表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/44

1-8 冤罪事件

第一章 辺境都市『ムサシノハラ』



 開き戸の隙間から差し込む光が、二人の顔に当たっている。ギジェがその明るさに眼を開けると、目前に光の中で輝く美少女の横顔があった。


 前にも同じ景色を見たことがあるな。


 魔道士は苦笑すると、ライシャの顔に掛かった輝く金髪を、優しく肩口へと指で寄せた。すっと少女の口元が幸せそうに緩む。


「おはよう… ギジェ」


 薄く眼を開けたライシャも、彼の黒髪に手をやってふわふわとかき混ぜる。そうしてお互いに顔を寄せると、朝のキスを柔らかく交換した。


「こんなに幸せな目覚めはいつ以来だろ」


 ギジェが少女の耳を優しく愛撫した。キツネ耳がぴくぴくんと反応する。


「あっ… あ、朝から… もぅ」


 お返しにっと彼の耳たぶを甘噛すると、ギジェが、くっと身悶えて面白い。


 そうして寝起きのしばらくを、ふたりで(たわむ)れてすごした。




 朝食を終えて宿を出ると、朝の八つ鐘が鳴っていた。二人は恋人のように手を絡めて公園をゆっくりと歩く。昨日の余韻が未だに残って、なかなかこの散歩道を去りがたい。


「今日はどうしようか、道具屋も行くんだろ?」


 ギジェは泉の広場を見下ろすと言った。朝の収穫を終えた荷馬車が、東側の集積場に入っていく。


「そうね、とりあえずゲンジとメリルの顔を見ておこうかな。まだ教会に居る時間だし」


「そうだね、そうしよう」


 二人は東端の貫通通路を最上層まで昇っていった。




 ライシャが裏口の鉄の扉を開くと、ゲンジが勢いよく飛び出してきて抱きついた。


「ライシャ、ライシャどうしよう! メリルが…」


 少年を抱きしめながら彼女は素早く聞き返した。


「どうしたの? メリルがどうかなったの?」


 大泣するゲンジの背を優しく撫ぜる。


「昨日の夕方、三層の肉の買い取り所の前で、ボナエルン一家の下っ端に絡まれて、連れていかれたんだ… スリをしたとか言って、やってないのに」


「ボナエルン一家って何者だ?」


 ギジェも少年の肩に手を置いて、なだめるように聞いた。


「この街で一番大きな組織(マフィア)よ。悪事も治安もどっちも奴らが取り仕切っているわ」


 ライシャが厳しい顔つきで答えた。少女の手が固く握られていく。


「ゲンジ、メリルが連れて行かれたところわかる? ボナエルン一家の『御殿』?」


「違うとおもう、四層西から上のスラムの方だった。途中まで追ったんだけど、最後蹴られて…」


「昨日ならまだこの街から出ていないはず。あいつら…」


「ライシャ、この街は広くはない。俺の使い魔で探しだそう。大丈夫すぐに見つかるよ」


 ー (サモン)喚闇夜蜂鳥(ナイトハミングバード)


