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原典2〜封ぜられし者

 時間が無い——ヴェルデが神魔解放を目論んでいるとして、あの場に封じられていた存在は何者なのか……と、そこまで考えて思考が止まる。

 灰ノ国における神魔封印の要は、総府の機関によって何人も近づけぬように封じられている。それは封じた存在の名と共に、決して解いてはならぬ封印なのだと連綿れんめんと語り継がれてきたからだ。


 ならば、この場にある晶石柱は一体なんだと言うのだ。ヴェルデが見つけなければ、おそらく、この数百年間誰にも感知されず忘れ去られたであろう場所に鎮座していた。異邦人が敢えて伝えなかった?

 つまり、封じられていた存在はそれ程の……いや待て、だとしたら、ヴェルデの連中は如何にして見つけたと言うのだ。全容すら未だ把握されていない新大陸において、この場所を偶然に見つけることが果たしてあり得るのか……何者かの意思が介在していた?


 馬鹿な——仮にそうだとしたら、この場に封じられている存在は、それこそ……


 考えを巡らせながら遺跡内の通路を駆け抜け、途中すれ違った兵士や神官が何事かと呆気にとられながらこちらを見るが、突き飛ばすように除けて遺跡の出口を通過する。


〝Pii——〟

程なくして、甲高い笛の音が遺跡方向から響き渡った。そして、私の後を追うように遺跡出入口から飛び出た兵士が息を切らせながらも警笛を鳴らし、声を張り上げる。警笛の音を聞いた複数の兵士が待機所であろうテントから次々と飛び出した。彼らの視界に映らぬように移動し、テントの裏に身を隠す。


 視野を広げ、音を捉え、気配を気取る。

 後方から哨兵含む3名の怒声、左方から三~四名程か。正面から右方にかけて三名、馬は右前方の茂み……


 ヴェルデの目論見の要であろう晶石柱の破壊が困難となった今、最早この遺跡に留まる必要は無い。親衛隊への潜入事実も遅かれ早かれヴェルデ側に明らかになるだろう。となれば馬だ。新大陸のヴェルデ領から離れ、連絡要員のいる港町まで移動しなければならない。


 視線を前に向ければ、馬のいる茂みまで障害となる物はない。直ぐに目的を更新し、右側に広がる雑草群へ駆け出して、軍馬までたどり着くと、躊躇せず跨って馬のケツを叩き木々が生い茂る森に向けて走らせた。


*****

【三日後……4月24日】


 そうだ、あの後、追跡者ヴェルフォルガーに襲撃を受けて——徐々に視界がぼやけ、意識が覚醒してくる。重い目蓋を何とか開けると、目の前にあったのは茶褐色の天幕だった。


「うっ……ここは? 私は——」

助かったのだろうか、と思い至るも記憶のない場所だった事に驚く。ぐるりと周囲を見回した。どうやら簡易的なテントの中にいるようで、木枠で組まれた骨組みに、天幕と同じ色の布が掛けられ周囲を囲っており、身体を確認しようと視線を下に移すと、薄手の毛布がかけられているのが分かった。


「これは一体……誰が?」

何とか上体を起こそうと力を込めたところで、身体に何かまとわりついている事実に気付く。どうやら直ぐ隣で身体にまとわりついているようで、ソレを確認するため毛布を除けてみた。


「うぅっ……寒い、毛布を外すな」

「は?」

「だから、寒いから毛布をめくるな」

「あ、あぁ……済まない」

言われた通り、毛布を戻す。隣にいたのは……上半身裸の男だった。そして、こちらも全裸で……って!?


