表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/44

2-6 天空のスパリゾート

第ニ章 マナナーン・マクリールの幻塔


 メイド姿の人形(ドール)に先導されて、大浴場への廊下を行く(あるじ)の二人。藤色(ふじいろ)の鮮やかな絨毯の先にある脱衣場は、大きな入口が一つだけの、明らかな混浴仕様だ。


 何故だかギジェが、これが正しいとばかりに、うんうんと頷いている。


「ここで着替えても、湯船が遠いんじゃないかしら…」


 裸のままで、大浴場の端から端までを歩くのは、さすがに恥ずかしいのだろう。


「着替えのほうは、湯船の隣に衝立(ついたて)を用意してございます」


 メルが服の(すそ)を気にしながら、大浴場への段差を越えた。


 ()硝子(ガラス)で仕切られた浴室は、光量を抑えているのか薄暗く、こちらの脱衣所はさらに闇色に近い。


「だそうだよ。ほら、ライシャ暗いから足元に気をつけて」


 ギジェが少女の手を取った。彼女は夜目が効くことも忘れて、されるがままに引かれていく。


 植栽の周囲に埋められた、魔道具の間接照明が、複雑な陰影を四方へ伸ばし、その舞台のような、南方の草木と、大輪の花々と、光と影が重なる模様世界を、二人は役者の登場シーンのように進んで行った。


「では、こちらの方に、湯浴み用の手ぬぐいを置かせて頂きます」


 メイド服の人形(ドール)が、植栽と湯船の合間に置かれた、衝立(ついたて)と白木のデッキチェアの上に、抱えていたタオルの一揃(ひとそろ)えを置いた。


「どうぞごゆっくり、おくつろぎ下さい」


 彼女は四つ折りの間仕切り(パーテーション)の影に身を引いた。


「やっぱり外が暗いと、硝子(ガラス)の向こうは見えないもんだな」


 薄明かりを(かえ)す広い硝子(ガラス)は、今は暗い鏡面となって、浴場全体を映している。


 ギジェは、湯船に並んで置かれた、低い石材のベンチの上に、葡萄酒(ワイン)と、真鍮(しんちゅう)(さかずき)を並べていく。今日の(さかな)は、ウニ味噌の炙りらしい。


「ライシャ、素早いな」


 彼が宴の準備を終えて振り返ると、いつの間に支度をしたのか、少女の白い美脚が、湯船に降りるところだった。


「まだ見ちゃ駄目だから!」


 慌てて全身を湯に沈める。さすがに三度目の混浴だ、要領を得て()きも少ない。魔道士もそのまま、上着(コート)をベンチに掛け、対短剣を肩ベルトごと外し、下着と革パンツを一緒に脱ぎ落とした。衝立(ついたて)は… 要らないらしい。


「貴方は… 相変わらず大胆な脱ぎっぷりね」


 妖狐は胸まで湯船に沈みながら、目を背後に(そら)して言う。しかしそのガタイの良い引き締まった姿が、硝子(ガラス)に映って、ほぼ丸見え状態だった。


 そして… 相変わらずのご立派なモノで…。


 少女が平手で顔を覆うと、彼がすぐ横にやってきて、湯の中に腰まで沈んだ。降ろしたままの白金の細髪が、妖狐の鎖骨を流れて、彼の腕に(まと)い付いた。


「ふう… 良いね。やっぱり風呂は最高だよな」


 両手ですくった湯で顔を濡らすと、硝子(ガラス)を背に深々と息をはいた。ライシャがそっと寄り添って、彼の肩に頬を乗せる。


「うん、気持ち良い… これ明るい時間に入ったら、素晴らしい絶景なんでしょうね」


「そうだな、朝風呂も良いんじゃないか? 世界で此処にしか無い、天空の大浴場だな」


 ライシャの濡れ髪を優しく片側に流しながら、キツネ耳と頭を交互に撫でている。少女はさらに身をひねると、彼の首筋に口づけを触れさせた。


「えっと、それで… 何でメルがいるのかなぁー?」


 湯船に座り込んだ彼の膝上に、繊細に整った美少女顔の人形(ドール)が、ちょこんと乗っている。まっ更な関節人形の裸体のままで、胸の膨らみが(つや)やかに濡れてみえた。


