2-16 公開処刑の広場
第ニ章 マナナーン・マクリールの幻塔
注意… 暴力表現があります
「いい夢みれたかい? 紅のお姫様」
エルフ特有の耳の長い美男子顔が、棺の外から見下ろしていた。その英雄パーティのリーダーは、未だに身動き一つ出来ない、きつく拘束されたままのシルクを、鉄棺から荷物のように引き上げる。
「あんたは俺を覚えていないだろ? あの日の戦場で、剣を抜くことも許されず、無様に倒された一兵士… かつては、剣聖ラングリアヴァイスと呼ばれた男だ…」
彼の両手で掴まれた、まるで紅い蓑虫のような少女が、視線だけで彼を見る。
「あんたに情けなく破れた俺は、世間からも馬鹿にされて、正騎士団からも追われるように除隊させられて、今ではちんけな冒険者家業だ… 吸血鬼の姫よ、あんたのおかげで失った栄光は、あんたを殺すことで取り戻させてもらうぞ!」
完全に私怨であることを、堂々と言い放つ元騎士さまが、爽やかな笑顔を浮かべていた。そこに暗がりで準備をしていた、大男の処刑人達が、背後にある車付きの十字の磔台を引いてくる。
処刑人の一人が少女の後手のベルトを外すと、全身麻痺したままで、人形のようにぶら下がるシルクを、荷物のように扱った。そうして無防備な細身を、十字の形に張り広げると、再度革ベルトで完全に固定してしまう。
男共は、磔から離れて全体を確認すると、項垂れたままで表情が見えないのが気に入らないらしく、頭の上に大釘を打ち付けると、そこにシルクの柔らかい髪を束ねて、顔が正面を向く位置に結びつけてしまった。
棒状の口枷を噛み締めた表情には力も無く、黒ローブ姿の処刑人を呆然と見上げてしまう。
「素晴らしい! その悲壮感、本当に貴女は、何をしても絵になりますね」
ラングリアヴァイスは少し離れた場所から見る、その美しい死刑囚の無残な磔姿に、満足したように唸ってみせる。そうして近づいてピンクの髪を手で流したり、赤いドレスの胸元を破って広げたりして、人形の見栄えを整えるように手を加えていく。
そうしているうちに、彼の仲間が地下通路の奥から現れた。斧戦士、弓使い、魔道士と続き、その後ろから鉄の首輪に鎖を付けられた人狼族のリズが、まんま奴隷の姿で引かれて来た。また隷従の命令らしく人形のように表情が無い。
そして最後に半吸血鬼のルインガーダが、優男の笑みで天を仰ぐと、晴れやかな顔で処刑囚の少女を見た。
「さぁ、あなたの出番です! 美しく散って、王都を沸かせて頂きましょう!」
完全武装の兵士数名によって、一枚岩の巨大な磔台に晒された少女は、中央平場の祭場へと続く、長い上り坂へと押し出されていく。
地下通路の暗闇から、晴天の下に曝け出されたシルクは、再び強い日差しで視界が白く飛んでしまった。そうして混凝土で固められた、傾斜を昇り切ると、凄まじい歓声が、高い街並みに反響して王都を震わせた。
巨大な浅めの円形劇場のような、中央広場の客席を埋めるのは、可憐な吸血鬼の処刑を待ちわびる、数万の群衆だった。
200年にも及ぶ長い時間を争った、騎士国家フレイアムと吸血鬼の血族達。特に王国の民が味わった、屈辱的な敗北の『ボスワルド領都戦争』の張本人である紅の戦魔姫を、王都で処刑するという決定的な勝利の瞬間を見届けようと、集まった観客たちは湧いていた。
その興行的な処刑劇は、この民の熱狂を見れば大成功といえるだろう。
シルクは太腿まで顕にされた脚に、張り広げられ固定された白い腕に、食い込むほど磔にされた背や、わざと破られたドレスの胸にも、民衆の恨みと好気の籠もった視線を向けられ、嬲られているのだった。
それでも少女は、まだ夢の中のようにぼんやりと表情も無く、全てを受け入れたのか、心も驚くほど穏やかなままだった。
