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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
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裁判のお昼休憩には


 礼拝堂からマチルダが連れて行かれる。サリウが尋ねた。

「姉はどこに拘束される?」

「牢は遠い。どこか近場だろう」

「ここにはクリプト、地下聖堂はないのかい? オレならすぐ地下に繋ぐ」

 ラドローの言葉にジャンが暗い顔をした。

「ここの地下はカタコンブだ」

「カタクーム、ガイコツだらけのあれか?」


「下に降りる階段の戸口に番人がいるが、どうする?」

「いつのまにやら王様が礼拝堂に来ていたのなら、城から地下道があるんだろう。城内に踏み込まれた時の退避路になっているのでは?」

「そうだな、外に出てみよう」


 三人は礼拝堂を出て、城と向かい合う側面へ廻り込んだ。緑の芝地が続き、生垣が見える。庭になっているのだろう、その向こうが大きな王城だ。距離としてはかなりある。

「どこかに持ちあげられるくらいの舗石はないか? 空気穴でも明り取りの窓でもいい」

 平時のサリウを知るラドローの目には、友人は焦り過ぎだ。


「ジャン、あの生垣の中はポタジェか何かかい?」

「ラビラント、迷路だ」

「ラビリンス、生垣のメイズか、ならあの中に何かある」

「なぜそう思う?」

「王様ってのは生垣に隠れて好きな女といちゃつくもんだ。地下道からこっそり忍びこめるようになっている」

「ランサロードの王族がそんなことをしたとは思いたくないな」

 サリウがやっと少し顔つきを和らげた。

「オレの母親とハイディの母はほんのちょっとだけ重なってる」

「そんなこと報告してくれんでいい!」


 サリウに表情筋を使わせて、ラドローはしてやったりとほくそ笑んだ。深刻な顔をしたからといってうまく事が運ぶわけでもない。

 十代では母が病床にあった内から他の女に触れた父を嫌ったものだが、今では心にさほど痛みを感じない。父もつらかったのだろうと思うだけだ。

 

 ジャンが迷路の中心部に大きな石柱があり、もしかしたら下に降りられるのかも、と云った。ラドローは

「ここで見張っているから行って来い」

 と勧めた。

「おまえは? 姉に会いたくないのか?」

 サリウが訝しげに訊いた。

「オレのマリティアはこの胸の中にいる」

 とおどけてみせ、行け行けと手を振った。


 生垣を背に礼拝堂を見ていた。高い尖塔が併設してあり、大聖堂、カテドラルといった趣だ。

 中にいた人々は皆、馬車を停めた林のほうへ軽食でも摂りにいったのだろう、城に向かって歩いてくる者はいなかった。

「立派な国ではあるんだろうな」と独り言になった。


 後ろの、生垣の切れ目から声がした。

「ここで何をしている?」

 相手が誰か予想もつかない。振り向きもせずに答えた。

「景色をエンジョイしております」


()つ国の者だな。我が国の裁判はおそまつか?」

 それはさっきの自分の言葉だ。通詞は訳す暇がなかったから、通じたのは通詞本人と外務大臣と「陛下」だ。この高飛車な物言いは、王である可能性が高い。

「午後からは変わってくると予想します」

「自国の言葉を使ったらどうだ?」

 ラドローはゆっくりと振り返った。

「会話が成立しますかどうか……」

 そう云いながら相手の若さに驚いてしまった。ハイディより若い。十五才といったところではないか。王ではなくて王子なのか?


 青年と呼ぶには早そうな相手は、ラドローの胸の紋章を見つめた。

「見覚えがない」

 素直に云われ、頬笑みを向けることができた。

(いにしえ)に御国を追われた一族と聞いております。午後には受付の係官が(つまび)らかにしてくれましょう」

 

「ジャン・オーギュストは大丈夫なのか?」

「え?」

「友人なのであろう? 私はジャンの失脚を望んでいない」

「ではなぜ裁判を?」

「正式な手続きに則って求められた開廷を無下にはできない。それにあの手紙はどう読んでも海峡情勢だ。決闘の勝算は?」

「さあ、どうでしょう。死傷者が出る前に王様が止めて下さるといいのですが」

「そうはいかない、私が下手に止めるとジャンへの反発が強まる……」

 ああ、この若者が確かに「フランキ王」であるらしい。

「御意にございます……」


 頭を傾けたところでガサゴソと音がし、生垣の切れ目からふたりが出てきた。

「何と、陛下!」

 ジャンが低頭する。サリウは燃えるような眼で年下の男を見据えた。ラドローはその場をジャンに任せ、サリウの腕をとって歩き去ることにした。


 ジャンの馬車で落ち合い、午後に備えた。

 十二年ぶりに姉と顔を合わせたサリウは、

「一刻でも早く牢から出したい。明日決闘に持ち込もう」

 と云った。

「いずれにせよ午後は紛糾する。『証人』というのはジャンの召使なのかもしれない。王様も決闘になると思っている。明日だな」


 ジャンは王とラドローの会話の内容を聞いてため息をついた。

「妻を投獄されてまで現職にしがみつくと思われているとは。私への反感など何でもない、私が引退すれば済むことだ」

「義兄上、もしもの時は全てを捨ててうちに亡命してもらえますか?」

 サリウの目から悲しみが引かない。

「妻子に生命の危険が及ぶなら。私の命が決闘でついえるなら、妻子だけでも連れて行ってほしい」


「死なせませんよ」ラドローが請け負う。

「ジャンには早めに軽傷を負っていただいて、その手当ての間にこっちで片付けます」

「おまえは向こうに戻らなきゃならない。姉を連れて逃げ出せ」

「騎士に逃げ出せとは失礼だな」

 笑顔を浮かべながらも、「そっちこそ死ぬ気かよ」とサリウを見つめた。

 

「おまえはもう騎士じゃない」

「そんなことを云われるとは思わなかった。騎士だろうが木こりだろうが、敵前逃亡する趣味は無いよ。おまえこそ、フランキ語もできるし、船も操れる、適任じゃないか。待ってる恋人もいるんだろう?」

「今生の別れは済ませてきた」

「冗談じゃない。決闘するなら死ぬためじゃなく生きるために戦ってくれ。オレたちとマリティア、四人そろってうちに帰る。命をかけるような問題じゃない。王様だって形式だけで丸く収めたい裁判だと思っている。何とでもなる」

 悲観と楽観の対極にいる若き友人ふたりに挟まれて、ジャンはうつむいている。



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