「何かご希望がございますか? ライシャ様」


 メルは不思議そうに小首を傾げる。ギジェも素晴らしい自然体で、片腕で人形(ドール)を前抱きしていた。


「いやいやいやいや… おかしいでしょ? 何でメルまで裸なのよ!」


(あるじ)様がご入浴の際は、メイド一同もご一緒するのが、習わしなのです」


「それは… ララニスの命令かしら?」


「もちろんでございます。欠かさずこうやって、抱きしめて下さいました」


 ギジェの胸に全身を預けると、スリスリと頬を寄せて(なつ)いてみせた。


「あのエロオタ駄賢者め! 泣いてやって損をしたわ!」


「もちろん(あるじ)様を、隅々までお洗いするのも、わたくしたちの責務でございます」


「いえ… それはわたしがするから! ていうか、メルそこはわたしの特等席(ひざうえ)なの!」


(あるじ)様… わたくし、あの… こうして触れてくださるだけで、この数十年が(むく)われた気がするのです」


 色白で美しい造形の西洋人形(アンティーク)が、柔らかく目を細めて、ギジェとライシャを交互に見る。


 ああ、ずるい… そんな(はかな)げな表情をされたら、何も言えなくなるじゃないの…。


「お父様が亡くなってから今日(こんにち)まで、わたくしは何人(なんびと)とも関わらず、機械人形(オートマタ)達と同じように、繰り返すだけの日々でした… その寒いような、何かが足りないような、逃げ出したいような、不思議な想いにずっと捕われていたのです」


 湯が跳ねたのだろうか? メルの紅柱石(ルビー)色の瞳から、水滴が涙のように頬を伝う。


「メル… その感情を私達は、()()()って言うんだよ」


 ライシャは人形(ドール)を排除する代わりに、彼ごと抱きしめていた。メルは一瞬驚いた表情を見せたが、二人に前後から抱きしめられて、淡く頬を染めてみせた。


「さみしい… 寂しい」


 無垢な眼差しで妖狐を見詰めながら、何度も言葉を反芻(はんすう)する。


「ライシャ様… わたくし、本当に、存在し続けて良かったと実感しております… この世に生まれ出て、喜ばしく思います」


 少女は自分よりかなり小柄な人形(ドール)の躯体を、ぎゅっと前抱きにすると、赤みの強い金髪にキスを落とした。人肌よりも硬い関節人形の躯体が、彼女の胸に冷たく押し付けられている。


「そして、その暖かな気持ちは、()()という事だ」


「しあわせ… はい、ギジェ様。わたくしは幸せです」


 二人の合間から、するっと抜け出すと、人らしい少し泣きそうな笑みを浮かべて立ち上がる。「しあわせ… 幸せ…」湯船で両手を広げて、くるくると踊って見せた。人形(ドール)とはいえ、その華奢な()()()()()()姿()に、目のやり場に困ってしまう。


「妖狐さん、君はやっぱり優しいな…」


 人形(ドール)が抜けて、そのまま重なった互いの肌が、暖かい湯に濡れて心地良い。ギジェが少女の腰を引きよせると、綺麗な双丘が柔らかく胸板に押し付けられた。


「あっ… だ、だって、(つら)かったり、哀しかったり… そんな事が多すぎる世界だもの。寄り添って癒せるのなら、それは救いになるでしょ?」


 彼の脚の合間で膝立ちをすると、深い蒼玉色(サファイアブルー)の瞳を愛しそうに覗き込んだ。


「わたしたちが、互いを癒せたようにね… 一人ぼっちは寂しいから」


 透明な金色の濡れ髪が落ちて、ギジェの首筋に張り付いている。彼は滴る湯の(しずく)を受けながら「そうだね、ライシャ…」と、口元を柔らかく緩めて笑った。


 そうして、ゆっくりと互いの唇を求めると、湯煙の中で互いを抱きしめる。丁寧(ていねい)で優しく、でも決して離れないという、誓いにも似た長い抱擁とキス。次第に魔道士も膝付きで立ちあがると、見下ろす姿勢で彼女の裸体を包み込んだ。


