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導きの碧き星1〜希望丘〜

【Date】

黒白暦326年、第四月(風鳴処イル・アニマの月)21日(黒白の刻より5日前)

【Location】

アルビオン王国・港湾都市キングス・ポート

 紺青ディープブルーに色づいた広大な海原を背にして、弓のように弧を描く海岸線。大きな帆を複数備える大型貿易船が、いちいち数えるのも億劫になる程、都市の港に多数出入りし内湾を占拠していた。

 そして、整備された近代的な港から都市中心部へ真っ直ぐに伸びる石畳の大通りでは、様々な人々が行き交い、物珍しい異国の貿易品が次々と運び込まれ、都市は賑わいを見せている。

 それを統治するのは、生命を司る”始神(アルケウス)”より王権を賜ったとされる英雄アウレリアス卿が建国せしアルビオン王国、その玄関口の一つ——港湾都市キングス・ポートだ。


 その巨大な港を見下ろすことができる都市郊外の丘、希望イェルピスの名をつけられた場所には、聖血十字を掲げるザオカイヌス正教の支部である、ここ「カリス教会」がある。

 

 薫風が、頬を撫でた。海から吹くそよ風が、潮の香りをその場へ運んだのだろう。少し乱れた髪をかきあげ、足元に視線を落とすと、童子の様な無邪気な風の精が芝生を駆け抜け、庭先に干された幾つもの純白のシーツをパタパタとたなびかせた。揺れる白布が天上から差す太陽の光条を返し、きらめかせる。


「そよ風も遊ぶか……今日は洗濯日和——」


〝——クスクス……〟


 不意に、風が囁いた。

 その刹那、再度また、風の精が足元を駆け抜ける。


 悪戯な風が、黒地に白いサイドラインが走るワンピースタイプの聖服をはためかせたかと思うと、右太ももまで大胆に切り込まれたスリット部分を軸に、スカート部分がふわりと膨らんだ。


「…………破廉恥な風ね」

見れば、風の精がこちらを手招き。遊びたがっているのだろうか? ならばと、誘われる様に足元を駆け回る風の精を追った。

 風に乗るようにクルクルと身体を回し、風の精と戯れるように緑の上を舞う。刻むステップは速く、鋭く。しっかりと加重し、容赦無く踏みつける。地面を抉るヒールの先が狙うのは、足元を駆け回る小煩こうるさ精霊ハエ

 そこでようやく気付いたのか、風の童子の顔つきが汗ばみ「この女、るつもりか」と言わんばかりに青ざめ始めている。しかし、もう遅い——


「ほぅら……捕まえたぁ」

にたりと口元を歪ませて、ズンッと、踏みつけた風の精に笑いかける。


「何でこうなったか分かるぅ?」

優しく問いかけると、童子は必死に首を横に振った。


「——お前が調子乗ってスカート捲りすっからだよッ」

〝————ッ〟

悶え、苦しむ精霊が足掻こうと何かうたいはじめるが——


「遅いッ——失せろ、風災の種よ(ヴァン・アエリアルズ)

風が哭いた。断末魔の如く風切り音を響かせて、とても言葉では表せられないような表情を浮かべた鳴き声の主は、虚空へと消えていき……周囲が、締め切った小部屋のように無風となった。


「ふぅ……」

と、一息。気持ちいい。なんて素晴ら——


「——あべッ!?」

不意に干竿から外れた一枚のシーツが、その場で悦に浸っていた私に覆い被さり、視界を奪う。一瞬よろついた所で、足下に置いていた洗濯カゴに足をとられ、シーツに絡まるように倒れこんだ。


「あいったッ〜……何なのよ、もう!」

あの精霊共ヤロウども、最後の最後でしょうもない足掻きをしやがったか? 心の中で舌打ちし、目の前を覆うシーツの切れ目を探す。


「シスター! シスターマリス 何処に行ったの〜?」

と同時に、教会が位置する方向からトタトタと足音が複数聞こえ、幼い声が私の名前を呼んだ。多分、教会の日曜学校に来ていた近所の子供達だろうと当たりをつけたところで、これ幸いと助けを求め、声を上げる。


「ムムゥ〜、ムムゥ、ムムゥ、モフケテ(助けて)〜!」

声をあげながら足音のした方へ這うように移動する。自分でシーツから出ようとしたものの、どこかに引っかかっているのかどうにも上手くいかない。だから、子供たちにシーツをとってもらえば万事解決という訳だ。


「あ、声が聞こえたよ? 多分、こっちに——ヒィッ!!?」

だが、幼子達は悲鳴をあげた。


 何だ、何が起きた?

