世界一偉そうな王妃は盗賊団にもてなされる (中)
同じ頃、ヴィクトリア王妃は王都とグローリア公爵の領地の合間の洞窟にいた。
二つの領地の間の深い森は手入れをろくにされておらず、まあ天然の迷路のようになっている。そこをぐねぐねと歩き、公爵領への大量のおみやげと一緒に連れてこられていたのである。
ちなみにその『おみやげ』が入った木箱、なんかすごいいっぱいあるし、めっちゃ重かったので、運んだ盗賊たちはひいひいと声をもらして体力限界であった。弱い。
「くっっそ、なんでこんな重いんだ……!」
「兄弟、これはきっと中身金貨に違いねえ……!何せ、自称『王妃様』の荷物だぜ……!?」
「ばっか、王妃サマがこんなところにいるわけねえだろうが、マジで!」
いるんだよなあ。
「おい女ぁ!お前本当はどこの貴族のご令嬢ちゃんなんだぁ?それによって身代金の額が変わってくるんだよぉ!」
「グローリア公爵家だが?」
王妃は落ち着き払って答えた。盗賊は頭を抱えた。それだと国を敵に回したことになっちまうだろ!!
盗賊たち、絶賛現実逃避中であった。
「くそっ、あくまで王妃だって設定でいやがる!」
「でも本当に王妃サマかもしれねえぜ?そしたら身代金がっつり……」
「ばっかやろう国相手に脅しとかできるか!怖いよママー!」
「それに王妃サマがこんな肝座っててたまるかよ!!!」
「そうだそうだ、王妃サマはもっとなよやかで美しくてか弱いイメージだろうが!!お姫様なんだぞ!?夢を壊さないでッ!!!!」
知らんがな。
話題の中心の美しい女は、何故か勝手にボスの椅子を乗っ取ってふんぞり返っていた。どうしてだか縛られてもいないし、なんかこの洞窟で一番偉そうである。
自分で洞窟に入って、奥まで歩き、自分でボスの椅子に座ったので、誰も何もする必要がなかったのだ。うん、いつも通り偉そうだな。
今彼女は、美しい脚を組んで椅子に座っている。どうしたらいいかわからない盗賊のボスが隣に執事みたいに侍っていてちょっと面白い構図だった。
もてなせ、と言われて、周りにいる盗賊がちょっとびびって彼女にグラスに入った水を渡したので、それを優雅に飲みながらくつろいでいる。ついでに他の子分たちがちょっとずつ、ぶどうパンとか、チョコレートとか、干した果物とかを貢いでいたのでちょっとしたご馳走みたいなものが彼女の前に並べられていた。
完全に覇王オーラに当てられてんじゃねえか。
「ふむ、この干した果物はなかなかよい」
王妃、盗賊フードを食べてご満悦である。なんだこれ。
それをよそに、盗賊たちはちょっとじりじりしていた。ヴィクトリアが動くたびうなじだとか白い手首だとかがちらちらするので気になって仕方ない。
(くそっ、見れば見るほど美人だな……どうにかしてやりてえ……)
盗賊たちの方がどうにかされる可能性にまだ誰も思い至ってないんだよなあ。
美しい女としかまだ認識できてない時点で、こいつら大分頭が幸せであった。
盗賊たちの会話が一段落したので、王妃は盗賊たちを一瞥した。
「充分にもてなしを受けて我は満足だ。帰るぞ。城まで送るがよい」
盗賊に護衛を頼むのって新しいな。
盗賊たちはそこで漸く我に返った。遅い。
「ふ、ふざけんじゃねえ!!」
彼らは状況を再確認する。
女は一人、そして凄い美人だ。自分たちは複数人。これは……どう考えても……勝った!こっちのもの!いやらしいこととかめっちゃできる!!!!万歳!!!!
