表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/44

原典1〜神魔解放の要〜

【Date】

黒白暦326年、4月21日(逃走前)

【Location】

新大陸:ヴェルデ領〜陸送路

 乾いた大地を馬の蹄鉄がリズム良く叩く。その後に複数の車輪が続き、幾つかのわだちを残した。約百余りの兵士で構成されたその部隊は、騎兵隊を先頭に軍馬が引く馬車列が続き、荷台には傭兵を含む軽歩兵が乗車している。

 部隊の最後方、親衛隊が保有する毛並みの良い軍馬の上で上下に軽く揺さぶられながら、私はその馬車列を眺めていた。


 視線を街道の左側に移すと、人の背丈ほどまで青々と伸びた雑草が生い茂り、その先に、急造ながらも巨大な……ヴェルデ帝国の前線基地であるフィルツェーン要塞が見える。

 

 この奥は、新大陸の未踏地、未だ誰も足を踏み入れたことのない未開の大地が広がっているのだ。要塞の背後には新大陸を横断すると言われる超長巨大な「グラン山脈」が寝そべり、山頂部は厚い紫雲に覆われて伺い知ることが出来ない。その紫雲から時折発せられる青白い雷光が、尾根に広がる樹海に落ちて、鳥か獣か「ギャーギャー」と薄気味悪い咆哮が空に響き渡っていた。


 確か……事前資料によれば、フィルツェーン要塞は五辺に大小14の角を持つ星型要塞で、周囲には土塁と塹壕が幾重にも設けられており、敵対国家勢力による侵攻阻止と未踏地から来襲する魔獣へ対応出来るよう、火砲の他に結界の類も仕込まれているという話だ。可能であれば、要塞の現状も把握したいところであるが……


 と、そこまで考えたところで、視界に奇妙な施設が入り込んだ。要塞の手前、小高い丘に複数のテントが立ち並び、忙しなく人が行き交う。その状況だけ見れば、要塞の増改築と判断出来たであろうが、その中にどうにも〝その場にそぐわない姿の連中〟を認めたため違和感を感じたのだ。兵士と土木労務者に紛れて、黒のフードを被り聖服を見に纏う研究者風の者達……おそらくはレヴォルテ派の神官エヴァンジェリスト


 大陸西方における最大宗派アウェス教と対立する反抗者レヴォルテの神官が、教会施設が一つもない新大陸の辺境にいること自体、私には不自然な事柄に思えた。故に、そのまま視線をテント群に向けていると——


「あぁ、遺跡調査の神官達ですね」

視線の反対側、私の右側を並走する騎兵がそんな風に声を上げた。


「遺跡調査?」

思わず興味が湧き、振り返りながら聞き返す。黒い毛並みの軍馬の上で、未だ年若い男が鋭い視線を遺跡方向に向けていた。黒十字が刻印された軽装防具を身に着け、単発・中折式の歩兵銃を携えるその姿は、ヴェルデ帝国が新大陸に送り込んだ調査旅団の一員であることを示している。男の今日の任務は、私を含む先遣隊を要塞まで案内する事であった。


「えぇ、この間発見されたばかりなんですが、わらわらと本国から調査員と神官が派遣されてきて、ここ10日ばかりであんな状態になっちまいましたね」

「中には何が?」

「いえ、私にはさっぱり……機械式神機でも出て来れば興味も湧くんですが、今の所確認されているのは祭壇様の奇妙な部屋がある位ですね」

「ほぅ……祭壇か」

「えぇ、お陰で警備に組み込まれますし……まったく、価値の無いものに労力をかけるなんてどうかしている……ただでさえ魔物の討伐で人員を割かれているのだから、本国から魔装機兵アルト・ヴァッフェの一体くらい送って——っと、し、失言でありました!」

