09「ポルダ村消滅」
襲撃の夜から一夜が明けた。
草叢の中でラーデルは目を覚ます。
耳を澄まして周囲の音に注意を向けるが追手の気配はもう無さそうだった。
「一体何が……」
《君は何者かに襲撃され、逃げて一命が助かったんだよ》
「イルデストか」
《ああ、僕だよ》
少しだけ気が休まるようだ。
昨夜の事を思い出すと、魔獣と謎の襲撃者が思い浮かぶ。
「ポルダ村が心配だな」
襲撃者に気をつけながら、一旦村へ戻る事にした。
何処をどう逃げたのか解らないけど、太陽の位置から方角を推測する。
しばらく森の中を歩いていると、何かが焼けた匂いが鼻を突く。
森を抜けるとラーデルは驚愕した。
行く手の方向に見えるはずのポルダ村が無い。
有るのは変わり果てたポルダ村の慣れの果て。
家々は焼き尽くされ、荒らされ、屍となった村人達の姿。
「……村が襲われたのか――」
《そのようだね》
ラーデルだけがこの村唯一の生き残りのようだ。
養父母のジョナードもロレリーの姿は無い。
そしてビッキーの姿も。
惨劇により斃れ臥し、焼かれる家ごと火に包まれたのだろう想像はつく。
四年半暮らしたこの村は焼け跡を残すのみ。
彼らは身寄りの無いラーデルを家族に迎えてくれ、村の一員にしてくれた恩人だった。
村の暮らしも悪い物じゃなかった、皆気の良い人達ばかりだ。
様々な思いや感情が渦を巻き、無念の涙が流れてくる。
途方にくれその場に座り込むラーデル。
この先、身の振りようも無い。
「どうしてこんな事に……」
《君が村を発展させたからね、貧富の差が出来た近隣の村から嫉妬と怒りを買ったんだ》
「俺のせいなの?」
《村が強欲なのも原因になるね》
もう言葉が無かった。
「そうだ、隠しておいた金貨は大丈夫かな?」
元家のあっただろう場所に行き、地面を掘ってみた。
どうやら隠してあった金貨の袋は無事のようだ。
今後どうするにも、当座の資金は必要になるだろうし。
今はこれが唯一の財産だ。
とは言え、この先、何の宛ても無い事に変わりは無いが。
《ラーデル、何時までも黄昏ていてもしょうがないぞ》
「そうだな……執り合えず街道を歩いてみるか……」
ラーデルには街が何処にあるのか、村を出た事が無いから解らない。
それでも街道を歩いていれば、どこかに着くだろう事は朧気ながら解る。
行く宛ても無いけど、ここで黄昏ているよりマシかもしれない。
手に持っていた弓は逃走の際に、どこかで失ってしまったし。
トボトボと街道を一日かけて歩いてみた。
丘を越えた辺りで、前方に街が広がっている様子が目に入る。
ぐるりと高い街壁で囲われた大きな街が広がっている。
「街だ」
《街だね、ラーデルはあの街で心機一転、出直してみたらどうだ?》
イルデストのアドバイスに否は無い。
行く宛ては無いし、身ひとつのラーデルではあるが、当座の資金はある。
とにかく落ち着ける場所に行きたかった。
食事もしたいし、ベッドで寝たい。
街に行き着ければ、望みの物はある筈だ。
割と人の往来が多いのか、門衛はラーデルをすんなり通してくれた。
この街の名前は『ノリッチ』。
地方領主、エルコッベ伯爵が治める街の一つだと聞いた。
直轄領地の街よりは小さい街らしいけどこの世界、村しか知らないラーデルにとって、ノリッチは大都会に見えた。
「先ずは宿の確保と食事だな」
昨夜から何も食べていないから、空腹で胃が痛い。
しかし意外にも、どこの宿屋もラーデルの宿泊を受け容れてくれない。
未成年者を泊めないという法律でもあるのかな。
……考えてみれば、成人前の11歳の少年じゃあ当たり前か。
だけど幸いにも一軒の宿屋で食事をする事だけは出来た。
パンとスープだけの質素な食事だけど、今はこれだけでも嬉しい。
宿の女将はラーデルの払った金貨に驚いたが、お釣りを誤魔化すような事はしなかった。
治安の悪いこの世界では、非情に良心的な宿かもしれない。
「後はどこで泊めてもらえるかだな……」
「あんた、泊まる所が無いのかい?」
怪訝そうに宿の女将さんが相談に乗ってくれた。
「修道院なら、困っているあんたでも助けてくれるかも知れないよ?」
「修道院かあ、で、何処にあるの?修道院って」
修道院の場所を聞いた俺は探しに出た。
宿の女将さんに聞いたとおり道を進む。
割と特徴のある建物だから、すぐに判った。
修道院のドアを叩き、出て来た修道女に俺は事情を話した。
「元住んでいた村が襲われて炎に焼かれ全滅したのですか、御労しい事です」
「それで住む所も行く宛ても無いんです。やっとの思いでこの街に逃げて来たけど、何処の宿も泊めてくれないんです」
「解りました、まだ成人前の貴方では宿に泊まれませんものね。修道院長に相談してみましょう」
修道女は俺の話を修道院長に伝え、居場所が決まるまで宿泊を許可してくれた。
一室に案内され、注意事項を伝えられる。
毎日部屋をきれいに清める事、外出の際は修道女の誰かに伝える事が必要だと言う。
但し、俺は修道院の者じゃないから、ここで食事は出来ないらしい。
それだけでも十分過ぎるほど有り難い話しだ。
「ありがとう御座います、修道院長様。 せめてものお礼に寄付を致します」
俺の差し出した金貨二枚を見て、修道院長は心象を良くしてくれたようだ。
「ラーデル君に神のご加護が有りますように」
ああ、そういえば俺には既に神の加護あったっけ。
疫病神イルデストの加護だけど。
《うん、加護ならしてるから大丈夫》
たぶん修道院で祀ってる神様と違うだろうけど良いよね?
文句があるなら、神様同士で話をつけて欲しいものだ。
修道院に孤児院は無いが、ある程度の生活困窮者に救いの手を差し伸べるようだ。
とは言え成人の浮浪者を、泊めるまでの事は出来ないようだけど。
俺が未成年者だから、救済を考えてくれたようだ。
こうして俺はこの街ノリッチでの活動拠点を決めた。
明日は冒険者ギルドへ行ってみようかね。
俺の知る知識では、子供でも受けられるクエストが有るはずなんだけど。
薬草採りとか、薬草採りとか、薬草採りとか、えーと、他に何があったっけ。
思い浮かばないけど、行けば何とかなうだろう。