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人形達の捧歌2〜魔神の巣房〜

「————来た」

声が響いた。愉しい、と感じる己の心がまるで童子の様ではないかと自嘲しながらも、漏れ出る笑いが止まらない。儀式の最中、己の意思が強く()()に影響したが、それも致し方ないというもの。


 この刻を、どれ程待ち侘びた事か……

 

 黒装束に身を纏う数多のレヴォルテ派神官(エヴァンジェリスト)、その中でも選別された中央聖庁の高官らで構成される混声合唱隊が紡ぐ——無伴奏二十四部混声合唱〝我が望み、甘き死の下、汝と共に〟

 その調べが最終節に至り、混沌に捧げし二十四の命の灯火が闇に呑まれた。ずぁり……色が失せる。目の前にかざす、血の通う左手の指先から抜け落ちる様に赤みが消えて、黒白が世界を呑み込み始めた。


Di() Acro(アクロ) Minas(ミナス)——刻は来たれり〟


 異なる旋律を奏でる歌声が、一斉にその最後のうたを紡いだ。ねとつくような静寂が、辺りを包む。いつまで、そうしていただろうか。一刻か或いは一日、はたまた一拍か?

 その問いかけの答えが生じる前に、そのような自問に意味はないのだと結論づけて、ようやく自身がほうけていたのだと覚知した。

 辺りを見回す。皆が皆、光悦な表情を浮かべるか、歓喜に身を震わせている。その視線が集うは、正六角形ヘキサゴンの巣房の中央。そこに鎮座する巨大な晶石柱オベリスクから天穹を穿つ一条の光芒が立ち昇っている。


「震えよ光弦イーリス——」

影の一つ……黒い黒い外衣を纏う線の細い男が堪らず声を上げた。顔は伺えない。だが、天に掲げられた外衣から覗く諸手もろての表情……老木ろうぼくの表皮の如く深く刻まれたしわが、彼の者が古老ころうの人物であることを訴えている。


「——き鳴らせ第八音をッ! 我らが……反抗の民(レヴォルテ)こそがッ創造主のいましめを解き、この世界を掌握しょうあくするッ!」

吠える。乾いた枯れ枝がこすれる様に、胸に抱いた万感ばんかんを吐き出さんと、古老が言葉を紡いだ。


〝——そうだ〟


 その場にいる皆が、次々に口を開いた。待ちわびたと、この時を……ひどく永い路を歩み、ここまで来たのだと、訴える様に。


「流石、と言うべきか……これ程の大詠唱をあやまたずつむぎ切るとは」

視線を己の掌から宿願しゅくがんの声を上げる神官達へ移し、言葉を放つ。


「あら、稀有な事もあったものですねぇ……アッシェムント。双頭鷲騎士団(ロクシュトール)、第四部隊の長たる、貴方ほどの者が他者を評価するなど……」

割り入る女の声。身体を内側からくすぐる様な甘い美声が鼓膜を震わせた。くすくすと小さな笑い声が後を追う。


「評価? ふん……彼奴等レヴォルテを評したところで、何が変わる訳でもない」

「あら……成らば、どうして?」

「叶う筈もない願いに踊らされる、哀れな人形達を……」

言って、いつの間にか隣ではべり、妖しく微笑む麗人うるわびとの、生糸の様に艶ある髪へ手指を伸ばしでる。柔らかな髪束は指の間を滑るように遊んでは解けていった。


「……その美しい金糸でよくもまぁ巧みに操ったものだと、貴女を称えたのだが……御意に適わなかったか?」

ぽってりと瑞々しい唇から、再度笑い声が漏れた。白磁はくじのような肌、腰まで伸びる頭髪は黒白の世界にあってもなお、元来の黄金の輝きを思わせる様に煌めく。指から離れ、肩にかかった髪に再度触れて乱れを直す。縁取ふちどりされた上襟うわえりに隠れた首元が覗いた。宙に浮いた指先を肩へ落とし、なぞる様に腕の上を走らせて、やがて辿り着いた華奢きゃしゃな手指を取り優しく口づける。視線をゆっくりと上方へ。


