世界一偉そうな王妃は盗賊団にもてなされる (下)
王は軍隊を率いて、目撃証言を元に洞窟へ向かっていた。
辺りはもう暗くなりつつあり、星の光も淡く暗闇に道は沈む。町の明かりが遠くあるだけでは、周囲の様子すらろくに見えない。
護衛術士の一員ということで呼び出されたミカエルが、新調された箒に横座りしてぐるっと空中を飛んでから戻ってきた。
今回はピカピカの落下しないタイプの箒である。
予算たっぷりかけて買った最高級品だ。いやっほう。
「王様ぁ、辺り暗くてなーんも見えないんだけど。王妃ちゃん超行方不明」
びゅんっと辺りを見て回った術士は王にフランクに報告をした。
王様は超しゅんとしていた。わっかりやすい。水に落ちて、毛並みがびしょびしょになって落ち込んでるウサギみたいな空気である。かわいそう。
「ヴィクトリア……なにもなければいいけど……」
「寧ろ王妃様をさらった方が何かされてないか心配だけどね、オレとしては」
「そんな!彼女だって一応十九歳の女の子なんだよ!?彼女をなんだと思ってるんだ!?」
「覇王」
この天才術士、心配であたふたしている王様より大分現実が見えていた。
「いや、いや、そうだけど……!」
「万が一にも王妃ちゃんの方が何かされてたら、オレはへそでスープを煮てみせるし、へそでサラダを作ってみせるし、へそでステーキを焼いてみせるよ〜!」
フルコースでも作る気か?
「その特技を見なくていいことを祈るよ……」
フレデリックは上の空でボケ殺しした。全力でボケたミカエルはいたたまれなくなった。
「ちょっとちょっと、王様マジで落ち込んでるじゃーん!……いないいないばあする?」
「しない……」
王様、超しょんぼりである。
(あっちゃあ……こりゃだめだー……)
フレデリックは体面の問題もあって出来る限りしっかりしようとしている。新参のミカエルにもそれは分かる。
だが、まあその内面の動揺っぷりがめっちゃ手にとるように分かった。そわそわとしているし、まるで泰然とできていない。
一国の王としては少し頼りないことこの上ないのだが、しかし。
「陛下、しっかりしてください。王妃様は必ず我らが見つけ出しますとも」
「我々にお任せを!空中哨戒部隊、必ずやよい報告を持ち帰って参ります」
「……すまない、ありがとう、みんな。心から感謝する」
なんというか、人生姫プ感がすごい。周りに超囲われてる感ある。
(この頼りなさがなんか……王様なのにフツーの人間っぽくて、みんな何となく手ぇ出したくなるんだろうな……)
できない子ほどかわいいってやつだろうか。オレにはちょっとわかんない感情だけど。そうおもいながら、ミカエルは少し高度を上げて周りを見回した。
(オレは王妃ちゃんの方がいいけどね!強いしヒモにしてくれそうだし!覇王系女子のがオレ好み〜!)
護衛術士、ヴィクトリアと出会って性癖がなんか歪んだ。
ーーそのときだった。
馬鹿なことを思っていたら、いきなり森から光が迸って空を焼いた。空に向かって巨大な光の柱が放たれ、そして消えた。
「……ヴィクトリアだ」
「だろうねえ。言ったじゃん王様、何かされるのは相手の方じゃないの?って」
フレデリックと護衛その他が護衛が駆けつけた先。
洞窟の前で、盗賊たちがヴィクトリアをでっかい木の葉で扇いでいた。
その周りにはぶっ倒れてる盗賊たちが放射線状に倒れていて、仲間に介抱されている。
なんだこれ。
「どうですか姐さん!?」
「風の加減気持ちいいですか姐さん!」
「お水もっと必要ですか!?」
「くるしゅうない。楽にするがよい」
「はいぃっ!」
うん。全力接待されている。美しき王妃はどっしりと置かれた椅子に座って、優雅にもてなしを受けていた。割れたカップに注がれた水をワインであるかのように飲み干す。かっこいい。大きな椅子で足を組むと、赤いドレスが鮮やかに揺れる。
なんだろうこの椅子。めっちゃ高そう、熊の毛皮とかついてる。
何かされてしまったんじゃないかとめちゃくちゃ心配していた王は安堵の息を吐いたが、同時にまだ倒れている盗賊たちが普通に心配になった。
王様、ここで漸く王妃が覇王系女子であることを理性的に思い出すことができた。遅くない?
