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霊鳥の安息地3〜慈悲なき双刃〜

「——胤裔ジェネマ……マンイーター・ジェネマ」

「そうだ。死霊術師ネクロアルサー高位術者アデプト……いや、下手したら魔人級の高位の存在が自らの血肉を分け与えたファンタズマ。低級の心霊術者ファルマキアごときが使役する一個体と同一視していると、こっちも喰われるぞ」

その通りだ。心霊術者ファルマキアが作り出す喰人鬼マンイーターは、何らかの媒体に亡霊を降臨させたいわば傀儡的存在であり、使役者の命令に従うだけで群れることはない。


 だけど、胤裔ジェネマの名を持つ個体は、人間の屍体そのもの……或いは高位の魔族の血肉を媒体として創造された常世乃者ファンタズマだ。個々が意思を持ち、優位個体が群を統率して〝狩り〟を行い、集落を蹂躙。さらに眷属を増やしていくと恐れられた先史に出ずる魔物の一種。


 既に、奴等がこの街を呑み込んでいるとしたら、此処にいる個体数は……

「せ、師匠せんせぇ……質問がありまぁす」

「なんだい?」

「こ、今回の課外授業については、守るべき方々がお亡くなりになっているようなので、そろそろ終わりにして帰ってもいいのかな~なんて……へへ」

そろり、そろり、後ろ足で来た道を戻る。


「ほぉう……私は構わないが、相手方があんたを帰してくれるか怪しいところだねぇ」

「へ?」

「ほれ、背後うしろにお客さんだ」

その言葉とともに、トンッと背中に何かがぶつかった。後ろを見なければという危機感と、見たくないという拒否の感情が入り混じったのか、先程の少女の様に首がギギギと音を立てて、ゆっくりと背後に回る。そこには——


〝あぁ……ahaa〟

臓物を食い散らかされたにもかかわらず、動く屍体。生前の面影はなく。満ちる事のない食慾に支配された悪魔がそこにあった。


「キ——————」

言葉が詰まる。手にしていた照明器が掌から離れ、地へと落ちる。音は聞こえなかった……そう、その時には、全てが呑み込まれていたから。



「キィッショォォぉおイんンン゛ッ————」

私の声に。


 視界を覆う程に左右に広がった肋骨が、私の叫び声を合図に一気に閉じ始める。同時に私もまばたき、自己防衛本能に身をゆだねた。

 右手から照明器が離れたのが幸いだった。左手に残っていた御杖メイスの存在がより一層強く感じられ、迫る大顎よりも早く、自由になった右手を御杖メイスに添えた。そのまま、流れる様に左足を軸に半時計周り。

 丁度その辺りで、肺の中の空気が空っぽになり、ギリリと歯軋り。ほぼ一回転したところで、右足を大地に穿ち踏ん張った。歯の隙間から、空になった肺に再度空気が取り込まれて、遠心力を受けた御杖メイスに力が伝わったかと思うと——


「————ですけッ」


 先ずは、肉。

 おそらく右わき腹。

 次いで、骨。

 左肋骨、脊椎、右肋骨、そして最後に——肉を打ち砕き皮を突き破る感触を得る。

 次に瞼が開かれた時、既に、視界の中に喰人鬼マンイーターの姿はなく、肉塊と化したソレが視界左方向に吹き飛んでいくのが見えた。


「どォォおおお゛————————ッ!!!」


 けれども、口にしていた言葉は止まることなくその場に爆発していて……


「——ぶふぅはァッ……はぁッ!」


「相変わらず馬鹿力だねぇ……だがまぁ、それでこそ連れてきたかいがあったってもんだ」

「ひぇえ……最悪ですよぉッ!」

抗議する。この人、絶対こうなるって解ってた!


『Gyee————愚カナッ……素直ニィ、我ラノ眷族ト成レバ良イモノヲッ!』

「御免だねぇ……臭いんだよ、あんた等」

「ちょぉッと! 挑発しないで下さいよォッ!」

もう一回抗議する。たぶんというか、絶対に言う事聞かないとは思うけど、抗議せずにはいられなかった。


『カカッ! にえノ分際デェ、我ラヲ侮辱スルカッ!!』

『gha! gyee!!』

『syhaa——ッ』

「ほらぁ……言わんこっちゃない!」

優位個体と思しきあの農婦の個体だけでなく、周りに控えていた群れも一斉に騒ぎ出し、群れから四つの影が動いた。一つは高く跳躍。もう一つは滑るように地を這った。次いで、二つの影が左右に別れる。