ベラベラと喋ったかと思うと、急に慌てたように片手で口を閉じた。


 あぁ……そうか。


「いや、よく聞こえなかった。もし思うところがあるのなら、君の内に止めておけばいいさ」

私がそう言い向けると、ホッとしたのか安堵の表情を浮かべ、小さく「了解」と返答した。

 私が所属する親衛隊は、ヴェルデ帝国の皇帝カイザー直下の部隊であるから、不用意な発言は反乱分子と捉えられかねない。

 ましてや、双頭鷲騎士団ロクシュトールの幹部クラスが操る機械式神機の一つ、魔装機兵アルト・ヴァッフェを寄越せなどという発言は、場合によっては直ちに首が飛びかねない。故に、男は口が滑って本音が出てしまった事に焦り、自身の発言を訂正したのだろう。


 まぁ、ヴェルデに潜入している私がそれをどうこう言えた立場では無いが……


「……クスッ」

「あの、何か?」

その矛盾した立場に思わず吹き出してしまう。


「君、すまないが……私は少し隊列を離れる。すぐ戻るから皆を連れて先にフィルツェーン要塞へ行ってくれ」

「は? あ、あぁ……ハッ!」

男は一瞬呆気にとられた表情を浮かべるが、すぐに了承した旨短く返答する。男の返事を背中越しに聞きながら、馬の腹を左足で軽く叩き重心を左側にずらして、馬の頭を遺跡方向に向けた。


*****


 隊列から離れて間も無く、頬に青臭い風を感じながら、雑草が伸びる大地を駆けると、程なくして遺跡の全貌が明らかとなる。丘の中腹にポッカリと口を開けた洞穴が窺えて、その入り口を2名の哨兵が警備しており、神官が中へ入っていくのが見えた。哨兵に気取られない程度まで近づいたところで馬を降り、雑草に身を隠しながら歩みを進める。


「さて、どうやって中に入るか……」

案内役の騎兵が言うには、遺跡内部には祭壇が設けられているという話だが、これまで、新大陸アイデアルで発見された遺跡からは各国の戦力状況を左右する程の古代兵器——機械式神機が回収されている。

 

 高度な機巧様式カラクリ高位魔道具オルガノンなど、その効果や形状は様々で、ヴェルデが誇る自動人形オートマタ——魔装機兵アルト・ヴァッフェやアルビオン王国の十四聖人が扱う聖遺物レリックに匹敵する均衡破壊装置だ。

 各国が競い合うように新大陸の領土を奪い合う背景には、領地拡大・資源確保のほかに、機械式神機の発見と回収も含まれているのだろう。しかし、祭壇が見つかったという話は、はじめて聞く。一体何が祭られていたのか……


「準備は……のか?」

「はい……なく……到着を待つだけ……」

ふと、風に運ばれて幾つかの声が私の耳元に届いた。音の発生源を推測し、目を凝らす。


「神官が二人……」

哨兵の視覚外、遺跡入り口から少し離れたテントのそばで神官の二人が話し合っていた。警戒はしていない。これ以上の好機が訪れる保証はどこにもない——となれば、仕掛けるか。


"Pyiii……”

口笛を鳴らす。


「ん?」

「どうした?」

「何か音が——」

狙い通り、口笛の音を聞いた神官達が耳を澄ませて神経を集中させた。


 それと同時、両の脚に刻まれたしるしの一部に意識を集中させ、縮地術を発動させた。一足駆けだせば身体は風のように前へ進み、人の背丈ほどある雑草が避ける様に道を開ける。

 そして、神官共の視線が私の姿をとらえるより早く、彼らの真横まで移動し、間髪入れず手刀を穿った。


「——ぁ?」

言葉にならない音が神官の一人から漏れたかと思うと、瞳の焦点が明後日の方向へ泳ぎ、四肢の力が抜け、二人とも地に崩れ落ちる。

 首尾よく対象を無力化出来たことに安堵し、思わずため息が漏れた。とはいえ、休んでいる暇はない。倒れた神官を物陰に移動させ、身体を覆い隠す神官用の黒いフードを一つ拝借して身に纏う。そして、自己暗示の術を己にかけ、遺跡の入り口へ向かった。