「んんっ… あ…」


 ようやく離れて息を吸うと、さらに激しく互いを求めた。彼の舌が奥くまで届き、それに自分が熱く吸いついた… すぐに息が上がり鼓動が早く打ち始める。


「あぁっ… これ以上は、駄目よ… ギジェ」


 妖狐の少女が、無理をして口づけを離すと、上気した表情で彼を見詰めた。


「あの娘が見てるもの…」


 甘えるような、妖しい大人(おんな)の口調でそう言った。そうして、しばらく呼吸を整えると、次元倉庫(インベントリ)からオリーブの石鹸を引き出した。


「メル、此処に来て、このベンチに座ってくれる?」


 ライシャは子供をあやすように、人形(ドール)の裸体を抱き上げて、石材のベンチへと座らせる。「あぁ」っと、すぐに背後から自分も抱え上げられて、メルの横に並んで座らされてしまった。ミイラ取りがミイラに… 的なやつである。


「ほら、俺はライシャを洗うから、君はメルを洗うといいよ」


 そうして、少し意地悪な笑みを浮かべると、手ぬぐいを泡まみれにして、彼女のお腹にふわっと押し当てる。


「きゃっ… もう、わたしにも手ぬぐい取ってください」

 

 少女は受け取った手ぬぐいで、優しく石鹸の泡をつくると、人形(ドール)の背中にそれを移していく。女性らしい繊細な手付きで、関節人形の各部を洗い、彼の大きな手が自分の胸を柔らかく揉み洗いしている。


「あぁん… もう、そこを重点的に洗うのは… ずるい」


 紅く火照った胸の膨らみを、幾度もぬるぬると洗い上げると、可愛い突起が指の合間で上下に跳ねた。それでも、ライシャは彼に身を任せたまま、自分はメルの全身を泡だらけにする事に必死のようだ。浴場にベリー系の甘い香りが広がっていく。


「ほら、二人とも、まとめて洗ってやろう」


 ギジェが大きく腕を回すと、ライシャを挟んだまま人形(ドール)の体を抱きしめる。そうして、泡だらけの姿で三人が一塊になると、互いに泡を塗りつけながら、泥遊びのように戯れていた。


「たいへん心地よく、幸せでございます。なにかお腹の奥がジンジンと温かいのは、何故なのでしょうか?」


「それは… んっ、あぁ… (性的な)の幸せかな…」

 

 少女はメルの首筋を甘噛して抱きしめ、ギジェは濡れそぼったキツネ耳を、口に含んで柔らかく()んだ。そうして、そこらじゅうを泡だらけにしながら、妖しいスキンシップを楽しんでいた。


 


「それでは、わたくしは先にあがらせて頂きます。たいへん幸せな(とき)でありました」


 少し上気して、とろんと妖しい表情で腰を折る人形(ドール)の姿。その人形らしからぬ女性の色香に、少々引き気味な主の二人。


「なんだろ、このひとっ風呂だけで、大人の階段を駆け上ちゃった感じは…」


 全裸の西洋人形(アンティークドール)が、小さなお尻を左右に振りながら、大人のランウェイ・ウォーキングで去っていった。


 うーん、末恐ろしい娘…。


「ほら、ライシャこっち来て、足湯をしよう」


 二人はワインの置かれたベンチの前に移動すると、膝下だけ湯に残したまま、湯船の縁に腰を降ろした。


 妖狐の少女も十分に上気した紅色の肌を、大きな手ぬぐいで隠している。メルが気を効かせて、大きめのタオルを追加してくれたのだ。しかし、どうみても裸エプロン以下の隠蔽(いんぺい)具合だ。色々と見えてしまい、逆に欲情してしまいそうだ。


葡萄酒(ワイン)はわたしが開けるよ」


 陶器で出来た葡萄酒(ワイン)の瓶が、寸胴のワインクーラーの氷水に沈んでいた。少女が口のコルクに指先でトンと触れると、それはまるで手品のように、独りでに持ちあがり、最後はころっと床へと抜け落ちた。