 ギジェの魔法名だけの詠唱で、地から黒い魔力(マナ)の渦が巻き上がると、とたんに20匹の雀蜂(スズメハチ)サイズの鳥達に集約する。


 音もなく宙に漂う彼らが主の周囲に輪をつくった。ゲンジが「わぁ」と驚いて奇声をあげる。


「召喚魔法とか初めて見たかも」


 ライシャが飛び回る小さな使い魔(ハミングバード)を見上げている。


「ギジェは魔法使いなの?」


 少年が瞳を輝かせて尋ねた。


「そうだよ、しかも俺は強力だ。検索項目『メリルとボナエルン一家』西側をしらみつぶしにたのむぞ」


 小さき使い魔達が西の方角に散っていった。


「あの大きさだから屋内や狭い通路までも、入り込んで探せるんだ。少しだけ時間をもらうよ」


「じゃ、ギジェは此処で使い魔を操作していてね。私達は四層あたりを探してみる」


「何かあったら、ゲンジを此処に来させるか、使い魔に手を振ってくれ、視覚の同期もできるから」


「了解」




 ライシャとゲンジは、最初に3層の西端にある、広く仕切られた一角へとやってきた。大きな壁と鉄柵に囲まれた、ボナエルン一家の『御殿』と呼ばれる本拠地だ。


 高い鉄柵の向こうに三階建ての白亜の屋敷が見えている。更に左右には本館までの道を守るように、長い平屋の軒が並んでいた。


 門には三角屋根の詰め所があり、ガラの悪い剣士が数人詰めている。


「あの中に知った顔はいる?」


「メリルを連れて行ったやつはいない。あいつはチンピラだから多分、下部組織の奴だとおもう」


「わかった」


 二人は一度、泉の広場や飲み屋周辺を探し歩き、それから西の四層へ足を踏み入れた。


 教会のある五層と同じく、バラックや廃屋が目立つスラム街だ。朝から道端で酔いつぶれるドアーフや、派手に殴り合いの喧嘩をしている荒くれ共も目立つ。


 二人が絡んでくる酔払いや、物乞いを(かわ)しながらも、四層から五層へと探し歩いたが、メリルを(さら)った犯人は見つからなかった。


「何処に隠れてるんだろ」


 ライシャが悔しいそうに口を引き結ぶ。二人が西の直通路を降りようとした時、ゲンジが急に腕を引いて石壁の影に身を隠した。


「あいつだ」


 階段を昇ってくる二人組が、ライシャたちの脇を通り過ぎる。少女達は目配せをして、こっそりと後をつけていった。


 男どもがたどり着いた先は、狭い空き地と、鉄板が何枚も打ち付けられた建物(ビル)の廃屋だった。ゴロツキらしい短剣持ちと、両手剣装備の大男が、見張りをするような挙動で立っていた。


 ライシャは一度、道を戻ると上層の物置小屋の影から奴らを観察した。ゲンジに確認させると、右側の短剣持ちの男を見て頷いた。


 そこにギジェの使い魔(ハミングバード)が飛んできて目前で滞空する。ゲンジが廃屋を小さく指差すと、大きく上下に動いて理解の合図を示した。


 すぐに違うもう一匹のハチドリがやってきて、廃屋の周囲を飛び回ると、すっと鉄板の隙間から中へと入り込んだ。


 数分を黙って待機していると、目前の使い魔(ハミングバード)がぐるぐると大きく円を描いて、当たりの意思を二人に示した。


「ゲンジここに居て、ギジェがきたら場所を教えて」


「うん」


 ライシャは背中の長弓(ロングボウ)と腰の麻痺の黒刀(パラライズソード)を確認すると、そこからふわっと空へ舞い上がった。彼女は男どもの頭上から地に降り立つと、一度深く息を吸ってから睨みつけた。


「うちの子を返しなさい。中に居るのは確認ずみよ」


 突然の啖呵(たんか)に一瞬たじろいた大男たちも、相手が背の低い少女だと見ると、途端に態度を一変した。


「なんだいお嬢ちゃん、俺たちに言い掛かりでもつけんのか?」


 短剣の男がすらりと剣を抜き、大剣の男は嫌らしい笑いをにやにやと浮かべている。


「昨日あんたが(さら)ったメリルの仲間よ!今なら黙って許してあげるわ」


 妖狐の少女は一歩も引かずに、背筋を伸ばして綺麗に立っている。


「面白いこと言うね嬢ちゃん、俺達はボナエルン一家のもんだぜ、許してもらわなくて困らねぇな。がははははは」


 短剣を少女の首もとでチラチラと動かし、大剣の男が肩口を掴んで言う。


「何ならお嬢ちゃんも『カタコンブ』へ売り飛ばしてやろうかな?その前にたっぷりと泣きわめかせてやるけどよ」


 ライシャがキツイ怒りの表情で男を見た。


「あんた今()って言ったわね?」


 次の瞬間、ライシャの両手が二人の大男を頭上高くに持ち上げた。


「え? ひっ」


 何が起きたか理解できないゴロツキが、空中で手足をバタつかせて逃れようと暴れている。「ヤっ!」と少女は鋭く叫ぶと、大男二人を凄い勢いで鉄板へと突き飛ばした。


 ズドンっとそれを折り曲げながら、土煙を上げて瓦礫の下に埋まってしまう。


 そこに廃屋よりも高く飛び上がった妖狐が、体重を五倍にして大剣の男の()()()に飛び降りた。巨漢が「ぎゃあああああっ」と無様な悲鳴を上げて、身体をくの字に折って失神する。少女は汚いものを踏み潰して、さも嫌そうな顔をした。


