1-3 地下室でのお宝カオス
第一章 辺境都市『ムサシノハラ』
「ギジェはお金持ってないんでしょ? とりあえず換金しないと始まらないわね」
四人で朝食に作った干し肉と芋のポトフを囲んでいた。さり気なく争奪戦が起きていて、食べるスピードが結構はやい。
「ああ、あとで何が売れるか一緒に見てくれるか? あとそんなに焦らなくても、肉なら大量にあるから、足りなかったら言ってくれ… あ、もう無くなるのね、今焼くから」
彼は苦笑しながら追加の肉を刻み始めた。
「じゃ僕らは仕事いってくるから、ギジェまたねー」
食事の後に兄妹がそう言って外に出ていった。どんな仕事をしているのだろう?
「ライシャ売れそうなものを、全部出していくから選んでくれるかな?」
「うん、結構あるの?」
ギジェは、とりあえず収納空間の、お宝エリアのアイテムを引っ張り出していく。
金塊の大が34個、1/5サイズが118個、銀塊が大きさ不揃いで140個、各種小判と金銀のコイン1200枚、金剛石、紅柱石、蒼玉色等の大粒小粒の宝石120個、原石…山程。
心なしかライシャの意識が飛びかけて見える。アイテムを引き出す度にキツネ耳がひくっと跳ねる。
大粒紅柱石の髪留め、金剛石が沢山あしらわれた女王のティアラ、蒼玉色と黒蛋白石の王冠、各種宝石を散りばめた黄金の剣、巨大な金剛石の首輪、その他大量のネックレス、腕輪、指輪などなど…。
「ちょっとまって… まって、はぁはぁはぁはぁ、ど、動悸が止まらないわ」
ライシャは肩で息をしている。
「というかおかしいよね? ギジェは歩く宝物庫なの? どうするのこれ? もう一生働かないでいいじゃない… いや、もう街ごと買えそうよ」
「え? そうなの? まだ半分も出してないんだけど」
妖狐の美少女は、瞳を真ん丸に開いて絶句している。
「ちょっとわたし、この黄金の海に身を投げて、ぐりぐりと財宝を抱きながら眠りについていい?」
ちょっと壊れ気味だった。
「奈落のエリア守護者を倒したときに拾ったんだよ。それで二匹分かな。その他は、旅の合間に遺跡とか滅んだ街とかで回収したりしたかな」
「集めるって… こんなお宝がゴロゴロ落ちているものなの?」
ライシャが紅柱石の髪留めを指で摘んで、差し込んでいる日の光にかざしてみる。透過した赤い光が部屋中に広がって美しい。
「ああ。奈落の近くって人が誰も居ないからね、まったくの手付かずで、地下神殿とかの通路に装飾品とか転がってるよ? 埃は被ってたけど」
「なんだとー 何そのお宝パラダイスは!」
魔道士の腕に抱きついて「いつか連れていけー」とグイグイと揺らしている。
「ま、まぁとりあえず気に入ったのあれば、好きに持っていっていいよ。このティアラとか似合うんじゃないか?」
ギジェがキラキラに輝く金剛石が散りばめられたティアラを、少女の金髪にほいっと乗せる。細い綺麗な金髪と黄金色のキツネ耳に、とても良く似合っている。まるで妖狐の王女様のようだ。
「え? これ私が着けて歩くの? 私は街の全てを敵に回すの? 殺す気なの? 死ねばいいの?」
ライシャが変なテンションでまくしたてた。
「それとも王族にでも嫁げばいいの? 誰かもらってくれるの? あなたもらってよ」
「に、似合ってるけど? ご、ご、ごめん、なんかまた、やっちゃってる?」
「はー もう良いわよ。とにかくここにある装飾品系は、この街で売るのは無理だからね。これ王都『フレイアム』でも換金できないかも、国宝とかになりそう…」
ライシャは頭のティアラを丁寧に床に降ろした。
「とりあえず、少しずつ売りましょう。そこらの金塊関連は、いつか溶かして金貨に作り直してしまえばいいわ。これだけでひと財産だけどね」
「そうなのか? 通貨って自分で作ってもいいの?」
「そうね、まぁ一番上の通貨の白金貨は、古代の特殊な製法らしくて制作はできないけど… というか流通してる数も少ないけど。金貨や銀貨は重さと大きささえ規格に合っていれば、どんなデザインでもいいのよ。そのもの自体に価値があるわけだし」
「そうなんだ、じゃ自分の名前を入れた、オリジナル金貨とかも作っていいのか?」
「そんな辱めをうけた上に、命を狙われるのが好きならどうぞ」
「なんとなく分かってきた… 目立ったら駄目なんだな」
「そうよ、この街では目立ったら襲われるだからね」
ライシャが首に指を当てて真横に引くジェスチャーをする。キツネ耳の少女がやると、可愛い仕草にしか見えないけれど…。
