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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
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法廷での再会は

 

 当日、朝早くに首都内のジャンの別邸から馬車で王城に向かった。受付での身元確認にも時間がいるだろうと、十時開廷に余裕を持ってのことだ。

 久しぶりに騎士の正装をしている。背筋が伸びる気がするのは確かだ。胸に刺繍された紋章には複雑な思いがしたが、運命に弄ばれてと怨むより外の景色でも見たほうがいい。ラドローは国交のないフランキの文物を観察することにした。


「あなたはものの見方が軍事的過ぎる」とピオニアに云われたのはいつだったか。

 そう、レーニアで再会して馬に二人乗りした時だ。腕の中にピオニア、目の前に黒髪とうなじ。オレのものだと、捕まえたと思った日だ。

 いつかレーニアで暮らせるようになったら、フランキはまた敵国になる。どんな国だか知っておくに越したことはない。

 国の内情、文明程度、人々の意識がそのまま見える「裁判」に参加できるのはまたとないチャンスだ。


 法廷には王城の礼拝堂らしき建物が使われた。入り口で名前と爵位を告げ、係員は紋章の図柄をメモした。ひとりひとり貴族台帳と照合するかと思ったら、行列が余りに長いせいか自己申告のみだ。サリウとラドローは偽名を口にしたのに。

 中は四十人は楽に収容できる大きさで、座り心地のよくないがベンチが何列も、細長い祈祷台と交互に並んでいた。被告側弁護人の席は特に設けられてなく、傍聴人が既にわんさかと詰めかけていて、好き勝手な席に着いている。三人はできる限り前の、マチルダがよく見えるだろう席についた。


 周囲はフランキ国の貴族全員のようだ。王の側近トップレベルのスパイ容疑ということで、興味津々なのだろう。

 昨日いろいろ聞いた話によると、ジャンは伯爵という中位の貴族でありながら、国王のアドバイザーを務めている。マチルダからの情報を活かして、「海峡向こうの情勢に詳しい」と信頼をかちえてきた。


「ジャンは敵が多いな」

 ラドローは自国の言葉でしゃべった。

「誠実に務めているつもりだが」

 ジャンはサリクトラ語を使う。

「権益を求める者はジャンが煙たいんだろう」とサリウが受けた。

 聖燭台諸国間の言葉は方言程度にしか違わない。「微妙なコメントにはフランキ語を使わない」、打ち合わせ通りだ。


「さあ、我らの姫のおでましだ」

 ぼろを着せられ両手首を前で繋がれたマチルダが二人の男に挟まれて入廷した。いつもは牧師か誰かが説教でもしそうな、壇の後ろに立たされる。


 ラドローは思い出の中のマリティアと前方に見える女性を比べ合わせた。二児の母だ、あの頃よりはふっくらしているが、顔色が悪い。フランキの牢はメルカットのものより苛酷だろう。自慢の黒髪は梳かれないまま後ろでひとつにくくられている。

「マリティア……」ラドローは心の中で呟いた。


 ジャンは立ち上がって「マチルダ!」と声を上げた。ずうっと俯いていた女はゆっくりと顔を上げ、声の主を見た。

「こんなことになって申し訳ない」という顔をしていた。細いアーモンド形の瞳は今でも美しい。

 マチルダは、夫の隣に座っている男と目が合い、怯えたように細かく首を横に振った。

「こんなとこに来ちゃだめじゃない……」

 それが弟王への言葉だろう。サリウは姉を見つめて二度頷いた。女はまた俯いてしまった。

「憶えてないか……」

 ラドローはただ見守ることにした。


 審議官が被告人の姓名を質した。

「ル・クロワジック伯爵ジャン・オーギュスト夫人、マチルダ」とマリティアの声がした。

 その響きがなぜか、ラドローの胸にサリクトラでの婚約披露パーティの思い出を蘇らせた。


――――

 

 十五才だった自分は、いつも通りサリウやルーサーと中庭で騒いで遊ぼうと思っていた。するとサリウに怒られた。

「まず主役がダンスを申し込まないと姉は誰とも踊れない」

 頭を掻きながら、しぶしぶと広間に戻った。

 正面に静かに立ち尽くす十八才のマリティアが余りに大人に見えて、照れて何も云えずに手を差し出した。自分の手のひらにのった相手の指が細くて冷たくて驚いた。

 

「気分悪い? 大丈夫?」

 もう自分のほうが背が高かったから、顔を近づけて訊いた。マリティアはびくっとして、

「緊張して……」

 と小さく答えた。指を握り込んで、細い腰を支えて素早いステップで踊り出した。

「ついてきて……」

「ラドロー王子……」

 身体を動かせば温まると思った。マリティアはされるがままのようでいながら、きちんとリズムを合わせてくれた。それを見て楽隊が急に演奏を始めったっけ。


 繋いだ指が温まったところで突然ダンスを止めた。

「緊張とけた?」

 招待客はみな度肝を抜かれて壁際にひっついていたから、ぽっかり空いた広間のど真ん中だった。

「びっくりしました……」

 今思えば傍若無人だな。あの時は名案だと思ったんだが。

「ぼくのこと好きになれそう?」

「たぶん……」

 話もしたことがなくて、許嫁も婚約もなかろうに、「たぶん」という曖昧な返事に、自分のほうが急速に恋に落ちた。

「好きだと云わせてやる」と意地のような気持ちが湧いた。


 ランサロード城ではハイディが三、四才という可愛い盛りで、自分の居場所がないと感じていたから、招待を受ければどこにでも出かけた。メルカット、サリクトラ、パラシーボ。メルカットにはマリティアもよく来ていたから……。

 ルーサーが「島のお姫さま」の話をして、オレは「マリティアのほうが大人で綺麗だ」と思っていた。おかしな話だよな、今その「島のお姫さま」のほうが、オレの妻だ。


――――


 ラドローが回想から現実に戻ってくると原告側がマリティアの罪状を捲し立てていた。

 本人はまたサリウに目をやった。ジャンもサリウも自分もスッと背筋を伸ばして座っている。マチルダに「俯くな」と云いたいがために。「何ら恥じることはない」と糾弾者に見せつけるために。

 周囲の男たちは前を向いたり後ろを見たり、隣と「そうだそうだ」と頷きあったり、落ち着きがない。その中で三人だけがマリティアから目を離さない。


 ふと目があった。マチルダはじっと見つめて目を丸くした。繋がれている両手首が胸の前まで持ち上がる。まるで祈りでも捧げるように。ラドローは微笑んで頷いた。心の中で「ぼくだよ」と付け加える。

 マリティアの唇がほんのりと開く。目をしばたたかせて、うっすらと笑みを浮かべたと見えた。でもまた俯いて首を横に振った。


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