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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
90/120

騎士の初恋の先には

 

 まだ日も暮れないのにふたり横になった。身重のピオニアは朝とも昼とも云わずに眠気を感じたら眠ることにしているが、ハンスにしては珍しい。

「もうひとつ、おまえが嫌がるだろうことがある。オレは、あのひとに憧れていたと云ったよな?」

「お姉さん? うん」

「あんなことがなかったら――行方不明にならなかったらって意味だ――結婚してた。サリウとオレは同い年、マリティアは十九才だった。オレも死んだと聞かされていて……」

「好きだったのね?」

「ほのかに、だな」

「私がマリティアさんみたいに黒髪だから好きになってくれたのかしら?」

「まあ、タイプだったんだな」

 ピオニアはふくれっ面をしてみせた。ハンスはふっと笑った。


「サリウの状態が悪くて、暴れたり閉じ籠ったり、勝手に船を出して漂ってみたり」

「自殺も……」

「そう。それで少し落ち着くまで一緒にいてくれと頼まれた。その間にアイツがうなされたり叫んだり、船の上の男たちに拒絶反応を起こしたり……それを繋ぎ合わすと、何があったかわかってしまった」

「フランキで結婚したとの手紙が届いたのはいつ?」

「三年後だったかな。そのときはサリウはもう暴れなかった。心が折れてしまったかのように、大事なものが崩れ落ちたかのように、静かに冷たく、笑わなくなった」

「そう」

「だから、オレなんだよ。彼女を本気でサポートできるのは。少々の刀傷(かたなきず)を受けても、次の敵に立ち向かえるのはこの世に三人だけだ」


 ピオニアの心に「なぜ今?」という言葉が燻る。この一カ月のうちに自分たちは親になる。来週かも、さ来週かも知れない。お腹が引き絞られるように痛んだら、陣痛というものがやってきたら、出産だ。

「傍にいて欲しい」と口にはできなかった。反逆罪なら、恐らく死刑だ。魔女裁判のように吊るし上げをくらい、火炙りか(はりつけ)だろう。サリクトラの王女として生まれた人なのに。

 それもハンスが云うように、サリクトラ経由で聖燭台諸国を、レーニアを助ける情報をくれていたのだ。


 同じ王女であったせいか、状況が想像できてしまった。保身に走ってサリウを困らせたりしない。口をつぐんで死んでいってしまう高貴な人だ。自分より姫様らしいとハンスは云っていた。もしかしたらもう牢に繋がれていて身体が弱っているかもしれない。取り乱すまいと顔を上げて被告席に引き出される。有罪を叫ぶ男たちは後を絶たない。

 

 ピオニアは引き止めたい思いをぐっとこらえて、

「行かなきゃだめみたいね」

 と淋しく笑った。

「サリウの暗号わかっただろう?」

「え、わからない。暗号?」

「この言葉を出されたらオレは逆らえない。『儀礼』をフランキの言葉で云い換えてごらん」

「カーテシィ? エチケット? フォーマリティ?」

「そう、フォー・マリティ、マリティのために」

「やだ、ほんとだ」


「行かなきゃだめだ。こんなときなのに、行かなきゃ、オレは自分が許せない」

「そうね。いつ出発する?」

「明日の朝。剣と紋章の入った騎士服が要るから城に寄らなくちゃならない。南港から海路だな。おまえは今度こそ、パラシーボに行ってくれるか?」

「ええ、パラスに見守られて王太后さまに甘えて赤ちゃん産むわ。お父さんは他の女性を助けるために命を賭けるそうだから」

 事情はわかっても、夫の気持ちが見えても、嫌味でも、付け加えざるを得なかった。


 ハンスは、騎士ラドローは黒髪に手を遊ばせてキスすると、夕食までのシエスタに妻を寝かしつけた。




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