「ッ!? な、何者だ貴様はッ!」

ようやく現状をハッキリと認識し、ひったくるように毛布を奪って身体に巻き付け、男から離れる。


「あぁっ、毛布がぁ……っと、おぉ、起きたか」

寝ぼけているのだろうか。先程まで私の隣で寝ていた男が、寝っ転がったまま片手をこちらに伸ばし、そんな風に声を上げた。そして、上体だけ起こすと、大きな欠伸と共に背伸びしながら起き上がりこちらに対面する。

 寝ぼけまなこに、無精髭を蓄えた優男、黒鉄くろがねの如く艶やかな頭髪は、寝癖のためかざんばら髪のように乱れていた。そして、それは当然見たこともない人相で——


「きき、貴様! 一体……何者だ!?」

意図せず、私の口からそんな言葉が生まれた。頭の中では思考回路が絡まり、何をすれば良いのか整理もつかない状態であるのに、身体の方はどうやら冷静のようで、己の羞恥心に従い導かれるまま薄手の毛布をひったくるように男から奪い、シュルリと乾いた布ずれの音を立てて、露出した肌を覆い隠す。

 人肌に暖められたぬくい感触が、両の乳房を中心に触れた肌に広がっていった。そのあたりになって、ようやく脳に一気に回った血流が落ち着いたようで、己が置かれた現状を把握しよう働きだす。


 一体、何がどうなってこんな状況に?

 私は捕らえられたのか……いや、もしそうなら、こんな呑気な男が見張り役の訳がない。じゃあ、此奴は——


「あぁ、俺か……そうだな、盗人と言えばわかるか」

「…………は?」

男のその返答に、一瞬訳が分からなくなった。まるで、雷にでも打たれたかのように……いやまぁ、実際に打たれたことはないが、兎に角、それほどの衝撃だったのだ。先程頭に上った血流が今度は一気に下ったのか、ぐらりと視界が揺れ眩暈に襲われる。


「な、ぬ、盗人……だと? つまりぃ、その、あれか?」

右手で頭を抱えてどうにか男を見据えると、そんな行為に意味はないのに、再度口頭で確認する。すると、目の前の男は立ち上がり——


「そぉ。人様からモノを奪うのが在り方よ」

さも当然と言わんばかりに、口許を僅かに歪ませてそう言い放った。そして「それよりも」と前置きして、


「お前さんこそ、何者だ?」

短く、私に同じ質問を返した。


「……私?」

「そうだ。川で倒れている所を見つけて、金目の物でもあるかと思って近づいてみればまだ息がある。召物とその容貌からして大陸のどっかの軍属だろうから、恩でも売っておこうかと介抱してみれば、口から出た言葉は、まさかの……」

と、そこまで言って男が溜めをつくる。その意図が何なのかわからなくて、答えを催促するように私は思わず聞き返していた。


「まさかの?」

「そう〝ソレ〟だ。まさか、懐かしい島国こきょう言葉(・・)を聞くことになるとはなぁ」

「あッ!?」

しまったと思い口を両手で隠したが、当然、既に私の口から発せられていた母国語が、共通語に変換される訳もなく、むしろ、あからさまな態度を取ったことで、自ら己の出地を暴露したようなものだった。


 此奴も……灰ノ国の民だったのか?

 しかし、何故、こんな所に——


 困惑する私を他所に、男は呆れたような表情を浮かべ、私が灰ノ国の民だと確信して更に言葉を浴びせてくる。


「その容姿でわざわざ他国の軍隊に入っている民となると……まぁ総府の密偵か何かだろう? えらく衰弱して傷だらけの状態で、おまけにとんでもなく濃い瘴気まみれと来たもんだ。察しはつくが……一体、何があった?」

「……」

「だんまりか……」

正確に言い当てられて、言い淀んだ。そして、思う。この男に話しても良いものだろうかと。


 男に真実を伝えて、私に得があるだろうか。冷静に考えれば、失うものの方が多いように感じる。此奴は賊だ。己に益がある行動を取るだろう……最悪、ヴェルデに私の身柄を差し出すということも考えられる。しかし、何故、私は迷っているのだろうか?