やっと終われるのかな… なんて空が高いのだろう…。
シルクは冬晴れの晴天を、無心のまま見上げていた。
円形劇場の中央に設けられた、石組みの祭壇まで登りきった磔台は、そこで民衆の方向に向きを直すと、その背後に並ぶように、槍を手にした処刑人と、英雄パーティの四人に、半吸血鬼、そして引きずられたリズが登っていく。
祭壇の正面には、第一騎士団の約3000名が列を組み、劇場を見下ろす屋根付きの貴賓席には、国王アドリニスタ・エイワール・フレイアム三世が、飛行師団団長である第一王子や、元老院の重鎮、多数の貴族たちと共に観覧していた。
「どうですか、犬ころのおかげで、こんな素晴らしい処刑を行えますよ? お前がこの六年で、あの吸血鬼に絆され懐柔されてしまうのは、計算の内なのですよ。まぁ、しょせんは隷従する犬ですから、私の命令には絶対に逆らえません」
半吸血鬼の優男は、そのまま飼い犬のように、床に座り込んだリズの頭を、くしゃくしゃと撫ぜまわした。
「昨夜、吸血鬼の姫の鉄棺に、何か用があったのでしょう? 何を企んでいたのかは想像つきますが、お前には何も出来はしないのです… まぁ実際、十年も頑張ってくれたことですし。ご褒美に、一番美味しいところを与えてやるつもりです」
撫でていた手で髪を掴むと、力任せに自分へと引き寄せる。そうしてルインガーダは残忍な笑みを浮かべると、嬉しそうに彼女の尖り耳を軽く噛んだ。
そこで、ドーーン、ドーーンと銅鑼の音が響き渡り、怒号のような歓声が一気に静まっていく。数万の視線がその響きに向けられると、貴賓席の高台に立ち上がる、国王の姿に注目が集まった。
「選ばれしフレイアムの民達よ! アドリニスタ・エイワール・フレイアム国王陛下に最大の敬意を!」
国王の後ろに立つ、フレイアム正騎士団総長が声を張り上げると、数万の民衆が一斉に膝を折り、胸に手を当てて国王陛下に礼を尽くした。完全に静寂に包まれた劇場を見渡した白髭の王は、たっぷり二分ほど掛けてから、手を上げて民衆に語り始める。
「面をあげよ我が愛しき民達よ」
その第一声で、人々は礼を尽くしたまま、顔だけを赤地の国旗はためく、高台の君主に向けていた。頭上には国力を示すための演出として、二隻の大型飛行戦列艦が、時を合わせて背後から現れる。
「我が栄光ある騎士国家フレイアムは、百数十年の長きに渡り、北方領土の一部を、悪魔の眷属である吸血鬼どもに、汚され略奪されてきた」
国王は両手を差し上げて、数万の民衆をゆっくりと見渡していく。
「特にボスワルド領における、屈辱的な敗退と、領都ケイシアを滅ぼされ、数千の国民を虐殺された惨劇に、深い憤りと悲しみを持つ者も多いだろう」
羽織っていた真っ赤な覇王の外套を、背後へと脱ぎ捨てると、強く拳を握って声を高く語り続ける。
「しかし、この度、我らが正騎士団と優秀な冒険者諸君の奮闘により、この事件の首謀者であり、長らく王国の宿敵でもあった、吸血鬼の真祖を捕縛する事と相成った!」
その一瞬、おおおおっ!っと民衆がどよめいた。
「長い年月、我が王国を蝕んだその償いを、今日ここに受けさせるのだ! そして我が民と共に、それを目撃し勝利の歓声を上げようではないか!」
うおおおおおおおおぉぉぉ! と凄まじい歓声が沸き上がる。
「国王陛下に忠誠を! 王国に繁栄を!」
数万の声が重なって、木戸や屋根瓦が振動で震えている。
白髭の君主は王家に伝わる、伝説級の支配者の長剣を掲げると、処刑台の少女に向かって切っ先を指し示す。
「吸血鬼に滅びを!」
高らかに声を張り上げると、歓声もそれに答えるように、繰り返した。
「吸血鬼に滅びを!」 「吸血鬼に死を!」 「吸血鬼に断罪を!」
王都中が沸き立つような、怒号と歓声と興奮が、狂乱となって渦巻いている。民衆が総立ちになると、全員が親指を下に向け、殺せの合図で地を踏み鳴らす。