「ひぃいい」


 短剣の男が折れ曲がった鉄板の下から、這い出そうともがいているところを、脚で踏みつけて徐々にその重みを増していった。


「ぎゃっ ぎゃあ、ぐあぉ… 止めてくれ」


 八倍の重みを掛けたまま、ライシャは鉄板をガンっと踏みつけた。どこかの関節がゴキっと曲がる音がする。


「やめぇ… あいつが、俺の金貨をスッたんだ… 犯罪は死刑か農奴送りが決まりじゃねえか… ぐええ、もう上にはそう報告した、ぎゃあ」


「メリルはスリなんかしない! ていうか、あんたあの子の金貨まで盗んだのね」


 ガンっともう一度鉄板ごと蹴った。骨が砕ける音が響く。


「あの金貨は私達が贈ったのよ!この盗人め!」


 ライシャが12倍まで荷重を増やしたところで、男は泡を吹いて失神した。


 少女は二人の剣を取り上げると、重量を数グラムにして廃屋の屋根に投げてしまった。


 それから、崩れた鉄板の影から内部をこっそりと覗き込む。意外と広い暗がりの奥に、ゆらっと光る二つの目が見えた。闇に潜んで奇襲を狙っているのだろう。


 しかし本来は夜行性の妖狐にとって、闇は天日と同じく丸見えだった。スキルでいえば『夜眼(ナイトアイ)』とでもいうのだろう。


 ライシャは背の長弓(ロングボウ)を美しく構えると、(やじり)の平らな打撃用の矢を掴み取った。廃屋の外から弓を引き絞り、細い隙間の暗がりに向けて矢を打ち込んだ。


 とたんに「ギャっ」と声があがり、どさっと何かが倒れる音がする。


 少女は入り口から無音で滑り込み、暗闇の奥まで歩いて行った。奥の壁際に、額を平たい矢で直撃された男が、脳震盪を起こして転がっていた。


 足元に落ちていた弩弓(クロスボウ)に気づくと、その弦を腰のナイフで切断した。


「ライシャ大丈夫か?」


 そこで背後から愛しい人の声が響く。


「うん。平気よ、こんな奴ら相手にならないわ」


 ギジェは苦笑を浮かべながら少女の髪に手を添えた。


「ライシャ暴れすぎだから」


 金色の髪をぽんっと優しく触ると、ふさふさの短い尻尾が、嬉しそうに左右に揺れている。ギジェは右奥にある地下への階段を目配せをした。


「私を犯して奴隷として売り払うって言うのよ。しかも、多分メリルもそうする気だったのよ。それでちょっと切れちゃった」


 少女は悪戯ぽく舌を出した。


「なんだと! ライシャにそんな事しようとしたのか… 皆殺しだな」


 真顔で恐ろしい事を言う黒魔道士。


「ちょっと手加減しなさいよね」


 今度は少女が苦笑した。


 そうして明らかに怪しい奥の階段を、ゆっくりと降りて行くと、ギジェが手を上げて止まれと指示をした。


 焼き煉瓦(レンガ)で囲まれた地下室の長い通路。


 魔道士が指先で大きめの氷塊をつくると、ひょいっとそれを投げこんだ。とたんにカチっと何かが作動して、天井全部が落ちてきた。濛々(もうもう)と上がる土煙に二人とも咳き込んでしまう。


