序章
昔、あるところに一人の少女がいた。その少女はとても病弱であった。
だが、幸いなことに彼女にはひとりの兄がいた。
「お、お兄ちゃん。そろそろ薬が切れそう。どうしよう…」
「わかった。お兄ちゃんが薬を取ってきてあげよう。待っててすぐ戻るから。」
外はとても荒れており、雨が降り、川が氾濫し、雷が数十秒に一度落ちるほどであった。
「でも、お兄ちゃん。外はすごい、嵐だよ。私は、大丈夫だから。」
「大丈夫だ。お兄ちゃんにはお父さんとお母さんがくれた、お守りがある。これは、いつだって僕たちを守ってくれたじゃないか。じゃあね。必ず、帰ってくるから。待ってて。」
………
「うぅ…朝日が眩しい。また、私は見ていたのか。」
私が兄の夢を見るのは、初めてのことではない。
あの日、兄は薬を取りに病院に行ったきり、帰ってくることはなかった。
兄は今、消息不明で生死はわかっていない。
「いってきます。お兄ちゃん、お母さん、お父さん。」
彼女の名前は幸奈。今年から、高校2年生だ。
兄が消息不明になってからまる5年がたった。生活は変わり、ようやく兄のいない生活になれた頃だ。
しかし、ここ最近はまた兄の夢を見る。あの時、私が薬がないと言わなければとなんど後悔したことか。
「おはよう!幸奈!なに、寝不足なの?目があかいよ?それともまた…」
親友の静香だ。
「ちょっとね。ありがとう。大丈夫だよ。」
私はいまだに病弱で薬も数個処方している。
「だったら、いいけど。しんどかったらいいなよ。」
静香はとても優しく、兄がいた頃からの友人だ。兄が消息不明になった時、自暴自棄に陥りかけていた私を助けてくれたのだ。
「今日の1時間目ってなんだっけ?」
「えーと、数学だよ。」
幸奈は数学がとても好きで、得意であった。なぜなら、彼女の父は物理学者であったからだ。
しかし、父もまた交通事故で早くに亡くなってしまった。
「やった!嬉しい!」
「幸奈は本当に数学が好きだよね。」
「うん。一番心が落ち着くの。」
キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン
「やば!じゃあ、またあとでね。」
静香は同じクラスなのだが、席が窓とドアでとても離れている。
幸奈は窓側である。
「うん。じゃあね。」
「起立!礼」
先生は辺りを見回し、私に目をとめて言った。
「幸奈、あとで職員室に来なさい。大事な話がある。」
ザワザワ
「え、なんだろ。私、何かしたかな。」
キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン
数学の授業は今回も疑問点がなく、スムーズに終わった。
「幸奈、きっと大丈夫だよ。とりあえず、行ってきなよ。」
「そうかな。そうだったらいいんだけど。」
幸奈はとても心配性で少しのことでも気にしてしまう性格なのである。
「大丈夫だよ。幸奈はいつも心配しすぎなの!ほら、あとでジュース奢るからさ!」
親友の言葉に少しは安心をしたが、それでも不安を隠しきれずにいた。
「うん。ありがとう。じゃあ、行ってくる。」
……
ガラガラ
「失礼します。2年の数学を担当していらっしゃる先生はおられますか?」
「来たか。幸奈。こっちに来なさい。最近…調子はどうだ?」
先生はなにかを言いたげな、表情でいる。
「最近はまあ…ふつうです!」
緊張をしてわけもわからないこと言ってしまった。無理もない。なにせ、先生とこうして二人で話すことなど滅多にないからだ。
「そうか。さっそくなんだがな……」
「君のお兄さんが見つかったんだ。」