 細隙スリット入りの長裳ロングスカートから覗く、光沢のある編み上げの長靴ロングブーツ。深い打ち合いのダブルブレスト型の外衣。いずれも身体のラインを浮き上がらせる細身のシルエット。ヴェルデ帝国の、女性士官用正式礼装ではあるが、着込む者によっては違う表情を見せるようだった。


「相も変わらず、饒舌なこと」

女の代わりに、右肩から豊よかな胸元に伸びる金の飾緒モールが嬉しそうにチャリチャリと鳴いた。


 肩部の部隊章に浮かぶ刻印ブランドルは〝(アルフ)〟。

 下襟したえりに縫い付けられた階級章は部隊長マギステル

 つまり、この者は、双頭鷲騎士団の第一部隊『空虚な支配者(オーディリークス)』を統べる人物——


「——〝貴女グルヴェイグ〟の前では、万人の男がその輝きに魅せられて、賛辞の一つでも送りたくなるさ」

「クス……身に過ぎた言葉で恐縮ですが、それは本当に貴方の言葉? 或いは誰かの言葉を代弁・・したものかしら?」

「おっと、これはこれは……何のことやら」

核心を突かれる。少し、舌が調子に乗ったやもしれぬと、視線を逸らすと——


「乳繰り合うのは、後にしてくれや『代弁者フォークト』の旦那」

視線の先で〝(ベェト)〟の影が動いた。見上げる程の巨躯が不自然にも音も無く現れて……


「舞台は整った……我等の歌劇の幕開けにふさわしい序曲を、そろそろ聴かせてもらおうか」

次いで、〝ⅩⅢ(メム)〟が更に言葉を重ねる。光弦イーリスが作る深い影から、累々(るいるい)と影が浮き出し始めていた。


「……あんだぁ、オイ? 指揮官級(クラス:ドゥクス)で集まったのは此れだけかよ」

一際大きく、無遠慮でガサツな声が辺りを包んだ。


 そこでようやく、ハッと自分達以外の存在に気付き、神官達が驚いたように振り返り此方こちらに視線を寄越す。それを、凍てつくような〝ⅩⅠ(カフ)〟の眼光が貫くと、皆一様に動きを止めた。否、体を動かすという意思を奪われ、文字通りその場に凍り付く。


「いや、賛同者はまだいるが……元々が、まとまりのない面子メンツだ」

仕方ないだろう、と付け加える必要もなく先の声の主はため息を吐き、あきらめの表情を浮かべる。


「……〝(ヘェト)〟の飼い犬……人狼モルジヴァーグはどうした? 先にこっちに来てたんじゃねぇのかよ?」

「あぁ……彼なら、裏切者とやらを追っかけまわして、今頃お楽しみ中だろうさ」

「な、なんだッ御前らは!? いつかりゃ——ぁ?」

「騒がなぁいのぉ〜」

たまらず漏れ出た神官の声を、間延びした女の声がかき消した。揺れ動く〝ⅩⅧ(ツァディ)〟の影が声を上げた神官の背後から出でて、指先でその者の頬をなぞると、人の関節を無視したようにあらぬ方向へ一回転、神官は断末魔を上げる間もなく絶命した。その影の奥には、人外の狩猟団が蠢いていたが、姿を現したのはうら若い娘であった。驚愕と恐怖に満ちた喘ぎが神官達から漏れ出した。


