世界一偉そうな王妃は王子様のキスを必要としない (一)
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェン王妃は、朝方フレデリック王や親衛隊たちと共に城へと戻ってきた。その後、森で何があったかの説明が軍に行われ、王妃の周りは警戒が強化された。オリハルコンウルトラネクストで出来た矢は、錬金塔におくられ、より詳しい調査にかけられることとなった。どうでもいいけどオリハルコンウルトラネクストって長いな。
そんなこんなで、王妃は今、王と共に王の寝台で寛いでいるところであった。
王妃は、めっちゃ堂々と大の字で転がっていた。フレデリック王は寝る場所がないので仕方なくベッドの隅に座っていた。どっちのベッドだかもうわからない。
かわいそう。
「ヴィクトリア、……随分と疲れてるみたいだね」
「うむ。体がとても怠くてな、いけない。首謀者をどうにかしてやりたいのだが」
王妃は大の字のまま返事をした。ぴくりとも動かず、天蓋を凝視している。相変わらず覇気はあるが、動かないので疲れているのかもしれない。フレデリックはそっと手を伸ばして蜂蜜色の髪を撫でた。
「やっぱり剣を振り回して発光すると疲れるものなの……?」
フレデリック王、最近王妃の異常さに慣れてきた。
ヴィクトリアなら爆発したり燃えたり光ったりしてもまあ普通なのだ。うん、普通だ。
「そうかもしれぬ。魔力が皆無である我が、気力だけで発光すれば体力も消耗するか」
「あれって気力だったの????」
魔法がある世界で気力で光るってナニソレ。
「あとは毒素だな。全身に回ってきて、そろそろ身動きがとれぬ」
「そっかあ……毒か、大変だね……」
一拍置いて、フレデリックは跳ね起きた。布団が吹っ飛んだ。比喩じゃなくて。
「毒!!!??なんで早く言わないの!!!なんでもっと早く言わなかったの!!??」
子供がなんか悪いこと隠してた時の母親ってよくこんな感じになるよな。
いきなり怒られたヴィクトリアは美しい眉をついと上げてみせた。
「ある程度は気合で分解していたのだが」
「気合で分解しないでくれよ!なんで君はそうなんだ!?薬師を呼ぶから……!」
「いや、薬師では無理だ。……これは呪いによる毒素だ。毒に、魔力を練り込んだ古い呪術の類いだな」
その言葉に、フレデリックは口を閉じた。
呪い。
昨今では聞かなくなって久しい言葉だ。呪いよりも毒が、毒よりも鋼の刃が、鋼の刃よりも魔導銃の銃弾が強い世界なのだ。
みかんで喩えるならしなっしなに萎びているし、カビとか通り越して化石になるぐらい古い概念だ。うわー、このみかんいつのやつー?白亜紀ー?って捨てられるレベルに古い概念である、『呪い』というやつは。
「うむ。まあ、この時代に、ワラドール並に古い概念を持ち出されるとは思わなかったな」
「ワラドール」
「ワラドールだ」
ワラドールってなに????とフレデリックは思ったが、突っ込むと話がややこしくなりそうなのでとりあえず横に置いておいた。
「……それで、呪いなのはわかったけど。どうすれば解けるんだい?」
「わからぬ」
「君にかけられた呪いは、強いのかい?」
「呪殺、という雰囲気ではないし、今のところ効き目は弱い。だが詳しいところまでは判じかねる、我は魔法には疎い」
まあいつも魔法とか使わず覇気で全部解決してるもんな。
彼女が心配だけれど、彼女が効き目が弱いというのなら、そうなのだろう。フレデリック自身は魔力に関してはかなり鋭敏だが、強い呪詛の気配は感じない。というか、今の今まで呪詛に気がつかなかったレベルだ。
ただ、うーん……
(あながち弱いと断じるのも危険な気がする……)
追い詰められたハネネズミも、トビネコを噛むっていうし。
王は、大の字になっている王妃にそっと毛布をかけてあげながら思った。
「相手の狙いは君を排除することなのかな……」
「さあ。情報が不足している、が……フレデリック。ここ数日で、何か大きな予定はないか?」
「大きな予定?」
「例えば、外交の席や、議会の席……我とお前が同時に出席することになっている席だ」
「………」
フレデリックは少し考え込んだ。豪奢な寝台の下、その柔和な顔がわずかに引き締まる。
ぎゅ、とその手が滑らかな絹のシーツを握りしめる。ゆらゆらと揺れる灯りの中、ミルクティー色の眉が微かにしかめられた。こうしてシリアスな顔をしているとめっちゃイケメンである。
「……貴族議会か。明後日、僕たちはそこでいくつかの議題について話し合うことになっていた。貴族院、民衆院両方からも、それぞれ取りまとめた議題が上がってくるはずだよ」
「そこで、……恐らく何か、我がいては不都合な話題が上がってくるのだろうな」
ヴィクトリアは言う。そして、静かにゆるゆると瞬く。大の字のまま王妃は王を見た。手を伸ばして、その髪を撫で、頬を撫でる。
いきなり撫でられて、フレデリックは普通にときめいた。イケメン即落ち。
「ヴィクトリア?」
「我は恐らく、今回お前の隣にいることが、できぬ。恐らく体が上手く動かぬ故な。まあお前に姫抱きで連れて行かせることも考えたのだが」
議会でそれをやったらちょっと見せつけが過ぎると思う。
「部屋でならいくらでもお姫様抱っこしてあげるから……」
「うむ。……まあ、それはよい。とにかく、何かあったら、今回はお前は一人で戦わねばならぬ。……できるか?」
彼女の目は今にも閉じそうで、唇はかすかに色をなくしている。いつも光輝かんばかりのヴィクトリアの光が、薄れて揺れているように見えた。
フレデリックは一拍置いて、頬を撫でる手を掴む。微笑む。乙女モードは返上した。こういう時くらいはかっこよくありたい。
「……できるよ。」
だって、いつだって君を隣で見てきた。君みたいにはできないかもしれないけど、頑張ってみる。精一杯、やってみる。
「よい、その言葉、しかとこの我が聞き届けた。行け、王よ。この国で最も輝ける権力を持つ者よ。我の助けがなくとも、もうそなたは歩ける。行け、己の勇姿を議会の場において示すがよい!!!!」
(こんな時まで覇王じゃなくていいのに……!!!!!)
