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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十章 王子でも民でも譲れないもの
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騎士に求められるものとは


 そうこうしているうちに、ランサロードの森にも春の兆しが訪れた。スノードロップが蕾をもたげ、雪割り草が咲いた。陽だまりの雪の間にはプリムローズが見え隠れする。

 ピオニアは大きなお腹を抱え、もうこのままブルーベルが咲く晩春まで、出産まで、平穏無事に過ぎて欲しいと願っていた。

 

 そんなある日ランサロード城から早馬が来た。使者はハイデイからではなく、サリウからの、ハンス宛の手紙を持っていた。ジンガ宛でもないことが、ハンスの胸に嫌な予感を掻き立てる。

 

 文面はこうだった。


  ラドロー


 個人的におまえの力が借りたい。

 私とフランキに来てくれまいか?

 詳細はここには書けない。

 「儀礼」とだけ記しておこう。

  剣を忘れるな……

                    サリウ


 

 普段から鋭いサリウの筆跡がぴりぴりしている。

「行かなきゃならない」

 ハンスは呟いて手紙をピオニアに渡した。


「帯剣して騎士として行くのね。外交交渉? メルカット海軍のことかしら。フランキと対話なんてできる気がしないけれど、あなたとサリウなら論破したり説得したりもできるのでしょうね」

「果たし合いだ……」

「え?」

「恐らく……反逆罪……」


「何を云っているの? ハンス、急に恐ろしいこと云わないで。お腹の子に聞かせたくないわ」

 ピオニアは夫に笑いかけてみたが何の効果も得られなかった。ハンスほど眉間の皺が似合わないひとはいない。

「サリウはおまえの状態を知っている。こんなときに、あのサリウが頼みごとだなんて、事は重大だよ」

「結論急ぎ過ぎじゃない? それでどうして果たし合いなの?」


 ピオニアの手の中のサリウの書状が震え始める。ハンスが断言する理由が、この短い文面に隠されている……。

「レーニアでは裁判はどうしていたんだ? 隣同士で土地の境界争いとか、羊を盗んだとか、人妻に手を出したとか」

「そんな誰が悪いのかはっきりしていることなら裁判にならないわ」

「そういえばレーニアには警察官もいない」

「悪いことしたら生活できなくなるもの」

「そうか、そうだよな」


「意見があわなければ、そうね、離婚したとき子供をどちらが育てるかとかだったかしら、父は両者を城に呼んで話を聞いていたわ。父の死後は、私を助けて誰もが島で何とか生きていこうと思っていてくれたから、お互いの足を引っ張るようなことはほとんど起こらなかった。ご法度を破ったのはあなたが松の木を切っただけでしょ?」

「そうか……」

 冗談めかしても夫の表情は軽くならなかった。


「貴族の裁判によくある形なんだが、それぞれの主張を支持する騎士が集まって見解を述べる。それでも一致しないときは決闘だ」

「けっとう?」

「被告人の有罪、無罪に命を賭する者が何人いるか、顔を突き合わせて、片方の陣営がいなくなるまで戦う。剣は嘘をつかない、と思われている」

「殺し合うの?」

「死にたくなければ翻意すればいい」


「あなたはサリウを弁護するために戦うの?」

「サリウのためじゃない。いや、アイツのためではあるんだが、被告はサリウのお姉さんだ」

「あ、だから反逆罪。他国に国内事情を流したから……」

「彼女のために剣をとるのは恐らく、夫とサリウだけ。サリクトラでは彼女は、船から身を投げて死んだとされている。父王でさえ、『あんなことの後でのうのうと生きるよりも』と云って自分を納得させていた。生きているに越したことはないというのに」


「剣がうまいひと、もっといないの?」

「フランキが貴族と認めている出自が必要なんだ。聖燭台諸国では、サリクトラ、メルカット、ランサロード三か国の王族のみだ。果たし合いしてすぐに死にそうなハイディやルーサー連れて行っても仕方ない」

「自分は剣の名手だって云ってるのね?」

 夫がまた留守にするという暗澹たる思いを隠してピオニアは明るく努めた。


「時期からみてオレのせいなんだろう。レーニアへの侵攻が遅れるよう、デルス率いるメルカット海軍の強さをお姉さんに知らせたと云っていた。その手紙か、お姉さんからの返事かが人目に触れてしまったとしか思えない。なぜサリクトラ王に手紙を書いたのかと問い詰められても彼女は答えられない。身元を明かせといわれて黙秘をしているんだろう。さもなければサリウが国を投げ出してフランキに行くとも思えない。切迫している」

「あなたの剣の腕、錆ついてるんじゃない?」

「そんなこと云っていいの? そうなると生きて戻って来れないかもしれないよ?」

「もう、やだ」

 ハンスが横からピオニアを抱き寄せた。


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