 アビーも動く。片手を塞いでいたオイルランプを上方に放り投げた。自由になった両手で馬車から持ち出した袋筒を掲げ、袋口から覗く十字の柄を右掌で掴み抜き出した。

 顕わになるアビーの得物。十字架を思わせる一本の諸刃の直剣。このモノクロの世界の中で純白の輝きを放つ長剣サイフォス


『gheghe!!』

影は、声を上げた。「その様な細剣一本で何を成すか」そう嘲笑するかの様に。そして、軌道を変える。彼等の行動は野蛮ながらも合理的で狡猾であった。獲物の動きに合わせて其々が動きを変える。

 跳躍し、上方からの襲撃を企図していた個体は急転落下し、再度地を蹴り彼女アビーの背後へ躍り出る。地を這う影は直進。残る二体は変わらず側面を獲り——アビーを挟撃する。


 彼等の黒き瞳に映る獲物が握る武器は一本。そうであれば、多方面、異方向からの同時攻撃には対処できない。そう判断したのだろう。

 対するアビーは左右の影に目配せ。ふッと短く息を吐くと、長剣を握る右手の手首を返してぐるりと一度回し。大地に向いていた切っ先が天を仰いだ。そして——


「起きろ白き剣(デクスサイフォス)……我が欲動オレキス、叶え給え——」

クロスガードを口元に寄せて、軽く口づけた。


 

 〝うぁ——〟



 唸る——空気だ。

 永い眠りに落ちていた獣が、意図せぬ目覚めに憤り咆哮を上げるかの如く。

 名を呼ばれた白剣の刀身が怒りに打ち震え、周囲にある万物を圧したのだ。空気は爆ぜ、草花は散り、つぶては砕ける。


  骨がッ……軋む——ッ!?


 その力の前に例外はなかった。わたしや、人の屍体から成る喰人鬼達も分け隔てなく影響を受けた。迫る四つの影も、その力を恐れ急止する。


 これら統べてが圧し潰れるまで、僅か数拍。そして、その時であった……洋灯が地に落ちたのは。


 小さな火種を包む丸い硝子製のオイルタンクは、地面と触れた途端、氷が熱で溶かされるように爆ぜた。

 飛散する鏡面の如き数多の欠片に、人外の視線が降り注がれ交わると、その交点にて、錆びた口金で阻まれていた白炎はくえん灯油ともしびあぶらが熱い抱擁を交わす。

 立ち昇る大きな火柱。二極の双月以外が放つ、新たな灯は産まれ、其れが、皆に影を与えた。


 刹那、紡がれる謳歌おうか


主よ(キュリオス)——我らは御使い。汝の意思を代行する者也〟


 謳う。神の使いを名乗る存在が。


〝暗きとばりが堕ち、幽世かくりよものども溢れるならば、世を照らす光となろう〟


〝群衆が闇に心奪われるならば、右掌に掴みし慈悲無き刃を、今振りかざさん〟


 火柱も大きく揺れ踊り、めでたき謳歌おうかこえに酔いれた。


しかして、神々が定めし神法が我らの自由を奪うならば…………〟


〝左掌に秘した燭影しょくえい神々(きさまら)むしばむと、忘るることなかれ〟


 剣が鳴く。当然だ、と言わんばかりに刀身を震わせ火柱の灯りに影を躍らせた。


 〝なれば、我々……新しき生命(ザオ=カイヌス)が汝等と交わせし唯一の誓約を、再度いまいちど、此処に刻もう〟


 〝————在るが儘に(エレウテリア)ッ!!〟



 詩は終わり、白剣デクスサイフォスは己が影とともに嗤った。

 燃ゆる白炎の踊りか、それとも神に仕えし身で神を討つとせんじた愚か者の姿にか……いずれにせよ、それまでの猛りは治まり、爆ぜたオイルランプと残火以外は、全て元の状態へと戻っていた。



 長い……静寂。



 にじり……先に動いたのは、四つの異形の影であった。

 沈黙に耐え切れなかったのか、それとも目の前の白剣握る神使を危険とみなしたのかは定かではない。おそらくは後者。誰よりも近い場所で彼女の威を受けたのだ。

 ただ、明らかになったのは、それが……その選択が、愚策だったということだけであった。

 前後左右からの同時挟撃。いや、右側面の個体が飛び出した。アビーの右手に握る刃に自ら突撃。身に刃を食い込ませ、白剣の動きを封じた。


 ——獲った。


 そう思ったのか、笑いを堪え小刻みに体を震わせ、ゆっくりと面をあげる。恐怖に染まった人間の顔を眺めた後、仲間と共に食事を取ろうとしたのだろう。だが——


「終わりか?」

ニタリ、嗤ったのは……アビーだった。喰人鬼は正にその時、生前の感情を取り戻した。だが、その顔が恐怖に染まる前に、本体もろとも罰印を刻まれ四分割されており、未だ彼女に到達していなかった三体も、奇声をあげる間も無く同じ姿へと成り果てる。


 到底、人の目では捉えられぬ剣撃

 人外の亡骸を見てわかるのは、四体に対し二回づつ、合計八度の剣撃が放たれた事である。


 何故だ?


