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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
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午後の法廷では


 午後二時、審議官が裁判の再開を宣言した。

「問題の書状の内容は限りなく黒に近い。書状の宛先について外務大臣は証人がいるとのことでした。ご説明願いましょう」


 立ち上がった外務大臣は、午前中よりも厚かましく、ニタニタしている。

「休憩時間にちょっとばかり調べ物をさせてもらいました。二人証人を連れてきたが、必要なかったかもしれん。なぜなら、宛先の主はこの場にいるからです。違いますか? サリクトラ王殿!」

「おおっー」

 観客は外務大臣の指摘に感嘆した。

「いかにも私がサリクトラ王だが、それが、何か?」

 サリウは立ち上がりながら大臣を睨みつけた。

 受付係が姓名と紋章を照合し不審者を割り出したのだろう。ラドローが目立ったせいで、敵はその作業を速めたのかもしれない。自分の本名もバレたのだろう。

「それにしても、堂々としたサリウはかっこいいな」などと頭の端で思ってしまった。


「王におかれましては、伯爵夫人とはどのようなご関係かな?」

 顔つきは似ていても髪の色が異なり、パッと見は姉弟に見えない。

「私がここにいるからといって、手紙の宛先とは限らない」

「ではなぜこんな裁判にご足労いただいているのか疑問ですな」

「私が文中のマリノスだと云ったら何とされる?」


 ぶっと吹き出して笑いそうになり、ラドローは急に顔を隠した。

「ジュエリーと仲直りしようと思っただけなのに、仲裁をお願いした伯爵夫人にこんな災禍が及んでは誠に申し訳ない。こんな茶番審議は早く終わらせてほしいものです」

 外務大臣が真っ赤になって叫ぶ。

「まだそんな戯言を云われるか! ジュエリーがどこにいる!」

「フランキのお嬢さんを正室に迎えるには無理がある。私は側室としてでも傍にいて欲しいと願っているのですが、ジュエリーは正室ということに拘っていて。そんな事情を書面にはできないから伯爵夫人はオブラートに包んで書いて下さった手紙です。スパイ容疑でも何でもない」


 悲観しながら、真っ青になりながらもサリウの頭は働いている。

「オレに片想いしていた時期があるだろう?」

 ラドローは隣に立つ男の背を見上げた。

 心に浮かんではきても、今恋人がいるのなら一生そのことには触れないで、「親友でいいよな?」と思う。


 ラドローがにやけていると、外務大臣側から逆襲がきた。

「先程手紙はマリノスの妹御宛などと豪語されていたが、サリクトラ王に妹はいない。いるとしたら姉でしょう?」

 身体がぐらっとしたサリウの腰に手を添えて支えた。

「伯爵夫人が誰なのか、把握しているからこその裁判なんですが?」


 サリウを座らせた。そしてラドローはマチルダの顔を見た。怯えている。過去のあの事件を蒸し返されたら、サリウも彼女も正気ではいられない。

 ジャンには一通り話してはあるが詳細など聞きたいものでもない。


「サリクトラ王! 前に立つ女は貴殿の血を分けた姉、フランキを怨む被告は定期的にあなたに我が国の動向を伝えていた。スパイ以外の何者でもない!」


 サリウはゆらりと立ち上がる。「姉を頼む」とラドローに囁いた後大声で、

「姉弟が文通して何が悪い!」

 と叫んだ。

「やっと認めた。これでスパイ容疑は確定ですな」


「いや、家族だからってスパイとは限らないでしょうよ。例えば問題の書状で、フランキ国は何か不利益を蒙りますか?」

 ラドローは座ったままのんびり云った。逃げるより、戦うより、嫌疑を晴らすほうが先だ。


「ガンゼ島を取り戻すまでフランキを砕け、こんな手紙は反逆でしょう?」

「いやだから、この手紙はそんな意味ではないですって。ここにサリクトラ王がいらっしゃるんだから、ガンゼ島侵攻予定があるのかどうか、訊いたらどうです?」

 堂内皆がサリウに注目した。


「ガンゼ島はもう四十年間、フランキ統治下にあり落ち着いている。サリクトラ本土移住を望んだ者は占領前に移動させた。今さら領土にも領海にも興味はない」

 サリウの感情を抑えた声が響いた。

「ほら、問題などどこにもない。東国が海賊なのは周知の事実、貴国とは何ら関係ない」


「貴殿とも何ら関係ないでしょう?」

「外務大臣は私の出自も確認したのですね?」

 念を押した。

「ああ、した、ランサロード国王子、ラドローアンス殿」

「うぉおーっ」

 また王族の名が上がり、フランキの貴族たちは訳の分からない声を洩らした。

 

「無関係ではないのです。文中の『あの方』は私ですから」

「え???」

「失地回復まで一心不乱、気を砕いて事にあたれとあの方にお伝え下さい、の『あの方』は私です」

「ではランサロードがフランキに侵攻する?」

「しないです。ここには記憶のいい方はおられないのかな、前に立つあの女性は私の元婚約者だ」

 長老っぽい貴族の何人かが頷いた。

 

「彼女はスパイ行為など働いていない。愛するル・クロワジック伯爵と弟の間に立って、海峡情勢がスムーズに進むよう心を痛めている。それだけのことです。フランキに益は与えても、損になることはない。ただこれ以上彼女を苦しめるなら、私がいくらでも果たし合いを受けますから、いい加減、手紙の文言がどうのという議論は止めにしませんか?」

 この長文はフランキ語では云えなかったので、自国語にして通詞の訳を待った。


「誤魔化されないぞ!」外務大臣が叫んだ。

「その女はアーブル港でこの行商人と暮らしていたんだ。その前に何があったか目撃者もここに来ている。フランキを怨まずしてどうする!」

 サリウが立ち上がるのと同時にラドローは席を離れ、ひらりと前の聖餐台を飛び越すとマチルダの横に立った。目を合わせてからラドローは、怯えた女の両耳を塞いだ。


「わ、わしは下仕官さまからあの女を下げ渡されて、そこの伯爵さまが買っていかれただ」

 行商人が云うと、隣にいた軍人も証言を始めた。

「十二年前の戦争で我が船はサリクトラ王女を奪った。興奮していた下仕官たちは捕虜を甲板で襲った……」

 ラドローはマチルダの耳を塞いだままキスをした。雑音など受け付けないよう深く、甘く。


「それ以上口にするな。口にすれば私はあの男と決闘する用意がある!」

 サリウは外務大臣と軍人に顔を向けながら、左手を上げ二階席の王を指差した。

「何と!?」


「人質として差し出せば島のひとつ、半島全部でも投げ出していた。それをしなかったのは自分たちの所業を恥じたからだろう? 王女を返せば何をしたか認めざるを得ない。だから商人に渡して行方不明とした。こちらはこちらで、国を上げて王女を奪還するだけの、戦力が残っていなかった。貴国と全面戦争するわけにはいかないと、父は涙を呑んで自分を抑えたんだ」


「私は何も聞かされていない」

 二階から声が響いた。王が端についている螺旋階段をゆっくりと降りてくる。真ん中のベンチの間を抜けて前の壇上に立つと、横にいたラドロー達に声をかけた。

「人妻に口づけなど、騎士としてどうかと思うぞ? 王女には座ってもらいなさい」


 壁際の席に移動するとジャンが隣に来た。

「ごめん、突然」

 ラドローはふたりに謝った。マリティアの前では青少年に戻ってしまう気がするラドローだ。

 ジャンはラドローの意図がわかっているだけに頭を掻いて何も云わなかった。マチルダは

「何年たっても変わらないわね」

 と笑ってくれた。


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