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1-2 ミスティ フォックス

第一章 辺境都市『ムサシノハラ』



 少年は幾つかのトンネルを潜り、勾配と階段を昇っていくと、街外れの高台にある教会跡までやってくる。


 元は綺麗な塔を持つ建物だったのだろう。しかし今はあちこちに穴が空き、それを板やゴミで無理に塞いだ、ただの大きなバラックだった。


「こっちよ、裏に入口があるから」


 少年はここに来てもまだギジェの手を引いている。その手はほんのりと温かく柔らかい。


 彼は周囲を警戒してから、奥のゴミ山に隠れてあった、鉄の戸を引いて中に入った。けっこう狭くてギジェは潜るのに少し苦労する。


「ゲンジ、メリル、このお兄さんは私の連れだから、ちょっと面倒事でね」


 教会の地下室らしい暗い部屋に、二人の子供の影があった。


「うん、変なやつ来ないか見張っておくよ」


 二人は暗殺者(アサシン)のように素早く左右の通路に消えていった。


「こっちよ、そこ気をつけて罠仕掛けてあるから」


 基本的なワイヤータイプの(トラップ)が見えた。引っ掛けたら天井から何かが降ってきそうだ。


 少年は更に奥の数段下がった小部屋にギジェを引き入れる。真四角の小さな明り取りの窓があり、外壁直下を掠めている河が遠くまで見下ろせた。


 少年は寝床の代わりなのか、(わら)で編まれた(むしろ)の上に座り込んだ。魔道士も目前に座ってあぐらをかき、手に持っていた黒革のコートを横に落とした。


「それで… あなたは何者なの?」


 ギジェの胸に細い人差し指を押し付けて言った。


「ただの通りすがりの旅人です」


 少年はふーんっと指を突き放す。未だにフードに隠れて瞳はみえない。


「ずっと見ていたけどあなた怪しすぎるもの」


「そ、そうかな、普通にしていたつもりなんだけど…」


「この暖かいのに真っ黒な革のコートを着て汗もかかず。明らかに挙動不審で周囲を見回していて… まぁ、これぐらいなら、辺境からの流れ者の多いこの街なら珍しくもないけど」


 ギジェの背中に、違う意味の嫌な汗が流れている。


「どうみても流れ者なのに一切の荷物も持たず、かといって身なりは小奇麗で明らかに怪しいよね?」

 

「更に目立っているのに、何も無い空間から串焼きを堂々と引っ張り出し、挙げ句にとてもこの街では換金できないような、高額なお宝をゴミのように私の前に転がしたわ… 何か反論はあるの?」