「もっと普通に剣とか盾とか、魔道具とかはないの?」
「ああ、そのへんも沢山… 大量にあるかも」
ギジェは地下室の空いている側に、どんどん武器を並べ始める。
再びライシャが放心状態になっていく…。
「あっ、その長弓を見ていい?」
すっかり武器庫のような有様になった部屋から、大きな弓を引っ張り出した。使い込んだ艶のある木目の芯に、特殊な黒鋼材を鋏みこんである。
ライシャはその弓を手にすると、真剣な表情になり美しい構えで引いて見せた。
「エリスの硬木と黒鋼の長弓だね、凄く良い弓だわ。ねぇギジェこれ使っていい? 私の弓は売り払ってしまったの」
少女は視線と同じ高さで弓を横に見てみる。歪みのない美しいフォルムだった。
「もちろん良いよ、その弓とお揃いの矢筒もあったよ。あと短剣はこれとかどう? これも黒鋼の短剣だけど麻痺の魔法効果付きだぞ」
「それは魔剣っていうんだよギジェさん… 麻痺の黒刀 買ったらたぶん25金貨以上します」
「なぜにさん付けに… え?価値がわからないけど? そのぐらいの魔剣なら俺でも打てそうだけどなぁ」
ライシャが鞘からすらりと短剣を引き抜いた。黒鋼の刀身が鏡のように少女の横顔を映している。
「他にも使えそうな装備を選んでおいてくれ、この影法師の革靴とかもお勧めだぞ? 俺のとお揃いだけど、不可視効果と無音効果が付いていて隠蔽率が高くなるんだ。サイズはある程度は詰めれるし、俺も直しができるから」
「でも、こんな高級品ばかり貰えないわ」
「これから一緒に財宝探求者するんだろ? こんなの持ってるだけじゃ意味ないし、仲間が使って初めて価値がでるってもんだ」
少女はギジェの顔を真っ直ぐ見てから「うん」と笑顔で頷いた。
そうして今度は魔導具を並べ始めたとたんに、ライシャが食いつくようにその一つを手にとった。
「ちょっとまって… これって… まさか、まさかの金属探知魔道具じゃないの!!! うそうそ! こんなところで出会えるなんて」
見た目は大きな腕輪のような魔道具で、手首にはめて使うらしい。
「知らないの? これは財宝探求者達の憧れの魔道具なのよ!これもし売りに出されてたら35金貨以上はする一品よ」
「さっき魔剣も25金貨とか言っていたけど、価値が今ひとつ把握できないんだけど」
「この魔道具とミスリルの長剣が同じぐらい?」
「ますます分からなくなった…」
少女は自分の細腕に魔道具を装着すると、手を伸ばしてくるくると踊るように回ってみせる。
「私はこの子に出会うためにギジェの手を引いたのね!」
「なんかそれ俺がついでみたいで、すごい嫌だな」
彼は拗ねた表情で口を尖らせた。
「これはね、この中央部を開いて金属素材のサンプルを挟み込むと、注いだ魔力に応じて、周辺にある同じ素材の反応を示すのよ」
ライシャはそれに、一番小さいゴールドコインを挟んでみせる。
「見ててね」
そういって魔道具に集中して魔力を注ぐと、目前に赤い大量の点が重なって浮かび上がった。それはこの部屋にある金に反応を示しているらしい。
「ほら ちゃんと反応してる。これを遺跡とかで使えば、お宝の場所が分かるってことよ。お宝って大抵金を使ってるしね」
「凄いね、ちょっと使わせて」
ギジェが金属探知魔道具を手にして、よっと魔法を送り込むと、まるで夜空の天の川のような紅点が、地下室いっぱいに浮かび上がった。
「えー、ちょっとギジェって、どれだけ魔力持ってるの? この反応って『ムサシノハラ』ほぼ全域をカバーしてるわ」
「それって凄いのか?」
「凄いていうか、探索範囲は広いに越したことないもの。ギジェは魔導具係ね!なんか夢が広がるわー」
ライシャが金塊の夢に目を細めて浸っている。もう完全に瞳が黄金色に輝いてみえる…。
「そういえば、ミスリルの素材って売れるのかな?」
「えっ、あ、もちろん、重さ単価は金の数十倍よ。ミスリルは軽いからね」
少女が黄金の夢見から引き戻された。
「ちょっと細かいんだけど、ミスリル素材も持ってるんだ」
「それは良いかも。鍛冶屋ならどんな少量でも買い取ってくれるものよ。そうやって少しずつミスリルを集めて、材料が貯まったら制作するそうよ」
「じゃ、こんな破片とかどう?」
ギジェは廃品魔導人形の砕けたコアと、その破片を床に並べた。実は奈落の縁の守護者を、殴りまくった成れの果てなのだが…。