 喰人鬼の群れがざわついた。捨身で白剣を封じた筈だと、その一体だけならまだしも、残りの三体も同様に討たれたのはどうしてだと。騒ぎ出す。


「騒ぐな。そもそも誰が……得物が一本だと言ったんだ?」

その喧騒をぴしゃり、アビーが止める。


 腰元で両腕をクロスさせ、剣撃の残心示す彼女の姿に、違和感。

 そうだ。何時から在った?

 影に溶けるような……否、影そのものではないのかと疑う程の黒い剣影けんえいが、左掌に収まっている。形状、寸尺、何も白剣デクスサイフォスと同様。正に影と言える黒い長剣。


「初めて見た。あれが……黒き剣(レヴォハイド)

白き剣(デクスサイフォス)と対を成す実体なき反骨の刃」……ごくり、喉が鳴る。神魔を喰らう二つの刃に身が震えた。


 ん? そう言えば、看過出来ない点がもう一つあった。


「というか——巻き込まないで下さいよッ! 後少しで、私も轍に残る蛙みたいに潰れるところだったじゃないですかァッ!」

抗議、本日三度目の抗議である。


「はいはい、文句は懺悔ざんげ室でベシャリな。取り敢えず、背中は任せたよ」

「……切らないで下さいよ?」

「避けりゃいいじゃないか」

……これは、本気マジかも。背中に恐怖を感じながらアビーに駆け寄り、互いに背を預ける。


「さて……喰人鬼達おまえらには問いたださなければならない事が山ほどある。もし、自ら全て打ち明けるというなら、優しく浄化してやらんこともないが……どうする?」

優位個体である少女の形を模した喰人鬼にアビーが尋ねた。その返答、当然——


『——図ニ乗ルナヨッ! レッ、髄モ遺スナ! 奴等、眷属にスルマデモ無イワッ!』

『〝◽︎》〟〝◽︎∠〟〝◽︎†〟』

『——〝hhh〟!』

騒ぐ亡者。交渉は決裂だ。


「あぁ……生ハムぅ、食べたかった……」

「たく、こんな時に食いモンの話出来るとは……大した心臓タマ持ってるよあんたは」

「あのぅ……ちなみに、私達の生死の見込みは如何程?」

「そうさねぇ……小規模な街とはいえ、五百は住んでただろう。当然援軍は来ない。本来なら陽の光が出れば奴等は活動出来ない筈だが、今は双月が空を支配している」

「と言う事は……」

「喜べ、時間無制限の殺し合い(デスマッチ)

「…………」

「若しくは祈りな。誰か、黒白の刻を打ち砕いて下さいってな。ま、これはあり得ない選択——」


「あぁ——神様神々様神ガミガミ様、どっかの小国で祀らわれているナントカ様、私たちに奇跡を授け給えぃ——」

アビーの無慈悲な宣告を無視して、私はひたすら天に祈ったのである。

【人物情報更新】

◯マリス・ステラ

 ザオカイヌス正教の神従者シスター。食いしん坊、妄想癖、脳筋馬鹿力。

 得物は御杖メイス。圧倒的な膂力をもって振るわれるソレは、もはや術式執行の増幅装置ではなく、ただの鈍器である。


◯アビー・ブラックウェル

 ザオカイヌス正教の神使みつかい。マリスの師匠。横柄な態度、荒い言葉遣い、強面。得物は、黒白の双剣。

《白き剣[デクスサイフォス]

 実体を有する破魔の刃。十字架の様な形状。

《黒き剣[レヴォハイド]

 実体なき反骨の刃。白き剣の影。


【用語解説】

喰人鬼マンイーター

 文字通り、人喰い鬼。人の皮を被り、成りすまして誘惑、甘言、油断させ襲い掛かる。

 死霊の一種で、各国では禁じられているが死霊術者などが死者を媒介に創ることが出来る。

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