「オォイッ! マリュティノスッ! 何、人様の獲物に手ぇ出してんだよッ!」

うっさッ……相変わらず鬱陶しいわ~」

「アァ゛ッ?」

「——御両名、折角こうして皆が集まったのだ。少し落ち着かないか。神官達かれらも見当がつかない様子であるし……」

今にも衝突しかねない様子で騒ぎ出した二人をいさめ、晶石柱オベリスクを囲む神官達を横目に見やる。


「その刻印ブランドルの肩章……双頭鷲騎士団(ロクシュトール)ッ」

神官が声を上げた。


「だとして……何を御慌てになる必要がある? レヴォルテ派中央聖庁の皆々様。そして——教皇たるダンクヴァルド猊下」

神官達の最後方。先の古老を見据えて問い掛ける。


「——アッシェムントッ! 貴様いつから、いつから気付いていた……いつの間に此処にッ」

「いつの間に? 最初から此処にいたではないか。貴方方の後ろでずっと、詠唱展開の儀を見守っていたが? それに……いつから? 破ッ! それはまさかとは思うが、貴方達が神魔封印を書き換えようと動いていた件について、か?」

「——ッ!? 知っていて、今迄泳がせていたというのか……」

此方の意図が掴めない。そんな風に声を上げ、歯ぎしり。こちらを睨んだ。


 其れもそうだ。ヴェルデ帝国の意向に沿わぬレヴォルテ派の独断による封印解放の儀の現場を押さえられたのだ。そもそも、ヴェルデ帝国による新大陸アイデアル踏破・遺跡調査の目的は、神魔解放ではなく、他国に対する抑止力たり得る古代兵器(アルト・ヴァッフェ)をヴェルデの管理化に置く事にあった。其れを把握していて、皇帝カイザー直下の双頭鷲騎士団の面々が、何故止めなかったのだと……ダンクヴァルドの顔が歪む。


「——オぉイ、オイオイオイッ! 此奴ぁ、ご機嫌だぜオイ! この爺さん、気付いてねぇのかよッ」

第十一部隊『拷問官ウアティール』の部隊長オルクスが堪らず声を上げた。


「ふむ、そのようだ……グルヴェイグ、そろそろ教えてやっても良いのではないか?」

「……可哀想。もう少し、歓喜の余韻に浸らせて上げても良いのに」

そう言いながらも、グルヴェイグが両腕を広げて……美しい指先が可憐に宙を舞った。途端——


 ——踊る、糸操り人形達(マリオネット)


 神官達の身体が、己の意思とは関係なく踊り出す。其れこそ、拙い街角の人形劇のように、カタカタと関節を必死に動かして、尚も踊る。


「か、身体がッ 勝手に!?」

「馬鹿なッ!」

次々と驚嘆の叫びをあげる。


「今の今まで、大変ご苦労であった。貴方方のご尽力された今次のはかりごと。それによって、我らはようやくこの地へ降り立つことができるだろう」

「まさか——貴様等ァッ! 神魔に身を売ったのかッ」

「身を売った? 破ッ……御冗談を。 己に己自身を売ることに何の意義があるというのだ?」

「己自身……だと? ——よもや、そこまで来ていたというのか」

「おや、猊下ほどの方が御気付きになっていなかったとは……。えぇ、そうだとも。()は我らの内に有り。我らの声に従い、悪魔われわれが触れ得ぬ封印を解いた功績……貴方方でなければ成し得なかっただろう。誇ってくれ」

