01「おらは死んじまっただ」
俺が気が付いたのは、どこかの建物の中らしいという事だ。
ベッドではなく、床に寝かされていた。
寝起きのようなボーとする頭で、なぜここで寝てたのか思い出そうと記憶を探る。
友人達と居酒屋で盛り上がった。
大分酔ってはいたが、体感的に半分くらいだろうと思う。
そろそろ頃合もよく、乗って来た車を運転して帰宅する事にした。
飲酒運転だって?
捕まらなけりゃ大丈夫ってなもんだ。
この時間、警察が張っているルートを通る事は無いし、通り慣れた道だし。
道路はグラグラするけど、気をつければ大丈夫。
こんな経験だって初めてじゃないし。
角を左折し、しばらく直進する。
「対向車のライトが眩しいな、こんな所でアップにするんじゃねえよ」
思わず文句が出る。
その直後、意識がおかしくなった。
どうなったのか判らないけど、対向車のライトが目の前に迫って来る。
記憶はそこで途切れたようだ。
でだ、ここは何処だ?
なぜ床で俺は寝てたんだ?
ここが何処なのか解らないけど、窓も調度品も無い白いだけの部屋だ。
《よう、目が覚めたか?》
不意にかけられた声の方を向いた。
そこにいたのは、割れた仮面を着け、半分ほど顔が判別できる男だった。
グレーのマントのような……コートなのかな。
そんな服装の黒髪の男が話しかけてくる。
「誰だ?」
《僕の名はイルデスト》
イルデスト?初めて聞く名前だ。
面識が無いから知己ではないようだし。
《君は飲酒運転で事故を起こして死んだんだ、ド最低ーな奴っちゃな》
「はえ? 死んだって? 生きてるようだけど?」
イルデストは笑いながら改めて自己紹介をする。
《君と会うのは初めてじゃないよ、前世ではずっと一緒に居たんだ》
ずっと一緒にいたと言われても俺はイルデストなんて記憶には無い。
《そうだなぁ、いたと言うより憑いていたと言った方が正しいのかも》
「憑くだって?」
《君等の認識では『疫病神』と言った所かな》
「疫病神だって?」
道理で碌な人生じゃなかった訳だ。
《おっと、勘違いしてもらっちゃ困るが、君が事故を起こして死んだのは君の責任だよ?》
「疫病神が憑いていたんじゃ、事故で死んだっておかしく無いだろ」
《いいや、君が飲酒運転しなければ死なずに済んだ話だからね》
「うぐぐ……」
この一言に反論が出来そうに無い。
目の前にいるイルデストが何者かは解った。
しかし、病院では無さそうな部屋の床で寝ていたのは訳が解らない。
《この部屋は……、そうだなあの世と言えば理解出来るかな?》
「あの世? 死後の世界って事か?」
《そうだ》
「どうにも三途の川や、亡くなった親類が迎えに来るという話と大分違うように思えるぞ?」
腑に落ちない状況に俺は途惑うばかりだ。
《そんなの、人から聞いた噂話に過ぎないだろ?》
イルデストに言われればその通りかもしれない。
死んで脳死になれば、すべての思考機能が停止するから『無』になるという話も聞いた事が有るが、 それだって誰かの体験話では無いだろうし。
考えれば考えるほどイルデストに反論出来る知識も言葉も無い。
「つまり、イルデストが俺のお迎えって事か?」
《いいや。 僕は君を何処にも連れて行かないよ。 君が僕を連れて行くんだ》
「はあ? 何だそりゃ?」
《だから、僕は君に憑いていると言ったろ》
そうだったのか、疫病神は僕に憑いているだけなのか。
と、いう事はこの先良い人生なんか有り得ないと宣言されたも同じなのか。
俺は思い切りガックリと気落ちした。
《どうした? 落ち込んだりして》
「だって、そうだろ、何処へ行っても疫病神が取り憑いてるんだからよ」
《視野の狭い奴だな、僕だって『神』の内なんだぜ?》
確かに疫病神って神が付いているな。
「ん? じゃあイルデストが俺に神の加護を与えてくれるとか?」
《出来るよ》
「よせやい、疫病神の加護ってなんやねん」
《ふふふ、神の御力を甘く見てはイカンよ》
何やら自信たっぷりな疫病神イルデスト。
疫病神でも神は神か……
考え方を変えれば、俺には神がついていると言えなくも無い。
碌な神じゃないと思うけど。
憑いて離れないという事は、常に神と供に在ると言っても過言じゃないか。
「イルデストは俺の力になってくれるのか?」
《良いとも》
ん?何となく言葉に齟齬を感じるが。
「疫病神が俺を助けてくれると考えて良いのか?」
《もちろん、君を助けてやろう》
疫病神が俺を助けるのか? 嘘くさいったらありゃしない。
《嘘でも何でもないぞ、他の疫病神から護る事も出来るし、敵に災厄を齎す事も出来るのだからな》
ああ、そういう考え方もあるのか。
疫病神ってイルデストだけじゃないって事は理解出来る。
疫病神が味方なら、相手に災厄を与える事が出来るのか。
「そうか、やっと理解した」
《それは何より。 後は君が僕を信じるかどうかだね》
「信じなかったら?」
《汝、神を疑う事なかれだね、君が信仰心を寄せるなら、その思いは僕の力になる》
「まあ、目の前にいるから存在を信じない訳には行かないけど」
《どちらにしても僕は君から離れないけどね》
イルデストの言うには、目が覚めた俺は転生先を選べるらしい。
驚愕した、輪廻転生は本当にあったんだ。
《気持ちの準備は良いかな? 良ければ転生ルームへ案内するよ》
俺はイルデストに連れられ転生ルームに赴く事にした。
そこにどんな神様が待ち受けているのやら。
多少の不安を抱きながら案内される。