「……それを、貴様に伝えたところで何の意味がある?」

心の中に生じた疑問の答えが欲しくて、けれど、自分では見つけられなくて……仕方なく男に尋ね返す。


「あ? 何の意味もねぇよ。ただ、俺の〝欲しい〟という知的欲求心を満たすだけだ。勿論、話しても話さなくてもお前さんに取って意味が無いのは変わりは無いが」

そんな私に、男は少しも躊躇することなく「私に得が無い」と言い切った。その表情は、何を聴いとるんだという呆れたもので……


「ふっ……そうだな。確かに、何の意味も無い」

自分一人だけ不必要に警戒していた事を思い知らされて思わず吹き出してしまう。


 そうか、私は誰かに話したかったのか。と、自ずとその答えを得る事が……いや、認める事が出来て、フッと気が緩んだのか〝グゥ〜〟と、腹の虫が鳴いた。


「——ッ!?」

慌てて腹を抑えるが、一度鳴いた虫は泣き止む事を知らないようで、私の思いを知らずにグゥグゥとなり続ける。カッと顔面の毛細血管に血流が流れ込み熱くなる感覚が、羞恥のために赤面している事実を伝えてくる。


「ハッ——豪気な嬢様だ! そうだな、先ずは飯にするとしようか」

男は気持ち良いほどに大声で笑い飛ばすと、天幕の出入口へ歩みを進め、横幕の布を押しのけるように開いた。明るい陽光が差し込むように中に入り込み、反射的に瞼を閉じかける……が、そこで、はたと気付く事があった。


「お前、その身体の紋は……」

陽光に照らされて、半裸の男の上半身に刻まれた紋様が露わになる。左右両手さゆうりょうのてから腕、背中へ伸びて、上半身をぐるりと絡みつくように描かれた黒の格子模様……蛇の表皮を模したその独特な紋様に、私は心当たりがあった。確か——


「お、分かるか?」

振り向きながら、ニタリと笑う。


「日高見の国に住まう、まつろわぬ民……鉄蛇鬼アラハバキの一族か」

驚いた。こんな所で会うとは思わなかった……しかし、もし、そうなら……


ふん……あの国であれば、誰でも知っているさ。先の時代、鉄蛇鬼が総府と敵対し、破れ、一部は従属を誓い、或いは国を追われて今に至ることくらいな」

半ば自嘲気味に笑みを浮かべながら、男は語る。


 そうだ。神魔戦争の時代……総府にまつろわぬ民として忌避された存在。三日月をかたどる灰ノ国の地。その東北方に位置する日高見の国に住む狩猟民族で、蛇神と山々に住まう精霊を信仰しその力を使役して、優れた製鉄技術を持つ。

 稀に頭骨が変形し角を形成する者を鬼憑きとして崇め、部族の代表として迎えた——鬼人の者達。それが……鉄蛇鬼アラハバキ族を名乗る、まつろわぬ人々だ。


新大陸ここにいるという事は……お前は国を追われた流浪の民か?」

「ま、そんなところだ。あぁ、別に俺自身は総府に恨みがあるわけじゃ無い。別に取って食ったりはしないさ」

「あ、あぁ……そうか。いや、しかし驚いた。こんな所で会うとは思わなかった」

「まぁお互いに詳しい話は、後で交わすとしようか。少し待ってろ、とびきり美味いもん喰わせてやるよ」

嬉しそうにそう言い放つと、男は天幕テントを後にした。ぽかんと気を散らした私を残して……。

【用語解説】

○まつろわぬ民

 皇国の朝廷に従わぬ地方部族の総称。自然信仰アミニズムを基本とした少数民族が殆ど。それ故か神魔戦争に際しては其々が信仰した土地神と共に朝廷と敵対した。


鉄蛇鬼アラハバキ

 歴史からその真名を消された鉄の蛇神を信仰する日高見地方の民族。優れた製鉄技術を持ち、身体に独特の格子模様を彫り込む事で、蛇神の力の一部を使役する事が出来る鬼人。稀に頭骨と角質の一部が変化して、角を形成する者が産まれることがあり、鬼憑きとして、部族の代表に迎え入れられた。

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