「教会にあるトラップもこんなんじゃないのか?」


「こんな大袈裟にしたら、地下室自体が埋まるからね」


 ライシャが手を振って否定する。


「奥に一人いるな」


「ええ、デブの大男だわ」


「ちょっと懲らしめてくる」


 その瞬間、ギジェの姿が周囲の土煙を棚引いて消え去った。「ぐえっ」と奥の闇中から汚い濁声(だみごえ)が聞こえてきた。ガランっと剣が床に倒れる音が響く。


 突然明かりが地下室を照らし出した。壁掛けにされていた魔法ランプが点灯したらしい。


 壁に埋められた二箇所の鉄格子と、首を押さえられて壁に押し付けられている、汚いデブ男が視界に見えた。大きな牛革の椅子や、食べ散らかされたテーブルの上に、一本鞭が乗っている。


「お前らなんだ… 手、手を離せ、俺はボナエルン一家のグワテ様だぞ… 犯罪者の処遇は、俺様に任されてるんだからな」


「メリル、大丈夫なの? ああぁ… 何んて酷ことを」


 鉄格子の向こうには、二人の少女が床に伏せていて、二人とも衣服は剥がされ、背中に鞭打ちの酷い傷が血を吹いている。


「この外道め」


 ライシャが腰の麻痺(パラライズ)の黒刀(ブラック ナイフ)で、醜いデブの手の平を貫いた。


「ぎゃああああっ」


 麻痺のダメージが乗って、感電したヒキガエルのように、痙攣しながら床へと崩れ落ちる。


 ギジェが手のひらで格子を横撫でにすると、巨大な氷塊が格子の合間にギシギシっと生まれて、鉄の檻を押し広げた。ライシャが壊れた格子の合間からメリルを助け起こす。


「ライシャ… ギジェ来てくれたぁ。へへっ良かった」


 メリルを優しく膝に抱く。ギジェが手早く中級治癒薬を引き出して手渡した。


「酷いことされたんだね。ごめんね来るのが遅れて… ごめん」


 彼女がこんな仕打ちを受けていたときに、自分が幸せに浸っていたのが許せなかった。


「大丈夫、背中を叩かれただけだよ。もっと金貨持てないか、隠してないかって」


 彼女の背に薬剤を流すと、凄い勢いで傷が消えていく。最後にこくんっと一口飲ませた。


「もうひとりの子は?」


「彼女はミナリィ、西区のスラムに居た最近に街に来た子みたい」


 ライシャはミナリィにも薬を与えて抱きしめた。


「この見た目豚族(オーク)のゴミ野郎どうする?」


 ギジェがやっと麻痺から開放されたグワテの背中を蹴り飛ばした。


「俺にこんな仕打ちをするとは… そいつらは、もう上に犯罪者として報告したからよ、この街では生きていけないぜ… げへへ」


 その瞬間、グワテが左手に握っていた火の巻物(スクロール)を投げようとした。しかしそれは氷の壁に遮られて、自分の手元へと跳ね返ってくる。


 グワテを包んだ氷の半球(ドーム)の中で、紅蓮の炎が燃え上がった。


「ぎゃあああ!ぎゃあああああぁあ、た、助けてぇぐれええ」


 自分の火炎の巻物(フレイムスクロール)で焼かれるデブ男の悲鳴が酷い。


「結構威力あるんだな、狭いところだと気を付けないとな」


 魔道士が格子の側で腕組みをして感心していた。


「ライシャ、二人を連れて外に出てくれ。こいつらの落とし前は付けていくから」


 妖狐の少女は頷くと、二人と手を繋いで地上へと昇っていった。


 見下ろすと全身生焼けになり、命も危ういグワテがヒーヒーと息をしている。


「今回は利き腕一本で許してやる… まぁお前はもう助かりそうにないけどな。他の三人とも二度と荒事は出来ない身体にしてやろう」


 ー 凍結の荊棘(ソーンアイスフロー)


「ぐぎゃああ、ぎゃああああ」


 丸焼けの豚男の右手に、氷の荊棘(いばら)が絡みつき食い破り潜り込む。そして苦痛が限界まで来た所で、腕の芯から完全に凍結した。


「弱い者の痛みを知れ」


 ギジェは無表情にその腕を踏み砕いた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