弱ってる時ぐらい王子様ヅラさせてほしい。
けど、弱ってる時だって覇王なのが彼女らしい。
フレデリックは少し笑って王妃と目を合わせた。
「……君の助けがなくても歩けるよ。でも、僕は君と一緒に歩くのが好きなんだ。だから……呪いもなんとかするし、議会もなんとかしてみせる。……今回の君は助けを待つお姫様みたいな立場なんだから、おとなしくしてて」
覇王で女帝で帝王をお姫様扱いする男、段々と国王っぽくなってきた。
「よかろう。果報は寝て待てと言う、我は寝るぞ。いち早く回復し、そなたの横に戻ろうぞ」
そして彼女は速攻で寝た。早いわ。
ちょっと呆気に取られてから、蜂蜜色の王妃の髪を撫でてフレデリックは外へ出ていく。
明後日までに、できる限り情報を集めよう。誰の手を使ってもいい。なるべく、貴族院か、民衆院が上げてくる情報を探らなくては。そして、上がってくる議題がわかったら、討論の対策を練ろう。がんばらなきゃ。
フレデリックは後ろを振りむく。
王妃は大の字で、ぐう……と寝ていたので、ちょっとシリアスが吹っ飛びかけた。
豪快。
寝相までめっっちゃ王者なんだよなあ。
その時だった。
王が部屋から出た瞬間、声がかかった。
「陛下、おひさしゅうございます」
甘ったるいお菓子のような。濃いチョコレートのような、耳にあまぁく響く、女の声。
フレデリックは振り向く。そこに、黒い髪をした娘が立っていた。ここは、王や王妃の居室や、重鎮たちが泊まる客室のある王宮の最奥だ。兵士たちも彼女には何も言わない、ということは、それだけの身分がある女性だということだ。
まあ知らないんだけれども。
フレデリックは自分の記憶力をちょっと恨んだ。
「お待ちしておりました……」
「……失礼、ご令嬢。見覚えがないのだが」
「あら、わたくしは覚えておりますのに……」
超気まずいパターン。
申し訳なくなってフレデリックは何度か咳払いをしてごまかした。この王様、わりと人がいいのでこういうパターンにちょっとメンタルが耐えきれない性格であった。
王の気まずさを知ってかしらずか、娘はとろりとした笑みを浮かべる。実に蠱惑的で、色香がある。あと、なんかものすごくゆっくり喋る娘である。
「わたくし……後宮の『筆頭侍女』としてお勤めをするようにと言われてまいりました……」
筆頭侍女。良家の子女を王妃のそば付きとして迎え入れる、口実。
いずれ妾として召し上げられる内定職と、巷ではささやかれる職。
「……僕はそんなものは知らされていない。すまないが、君にその役職を任せた本人に一度確認をして……」
「あら、つれないこと……」
娘は微笑んでいる。
「でも、何も事情を知らないのでしたら仕方ありませんわね……お話しいたしますわ。よろしければ陛下、こちらへ……」
娘に腕を取られる。客間の方へ、ふわふわと彼女は歩く。
フレデリックはかすかに眉を寄せる。彼女からは、不思議な匂いがした。
香水とは違う。花の匂いでもない。なんというか……日向の匂いというか……
「なんだか猫みたいな匂いがするんですね」
遠まわしに埃臭いぞとディスられたと思ったご令嬢はピシッと固まった。
しかし王は特に悪意はなかった。
まあ、なんというか。フレデリック王、デリカシーというものが時折びっくりするほどない男であった。
今回のお話はちょっと節目で分割回数が長めなので、上中下終が使えなくなっちゃいました……多分五分割で終わります!今回も読んでいただけて嬉しく思います〜!