世界一偉そうな王妃は恋の罠に魅了されない (下)
扉が物理的にぶっ飛ぶすこーーし前。
ミカエルは護衛術士の部隊長に呼びだされ、夜の空中巡回を命令されていた。王妃を狙うダメヒモ男、まじめに夜勤である。偉い。
護衛術士が詰めている魔術塔は、夜は静かだ。ミカエルはここ最近入った新人のため、研修も兼ねて数日間泊まり込みの期間だった。
「オレ夜警ですかぁー?」
思わずため息をついてしまう。王妃ちゃんに会いたいのに今日も会えずに終わりそう!
堅物の隊長は真面目な顔をして言った。
「語尾を伸ばすな。ミカエル・カタリア、お前は王妃付きだが、ここ数日王妃様は術士を護衛から外している事は知っているな?その間の、給料分のシフトの穴埋めというか……」
宮廷術士、勤務形態がバイト。
「王妃様に会えないのでやる気ないっす」
「真面目にやれ」
モチベそれだけか?
しかしこの男、実力だけはあって、入隊試験でベテラン魔道士を十五人ほど片手で捻ったことは密やかに噂になっていた。実力で言うなら上位術士レベル、しかも妖精の加護と魔眼持ち。天才の噂も名高い、噂通りの実力だ。まあ性格あれだけど。
実力あるけど態度の悪い新人って本当むかつくなと隊長は思った。
「とにかく行け行け、夜は死霊や魔物が時折飛んでくる、見つけたら始末してよし」
「はぁーい。警備用の乗り物とかあります?」
「古い箒がある。多少ガタが来ているが乗れるだろう、使え」
「うわっ、古典的ぃ」
ミカエルは笑いながら箒置き場に向かった。
木でできた小さな扉を開けると、いかにも古そうな箒がたくさん壁にかけられていた。保存状態はいいが、相当古そうだ。50年ものくらいだろうか?強い魔力流したら速攻で壊れるかもしれない。
「まあこれでいっか」
ミカエルは適当に一本を手に取って飛んだ。夜の初哨戒、出発だ。
そして落ちた。
うん。
魔力が強すぎて箒が全く持たなかった。
ひゅーーーーーーん。
(えっ?マジで?スカイダイビングじゃーーーん!!!!)
それどころじゃないし普通に魔法使わないと死ぬ。
死を回避するために、早口で防護の魔法だけかけて、イケメンはごろごろごろっと転がった。
そのまま、本人は何処だかわかんない部屋の扉をぶち破った。
扉が飛んで、もうもうと煙が上がった。
唇が重なりかけたところで固まっていたフレデリックは、突如部屋の中に人が転がり込んできたので死ぬほどびっくりした。寧ろ心臓が固まった。
その場にいたヴィクトリアが瞬間的にフレデリックの心臓にパンチしてなかったらそのまま死んでたかもしれない。なんでいきなりパンチしたの。
「いっっった……!!」
「うむ、生きておるな。よし」
「ヴィクトリアも無事だね……」
王妃の無事を確認してから、フレデリックは顔を上げる。なんか部屋の中にボロ雑巾みたいなものが落ちていた。
紫の宮廷術師のローブ。ぷすぷすと煙を上げている箒と、落ちてきたボロ雑巾の様子で大体フレデリックは察した。今度もっと護衛術士隊にいい箒を買ってあげよう。
「大丈夫かい……?」
王は歩み寄り、青年をそっと揺り起こした。半分気絶していた青年が目を開く。
ーー緑の、魔眼。妖精の魔眼!
それだけで王は察した、こいつ、ヴィクトリアを狙ってるやつだ!
反射で目を逸らそうとしたが、まあ普通にばっちり見てしまった。やべえ。
しかし、逸らしてもだめだった。バッチリ魅了が入ってしまった。それはもうメロメロになってしまった。
相手の方が。
綺麗なカウンターであった。純血の王族は膨大な魔力を持っている事が多い。それ故の、自動発動のカウンター。それが、フレデリックを守った。
(あれ!?なんかこのお兄さんめっちゃ綺麗じゃねーの!?好き!)
魅了の魔眼を反射されたミカエルは、まあ当たり前におかしくなった。
心配そうに覗き込んでくる青年の顔がめっちゃ魅力的に見える。惚れる。好き。いやオレ好きなの女の子だけど。なんかこう人間的に、この顔好き!
髪の毛は薄茶でちょーっと地味だけど顔綺麗だしイケメンだし睫毛長いし目が優しそうだしイケメンだし……イケメンだし……
穴が開くほど見つめられてフレデリックはなんか恥ずかしくてもじもじした。
「こほん。あの、……君がもしかして、マリアの知り合いかな?ヴィクトリアの事を狙ってるっていう……?」
「えっ、あっ、はい、そうっす、王妃様のヒモが夢でっす」
素直だなー。
「でも今はお兄さんの方に興味あります、お兄さん、ちょっとオレの部屋行きません?あと魔導メッセのアド教えて」
「うん?????」
カオス。なんだこれ。
「フレデリックを部屋に連れ込むのも魔導メッセで恋文を交わすのも我だけの特権だが?」
更にカオスになった。覇王が割り込んできた。
ミカエルは胡乱な顔をして目線を上げた。
「はーー?今オレがお兄さんと話して……あれ?もしかしてオレがずっと探してた王妃様?」
「その通り。その男の伴侶よ」
その時、術士は思い出した。そういえばオレ、この王妃様を口説くために来たんじゃん?魅了の魔眼をこの子にかけるために来たわけで?