「お願い… 早く… 間に合わなくなる…」
人狼族の美女が、祭壇の後ろで床に崩れたまま、小声で呟いた。
再び銅鑼が、二度打ち鳴らされると、劇場は興奮したままの、異様な沈黙に包まれた。観衆の視線が一斉に、磔にされたシルクへと注がれる。
磔の背後から、短めの細槍を構えた処刑人が、晒された少女の前に歩み出ると、その槍を処刑囚の目前で重ねて、断罪を表すというクロスを作り出した。そこに、半吸血鬼のルインガーダが横から近づき、シルクの口枷を力尽くで首まで引き下ろす。
「最後に、口だけは開放して差し上げましょう。悲鳴のひとつも上げて、盛り上げて頂きたい!」
『無言』の命令を解除されて、ごほごほと苦しげに咳き込むと、弱々しい瞳で優男を睨みつけた。しかしそのまま、荒く呼吸をするだけで、何も言葉にはしなかった。
「さすがです… 命乞いの一つも聞きたいですがねぇ… 残念です」
ルインガーダが磔台から前に降りると、腰の短剣をすらりと抜き、自分の手のひらに押し当てる。
「さぁ、処刑を始めましょう!」
短剣を握り締めたまま、強く引き抜くと自らを切り裂いた。ぼたぼたと半吸血鬼の毒血が溢れ出すと、それを処刑人の槍に垂らして、槍先を赤く濡らしていく。世界で唯一の吸血鬼の真祖を滅ぼせる、呪われた血液なのだ。
処刑人は左右に並んで槍を構えると、シルクの顕になっている白い脇下へと狙いを定めた…。
あぁ… シルク様…。
その場を動けないリズが、唇を噛んで視線を逸した。
その瞬間、シルクの身体にズブっと鈍い音が突き刺さり、一度それは引き抜かれ、再び突き入れられる衝撃が、ゴリゴリと骨を掠めながら背中へと突き破る。首から下の感覚はなく、もちろん痛みは感じない… しかし、身体の内側を突き抜ける、突っ張るような硬い感覚が、少女にうっ、と呻き声をあげさせた。
処刑人が槍の柄を、床の継ぎ目に置いて手を離すと、磔にされた少女は細槍にX字に貫かれていた。
わざと急所を外して、肩口への浅い場所を突き抜いた技が、処刑人特有のの技術なのだろう。簡単に死なせては、処刑として興ざめなのだ… そうして細く流れとなった赤い血が、破られた太腿の内側を伝い、足先から床へと、ぽたぽたと垂れ落ちる。
本来なら一瞬で再生するその傷も、半吸血鬼の毒血に侵され、その能力を封じられていた。
再び民衆が、湧くような歓声を上げている。
「では、次は俺がやろう!」
英雄パーティーから、両手斧を担いだ戦士が正面へと周って、その得物に半吸血鬼の血を、平たく塗りたくる。吸血鬼の真祖の捕縛に協力し、更にその手で処刑に加担することで、メンバー全員が大衆からの栄誉を受けるのだ。
「それでは、腕を貰おうか?」
蛮族のような黒鎧を着た大男が、頭上の頂点へと大斧を振りかぶると、ふん! とそれを振り抜いた。瞬間にシルクの姿勢が片側に崩れると、上腕から先を磔台に残したまま、支えを失った肩口がその方向へずり落ちる。綺麗に切断された断面から、すぐに出血が吹き出して、半身を真っ赤に染めていく…。
それでも彼女は、一度も悲鳴をあげてはいない… 頬に点々と血飛沫を浴びたシルクが、少しずつ冷えていく自分の身体を、名残り惜しそうに感じていた。
ああ… ライシャ… ギジェ… もっと一緒に居たかったなぁ。
徐々に霞みつつある意識の片隅に、たぶん友達と呼んでくれるだろう二人が、微笑みながら蘇ってくる。
- この万年色情魔め! -
ヤキモチを焼いた妖狐の少女が、想い出の中で蘇る。
あんなに小さかったのに… もう生意気に張り合ってくるんだもの…。
- ちょちょちょっと!いきなり何キスしてるのよぉ -
投げ飛ばされたままの、間抜けな表情で起き上がる、魔道士の姿にシルクは可笑しくて微笑んでしまう。