呆然とする神官達へ手向けの言葉を贈る。


「最初から……最初から、我等の意思は関係なかったと? この望み、レヴォルテという存在そのものすらも、貴様らに造られたモノだったというのかッ!?」

「おや、漸く解に至りましたか」

金糸を操るグルヴェイグが微笑み、告げた。


 そして、喜劇は始まる————


「la——dadada♪……lala——♬」

奏でられる旋律メロディー、紡がれる台詞。演者は、夢を目前にして散りゆく二十四の人形達。


「……あら、演者が足りませんわ」

「あぁ……マリュティノスが一人壊してしまったか」

ごめーんと、当人が舌を出し手を挙げる。


「でもでもぉ、地上の生贄どもは全部私が狩ってきたんだから、帳消し(チャラ)だよねぇ」

「ふむ、ならば私が……悪魔われらの声を代弁しよう」

「ふふ……では、お願い」

「さて……喜べ、諸君————第一幕は、今開かれた」

集いし双頭鷲騎士団の面を見て、私はそう宣言した。



*****



〝何を、望む?〟

悪魔が言った。


人形達は跪き、主人役が進み出る。

〝果てのない混沌を、白を飲み込む漆黒を〟

〝快楽がもたらす甘美な時を、永遠より長く味わいたい〟


〝主を、憎め〟

悪魔が言った。


〝主が憎い〟

人形達が答えた。


〝ならば、殺せ〟

悪魔が言った。主人役の人形が壊された。


〝真実は、語るな〟

悪魔が言った。


〝其奴は嘘をついている〟

人形達は嘘をつき、一体を指差した。


〝私は嘘をついていない〟

指された人形が、真実を語った。


〝清いかな。褒美をやろう。誰か、この者に永遠とわの眠りを〟

悪魔が言った。指示された人形は壊れてしまった。


〝喉が、渇いた〟

悪魔が言った。


〝おお、ならば我等の葡萄酒を。しとどに溢れる紅き雫を〟

人形達の左親指の付け根から、紅い紅い血は流るる。


〝互いを、求めよ〟

悪魔が言った。


対者たいしゃが足りない〟

人形達が口を開いた。


〝ならば、奪え〟

悪魔が言った。

幾つかの人形が、潰されてしまった。


〝共々、犯せ〟

悪魔が言った。

人形達は声も出さず貪るように身体を重ねた。


〝腹が、減った〟

悪魔が言った。


〝おお、ならば我等の脈打つ心臓たねを。たぎ生命いのちの味わいを〟

人形達は、生きたまま己の爪で腹を裂き、未だ拍動する心の臓を天に掲げた。


 魔神がかえる。

 捧げられし心の臓を胤にして。

 白金比の巣房の中で、数百余年の時を経て。

 

 

『『『————神を、殺せ』』』

我等の内で胎動せし、混沌カオスの胤は、其々の口でそう言い放ち——二十二の悪魔は再び此の世に産声をあげた。




*****



〝成る程……肉体を得るというのは、かような感覚か〟


 ニタリ——三日月が、再度妖しく浮き出した。


「ひゅッ——ひぃ、ひゅ」

喘ぐ。血の海で。


「き………さまら、一体……」

そして、己の血流でおぼれながら、その者は言葉を紡いだ。


〝おぉ……猊下このモノは、二つの心臓を有していたか〟

胸部に穴を穿たれ、血の海に伏せる古老を揺れる影が見下ろした。そして、ゆっくりと右の掌で頭部を鷲掴み、軽々と持ち上げる。


〝知りたいか? ならば、教えよう〟

握りこまれた掌の中で、知恵を得た禁断の果実——柘榴マリュスは熱い飛沫と共に爆ぜ、断末魔を響かせた。



〝我等は————魔を統べし者(ディアラウス)


用語解説

◯ 双頭鷲騎士団

《第一部隊

 統制機関『空の支配者(オーディリークス)

 隊長:金糸鷲グルヴェイグ


《第二部隊

 戦闘兵団『斧槍塚ハルベルトバトル

 隊長:角牛の化身(ヴィルダー)


《第三部隊

骨接の巨人(フリッケン・イェーテ)

 隊長:灰覆卿アスカー(内戦時死亡。後任は未だ不在)


《第四部隊

 諜報機関『代弁者フォークト

 隊長:死者の守護者(アッシェムント)


《第八部隊

 防諜部隊『追跡者ヴェルフォルガー

 隊長:戦狼ヴェアヴォルフ

 副官:幻狼ヴォルフトルート

 中隊長:人狼モルジヴァーグ


《第十部隊

 異端審問機関『双天秤アーナルスケール

 隊長:法の番人(エヴァルト)


《第十一部隊

 懲罰執行部『拷問官ウアティール

 隊長:生死の選択(オルクス)


《第十三部隊

 司法省『灰の枝(アスクテイン)

 隊長:再生者レナーテ

 副官:不死者アタナージウス


《第十八部隊

 征戦部隊『狩猟団ユールレイエン

 隊長:獣を導く者(マリュティノス)

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