 いや待て、よくよく考えればそれも仕方のない事かもしれない。何故なら、彼等の目の前にあるのは、白く蠢めく人為らざるもの。それが理解出来ない言葉を発し、地を這うように近づいてきているのだ。


「うわぁッ! 常世乃者(ファンタズマ)だ!」

「シスターが食べられちゃった!?」

幼子達の足音が悲鳴とともに散り散りに離れていく。よりによって常世乃者(ファンタズマ)と見間違われるとは。


()ッフェッ!」

慌てて声を上げるが、口にシーツが入り込み上手く発音できなかったために、幼子に私の想いは届かず、片手を前に伸ばしたことでバランスを失い、地に伏せるように崩れ落ちた。


「うぅッ……非道い」

神よ、敬虔なる信徒であるこの私になんたる仕打ちか。もしかしてあれか? 昨日昼飯を食べた後に居眠りをして、祈りを捧げることを怠った事がいけなかったとでも言うのだろうか?


 しかし神よ、聞いて欲しい。私が眠くなったのは、信心浅かったからではない。胃の中の食物を消化しようと体内の血液が胃に集中した結果、脳内に回る血液が急激に減少して……え~ッとぉ……そう、なんだかが云々カンヌン眠くなるという話を神学校の伝教師がしていたのだ。つまり、生理的現象であって——


「全く……何をしてるんだい、あんたは?」

神に想いを訴えるため、聞きかじった知識をフル出動させるとともに、思いっきり目をつぶり、何とか涙を絞りだそうとしている最中、聞き慣れた張りのある女性の声が耳に届いた。


 あ、やべ……


 目尻に集まり始めた涙は引っこみ、代わりに額から冷や汗となって溢れてくるのを感じて、どう言い訳をしようかと思考を巡らせる。

 しかし、抵抗虚しく、ベストなアンサーってヤツが浮かび上がる前に、体に纏わりついたシーツが声の主に引っ張られたようで、幸か不幸か私の身体はシーツの外に放り出された。視界に透き通る青空が飛び込む。


「あはは、神師アビー様……どうもぉ」

上空に広がる青空から、目の前に立っていた妙齢の女性に視線を移した。肩から足元まですっぽりと覆う黒と白を基調にした聖服にスカプラリオ、左胸には鮮血色に染まる十字架が印章されている。十字の左側が鋭く伸びる、教会と同じ聖血十字だ。

 頭に被った黒のベールから銀髪が覗きキラキラと風に揺れ、その奥にある瞳はこちらに厳しい視線を投げている。もしかしたら……まだシーツの中にいた方が良かったかもしれない。


神徒者シスターマリス・ステラ、あんたには洗濯を頼んだはずだけど、どうやったら白いシーツが泥まみれになるんだい?」

そんな風に後悔している私に向って、カリス教会の責任者である女性神師アビー・ブラックウェルが私の名前を呼び、疑問を投げかけた。その手には先程私を襲ったシーツが握られ、所々茶色く汚れている。


「いや〜これにはぁ、そう! 色々と事情がありまして、へへ」

一体、何と説明すれば納得してもらえるのだろうか? 無理矢理笑顔を作ったために顔の表情筋が引きつる。私だって、汚したくて汚した訳ではないのだ。


「あッ! シスターマリス見っけ!」

「本当だ! 生きてた〜」

アビー神師の後ろに隠れていた幼子達が私の姿を認め、指を指しながらワラワラと近づいてくる……これはチャンスかも。


「えぇ〜いッ! 近寄るな小童こわっぱ共よ! 常世乃者ファンタズマが食べちゃうぞー! がおー」

「うわぁ〜! 出たー!」

これ以上アビー神師に追及されぬよう、幼子達をだしに使って離脱を図る。私は子供の遊び相手になっていたんですよ、じゃあ、シーツが汚れても仕方ないデスよね……的な? これが最善の策に違いない!! 蜘蛛の子を散らすように子供達を追いかけ回す。