ミカエルはフラフラと立ち上がる。本人の対魔力が少しだけ魅了に効いた形であった。
「……お目にかかれて光栄です、王妃様。よければオレを愛人にしてみない?」
夫婦どっちもを同時に口説くな。
「王様のミルクティー色の髪も好きだけど、王妃様の蜂蜜みたいな髪もオレ超好みだよ。毎日髪を美しく梳いて、オレに君を着飾らせてよ、蜂蜜色の王妃様……オレちゃんと尽くすし、色々と満足させるつもりだし、毎日綺麗にコーディネートして君がもっと舞踏会の花になれるように力添えするからさ……」
どっちかっていうと舞踏会の大樹。
彼はふらふらとヴィクトリアに近づいて本来の目的を達しようとする。腰を抱き寄せて顎を持ち上げようとする。緑の魔眼がぼうっと光ーー……効かない!
何こいつ。電気を流しても電気が通らないゴムみたいな感覚で魅了を弾かれる。あと魔力の気配が全くしないな?
「ヴィクトリア……!」
フレデリックが慌てて割り込んで止めに入る。ミカエルは直後にフレデリックの顎を掴んで目を合わせた。なんで。
「いや、王妃様もいいけど王様も着飾りたい。超着飾りたい。絶対いろんな服着せたらどれもイケメンじゃん、超見たい、一緒に出かけたい」
後半に魅了の影響がダダ漏れしていた。もうぐっだぐだである。だから夫婦両方を同時に口説くな。
ーーその直後だった。
「我の男に触れるでないわ」
超超超重低音がびりびりと落雷のように響いた。
びっくりしてミカエルの腰が抜けた。弱い。
ヴィクトリアはフレデリックの腕をぐいと引っ張って引き寄せる。勝手に王の腰の剣を取り上げると鞘を払い、床に転がっている魔術師相手に突きつける。
王を庇って剣を抜く王妃。超強そう。でもなんか逆だな。
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェン王妃は顎を上げていけ高々にミカエルを見下ろした。
「よいか、術士。我は寛大だが、我の男に手を出す者には容赦はせぬ。愛は偉大だが、愛の前に全てが許されるわけではない。貴様が今することは、フレデリックを直に口説くことではない。我を見よ、そして戦え!この男の人生を共に歩むのは我であると、貴様に叩き込んでやろう!!!!」
「ひえっ………!!!」
こっわ。封印の解けた魔王じゃね?
魅了魔術が吹っ飛びかけるぐらいには怖かった。ミカエルは蛇に睨まれたカエルちゃんになってしまった。怖すぎ。ビビりまくって動けない。
実はこの魅了魔眼の天才ミカエル、小さい頃からあらゆる意味で恵まれすぎて、まっっったく叱られ慣れていなかった。天才故に甘やかされまくって育ったボンボンだったのである。イケメンで天才なので女の子はちやほやする、親はちやほやする、もうみんなちやほやする、そんな世界しか知らない。
つまりまあ、冷たい水に足先から慣らすこともせず、いきなり飛び込んだら死ぬ。
まさしくそれであった。
「ご、ごごごごごめんなさいぃぃ……!!!!」
弱い。
「すみませんでしたぁ……!!!!王様はなんか顔が超好みで部屋に連れ込みたいけどしませんごめんなさいぃぃぃぃ……!!!!」
ビビりまくった天才は平謝りした。超素直。
こんな王妃攻略しようとか無理じゃん!!!と青年はやっと世界の真実に辿り着く。魅了魔術への抵抗でメンタルがふらふらしていたとはいえ、さっき良くオレあんなすらすら口説けたな!怖いもの知らず!
魅了の魔眼持ちだから相手の情報何もなくていいや〜、勝手に惚れてくれるし〜、とか思っていたら大火傷した感じであった。
人生舐めプで来て、初めての大火傷。泣きそう。
その時、突きつけられていた剣がさっと引かれて、ミカエルはちょっとまともに息ができるようになった。
顔を上げる。金色の髪を揺らして、王妃は颯爽と微笑む。
「よかろう、今の謝罪、しかと受け取った」
「えっ……」
ヴィクトリアはフレデリックをそっと放すと、床にへたり込んでいるミカエルのそばに膝をつく。
「我の男を口説く事は許さぬが、王を慕うその心はよい、赦そう。それにそなた、そのローブは我の護衛術士だな?それならば共に来い、我は王妃にして王の第一の腹心よ。王を愛するならば、我に従え。共に王のそばに侍り、支え、叱咤し、良き国を作ろうぞ。ーー王を慕う術士よ、我のものとなるがいい」
(うわーーーーーっ、イケメンじゃん好きになるーーーーっ!!!!!超怖いけど超かっっけーーーー!!!)
ミカエル・カタリアは、超惚れっぽい男であった。
「お姉さま……!!!!」
「うむ、お姉さまと呼ぶがよい」
デジャヴ。
なんだろう、血筋かな。
ちょっと本日忙しくって更新遅くなっちゃいました……!
甘やかされぼんぼんのミカエル が なかまに なった!
明日は朝七時更新!読んでいただけてうれしいです!




