25「魔術師エルムント」
三日ほど後、ルベルタスの屋敷に豪華な馬車がやって来た。
……あの馬車に魔術師が乗ってるんだ。
そう思いながら窓から眺めていると、数人の人物が馬車を降りるのが見えた。
玄関の前にはルベルタスと執事、メイドたちが出迎えに揃っている。
一人は黒いローブを着ているから、件の魔術師だろうなと想像は付いた。
他には従者か騎士らしき人物、もう一人四十代の男は誰だ?
部屋で大人しく待っていると執事とメイドが迎えに来る。
俺は応接室に案内された。
騎士の挨拶の後、執事に引かれた椅子に座る。
応接室のテーブル席には、ルベルタスと魔術師の爺さんともう一人が座っている。
その人物の後ろに従者だろう騎士二人が直立して控えている。
どうやら位の高い貴族だろう予想はついた。
「其方がラーデルか」
貴族らしい男が開口一番に俺を値踏みするように眺め回す。
「紹介しましょう、こちらはラーデル。儂の従者にして騎士見習いだ。 ラーデル、こちらは領主様であられるエルコッベ伯爵と魔術師エルムント殿だ」
「始めまして、エルコッベ伯爵様に魔術師エルムント殿」
……この人が領主エルコッベ伯爵なのか。
「ふむ、平民臭さがまだ抜けていないようだが、見事な戦働きをしたと聞いているぞ」
「この者が無詠唱で魔法を使うと申されたの」
「ええ、戦闘も魔法も出来るオールラウンドプレーヤーといった所でしょうな」
「まだ未成年者に見受けられるが?」
「実はまだ儂にも理解が及ばない事が多々あるのですよ」
「ふむ、なるほどなラーデルと申される其方、魔道書はお持ちかな?」
「いえ、持っていません」
「魔道書無しで魔法を無詠唱で使えると申すのか?」
魔術師エルムントは驚いている。
ローブを着た老人エルムントは長年魔道の研究に身を捧げて来た経歴の持ち主だと言う。
王都にも食客として招かれた事もあるとも聞かされた。
「魔道書は代々の魔術師が開発した呪文を書き溜めてきた物である」
だから魔道書は分厚い、そして厚い物ほど価値があると説明を受けた。
とにかく呪文の数や技法が膨大に存在する。
それを全部暗記を出来るような物ではないとも説明される。
「その事は、以前仲間だった魔術師のヘルミーネからも聞いてました」
「ヘルミーネ?」
エルムントはしばらく俯いて考え込んで、判ったと顔と声を上げた。
ヘルミーネは魔術師エルムントの曾孫弟子の生徒の一人にいたようだ。
直接師事じゃないから、思い出すのに時間が掛かったらしい。
「其方はヘルミーネから無詠唱魔法を習ったのではないのだな?」
もちろん魔術師エルムント一門のヘルミーネが無詠唱魔法を知っているはずが無い。
「その通りで」
「では一体誰から無詠唱魔法などという、とんでもない物を習えたのだ?」
「ラーデルの言うには、ポルダ村に居た頃に祖父から習ったと聞きましたぞ」
「ポルダ村? 確か陶器で有名だった所だの、今はもう無いと聞いておるが」
「果心居士と申されるそうだ」
「果心居士ねえ……それほど凄腕の魔術師の話は聞いた事が無いが」
エルムントの言葉に全員が興味深そうに俺を見る。
「ふうむ、儂にも解らない事ばかりじゃ」
「ラーデルが嘘を言っているとも思えないが、エルムント、鑑定をしてみたらどうだ?」
エルコッベ伯爵が鑑定をと言い出した。
「では、視てみようかの」
魔術師エルムントは魔道書のページをめくり、目当てのページにある呪文を唱えだした。
ラーデルとエルムントとの間に魔法陣が浮び出し、しばらくすると消えた。
「ラーデル、其方は女性なのか?」
「何を言うエルムント殿、誰がどう見てもラーデルは男ではないか」
「まるで合っていないではないか」
エルコッベ伯爵は呆れ顔でエルムントの顔を見る。
輝かしい経歴を持つ魔術師なのに鑑定魔法がまるで駄目だと証明したような物だ。
「儂とした事が何と言う様じゃ」
魔法を失敗したと狼狽するエルムント。
エルコッベ伯爵やルベルタスから信用を少々失墜したようだ。
……これはイルデストの妨害だろうな。
「これではしょうがないな」
「では、ラーデルに魔法を実演してもらうのは如何か?」
「そうだな、私も噂の無詠唱魔法と言う物を見てみたい」
俺は魔法を実演する事になった。
目の前に置かれている、お茶を飲み干した木製マグカップに水を満たす事にした。
カップの上で翳す掌から、少し離れた位置から水球を出し、カップに満たす。
「ほう、本当に呪文を詠唱しないのだな」
無詠唱魔法に感心するエルコッベ伯爵とルベルタス。
俺とマグカップを交互に見やり、目を見張る魔術師エルムント。
「どうやるのじゃ?」
目を見開き質問をしてくる魔術師エルムント。
「体の中に魔力を観じて手先に流します。その後水の属性を与えるんです。全てはイメージング次第です」
「それが其方の魔法だと申すのか?」
「シンプルだな」
早速俺の方法でエルムント達は試してみた。
理論は理解できたが、魔法にまで進まないようだ。
「説明は解ったし出来そうな気はしたが、儂にはまだ出来そうに無い。残念じゃ」
「私にも無理だ」
「儂も同様だ」
懐かしいな、この反応の仕方はヘルミーネと同じだ。
魔術師エルムントは、どうやって今の方法を魔道書に書き加えるんだろう。
「ルベルタス男爵は面白い人材をスカウトしたものだな」
騎士団長のルベルタスは、男爵でエルコッベ伯爵の武官でもあるようだ。
ルベルタスは爵位持ちだったとは今知った。
「ラーデルが剣も魔法も使える逸材と確信して興味を惹かれたぞ」
領主エルコッベ伯爵は益々値踏みするような目で俺を観察する。
「いっそルベルタス男爵の側近を辞めて私の所に来ないか?」
「エルコッベ伯爵様、それは困りますぞ」
俺としても騎士団長ルベルタスには待遇良くお世話になったし義理もある。
素直に初見のエルコッベ伯爵の元に、ホイホイ鞍替えする訳には行かない事情がある。
「儂としてもラーデルを弟子に、いや師事をしたいと思い始めておる」
「それにしても、その若さで良くこれ程の物を身に付けたな、不思議に思えてならん」
「ラーデルは剣術や戦闘にも舌を巻くものが有りましてな」
「誠に万能の側近であるな」
「私の側近じゃ無いのが残念だ、ルベルタス男爵、羨ましいぞ」
「その分、主従共々エルコッベ伯爵様に御仕えするのですぞ?」
「期待しているぞ? ルベルタス男爵」
「御任せ下されエルコッベ伯爵様」
どうやら俺の素性は有耶無耶になったようだ。
薮蛇を突きたくないから俺は口を紡ぐ。
沈黙こそ値千金、俺の身を護る唯一の方法だ。




