表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/44

1-13 パラヅゥの滝

第一章 辺境都市『ムサシノハラ』


 長湯から上がると、ふたりは殆ど裸のままで、氷翼に抱かれて眠ってしまったらしい。


 目が覚めると並べた寝袋の上で、麻布と掛けていた毛布と、互いの髪や手足が色々と絡まって壮絶な感じだった。


「うっ… なんか私達すごい乱れてるね」


 まるで情事の跡のようだが、(もつ)れるように抱き合って眠っただけだ。


「スポイルちょっと外に出たい」


 魔道士がそう言うと、重なっていた翼が左右に開いて、朝日が眩しく差し込んでくる。けっこう遅くまで寝ていたらしい。


「どうせ裸だし朝湯でも楽しもうか?」


「ふふっ そうね、折角だものね」


 ライシャは髪を手早く(ゆい)なおすと、全裸のままで岩棚に立ち上がる。


 降り注ぐ柔らかい朝日の中で、華奢な少女の裸体が淡色の絵画のように美しく見える。「ギジェもおいでよ」彼女はそのまま、くるっと片足で回って見せた。


「なんかもう吹っ切れた?」


 逆に彼のほうが少し照れてしまっている。互いに全裸で荒々しい渓谷の中に立つと、少女はギジェの手を引いて湯の中に身を沈めた。


 明るい光に照らされて、隠すものもなく晒された肢体は、生命(いのち)あふれる健康的な色気で清々しく誘惑されてしまった。



 ◇



 二人は一度、野営地を片付けると周辺を巡ってみる事にした。再び地獄の黒馬(ナイトメアー)に騎乗しての『源泉の谷』観光だ。


 見上げる連峰の上部ではやっと始まった紅葉が、赤や黄色の帯となって山肌を染めている。あと半月もすれば山全体が華やかに色付くだろう。


 黒馬は渓谷の奥へと進み、立ちあがる巨大な間欠泉を近くに見上げ、岩場と沢の合間に広がる湯の池を覗き込んだ。周囲は強い硫黄の匂いが立ち込めている。


「ちょっとこの池の泥を採取していくね」


 ギジェは泥沼の底に四角いプール状の硬氷を召喚すると、その下を次々と氷塊で押しあげて、目前まで浮かび上がらせた。側面に空いた細い隙間から湯だけが流れ落ちていくと、残った黄色味の強い泥を氷ごと次元収納(インベントリ)に回収した。


「泥なんてどうするの?」


 振り向いたライシャが不思議そうに訪ねてくる。


「こういう火山性の泥沼からは、硫黄を抽出できるんだよ。錬金で使う材料だね。良い機会だから」


「そうなんだ、何が作れるの?」


 後抱きの騎乗にいると、妖狐の綺麗なうなじから甘い香りがする。しかしそれも、流れてくる硫黄臭さに、すぐに侵されてしまう。


「酸や爆発する火薬とかになるんだよ」


 耳もとに顔を近づけて、力づくで甘い香りを堪能した。


「ああん… なんかちょっと危険な香りがする」


「ははっ、酸は脱色とかに使うから、機織り場とかで売れると思うんだよね」


 さすがに硫黄臭も限界が来て、黒馬を谷の出口へと向かわせた。


「ギジェはほんとうに博識だよね」


 少女が何故だか自慢げに言う。


「師匠が良かったんだとおもうよ」


 ギジェはもう一度ベリー味のキツネ耳の香りを堪能した。



 ◇



 二人を騎乗させた黒馬は、昨日来た道を逆に走ると、渓谷を下って高原まで戻って来た。遠くに山羊イノシシ(プラトーエアレー)の群れが、急な岩肌を器用に昇っていくのが見えた。 エアレーの群れ… 美味しそうだ。


