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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
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フランキへの漁船の上では

同性愛発言があります。キャラの属性です。本篇の筋には関係ないです。


 サリウの側近グザビエが操る漁船の上にいた。彼は黙々と()を漕いでいる。こんな小さな船でフランキ海峡を越えられるのか心配にもなったが、サリウは漁民誰もがやっていることだと云う。


 昨日は朝から忙しかった。ピオニアの乗った馬車を見送った後、馬で城まで速駆けした。ランサロードの名と紋章を使う限り、父王に話を通さなければならない。

 信義を主張し刀を取る決闘では、命を落としても家族は異議を申し立てられない。騎士の名誉を全うしたと云わざるを得ないのだ。

 

「元婚約者の危機に駆けつけないような男に育てて下さればよかったのですが」

 ラドローは父親に笑いかけた。

「十人くらいなら余裕で倒せる騎士に育てたつもりだ」

 下手に引き止められては困ると思っていたが、父はやっぱり父だった。全ての事情を呑み込んで、静かに頷いた。


「私の孫はどこにいる?」

「来月にはパラシーボ城にいることでしょう。王太后さまの温情に縋ります。また、あそこの医療施設はランサロードより進んでいますので」

「わかった」

 父の「わかった」は「おまえの身に何があっても、妻子のことは心配ない。気を散らさぬように」という意味だった。


「ここらは潮がきつい。気分が悪いなら眠ったほうが良い」

 サリウの声に現実に引き戻された。

「いや、大丈夫だ」

 と答えたが、サリウは舳先から移動してきて目の前に座るとオールを手にした。後ろにいたグザビエも櫓を置いて、ふたり並んで漕ぎ始めた。


 いつもは青白いサリウの頬が色付く。口を引き結んで精悍な顔をしていた。昔は、マリティアのことがある前は、美少年と褒めそやされた王子だった。今や、陰翳をまとった冷徹な王様だが、細身な割に力強い。

「よし、ひとつ潮を横切った。次が来るまでまたグザビエに任せる」

 そう云うと、オールを引き上げ、そのまま向かいに座り直した。


「国の方は大丈夫なのか?」

 気になっていた質問をしてみた。自分はいい、心配なのは妻だけだ。サリウはサリクトラ全体を放置しなくてはならない。

「グザビエは折り返しサリクトラに帰す。しばしの間なら影武者ができる」

「それ以上は? もしもの……ときは? マリティアに子どもはいるのか?」

「いるにはいるが、王位継承権はない」

 語調に何か引っ掛かるものがあった。

「他に継承権がある者がいるような云い方だな?」

「ああ、いるさ。全部説明してきた」

 驚かされた。サリウがいなくなればサリクトラは迷走すると思っていた。


 サリウはうすら笑いを浮かべて話した。

「私の父には弟がいた。ウェルという名だ。独立心旺盛で、かなりやんちゃな性格だ。祖父は長男と次男が争うことを恐れた。どちらかというと次男の方が好きだったのかもしれない。国土のうちで一番地味(ちみ)豊かな、ランサロード国境沿いの森を開拓させた。海岸線には出ない約束で、拓いた土地は独立国ウエリスとして認めると」

「ジャレッドか!?」


「アイツは私よりおまえの方が好きなようだが、紛れもない従弟で、私に何かあればサリクトラ全部を治めなければならない立場だ」

「知らなかった……」

「ジャレッド本人でさえ寝耳に水だ。エール島侵攻なんて云ってる場合じゃない」

 サリウは秘密を明かした時のジャレッドの反応を思い出したのか、含み笑いをした。


「叔父はサリクトラの属国みたいに扱われるのをひどく嫌った。一代であれだけの国を作ったやり手だからな。国全体を豊かな穀倉地帯に変え、小麦の不足しがちなサリクトラと対等な通商関係、外交を培った。ジャレッドが物心つく頃には城も完成し、アイツは王子様として何不自由なく育ったというわけだ」

「それにしても親戚だと知らないなんて……」


「叔父も云わずに他界した。一線画したいのだと思った。私としては、説明しようとすると、ジャレッドの母親は叔父が森で見初めた平民あがりと云わなければならない。本人は王妃としての母親を敬愛しているから知らないほうがいいかと思って。あんなにのびのび育ったアイツに、何らの引け目も感じて欲しくないと思っていたんだ。だが、こうとなってはどうしようもない。私には一生子どもはできないし」


「子が成せない、のか?」

「女がだめだ……」

「そう……なのか……」

「だから不幸というわけじゃないから心配しないでくれ。さて、次の潮を乗り越える時期だ」

 サリウはまた寸分乱れぬリズムでオールを漕いだ。

 

「今回のことの経緯を教えてくれ」

 オールから手を離したサリウに訊いた。

「どこまでバレて、マリティアはどこまで追い込まれている?」


「私もまだよくわかっていない。夫のジャン・オーギュストから使者が来た。マリティアの署名の入った書状がジャンの対抗勢力の手に渡ったらしい。もしかしたら彼らがマリティアの召使から奪ったのかもしれない」

「内容は?」

「未読だ」

「宛名はあったのか?」

「ない。そんな愚かな姉じゃない。その召使も戻っていない。口を割らされ殺されたようだ。当局は細君を反逆罪で逮捕しておきながらジャンに何も知らせていない」

「じゃあどうして夫さんはおまえに連絡してきたんだ?」

「そりゃ何年も一緒に暮していればわかることもあるだろう」

「そうか、そうだな。こっちは何もかも、出たとこ勝負か」

「ああ。明後日の裁判までこちらは手をこまねいているしかない。姉が過去を暴かれたくなくて黙っているのか、私に迷惑がかかると思っているからなのかもわからない」


「敵陣営が何人で剣豪がいるかどうかも?」

「わからんな」

 ハンスはにっこりと笑った。

「身重の妻残して行く所じゃないよな」

「そうだな。そうやって笑顔でいられるところが頼もしくもあり殴りたくなる所以でもあるんだが?」

「いいだろ、もうフルクに殴ってもらった。ま、オレの親友が云うに、明るくしてると解決策が向こうから寄って来てくれるらしいから、状況掴めるまでにやにやしてることにしよう」


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