっナニ』
悠然と座って、くつろぎながら呪いを内側から破壊している王妃は微笑んだ。
ピシッ、ピシッ、と、闇に光が入っていく。内側から溢れ出る覇王オーラで呪いが普通に破壊される。おいやめろ。
「我はな、自分を姫だとは思っておらぬのだ」
『いや公爵家の姫だろうが!!』
「今の我は王妃であり、ーー助けねばならぬ者の……そう、騎士とでも言おうか」
「騎士」
「最高の騎士のつもりだが」
自己評価が高い。
自分は姫じゃなくてどっちかっていうと助ける側!という自覚だけで、この王妃、内側から呪いを破壊している。
怖い。
特に魔力も感じられないのに、気合だけで呪いを破壊するな。
「気合で呪い解けるとかズルだろ!!!こんなの聞いてねえ!!」
「ズルだと?」
王妃は婉然と微笑む。既に差し込む光はあまりに眩く、呪いで形作られた魂を捕える檻は粉々になりかけていた。
「ズルではない。我の愛だ」
(イケメェン……じゃなくって、いやそれずるじゃん!!!!!!!!)
悪魔は心の中で叫んだが、檻が壊れたのでもうどうしようもなかった。
檻の中に閉じ込めていた獅子が外へ出たからといって、素手で止められるか?無理である。
普通に無理。怖い。
愛で呪いを解く。
その、おとぎばなしの王道を自力で完遂した王妃は、悠然と呪いの檻を出て行った。
その後ろ姿は、光り輝かんばかりに覇王であり、女帝であり、そして騎士であった。
王子のキスを必要としない王妃は、ラブパワーマックスパワープレイで目覚めた。
お姫様向け呪いっていうのが発注ミスだったんじゃないですかね。
色んな意味でラブパワーマックスパワープレイでした。よろしくおねがいします。
ここまで読んでくださったこと、とっても嬉しいですー!毎回言ってる気がするけど嬉しいので!