めっちゃ間違った状況把握である。命が危ない。
下卑た笑みを浮かべた盗賊の一人が、彼女の前に進み出た。
「まだ帰られちゃ困りますよぉ……おもてなしはこれからっすから。ええっと、王妃サマぁ?まずはその綺麗なドレスを脱いでくださいねぇ!」
彼は剣を引き抜いた。王妃は柳眉を軽くあげたが、何も言わない。
盗賊は、王妃のドレスだけを引き裂くつもりで剣を振るった。
剣が折れた。
「はあ!!!???」
ぼっきり折れた。ご臨終である。
「ふむ、ドレスで剣を折るとは珍しい流儀のもてなしだな」
「いやなんで折れるんだよ!野郎ども、やっちまえ!」
「おいっす兄貴!!!!」
次から次へ、男たちが彼女のドレスを引き裂こうと剣を振るうが、右から左に折れていく。ぱきんぱきんとなけなしの剣が折れまくる。
このドレス、まあ普通にオリハルコンを織り込んであった。王妃のお気に入りオリハルコンドレスである。オリハルコンドレスってなんだよ。
赤いドレスは傷一つなく、彼女もまた傷ひとつつかないまま立っているだけなのに何もできない、ナニコレ?
「ひええ……こわ……」
「いや何この女……この一撃必殺のジョルジュの攻撃が効かねえなんて……」
「くそっ、弱肉強食のジャンの一撃が弾かれるとは……」
「焼肉定食のジョージの剣が効かねえだと……」
漢字四文字ならなんでもいいと思ってない?
暫く剣戟を平気な顔をして受けていたヴィクトリアは、微笑んで言った。
「ふむ。もう終わりか?」
終わりか?ではない。どう考えても王妃の発する言葉ではない。
どっちかというと物語中盤で遭遇する魔王とかが発しそうなあれじゃん。
「ではこちらからゆくぞ」
それも王妃の発するセリフじゃないんだよなあ。
王妃は、異常に重い『おみやげ』の箱の蓋を片手で飛ばすと、中から……一撃で地面を吹き飛ばしそうな、黄金に煌く大剣を取り出した。何かオーラを発しているように見える、輝かしい、燃えるようなオーラ。覇気がすげえ!
「あっ、あれは……!」
「ど、どうしたんですかボス!」
「南の海にいた頃聞いたことがある!黄金色に光る巨大な剣、それは王家に伝わる伝説の聖剣だとな!」
「いや、これはただの剣だが」
えっ。
「金色なのも別に、趣味だ」
趣味かよ。
じゃあこのオーラはなんだ、と盗賊たちは思った。そして結論づけた。
使い手のオーラが覇王だと剣もなんか……聖剣みたいな顔するんだな……。
聖剣みたいな顔した剣は、聖剣みたいな顔で光を発した。めっちゃ光ってる、物理的に光ってる。眩しい。目の前の影が溶けて消え、真っ白でなにも見えないくらいに眩しくなる。
王妃の形をした影が、光り輝く剣を構えているのが見えるばかり。これ強キャラ相手の負けイベントじゃん、と盗賊たちの何人かがここで漸く気づく。
まあ、こう。序盤にうっかりラスボスに絡んでしまった勇者パーティみたいな構図であった。
こっち、折れた剣しかないし。
女は、それはもう偉そうに言った。朗々と響く声で洞窟を震わせた。
「安心せよ、殺しはせぬ!眠らせ、王都に運び、そこで然るべき裁きを受けさせてやろうぞ。今まで人の金品を奪い、人を脅し傷つけた分を王都で償うがよい!目が覚めたら、もはやお前たちの人生は違うものとなっておる、真っ当な人として生きよ!」
「まっとうな、人になれるわけがねえ……!!!」
目が焼けそうにまばゆい世界の中、盗賊の首魁は叫んだ。
「オレたちはまともに字も書けねえ!!教育も受けてねえ、盗みしかできねえのに、まっとうなんて、無理だ!!」
「お、親分……そうっすよね……オレらだって……」
「オレらを受け入れてくれる場所なんて、どこにもねえんだ……どうせなら殺せ……!」
「殺さぬ」
蜂蜜色の髪の女は、はっきりと言う。剣を振り上げたまま、その剣に光が集まる。
光の量的に普通に死にそう。
「生きよ、盗賊ども!!!生きる道など何処にでもある、なければ我が作ろう!!目の前の貧困に落ちた者も救えずなにが王妃よ、そなたらは我が国の礎となるがよい、地に親しみ、感謝される喜びを、誰かと共に生きる楽しみをこれから一生分味わわせてやろう!!!毎日あったかいベッドに入っておいしいごはんを食べて健康的に生きよ!!!!」
「か、母ちゃん……ッ!!!!!!!!」
ちがう。
彼女が剣を振り下ろした瞬間、目の前が真っ白になった盗賊たちは意識を失った。
ここまで読んでいただいてありがとうございますー!
四文字の四字熟語ってなんか無条件にかっこよく見える気がします。