42「魔法を習う」
商工会長の屋敷の一部屋で本格的に魔法を教える事になった。
街に捜索者が来ている今は、屋内で教えられるのも都合が良い。
この街には治療術士くらいはいるけど、魔法を教える魔術師はいないらしい。
つまり、この場はリック達にとって、魔術を習えるのは千載一遇のチャンスになる。
今までと違うのは、俺の横にポンペオが控えている様になった。
「ポンペオさんはコスタノさんの魔法の師匠なんですか?」
「いいや、儂はコスタノに魔法を教えた事は無いのじゃ」
ポンペオの経歴を聞いて俺も驚いた。
魔道を極めるために各地を渡り歩き、国王や領主から招かれる事も珍しくは無かったらしい。
領主など上級貴族や国王の客分として、招かれるほどの実力者だったのだ。
平民からすれば、下級貴族にすら頭が上がらない。
国王はともかく領主だと公爵や侯爵、低くても伯爵クラスの上級貴族と、対等に渡り合える魔術師の重鎮という事になる。
冒険者に混ざって一緒に冒険に出る、下っ端の魔術師じゃなかった。
そんな高名な魔術師は、平民と接点を持つことは無いのが常識だ。
「す、すげぇ……」
「雲の上に位置されるお方がボクらに魔法を教えてくれるなんて」
「ポンペオ様と対等に話が出来るコスタノさんって色んな事で凄い人だったんだ」
「儂から其方等に魔術の講義をするなら、羊皮紙を束で用意して講義内容を記入してもらわねばならん」
ポンペオの説明に青褪めるリックとエルとユーイの三人。
平民でも余程裕福でなければ、羊皮紙なんて高級品を買い揃える事は出来ない。
当然インクやペンも必要になる。ましてや子供達なら尚更無理だ。
ポンペオの説明は続く。
魔術師の詠唱すべき呪文は膨大で、同じ呪文でも派閥ごとに微妙に違うらしい。
長い詠唱文を全て暗記出来る者はいないと言う。
そのために魔術師は自ら丈夫な羊皮紙に多くの呪文を書き溜めていくと説明した。
魔術師の持っている魔道書が分厚いほど、凄腕の魔術師の証明になるらしい。
「ポンペオ様の魔道書って……」
「他言厳禁を守れるなら、見せて進ぜよう」
リック達は重過ぎる事実に固唾を呑む。
やがて決心を固め礼の姿勢を執る。
「はい、絶対に約束します」
「儂からの言葉、死しても忘れるでないぞ?」
厳かに告げると、荷物置き場に有るリュックの中から分厚い魔道書を取り出した。
数多くの羊皮紙が整えられ、厚めの革の表皮に金箔や宝石で装飾され、鍵が掛けられている。
……電話帳二冊分より厚いかもしれない。
「すげぇ……」
「これが本物の魔道書」
「ポンペオ様の人生が詰まっていると言うか」
「解ったろ、其方等が羊皮紙を用意して、自分だけの魔道書を作らねばならぬ理由が」
無言で頷くリック達。
「じゃあ、コスタノさんも……?」
「俺? 俺は魔道書なんて持ってないよ」
「「「へ?」」」
「コスタノは儂の弟子ではない、むしろ儂がコスタノに師事しておる」
アングリと口を空けて呆然とするリック達。
ポンペオほどの高名な魔術師でも、無詠唱魔法は出来ないし、知らなかった程だった。
思い出してみればポンペオは『儂は其方のような魔力の使い方を知らぬ、魔術師として是非とも学び取りたいと願っておる』って逃走の旅で言ってたっけ。
今ではコスタノの指導で四属性の無詠唱魔法を微力ながら使えるようになって来たと言う。
「僕達を助けに来てくれた時にコスタノさんの魔法剣を始めて見ました」
「あれは凄かった」
「でも剣自体が魔法の剣じゃないって……」
「魔法剣とな? 儂はまだ見た事が無いのぅ」
魔法剣の概念はポンペオにも良く解らないし、身体強化の法も解っていない。
「「「ええええーーー???」」」
「コスタノさんは何処の誰から無詠唱魔法を習ったんですか?」
「それは秘密のようで、儂にも解らぬ」
……全ての魔法は疫病神のイルデストが教えてくれたんだよな。
最初の概念が解れば、後は全部応用技なんだけど。
どうやら魔術師の呪文は、概念と流れを呪文と言う言葉にした物のようだ。
イメージしながら長い呪文を詠唱する事で、言霊が魔法を実現するのかも知れない。
「コスタノの魔法は魔道書が要らない様だから、儂も含めて皆で習おうじゃないか」
「そんなに凄い魔法、僕達も教わって本当に良いんですよね?」
「物凄く畏れ多いと言うか」
「オレ、教われる事、嬉しいけど怖いっていうか……」
「貴重じゃろう? このチャンスを逃せば二度と教われないのだぞ? この機会は他の誰にも与えられた物では無いのじゃぞ? だからこそ、この機会を取り逃さず自分達の身に付けねばならんのじゃ、儂等がここの街を出て行ってしまったら一生掛かっても二度と学べるチャンスは巡って来ないであろう」
ポンペオがコスタノを助け、一緒に逃げているのは、この学びを得る一点に絞られている。
昔の人は得難い物を学ぶために、腕一本切り落としてでも学ぶと言う徹底さや厳格さが在ったと言う。
同じようにポンペオはコスタノの魔法を学ぶためには、他の何もかも捨て去っても後悔が無いという大きくも堅固な決意を持っている様だ。
リック達はポンペオの発する学究の気迫に押される一方だ。
ポンペオの迫る決意の大きさに怖気出すリック達。
「コスタノの様な魔法剣士も、儂は他に見た事が無い」
「?」
「剣も魔法も両方使える人は居ないんですか?」
「剣か魔法か、道を究めんとする者はどちらかを一途に一心に突き進むものじゃ」
「コスタノさんは僕らと年がそれほど変わらないじゃないですか」
「そうだ、だから俺達も習えば直ぐに出来るようになるって思っちゃったんだよ」
「うむ、儂もその事実に驚きを隠せないのじゃ」
「そんなに特殊な人だったなんて」
「だからと今更臆してどうする、二度と来ない学びのチャンスを逃すのは大損じゃろうが」
「そうですね」
「出来るだけコスタノさんの魔法を身に付けなくちゃ」
「俺は剣も魔法も教えてもらうんだ」
「失礼致します」
ドアを開けたのはメイドだった。
「皆様頑張っておいでですね。 お疲れで御座いましょう、お茶の用意を致します」
屋敷のメイドがワゴンを引いてきて休憩の用意を始めた。
場の空気が変わり一気に緊張感が解け皆、ホーッと息を吐けた。