- それじゃシルクに、娘言葉を教えましょう… -
そして、愛しいリズ… たとえ演技でも、わたしは貴女に癒やされていたのよ? 百数十年分の安らぎを貰っていたの… この数年間は、わたしの酷い人生でも、割と幸せだったのね…。
「では、最後は犬ころにやらせましょう! あなたの同族達の恨みを、気持ちよく成し遂げてください。さぁ! 復讐の完結を! この吸血鬼の首を跳ねなさい!」
「あぁ… い、嫌…」
その命令を聞いたとたん、身体が無意識に立ち上がると、優男の手から血塗られた重短剣を手渡された。
隷従の呪の中でも、最も強力な隷属呪術刻印付与は、吸血鬼の血族のみが施行できる、最上級の呪術である。それは吸血鬼の真祖が、使徒する時に使う血の呪から、吸血鬼化だけを間引いた特殊な術式なのだ。
その主からの命令は絶対で、その指令を実行するためなら、本人から意識を無くさせるほどの、強い効力を発揮する。
「嫌… 絶対にいやだ… シルクを殺したくない…」
リズは踏み止まって必死に抗うが、まるで見えない何かに引かれるように、片腕を失った少女の正面へと進み出てしまう。
「お願い… わたしを止めて、わたしがシルクを殺してしまう!」
彼女の掠れ声が、救いを求めるように漏れ出した。歓声が「殺せ! 殺せ!」と連呼して地鳴りのように劇場を揺らす。リズの拒絶する意思が震わせる、重短剣の刀身が、ゆっくりと斜め上へと引き上げられていく…。
「良いのよ… 貴女の、その手で… お願いします…」
リズの姿に気づいたシルクは、とたんに優しい笑顔になると、その言葉だけを絞り出した。
ありがとう… 最後がその手によるものなら、こんなに幸せな事はない…。
少女は涙を浮かべた紅の瞳を、覚悟するように静かに閉じる。
嫌よ! わたしが始めて愛した貴女を… この手でなんて…。
人狼族の美女は、完全に振りかぶった剣を抑えたまま、必死に想いを言葉にする。
「シルクを… 貴女のことを… 愛してる… 愛しているの!」
日差しが雲に隠れたのか、視界が急に暗くなった。走った刃が一瞬だけ光を反し、すぐにザクッと肉を切る音が響き渡る。その瞬間を目撃した全員が、驚愕の表情で固まっていた…。
人狼族の美女が握り締める重短剣は、その刃を自らの胸へと突き立てていたのだ。刀身の殆どが背から突き出し、両手で柄を掴んで胸に抱くその姿は、何かに祈りを捧げているように神々しくさえみえた。
彼女は最愛の少女を助けるために、命令の範疇には無い、自分への攻撃を選んだのだ。
「… リ、リズ…?」
大量の出血で意識も薄れていたシルクが、途端に驚愕の表情で彼女を呼んでいた。その目前で行われた悲劇に、心の奥から温かい何かと、哀しい苦しみが、同時に湧き上がって嗚咽となる。
「な、何で… リズ… 駄目! 死んだら駄目よ…」
膝を突き、それからゆっくりと横倒しになった美女は、そこで胸を抱えたまま、床面へと血溜まりを広げていった。
「いやああぁ! リズ! リズ! 死なないでぇ!」
取り乱し、叫び始める吸血鬼の少女は、先程までの精気のない、死にかけの処刑囚とは思えない。
と、突然、今までのものとは別物の、驚愕の悲鳴と混乱が、円形劇場を飲み込んだ。それに気付いた観客の大半が、反射的に腰を浮かして逃げ場を探した。祭壇の者たちもつられるように仰ぎ見ると、頭上から凄い速度で落ちてくる、飛行戦列艦の横腹が見えた。
それは巨大な何かに投げられたような、破滅を予感させる勢いで迫ってくる。
「が、頑張ってよ… シルク… 生きていて…」
リズが無理やり首を捻ると、泣き叫ぶ吸血鬼の少女に、苦しげに囁きかけている… 流れ出た互いの血が、床の溝に沿ってぶつかると、ひとつに混じって溜まりとなった…。