「ギジェ、左手の尾根をひとつ越えてみてよ」


 少女が温泉の渓谷の左隣の谷を指差した。


「ああ、何かあるのかな?」


「うんうん、昨日ちょっと見えてたけどね」


 ライシャの言う谷間に向けて、岩の大地を駆けていくと、結構な水量のある沢に突き当たった。その沢沿いを登っていくと、低木の林の影から絶大な水柱が見えてくる。


「凄いでしょ?」


「色々な景色をみてきたけど、これはこれで凄まじいな…」


 目前に表れたのは高さ二千メートルはありそうな垂直の岩盤と、その頂から轟音を立てて降り注ぐ膨大な水量だった。


「あれが『パラヅゥの滝』よ、西の世界では一番の高さを誇る、別名『神々の衣錦(いきん)』と呼ばれる大滝なの」


 流れ落ちる高度が高すぎて、滝の中央から下が霧雨のように広く拡散している。それは開けた滝壺を叩く、永遠に降り止まない豪雨のようだ。


 その特殊な環境からか、渓谷全体がシダ植物や不思議な水生植物に覆われて、咲く大輪の花々に神々しさを感じてしまった。


「この滝に打たれると、無病息災と長寿の祝福を得ると言われているの」


 え? 何その呪い…。 


 ギジェはぞくっと身震いした。


 それって、俺にとっては一周回って不幸になりそうだ…。


「という事で! 行くのだ黒馬くん」


 ライシャが黒いたてがみを撫ぜながら促した。とたんに走り出す漆黒の馬が、滝壺を風の様に走り抜ける。頭上を完成度の高い七色の虹が渡って見えた。


「うわーー!」


「きゃあああぁー」


 まるで嵐の中で揉みくちゃにされるような、大粒の風雨に一瞬でずぶ濡れになる。雷雨の中を全力疾走している気分だ。


「あはははははっ」


 二人で川に落っこちたように、毛先からびしゃびしゃと水滴を滴らせて、ライシャが良い笑顔で笑っていた。


「これで私達は安泰ね」


「酷いな… 何その満足気なキツネ耳は!」


 妖狐のキツネ耳が自慢げに反り立っている。二人は騎乗のまま、ずぶ濡れで抱き合うと水を(したた)らせた。


「ああ、金属探知魔道具(メタルデフェクター)を濡らしちゃった」


 彼女は腕の魔道具を慌ててスカートの裾で何度も拭う。二人は騎乗から降りると濡れた髪や服の裾を絞ったりしていた。


「これって冬にやることじゃないよな」


「平気平気!今日も暖かいほうだよ。それよりこれ大丈夫かな?」


 ライシャは水滴を落とした魔道具を掲げて、試しに魔力(マナ)を注いでみる。とたんに目前に強烈な紅色の光点が、最大強度で反応を見せた。


「凄い… なにこの反応… 金脈でもあるのかな?」


 妖狐のキツネ耳がぴくぴくと興奮気味だ。守銭奴の血が騒ぎ出したらしい。その瞬間、強烈な魔力(マナ)の波動が衝撃破のように襲ってくる。


「くぅ…」


 ギジェが咄嗟に少女抱きかかえて、自分の結界でそれを防いだ。


 地獄の黒馬(ナイトメアー)が怯えたように悲鳴を上げると、黒毛は逆立ち燃えるような瞳が大きく開かれる。全身に青白い稲妻を立ち上げると、高位電撃魔法である突貫電撃(ライトニングラッシュ)を撃ち放った。


 紫色の雷撃が滝裏へと吸い込まれて、閃光と熱波が降水を消し飛ばした。岩場の一部が崩壊して爆圧がこちらまで届いてくる。


「きゃ…」


 もう一度凄まじい魔力(マナ)の津波に数メートルも押しやられる。


 強烈な悪寒に身体の震えが止まらない…。ライシャのキツネ耳が、怯えてぺたんと垂れてしまった。


 降る豪雨のような降水が、何かに触れてワッと蒸発した。とたんに物凄い熱圧と、物理的な衝撃を伴った光が押し寄せた。


 崩れた岩場が純白の光を浴びて、霧のように蒸発した。まるで天日のような白一色の輝きが、不思議な雨色に沈む渓谷の深部を照らし出す。


「まさか… なんでこんな処に…」


 広げられる巨大な翼は、神々しくも七色に輝き、長く伸びた光りの首は、怒りの眼差しを此方へと向けていた。



- 我が翼の安息を妨げる愚か者め -



 明らかに空気を伝って届いた声では無かった。男とも女とも付かない声音(こわね)が、魂の側で直接反響する。


「ギジェ… あれ、あれって」


 少女は濡れた衣服のまま魔道士に抱きついた。


「ああ、『神々の衣錦(いきん)』のご利益よ… やっぱり不幸になったじゃないか!」


 奈落(アビス)で鍛えられた魔族のハーフ(ハーフ イビル)の魔道士も、伝説の中だけで語られるその姿に、脂汗が浮いてくるのを感じていた。


「そりゃお前も怯えるよなぁ…」


 精霊界の強烈な光りを受けて、ヨロヨロ後退する魔界の馬。


 その虹を映した(まばゆ)い躯体と、炎を巻き上げる純白のオーラ。それは不死の象徴でもあり、炎の精霊界の頂点にいる神獣だった。神の膝下(ひざもと)にある忠実な下僕であり、神に準ずる絶対的な信仰の対象だ。


不死鳥(フェニックス)か… 光りの陣営に属する『生と死を司る』怪物(バケモノ)め」


 彼の呟きが聞こえたかのか、その白色の瞳が(きら)めきを鋭くすると、オーラを後方に吹流しながら、大滝の頂点まで加速する炎の鳥。恐怖に尻込みして、ゆっくりと後退していく地獄の黒馬(ナイトメアー)


「お前は魔界にお帰り… 無駄に殺される事も無い」


召喚削除(サモン デリート)