「失礼……」

頭を下げながら歩みを進めると、哨兵の視線が私に突き刺さる。


「ん?……あぁ、どうぞ」

が、自己暗示の影響が哨兵にも伝播し、特に咎められることなく、若干の間を置いて私を遺跡内部へ通した。


 歩みを進めながら、遺跡を確認する。遺跡の中は予想以上に明るかった。いや、通り沿いに等間隔で設置された洋燈の明かりもそうなのだが、遺跡自体が発光しているかのように明るかったのだ。

 その仄かに光る壁面を伝って奥に進むと、既にほとんどの調査を終えているのか、予想していたより人は少ない。いや……寄せ付けないようにしているのかもしれない。


 通路が広まったかと思うと、広い空間へ至った。歩数を数えながらまだら模様の大理石製と思しき壁伝いに進み、一辺が24歩程度ある面を6つ数えたところで入り口に戻り一周する。つまり、その空間は正六角形を成していたのだ。


「これが祭壇とやらか……」

見上げれば、天井は目測で高さを図るのが億劫になるほど高く、丘の頂点まで達しているのか中心部に小さな穴が開いており、そこから一筋の光条が差し込む。そして、何より目を引くのが——


「晶石柱……」

目についたソレを呟いた。空間の中心、天井に空いた穴に向かって真っすぐにそびえたつ正六角形の黒石柱、鏡面のように輝く表面は、天井から差し込んだ光を室内に乱反射させている。近づき触れてみた。


「大きいな、光を通していない……天然の黒水晶か? そして、これは……古代語?」

成人が三人腕を繋いで一周するかどうかという位太く、同じく成人三人分はあろうかという高さの晶石柱。その表面に幾つもの古代語が刻まれていた。生憎、解読するほどの知識を有していないため、何と書いているのかは分からないが……


「ん?」

視線を下ろすと、晶石柱から広がるように床一面に紋様が描かれている。指でなぞり読み取るが高度に暗号化されており己の記憶のみでは完全解読は困難だが、おおよその検討はつく。

 

「召喚術式か……古代語ではなく刻印ブランドルということは、レヴォルテ派の神官が後から書き加えた——」

と、そこまで考えたところで視界にもやがかかり、思考が一時の間止まる。いや、理解したくない事実を目の当たりにして結論を出すことを私の脳が拒否したのだろう。しかし、無情にもその結論は導き出された。


 最初、一つの魔法円だと思った。しかし全体を見回して気づく……晶石柱を囲むのは24の刻印ブランドルとそれを中心に描かれたそれぞれの魔法円、それが一つの巨大な魔法陣を構成しているのだ。

 種類にもよるが、通常、魔法円はその中心で術を行使する者を、召喚せし超常の存在から防護するためのモノだ。だが、これは——


「狂っている……召喚者を生贄にする気か」

ここに描かれた召喚術式を行使するには、刻印ブランドルに対応する24名の術者が必要となる。にも関わらず、術者を守る策が施されていない。ここまで大規模な術式は見たことがない。それにこの晶石柱、もしや——


 そんな風に、ふと心の中に生まれた小さな仮説。頭の中では、そんな筈はないと否定しているのに……いや、そうあって欲しくないと激しく拒絶しているのに、我が心はそれを許さず、右手が自ずと漆黒の晶石柱に吸い込まれるように伸びていき、ヒタ……と優しく触れた。