 ライシャは手にした陶器から、(さかずき)へと紫の赤葡萄酒(赤ワイン)を注いでいった。


「新居に乾杯!」


 ギジェが(さかずき)を手に掲げて見せる。


「うん。新しい我が家に!」


 そう言って一気に飲み干すと、互いの(さかずき)を空にした。すでに結構な長湯で喉も乾いていたらしい。


 ぴたりと膝を揃えた女の子座りで、ライシャが再びお酌をすると、(さかずき)悪魔の液体(赤ワイン)で満たしていく。


「ふふ… すごく美味しいね。ねぇ、ちょっと明るすぎから… もう少し暗くならないかな?」


 濡れタオルに手を添えて、恥ずかしそうに呟いた。とたんに魔導照明が灯りを落として、手元のランプ一つだけが、小さな火種を不安定に揺らしていた。


「あれ、これって言葉にしただけで、操作できるの?」


「そうだね、君もこの塔の管理者だから、その権限で出来ることは多いはずだよ」


「そうなんだ… 魔法世界もこうなると便利だね。というか… この青い明かりは何なのかしら?」


 何時のまにか浴室全体が、淡い青色(ブルー)の輝きに浮かび上がっていた。少女が不思議に思って、湯船に立ち上がると「ああ…」と口元に手を添えて、驚きの声を漏らしてしまう。


「ギジェ外を見て… 素晴らしいから」


 彼の手を引いて立ち上がらせると、青く輝く硝子(ガラス)の外を指さした。


「これは凄いな… ギガント(巨大)アカンソリニゥム(海ウシ)の光かな?」


 浴室の照明が消えたおかげで、宵闇の海と空がはっきりと見下ろせた。それは満天の星々の(きら)めきと共に、青い蛍光色の洪水が、見事に海中を埋め尽くしているのだ。


「それだけじゃないわ。これは夜行虫じゃないかな… 海洋性の微生物(プランクトン)が青く光を放つ現象なの。でも、これだけの規模になると、神々(こうごう)しいぐらいだね」


「ああ、だから()()()()なのかな?」


「うん… そうなのかも。すごく綺麗…」


 ライシャは手繋ぎをしたまま、彼の傍らに寄り添った。そのうっとりと甘えた声に、すぐに筋肉質の腕が下りてきて、彼女の細身を優しく抱いた。


 魔道士は手にあった、三杯目の(さかずき)をぐいっと流し込む。口元から紫の(しずく)が一筋(あふ)れて、首まで流れ落ちた。少女はその赤い筋に口元を寄せると、妖艶な表情で舐め取って見せる。


「ねぇギジェ… わたしね…」


 小さく(ささや)いた甘い声が、彼の唇で塞がれてしまう。激しく求め合う熱い口づけ… ぽちゃんと真鍮(しんちゅう)(さかずき)が、湯の中に落ちて、ゆらゆらと光を反しながら沈んでいった。


「欲しい… ライシャが…」


 彼女を抱き上げてしまうと、濡れた垂れ耳の側でそう囁いた。


「…うん」


 首に腕を回してぎゅっと身を押し付ける。まわりの暗さが、少しだけ彼女の背を押していた。羞恥に火照った身体が、赤く染まっていくのが自分でもわかった。


「いいよ… ギジェ…」


 妖しい表情で微笑むと、彼の頬に手を添える。魔道士はその華奢な裸体を、浅くなっている硝子(ガラス)窓の縁まで抱えていった。そこで丁寧に湯の中に座り込み、硝子(ガラス)に寄りかかるようにして、熱情が込もったキスを交わしあう。


 絡んでいく互いの舌と唾液()を、何度も味わって水音を漏らし、彼はライシャの尻尾の付け根に触れ、少女は彼の黒髪に指を絡めて引き寄せた。


「んっ… あ… そこ、気持ち良い…」


 魔道士は口から首筋、胸へとキスを丁寧に落とすと、今度は舌で濡らしながら、再びうなじまで戻っていく。少女の紅色に染まった汗ばむ裸体が、幾度か反応してビクっと跳ねる。


「寝室に行くかい?」


 湯の中で広がった尾を、優しく手のひらで(まと)めながら小声で聞いた。青い宇宙のような硝子(ガラス)窓を背にして、二人の陰影が(つや)やかに浮かび上がっている。


「このままで… いい… きて」


 細腕を広げて、(うる)んだ紅茶色の瞳で彼を見上げた。魔道士はその子供のような小柄な裸体を、優しく抱きしめると、浅い湯の中に押し倒していった…。


 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