「もう、本当にごめんなさい」


「だいたいこの物騒な街で、あんなお宝を、誰の目からでも見える露天の床に投げるなんて、命狙われても文句言えないのよ。しかも一緒に居た私もね!」


「なんかもう… 死にたくなってきました。死ねないけど…」


 ギジェはそのまま完全に土下座モードで平謝りをくり返す。


「ほんとにすいませんでした!」


「まぁ、いいわ… だったらその謎空間に入っている、食べ物をどんっと差し出しなさい! 私たちお腹が空いてるのよ」


「も、もちろんだよ! だったら何処かで調理できる? 久しぶりにモツ肉スープでも作るよ」


 ギジェの言葉にひょいっと飛び起きた少年は、入り口のあった広めの部屋へと引き返した。


「ここで焚き火しても大丈夫よ」


 大きな石が二つ並んだだけの、焚き火跡にやってきた。彼は近くに積んであった焚き木を一抱え運んでくる。


「エアレーの股肉(ももにく)と、山牛の胸のロースと、大角鹿(クリップスプリンガー)の天日干しの肉の… どれが好き?」


「何そのご馳走… 全部よ、全部出して」


 ギジェは苦笑すると、次元倉庫(インベントリ)から大鍋と、調理器具を引っ張り出した。




 「久しぶりにお腹一杯まで食べたわ。幸せ…」


 心なしかこんもりと盛り上がった腹をさする少年。兄妹らしいゲンジとメリルも、大満足の笑顔でギジェにお礼を言った。


「兄ちゃん、こんなご馳走ありがとう!美味しかった」


 分厚い串焼き肉十五本に、手持ち最後の干し芋の串を六本と、山牛のモツと長芋と香草を、生姜と塩で味付けした、鍋いっぱいのモツ肉スープを全て四人で食べ尽くした。


 少年は十代半ば、兄妹は前半ぐらいに見える。よっぽど腹を空かしていたのだろう。三人とも食事中は涙目の上に無言だった。


「ゲンジ、メリル、悪いけど交代で見張り頼める?」


「もちろんだよ、戻ったばかりだしゆっくりして。脚もまだ痛むんだろ?」


 兄妹は再び忍者のように、闇の奥へと消えていった。


「君らは兄弟なのか?」


 ギジェは次元倉庫(インベントリ)から、自家製の芋の酒を引き出した。久しぶりに人の温かさのある食事に、少し飲みたくなったらしい。


「違うわ、みんな孤児でここで一緒に暮らしていたのよ。前はもっと仲間がいたんだけど、独立していったのよ」


「お酒は飲める?」


 魔道士が酒瓶を差し上げて尋ねた。


「口に入れるものなら、何でも歓迎だわ」


 少年はギジェから酒の()がれた湯呑を受け取った。


「誰かと一緒に食事するって楽しいものだな」


 二人は互いの酒の湯呑を、乾杯っとぶつける。


「ずっと一人だったの?」


「いや奈落の村に家族はいたんだ、血は繋がってないけどね。もうみんな死んでしまった」


「そう… ごめんね、余計な事を聞いて。奈落の山を越えてきたんだ? すごいね」


 ちびりと湯呑を口にする。以外と口に合うようだった。


「そして、君は女の子なんだね」


 その言葉に拍子抜けしたように見返してしまう。


「ちょっと、今更なの? ずっと少年にでも見えていた?」


 ずいっと身を乗り出して詰め寄った。なぜか未だにフードを被ったままだった。


「さすがに途中で気がついていたんだけど… 何か理由でもあるのかなと? 顔も見せないしね」


「そうね… 理由なら結構、盛り沢山なんだけど」


 とっくに日も暮れたらしく、焚き火の明かりだけが、不安定に二人を照らし出している。


「じゃ、これを見てあなたが嫌じゃなかったら、色々と相談に乗ってあげる。あなたといると儲かりそうだし」


 そう笑うように言ったが、口元は緩んでいなかった。


 そっと自分でフードを()ける。最初に細くまとめた二束の髪が胸元へと落ち、続いて背中まで届く長めの金髪が流れ落ちた。睫毛(まつげ)の長い大きな茶色の瞳が、伏目がちにギジェを見ている。


 どことなく少女の頃の妹を思い浮かべてしまう。似てはいないはずなのに…。


「猫人族なの?」


 ギジェは思わず声に出した。


「猫じゃないから!キツネだからね」


 金髪に埋まるように、少し小さめで、少しだけ離れ気味で、少しだけ垂れ気味なキツネ耳が見えている。ぱっと見は猫耳にしか見えないのだが…。


妖狐の一族(ミスティ フォックス)なの。変化(へんげ)して人を騙すって言われて、昔から嫌われ者なのよ。吸血鬼や死神と同類って感じでね。それに…」


 彼女は影になっていた右の頬を明かりに晒す。眉から顎にかけて酷い傷跡が二本並んで走っていた。まだそれは新しく最近に起きた悲劇らしい。


「これでも結構な働き者の財宝探求者(トレジャーハンター)だったのよ。遺跡を調べて回って宝物を回収したりね」


 キツネ耳が哀しそうに垂れていく。


「半年ぐらい前かな、超巨大灰色熊(アルクトグリズリー)ていう、この南方の森で一番危険な魔獣に襲われて、この有様なの。顔の傷もそうだけど、そのときに右足を骨折、足首の(けん)も切断してまだちゃんと治ってないんだ」