「ヴィクトリア……」
まだ倒れている盗賊たちは、たまに手足がぴくぴくしている。さっきの光といい、覇王系の王妃に何かされちゃったのでは?
大丈夫かなこれ。生きてる?
「おやフレデリック。すまぬな、戻るのが遅くて心配をかけたか」
王妃は顔を上げると平然と言った。普通に謝られたのでフレデリックはちょっとどう返していいか困った。
盗賊たちは、『フレデリックって王様!?』みたいにざわついたが、なんとなく黙った。姐さんと旦那の会話に口を挟んで光の剣を振られたら怖い。特に痛いことはなかったけども普通に怖い。
「その……、うん。すごく心配した。軍隊を数隊動かしたけど、助けはいらなかったかい?」
「いや?軍が来てくれて実に有難い。こやつらをこれから裁きを受けさせるため王都へ連れて行かねばならぬ、我一人では運べぬと思っていた。運んでくれ」
軍隊をあっさり運搬屋にする女。
命令された軍隊は頭を下げて、なんで俺たち戦いに来たのに人間救助してんだろうなと思いながら倒れている盗賊たちを運び始めた。王妃を接待していた盗賊たちも、なんかもう普通に従った。
兵士たち、剣を持ってやってきたのに特にそれは使いどころないし、どっちかっていうと消毒液とか包帯のが出番ありそう。
軍隊の兵が、砂糖を運ぶアリみたいに倒れている盗賊をよいしょと運んでいく。アリの行列みたいに、捕縛された盗賊たちが後にくっついていく。
術士たちも、盗賊が暴れないようにすうっと箒で飛んで着いていく。
少しの間だけ、夜の森で王と王妃は二人きりになった。
フレデリックは大きなため息を吐いた。
「……二人きりになったところで、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「うむ、なんだ?」
「……抱きしめてもいいかい?きみが戻ってきてくれて、本当に、安心して……」
声が少しだけ震えてしまって、フレデリックは何度か息を吸って吐いて、呼吸を整えた。
ヴィクトリアは瞳を細める。
「王であるそなたがそう願う時、すでに願いは叶ったも同然よ」
「王だから、じゃなくて……きみがいやなら、ちゃんと控えるよ」
言った瞬間ぐいと引き寄せられてフレデリックは普通によろけたし、普通にヴィクトリアの方に倒れ込んだ。
それをあっさり抱えて腰を抱く王妃。
(かっこいい………ッ!!!!!いや男だから本当は僕がこうしたいんだけどでも悔しいけどかっこいい……!!!!)
微笑みは超輝いていた。いつものヴィクトリアだ、美しく、眩しい。
「拒むわけがなかろう?」
フレデリックははにかんで、苦笑して、それからそっと王妃を抱きしめた。
「……ありがとう。……きみがいなくなって、すごく心配だったんだよ、きみが、何かされてるかもしれないと思って。ほら、きみって綺麗だし、美人だし」
覇王だけど、という一文は飲み込んだ。
本当は何かされたのは盗賊団の方だったのだけれども、王は都合よくそれは何となく無視した。ほら、実際に盗賊団が剣に吹っ飛ばされたところは目の当たりにしてないし。
王妃、石畳で転んだら石畳の方が砕け散りそうな女なのだが、幸い王はまだちょっと幻想を見ていた。目を覚ませ。
「何もされぬさ。……そうだな、何かされるとしても許すのはお前だけだ。我が決めた伴侶以外に何かさせることはない。誓おう、フレデリック。我はーー……」
そのときだった。
いきなり、ヴィクトリアの体が何かに貫かれたように揺らいだ。フレデリックは目を見開いて、彼女が倒れるのを見た。
ゆっくりと、赤いドレスが揺らぐ。スローモーションで、体が倒れ伏す。蜂蜜色の髪が、夜の中に広がった。
背中に、矢が刺さっていた。
オルハリコンドレスを貫通できる矢とかあったのかよ。
ここまで読んでいただけてうれしいです、ありがとうございます〜!
覇王ヴィクトリアVSオリハルコンドレスを射抜く矢、ファイッ!




