世界一偉そうな王妃は盗賊団にもてなされる (終)
王妃が倒れたので、王様はめっちゃくちゃあたふたした。
「え!?なに!?ヴィクトリア!?ーーあっ、……皆のもの、曲者だ!追え!」
後半は少し離れた場所にいる軍隊に向けての声であった。王は声を大きく張ったが故に、ちょっと我を取り戻していた。王妃を射たのが誰にせよ、放っておけるか。いや、放っておけるわけがないじゃないか。ヴィクトリアを傷つけたものを、許しておけるわけがーーー
「ふむ、これはなかなか効く」
直後にいきなり普通に王妃が立ち上がり、矢をずぼっと抜いたので王は二度びっくりした。
この王妃、矢で射られてもぴんぴんしているし、めっちゃ平気そうな顔している。なにこれ。
「えっ、ヴィクトリア……いや、いま矢で射たれて……」
「下着にもオリハルコンを仕込んでおいて正解であったな」
「いやどんな下着着てるの???」
オリハルコン織り込んだ下着、高そう。ヴィクトリアのことだから無駄遣いはしてはいないだろうけども。
王妃は優雅にドレスを払って微かに眉を寄せた。ほんの少しだけ億劫そうな仕草で、赤いドレスにほつれがないか確認する。
「ドレスが砂で汚れてしまったな」
「それ射られた直後に言うセリフじゃないよね……」
軍隊の兵士たちが慌ててやってきて、姿勢を正した。
「陛下、妃殿下!ご無事ですか!?」
「ああ、大丈夫だ。ヴィクトリアは服の下にもオリハルコンを織り込んでたらしいから」
「は?」
「なんでもないよ……」
国の兵士にまで聞き返される妃殿下の下着事情。
フレデリックは小さく咳払いをしてから、術士の部隊を残させ、残りは捜索に当てさせる。夜の森の中、物々しい雰囲気で鎧の兵士たちが下手人を探し回る音が聞こえて来る。
がっしゃんがっしゃんがっしゃんがっしゃん。
めっちゃうるさいな。
ガッシャンガッシャン歩くので、ここが森の中でよかったかもしれない。
多分近くに家があったら騒音で通報されている。
騒音を無視して、王妃はまじまじと矢尻を見た。
「……ふむ。この矢尻、オリハルコンウルトラネクストでできておるな」
なにそれと王は思ったし、近くで聞いていたミカエルも思ったし、多分兵士たちも思った。
ナニソレ。
「なにそれ?」
「高位のオリハルコンだが?まあ、より圧縮された密度を持つ魔法金属の名称だ、つい最近錬金塔が開発した」
オリハルコンウルトラネクスト、なんか必殺技とかでありそう。
「こんな矢尻を手配できる者はそこまで多くはなかろう。錬金塔に伝手があり、金があり、ある程度の人脈がある者が、……どうやら我を傷つけたいと見える」
王妃は唇を持ち上げて笑った。まるで、荘厳にうつくしい金色の獣のような笑みであった。
後ろに牙を向いた獣が見える。怖い。
「フレデリック、そして親衛隊、城に戻るぞ。この矢尻を射掛けた相手に、話を聞かねばならぬからな」
王妃は悠然と赤いドレスを翻して歩き出す。少しだけ、足取りがいつもよりも重いが、それも威厳といえばそうなのかもしれなかった。
背中から輝けるオーラが溢れ出ている。いつもも輝いているのだけれども、今日はなんか一層と眩しい。
その場にいた誰もが悟った。
王妃様、『やる気』だ。誰がやったか知らないが、その相手を探し出してなんかこう……なんとかする気でいやがる……!
「さあ戻るぞ、我らの城へ」
振り返って微笑む様はまるで帝王であった。矢を射掛けられてもなお、その覇王っぷりは全く揺らぐことがなく、寧ろ勢いを増している。怖い。とって食われそう。
彼女は歩き出そうとして、そして少しだけ立ち止まった。
フレデリックはほんの少しため息を吐いて、歩み寄る。
赤いドレスの細身の体をひょいとお姫様抱っこした。
兵士たちがざわざわした。
王が王妃を姫抱きしたぞ。
ロイヤルいちゃいちゃを見せつけてやがる。
いやちょっとまって、なんで逆じゃないんだ?
なんか心外なささやきも聞こえてくるな、と王は思った。なんで逆じゃないんだって、ヴィクトリアにお姫様抱っこされたことなんて最近ないよ!!!昔はあったけど。
腕の中のヴィクトリアは、一つ瞬いてフレデリックを見上げる。
「どうした?」
「さっきから、ちょっとゆっくり動いてるから。多分足を痛めてるんだよね?運ぶよ」
「そなたが運ばずともよいが」
「そこはおとなしく運ばれてくれよ……!馬車まで連れて行くから、それまで頼むからおとなしくしてね……」
ヴィクトリアは暫く考えてから、フレデリックの顔を見上げる。
金色の髪が、星明かりに照らされてきらきらと光っている。
ふっとうつくしい唇の端だけを持ち上げて、彼女は微笑む。いつも通りの、偉そうな笑みだ。実に実に偉そうな笑みだ。
「伴侶を労るその心がけ、大義である」
フレデリックは笑って、彼女を抱き抱え直す。馬車につくまでの間、ヴィクトリアは大人しく腕の中にいたが、やっぱり世界一偉そうであった。
「なに、失敗しただと?」
でっぷりと太った男は、報告に来た細身の人影の言葉を聞くと腹立たしげに言った。
「くそっ……あの忌々しい小娘が、しぶとくも生き残りおって!錬金塔でも最も高価で強力なオリハルコンウルトラネクストを発注したと言うに……あっ、にゃんでちゅかねこちゅわーんかわいいでちゅねぇ〜!くそっ、しくじりおって!」
途中でなんか雑音入ったな、と人影は思ったが大人しく黙った。
主人は足元に2、3匹の猫にまとわりつかれながら、でっぷりとした体を椅子に沈める。
暖炉の火が、赤々と揺れている。
影はじっと頭を下げた。
「次の御命令を」
「もちろん、次なる手に移るのだ!王妃が城に戻る前に次の……」
その時、表の大門が開く音がして、二人の人間は同時に黙り込む。
輝かんばかりの朝日が、登ろうとしている。それと同時に、王と王妃が、この城へと戻ってきた。
空は明るい。影はこうべを垂れて、主人の次なる命令を待った。
本日ちょっと遅くなっちゃったので二回同時更新しました、読んでいただけてうれしいです!
猫好……非道なる悪役VSヴィクトリア王妃、ファイッ!