 黒馬は哀しそうに主を見ると、背景に溶けてやがてこちら側から消滅する。


「いいか、ライシャ良く聞いて! アイツは俺が足止めする、君はスポイルに乗ってどこまでも逃げろ」


 ギジェが空に手を振ると、とたんに蒼い翼が背後へと着地した。


「嫌よ… 貴方だけ置いてなんかいけない!」


「此処に居たら確実に殺される… さすがにあの神様級には絶対に敵わないからな」


「だったら… だったら一緒に貴方と死ぬわ」


 ギジェは感極まって、少女の細い肩を強く抱きしめてしまった。


「君さえ生き延びれば、絶対にまた逢えるから」


 ギジェの腕の中でいやいやと身を振る少女。


「君に言えなかった秘密があるんだ… 俺は不老不死の呪いを受けている。俺は歳も取らないし、もしここで灰も残さず殺されても、二年も掛からずに蘇るんだ」


 ライシャは驚きの表情で彼を見る。


「死にたくても死ねない身体なんだ。もし此処で二人とも死んでしまったら、俺だけが生き返って、君の居ない世界に絶望する… それだけは絶対に許せないから」


 彼は大きな薄茶の瞳を見詰め、彼女は濃い藍色の瞳を見返した。


「本当に生き返るの?」


「ああ… 奈落の深部で100回は死んでるよ。この秘密があったから、君を受け入れるのに迷ってしまうんだ」


「え… だって、そんな事が…」


 色んな想いが絡み合って、何も言葉にできなくなった。


「ライシャお願いだ、二年ぐらい待たせるかもしれない、けれど絶対に『ムサシノハラ』に帰るから! 俺たちのためだ、さぁ行って!」


 スポイルの背に、ライシャを押し上げて預けた。


「本当ね? 絶対に戻ってくるのね? 約束よ」

 

 名残惜しそうに繋いでいた二人の指先が、ついに離れてしまう。


「ああ約束だ! いけ! スポイル全速で離脱しろ」


 ふっと浮き上がった氷の飛竜(アイス ワイバーン)が、超低空で谷間を駆け下りていった。


 飛竜の背から振りかえる少女の姿を、見えなくなるまで、ずっと目で追っていた。




「さてと… これで心置きなく()れるな」


 黒魔道士(ウォーロック)は防御結界を無詠唱すると、何重にも周囲を凍結地獄(コキュートス)の硬氷で覆っていく。 魔法、物理と両方を防御する多層結界だ。

 


 - 死をもってその矮小な身の程を思い知れ -



「出来れば見逃してくれないかな? 出会い頭の事故みたいなものだろ」


 どこかで不死鳥(フェニックス)がニヤっと笑った気配がした。


 体の殆どは精霊界に存在し、こちら側に実体化しているのは、膨大な熱量だけの半幽体(アストラルボディ)だと伝えられる。触れることも、ましてや切ることもできない最悪の敵だった。


 まぁ、それ以前にあの超高温(数千度)のオーラに、近づいただけで消し炭なんだけどな…。


 上空から一気に降下する炎の鳥が、螺旋(らせん)を描く火炎の烈風となって襲いかかる。魔道士は一瞬で瞬間移動(テレポーテーション)すると、巨石の岩陰で直撃を回避する。


 盾にした大岩の影を通り過ぎる不死鳥(フェニックス)。大気は燃え、木々や下草は一瞬で黒く炭化して、岩の表面が薄く放射熱で溶解を始めてしまう。


「凄まじい熱量だな… 距離はあったのに結界の三層目まで蒸発したか」


 彼を守っていた氷塊の結界は、卵が砕けるように蒸気となってから消滅した。すぐに新しい結界を追加修復して追撃に備える。


 ゆらりと立ち上がるように、上空へと舞い戻る炎の鳥。それが通過した谷間は、黒く焼け焦げた灼熱の絨毯のような有様だ。


 耳元でふふっと笑う声がした。一瞬だけ気を取られたが、すぐに頭上の焼き鳥に意識を戻す。


「ライシャ… なるべく死なないように頑張るよ」


 ー凍結魔法(フローズンエアー)最大自付与(マックスエンチャント)


 黒魔道士(ウォーロック)の周囲に超低温のオーラが集約し、谷底を強烈な冷気が覆っていく。彼の魔法攻撃力(MAP+280%)魔法防御力(MDP+240%)最大魔力(MP+170%)が跳ね上がった。


 ー 凍結地獄(コキュートス)凍結防御(フローズンシールド)最大(マキシマム)


 ギジェの全周を覆う刺々しい結界が、青白く輝きだす。炎の鳥の熱圧で赤く燃えていた岩肌が、一瞬で白く凍結した。近づくものを全て凍結させる、絶対零度(−273.15°C)の広範囲防御結界だ。


不死鳥(フェニックス)よ、あんたの熱量にどれだけ耐えれるか、我慢比べといこうじゃないか」


 ギジェはお返しにとニヤっと笑い、革の黒コートを足元に投げ落とした。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