 彼女は傷を隠すように顔を()らせる。ギジェはその瞳をずっと見つめて離さなかった。


「半年も動けなかったから、食べ物も買えないぐらい追い込まれてたのよ」


 ギジェは彼女の頬に手をやると「見せてくれる?」と優しく言った。


 一瞬だけ躊躇するように身を引いたが、諦めたように傷跡を彼に向ける。


 魔道士は顔を近づけて、ゆっくりと確認すると、今度はその細い足に手を当てて、静かに触れ、優しく撫でて、何度か角度を変えて覗きこんだ。


「ちょっと… 恥ずかしいんだけど」


 少し頬を赤らめる妖狐の少女。


「治癒魔法は使わなかったのか? これなら下級治療(ローヒール)でも時間を掛ければ治りそうだけど」


「前は仲間に使い手がいたのだけど、もう出ていってから長いわ。治癒魔法を使える神官は少ないから、神殿で治療を受けるとすごい高額なのよ。一回で60銀貨(6万バース)とか払えないもの」


 ギジェは少女の傷のある頬にそっと触れる。


「君は綺麗だね… このキツネ耳もすごい可憐だ、すごい触りたい」


 その言葉に「もうっ」と顔を火照らせる妖狐の少女。心なしかキツネ耳が立ち上がってくる。


「まぁ大丈夫だよ、何とかなると思う」


 しばらく次元倉庫(インベントリ)をゴソゴソと探していたギジェは、一本の陶器の(ポーション)を探し出した。


「中級の治癒薬(ヒールポーション)だよ。一回に一口飲んで、あと布に薬液を染み込ませて、頬の傷に当てておくと良いよ。まだ傷も新しいから効果も高いと思う」


「えっ…」


 少女はギジェから、半ば放心状態で薬の瓶を受け取った。さらに彼女の湯呑に芋酒も継ぎ足している。


「そのかわりに、俺にこの街のこと、人の住む世界の事を教えて欲しい」


「中級の治癒薬(ヒールポーション)って… 幾らすると思ってるの…」


 少女の背中が嗚咽で震えている。彼はその(ひざ)に手を置いて「大丈夫、自作だから沢山あるし」と、しばらくなだめていた。



 ◇



 いつの間に寝てしまったのだろう? 目覚めると顔のすぐ正面に、妖狐で美少女の横顔があった。「うっ」と驚いて離れようとして、自分のローブの左右を、彼女に握りしめられている事に気がついた。


 駄目だ… 動けない。 


 仕方がないので少女の寝顔を見つめてみる。頬には布切れが乗っている。ちゃんと回復薬をつかったようだ。長い睫毛(まつげ)には涙だろうか? 数滴の水玉が乗っていた。


 胸の膨らみが、ゆるい襟元から少しはみ出していて、思っていた以上の大きさを目視してしまった。


 少年に間違えてすいませんでした! と素直に謝るぐらいにはあるようだ。


「うーんっ」


 少女が寝返りを打とうとして、自分の握り締めるものに気がついた。はっと我に返って目を開ける。


「お。おはよう」


 真っ赤な顔でそれだけを言った。キツネ耳の側で「おはよう」と返すと、ぶるっと耳が反応して可愛い。 うっ、すごく触りたい…。


 それでも彼女は手を離さずに、むしろ握った手を少し引き寄せる。


「ちょっと見るよ」


 ギジェは頬の布切れを優しく剥がすと、唇が触れるほどの距離から経過を見る。たった数時間で半分以上も薄くなっていた。これなら二日程で完全に治るだろう。


「大丈夫だよ、だいぶ薄くなってる、あと数日で綺麗に消えるとおもうよ?」


「うん」


 少女はギジェの顔を見詰めている。澄んだ茶色の瞳が潤んでいるのがわかった。


「ねぇ、あなたの名前はなんていうの?」


 そういえば自己紹介をしていなかった。


「俺はギジェ、氷の黒魔法が得意な黒魔道士(ウォーロック)かな?」


「わたしは妖狐の一族(ミスティ フォックス)のライシャ」


 はにかんだ笑顔でお互いを見る。


「よろしくね… ギジェ。辺境都市『ムサシノハラ』へようこそ」


 ライシャはそう言って、華が咲くように微笑んだ。














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