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「駅、こっち……。」
僕がそう言ったのに、聞こえていていないのか、聞いていないのか、おばあさんはどんどん先に歩いて言ってしまった。
「耳が遠いのかな…………?」
「ちょっと、そこまで遠くなってないわよ!」
なんだ……ちゃんと聞こえてるんだ。
僕のおじいちゃんは、耳が遠くて、2回に一度は、『え?』と訊いて来る。だから、話をするときは、何度も何度も繰り返して伝え無きゃいけない。それがめんどくさくて、あんまり話をしたくなかった。
「どこ行くの?」
「違う違う。どこ行くんですか?はい、言ってみて。」
「どこ行くんですか?」
どうして言い直されたのか、よくわからなかったけど、そう言ってみた。
「そうそう。年上の人と話す時は、ですます言葉で話すとお利口さんなのよ。」
おばあさんはそう言って、満足そうに微笑んでいた。
「ちょっとそこまで行きましょ。そこの高岩寺まで。」
「コウガンジ?」
ここからお寺なんて見えない。
そう思いながら、しばらくおばあさんの後ろを歩いて行くと、右手側にお寺が見えて来た。
「観音様を洗いに行こうか。」
「観音様を洗う?」
「体の良くしたい所を水で洗って拭くと、ご利益があるんだって。」
体の良くしたい所?
「頭も?」
「ご利益があるかもね。」
そう言って、観音様の頭や肩や腰に水をかけてタオルで拭いた。
そして、おばあさんはしっかりと拝んで、拝みながら僕に訊いた。
「頭を良くしたいって事は、悩み事はお勉強の事?」
「…………。」
僕は黙って首を横に振った。
「じゃあ、お友達の事?」
「…………。」
僕は黙って下を向いた。靴の先が、水で濡れていた。
「何があったの?」
僕は…………学校であった事を話した。
「そう……。それは災難だったわね。」
おばあさんはそう一言言っただけだった。その後、黙って先に歩き始めた。
「人を信ずることは、もちろん、遥かに人を疑うことに勝っている。」
おばあさんは立ち止まって、振り返るとそう言った。
「幕末の人が言った言葉よ。人を信じ過ぎる欠点があったとしても、人を疑い過ぎる欠点はないようにしたい。あんな事があって難しいかもしれないけど、今の時代は難しいかもしれないけど、また、人を信じて欲しい。」
難しくて…………行ってる意味がよくわからなかった。
「まぁ、信ずるは人、疑うも人、そう思って生き抜いた方が賢いわ。さ、駅に戻りましょ。」
そう言って駅に向かって歩き始めた。
おばあさんは途中、塩大福を買って、その1つを僕にくれた。
「僕、あんこが苦手で」
「いいから食べてみなさいよ。お腹空いてるでしょ?」
そういえば、お腹がペコペコだった。給食を食べる前に学校を出て来ちゃったからだ。
その白い粉のついた大福を、言われるまま食べてみると…………思ったより……美味しかった。
「美味しい!」
「ふふふ。良かった。」
「あの…………」
おばあさんは僕の食べている姿を見て、ニコニコ微笑んでいた。
「ごちそうさまでした。」
「もう1つ食べる?」
そう言われて、もう1つ手に取ろうとしたら…………
「隼人!!隼人がいた!!」
知らない人に呼ばれた。黒いスーツの、男の人だった。