「良いじゃないの、こういう素材のほうがこの街なら売りやすいわ。この大きいのはちょっと高額すぎるけど… この壊れた樽みたいな部分で、ミスリル大剣二本は作れそうだものね。それだけで金貨80枚とかよ」
「金貨80枚か、凄そうだけどやっぱりわからん」
「そうね… この街の第4層ぐらいに中古の家が買えるぐらい?」
人差し指を頬に当てて考えてからそう答えた。その仕草がアーリィを思い出させて、すこしだけドキッと胸が高鳴った。
「売るなら、こっちの細かい破片のほうが良いとおもう。量を売りたいのなら、やっぱり王都まで行かないと駄目だとおもうし」
「王都って もっと沢山の人が住んでるんだろ?」
「そうねこの世界では一番大きな王政の国だから、王立騎士団とかもあって、治安もちゃんとしてるのよ。素材の買い取り所とか、オークションとかもあるわ」
ギジェがミスリルの塊をお手玉のように扱って遊んでいる。さすがに紙のように軽いらしい。
「入国するのはちょっと手間だけどね。最初は通行書作らないとだし」
「でも行ってみたいな。ライシャも一緒に行こう」
キツネ耳がぴくっと反応してこちら側を向いている。
「そうね一緒にいきましょう」
少女は頬を赤らめると、柔らかい笑顔でそう答えた。
そんな次元倉庫の大整理みたいになったが、なんとか売れそうな品々を小分けにして、収納空間の『販売』エリアに収納した。
「あ… そういえば。この金貨って使えるかな?」
ギジェはその昔に、義兄に貰った古いコインを取り出した。
「うん? なんだ普通に金貨をもっていたのね。それで買い物は出来るわよ」
「子供のころに貰ったんだ… デニールよ、約束通りに、これで腹いっぱいになるからな」
ギジェは天に誓うように、金貨を高く掲げている。
「その人はギジェの家族なの?」
「デニール? そうだね、彼はこっちの国、ドーンラングから間違って転送されてきた盗賊だったんだ。彼がお宝や装備を集めて街で売ればお金になるって、教えてくれたんだよ。盗賊の技術の師匠でもあるんだ。そう、まるで兄のように…」
最後は少し寂しそうに言葉を濁した。
「ゴメンね… 悲しい事を思い出させたんだね」
少女は自分の軽率さを恥じて、そっと彼の腕に手を添える。
「大丈夫だよ。良い思い出だから」
「そう… じゃ今日は、鍛冶屋でミスリルの端材、宝飾品屋に小さい宝石と原石少々、目玉にこの金剛石の指輪一個だけっと。あとは薬屋でギジェ自作の回復薬が売れるかを聞いてみて、武器屋に鉄の大剣と短剣… と、これぐらいでいいかな?」
「ありがとう、ライシャ。初めてのお買い物だ」
「ああ!あとギジェはその次元倉庫を、人前で使ったら駄目よ。そんな魔法使えるなんてこの世界では聞いたことないし、そんなのバレたらお店に出入り禁止になるわよ。商品盗んでも証拠がないとか最悪の万引き犯だもの」
「なるほど… 確かにそうか。万引きってなに?」
そこでライシャはちょっと困った顔をする。
「まぁ、それはいいや… そう、その謎収納を使う時は、必ず鞄の出し入れとかを演じたほうが良いとおもうの」
「じゃ少し大きめのバックも買わないとかな… 自分で作ると時間かかるし」
「革細工もできるんだ?」
「何でも自分たちで作らないとだったからね、あの黒革コートも俺のお手製です。そして鍛冶仕事が趣味かな? 魔法剣だって打てるんだぞ」
ギジェは小分けした宝石の袋を、ローブの内側に押し込んだ。
「凄いわね… 職人としてもやっていけそう」
少女は素直に尊敬の眼差しで魔道士を見詰めた。
「そうだライシャ、これを君に付けていて貰いたい」
魔道士は唐突に彼女の手に、少し厚めのシンプルな指輪を握らせた。以前にアーリィのために作った指輪のひとつだった。
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「え? ま、まさかの出逢って次の日プロポーズとか?」
妖狐の少女が驚きと嬉しさで、真ん丸に瞳を開いて指輪を見詰めている。
「プロポーズってなんだろ? それはお守りだから、ずっと付けていて欲しい。いつか君を守ってくれるから」
残念ながら婚約指輪ではなかったらしい。しかしライシャは感動に頬を染めて「うん」と小さく頷いた。
「じゃ、買い物に出発しよう! まずは屋台で腹いっぱいだ!」
「えー 最初にカバンを買うんじゃないんだね」
ライシャは苦笑しながら、うしろ手で指輪を薬指に通すと、大事そうに握りしめた。