 熱を持たぬソレはひやりと冷たく。私の体温がジワリ、奪われるかのような錯覚とともに、鏡面のように周囲を映す側面に己の表情が写りこんで、私自身の視線と交わった。


 そう、まるで、その時を待っていたかのように……

 そして、静寂が訪れる。それは一切の音のない世界。口を開けば声は出せよう。柏手かしわでを叩けば音は出せよう。

 しかし、それの行為自体が許されないのではないかと思わせるだけの雰囲気がそこにはあった。

 とはいえ、それは同時に何の変化もないという事も意味しており、強く警戒していたにもかかわらず、想定と異なるその呆気ない結果に思わず気が抜けて——


「ふふッ……」

笑いがこぼれた。


「何を恐れているんだか……やはり、特におかしな——……ア?」


〝……72……97 109……114 101 99 101 118 105 110 103………… 76 79 ……121 111 117……ハ〟

〝101001001110111110100100101010111010010011101011……63……ハ此処ニ……在ル——〟


「——ァァッグウッ!?」

ぐにゃりと視界が歪み、目の前の黒水晶が蝋燭の焔のようにゆらゆらと揺れたかと思うと——


「ゲェェッ————がアッ……」

吐き気。食道を逆流するかのような激しいそれが喉を突いた。脳を他人に掻き回されたような、例え難い苦痛が全身を蝕んだ。


「な……んだ、今のはッ……」

一瞬、気を失っていた? そうだ、私は今、一体「何の言葉」を発していた? まるで誰かに身体を乗っ取られたかのような……


 理解できない現象に身体が恐怖を覚え、小虫でも這っているのかと錯覚するほど、ぞわぞわとした寒気が首の付け根から両の腕まで走り抜ける。全身の毛穴が立つのを嫌でも認識させられた。そして、同時に垣間見えた、あの光景……


「そんな馬鹿な……これが、あの——」

「——おいッ! そこで何をしている!!」

「……ッ!?」

辿り着いた答えを口にしようとした矢先、落ち着く間も無く、私の背中に男の怒声が突き刺さる。咄嗟に振り返ると、レヴォルテ派の神官エヴァンジェリストが1人、祭壇部屋の入り口前に立ち、こちらを睨んでいた。


「勝手に晶石柱に触れるなとあれ程——ん? 誰だッお前は!?」

突然声を掛けられたことによって、僅かな動揺が生まれ自己暗示が解けてしまったようで、振り返りざまに目が合った神官に顔を直視された。


「だれかッ——」

「チィッ!」

神官が声を上げる間際、懐から棒型の打剣を取り出し右掌に納め、腕を鞭のようにしならせて投げつけた。掌から解き放たれた打剣は、放物線を描いて——


「——かぇっ!?」

神官の喉元に突き刺さる。的中時の衝撃で神官の身体はのけぞるように後方に倒れ、喉元から鮮血が噴き出した。


「クソッ……最悪だ!」

ヴェルデの目的が私の考え通りだとしたら、呑気にアイデアルの未踏地調査をやっている場合ではない。急ぎここを離れ、この祭壇の存在を皇の巫女に知らせねばならない。

 神族と魔族を封じた要石だと謳われる晶石柱は、この目にした事は無いが、灰ノ国にも確かにある。何人も触れてはならぬと、立ち入ってはならぬと言いつけられ、聖域として、今も守られている。


 ……もし、もしもだ。この新大陸が異邦人らが最期に散ったという彼乃地だとしたら? あの晶石柱が、神魔戦争を終結させるために異邦人が神魔を封じ込めたものだとしたら?


『可能であれば破壊する』——出来るわけがない! もし、ヴェルデの目的が神魔解放だとして、どうしてその封印自体を破壊する事が出来ようか?

 時間がないッ——私は、考えを巡らせながら遺跡内の通路を駆け抜けた。

【用語解説】

○フィルツェーン要塞

 ヴェルデ帝国が新大陸に築いた拠点の一つ。未踏地の境界線上に建設された星型要塞で、約六千の兵士らを収容している。


○調査旅団

 竜騎兵ドラグーンを主軸とした遊撃部隊であり、機動性に優れるため、今次調査活動に際し本国から新大陸へ派遣された。派遣部隊は予算の都合上、前時代的な前装式銃等を携行しているが、本国では新型の後装式が運用されている。


魔装機兵アルト・ヴァッフェ

 ヴェルデ帝国が有する機械式神機の総称。自動人形オートマタとも言われるように、見た目は巨大な甲冑姿。使用者の意に従い、脅威を殲滅する。


○十四聖人と聖遺物

 アルビオン王国に使える武人。産まれながらにして、或いは後天的に体の一部に聖痕スティグマを刻まれた者。その聖痕に対応する聖遺物レリックを扱う事が出来る唯一の存在。

聖遺物レリック

 高位魔道具の一種。神魔戦争の際、アルケウスらの神族が人間族に与えた破魔の神器。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