「うわぁ〜逃げろ〜!」

キャッキャッとはしゃぎながら子供達が逃げ回る。


 よしよし、後は適当に誤魔化してーー


「恐れるなッ! 立ち向かえ、勇敢なる次代の英雄達よ!」

「へ?」

アビー神師の声が響き渡る。


「ハリス! エミリー! それを掴んでこっちに来い!」

何事かとそちらを見やると、逃げ惑っていたはずの子供達はいつの間にか彼女の前に集い、手に手に荒縄を握っていた。嫌な予感がした。荒縄の行く先を目で追う。すると、荒縄は地面を這い、いつの間にやら私の足元に巻きついて……て、何ィッ!?


「よし、引けぃ! 化け物をひっ捕らえろ!」

「せーのッ!!」

「あわわわ……待っ——」

ビンッと荒縄が直線となり、私の足をアビー神師の方向へ引っ張った。その勢いでバランスを失い、身体が再度地面へと崩れ落ちると、ズルズルと元の位置へ戻される。


「待って待ってッ! ちょっと待っ——」

必死に両腕で地面から生える短い芝生を鷲掴み抵抗する、が——


〝ガシィッ〟と、そんな音が聞こえてきそうなほどに、強く足首を何者かに掴まれる。ゾワッと背筋が凍り、恐る恐るうつ伏せのまま後ろに視線を向けた。


「やぁ、神従者シスターマリス、お帰りなさい。いや違うな、確か……常世乃者ファンタズマだったか? なら仕方ない、退治してやらんといけないなぁ」

アビーが拳を握り指の関節を鳴らした。


「ヒェェッ! ウソウソ、冗談ですって!」

「……神従者シスターが、嘘をついてぇ……どうすんだ馬鹿者ォッ!」


「ンァア゛ッ——!!」

そして、肉と肉がぶつかり合う鈍い音とともに、発情した雌豚の嘆きの様な叫び声がキングス・ポートの上空に木霊したのであった。

用語解説

黒白暦ジ・アクロ・セレーネ

 一年を385日、一月を24日として、第一月から第十六月までを定めた世界共通の暦。一年に一日だけ、双月が昇る日を空白日と呼ぶ。

 純白の月と漆黒の月が相見える日、二つの無色が交わりて世界を煌々と照らし、色を奪う。モノクロの世界が示すのは終わりと始まり。


◯アルビオン王国

 大陸西方に位置する大小複数の島々からなる海洋国家。始神アルケウスから王権を賜った英雄アウレリアス卿が建国した。

 また、アルケウスを信仰するアウェス教が国教に定められており、教皇と枢機卿団が政治への介入を強めている。

《国章

 有刺植物クラテグスを背景に、36対の両翼広げ立ち上がる金獅子が意匠されている。

《国政・軍事

 神魔戦争の折、アルケウスが致命を負った14の傷と同じ場所に聖痕を宿す聖人達が実質的に国を動かしており、これら十四聖人それぞれが自身の管轄区域を管理している。


◯始神アルケウス

 神魔戦争時代における生命を司る神族。


◯アウレリアス卿

 異邦人と行動を共にした英雄の一人。


○港湾都市キングス・ポート

 推定人口20万人。アルビオン王国本島南東側に位置する港湾都市であり、自由経済特区となっているため、各国から貿易船が来航し人材、資源が行き交わる。

 一方で、軍事的要地でもある。都市北方……王都へ至る道は険しい丘陵地帯となっており、其処にそびえ立つ砦からは港を含む海岸線が一望できる。また、港沖合にある孤島には軍港が設けられ、南東側に位置するアークレシア大陸を睨んでいる。


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